第6話 リオンとリョウと……
「あら、涼斗様、お早いお目覚めでございますね。予定では確か……。」
俺が目覚めたことに気づいたのか、メイドのマキナさんが入ってくる。
俺はUSOが緊急メンテナンスに入ったため強制ログアウトされられたことを話すと、マキナさんは「それは大変」と慌てて出て行った。
しばらくすると、隣の部屋から「きゃー」という悲鳴と「マキナっ!」と叫ぶ声が聞こえてくるが、俺は何も聞かなかった、聞こえなかった……と自らに言い聞かせていたのだった。
ログアウト後のゴタゴタが一息ついた後、俺達はリビングでマキナさんの入れてくれたお茶を飲みながら一息ついていた。
本来であれば、ログアウトするのは夕方遅くなるはずで、その後は夕食を皆で一緒に頂いた後、解散という流れの筈だった。
もっとも、奈緒美と唯はそのまま「お泊り会」と言って泊まっていく予定だったらしいが。
だが、緊急メンテナンスという、予定外の事が起きたため、時間が少し余ってしまい、夕食までの間少し話しながらゆっくりすることになったのだ。
そして、そうなれば話題は当然USOの事となる。
「……って感じで、女の子が襲われているのを助けたんだけど、その子リオンちゃんっぽいのよね。」
「リオンってあのリオン?」
俺は内心の動揺を悟られないように平静を保ちつつそう聞いてみる。
………この話題はヤバイ。でも現状でUSO以外の話題を出すのも不自然だ。
多分、この流れでは、このあと俺がなぜ合流出来なかったかという話題へと移るだろう。
なんとか不自然にならないように誤魔化せないかと考えつつ、俺はトイレと言ってその場から退散するが、あくまでも一時凌ぎだ。
戻るまでの短い時間で、何とかうまい言い訳を思い付かねば……。
………ハイ、思いつきませんでした。
俺は、この際すべてぶち撒けてしまおうかと、ヤケになりかけたところに、マキナさんからの声がかかる。
「涼斗様、こちらへ……。」
俺は招かれるままに部屋の中へ入る。
そこはまさしくコンピュータールームと言っていい場所だった。
多くのモニターが整然と並べられていて、グラフやCGなど多種多様なものが映し出されている。
床の上や壁に設置されたネットワークやハードディスクの動作を示すLEDがチカチカと光っている様は、まるで近未来を想像させる。
「涼斗様、こちらをご覧ください。」
マキナさんに言われて、俺はモニターの一つを見る。……そして絶句する。
「……こ、これは……そんな……なぜここに……。」
俺は恐る恐る振り返り、そこに立っている人物を見上げる。
そこには、天使のようなほほえみを満面に浮かべたメイドさんの姿がある。
「びっくりしましたよねぇ。まさか、涼斗様にこのような趣味がおありとか?」
モニターには、姿見に映った自分を見て、満足げに微笑むリオンのスクリーンショットが映っていたのだ。
……いや、待て、落ち着け、落ち着くんだ俺。
ここの映っているのはリオンであって、俺じゃない。俺とリオンを結びつけるようなものは何一つだって残っていないんだ。誤魔化せるはず。
「い、いやぁ、何のことかなぁ?ここに映ってるのって、奈緒たちが言ってたリオンちゃんだよね?」
俺とは関係ない事を必死にアピールしながら、取り繕う言葉を紡ぎ出していく。
「誤魔化そうとしても無駄ですよ?」
「な、何のことかなぁ、あ、あはは……。」
笑顔で追い詰めてくるメイドさん……だが、ここで認めるわけにはいかない。証拠がないんだ、自白さえしなければ大丈夫……。
そんな俺を笑顔のまま見ていたマキナさんだが、しばらくして、モニターの一点を指さす。
「……!?」
そこを見た俺は絶句し、そのまま項垂れる……オワタ。
そこには日付と時間、そしてモニター使用者の名前が記されていた……『浅羽涼斗』と……。
「えっと、マキナさん……。」
俺はゆっくりと顔を上げ、メイドさんに声をかける。
「何でございましょう?」
相変わらずの天使のような笑顔ではあるが、俺は今知った。これは天使じゃない、悪魔の微笑だと。
「そのぉ……何がお望みでしょうか?」
「さすが涼斗様です。話が早いですね。大丈夫です、ご無理は言いませんから……。」
俺は今、悪魔に魂を売ったのだと痛感したのだった。
◇
「あ、先輩遅いですよぉ。」
リビングに戻ると、俺の姿を見つけた唯が少し膨れっ面で声をかけてくる。
「今、丁度あなたの話をしていたところなのよ。」
紅羽がそう言いながら、俺のカップに新しく紅茶を注いでくれる。
「センパイはぁ、どーしてぇ、奈緒のところに来てくれないんですかぁ?」
少し顔を赤らめた奈緒が俺にしなだれかかってくる。
「お、おぃ、ちょっと……。」
「センパイのバカぁ…………くぅ~……。」
奈緒が俺の腕にしがみつきもたれかかったまま寝息を立て始める。
俺は慌てて紅羽を見るが、少し気まずそうに顔を背けられる。
よく見ると、テーブルには高級そうな箱に入ったチョコレートが封を切られておいてあり、奈緒の前にはその包み紙が大量に散らばっている。
「なぁ、まさかと思うが……。」
「もう気づくとはさすが先輩です。でも、ベタだと思いませんかぁ?」
「いや、確かにベタ過ぎるが……マジか?」
「マジです、私もびっくり。」
俺の問いかけに、唯が驚きの表情とまじめなトーンで答えてくる。
俺の予想通り、奈緒はウイスキーボンボンで酔ったらしい……ってか、今時そんなことあるのかよっ!
「私も食べるまで気づかなかったのだけど、これ、結構アルコール度数が高いのよ。……とはいっても酔うほどのものじゃないはずなんだけど。」
紅羽が困ったように、寝息を立てている奈緒を見ながら言う。
「えーと、取り敢えずどうしよう?」
「先輩役得ですねぇ。そのままお姫様抱っこはどうですかぁ?」
唯がスマホを構え、ニマニマしながらそう言ってくる。
俺としても、役得だ、とは思うものの、女の子に免疫がないためどうしていいのかわからない。
結局、俺はその態勢のまま、奈緒が起きるまでの1時間余りを過ごしたのだった。
……まぁ、USOの事は有耶無耶になったことだけは感謝しておこう。
翌日……。
「あ、先輩おはよー、です。今開けますねぇ。」
改めてクレアの住むマンションを訪れた俺を出迎えてくれたのは、意外にも唯だった。
昨日と同じリビングに通されたものの、そこに紅羽や奈緒の姿はない。
「なぁ、他の二人はどうしたんだ?」
俺は、なぜかメイド服姿の唯に声をかける。
「まだ寝てますよぉ……って言うか寝付いたの明け方近くでしたからねぇ。あと1時間ぐらいは起きてこないんじゃないですかぁ?」
「そ、そうなのか?」
俺は壁にかかっている時計を見る。短い針は10を指していて、長い針は12を少し過ぎたあたりだ。
……まぁ休日だしな。
唯の話では夜通し話をしていたという。ちなみに会話の内容は「乙女の秘密」だそうだ。
「ところで先輩、何か食べますかぁ?ちょうど朝ごはんの用意をしてたんですよ。」
「いや、いいよ。みんなが寝ているなら俺は一度出直すことにするよ。」
俺は唯の申し出を断り、マンションを後にするのだった。
◇
「ぶぅ、詰まんないなぁ。」
私は、先輩が出て行ったドアをしばらくの間眺めていた。先輩がドアを開けて「やっぱりご馳走になるよ」と戻ってきてくれることを期待しながら……。
勿論、そんな事が起きる筈もない。現実は甘くないのだ。
「せっかく作ったのになぁ。」
私はキッチンに用意した二人分の朝食に視線を向ける。
程よくキツネ色に焼けている厚切りトーストに、ベーコンエッグと付け合わせのサラダ。見事なまでに定番のモーニングメニューだ。
「あー、作っちゃったから食べて、って言えばよかったんだぁ。」
私はそのことに気づき深く反省をする。
「抜け駆けしたのになぁ……。」
最初はそんな事を考えもしていなかったけど、夕方少し寝ていた奈緒ちゃんが、眠れないと言って私と紅羽先輩まで巻き込んで明け方近くまで語りあかした結果、二人は先輩との約束の時間も忘れて眠っている。
お手洗いに行きたくなって、少し前に目を覚ました私は、時計を見て、まだ眠り続ける二人を見て、不意にチャンスだ、と思ってしまった。
正直、自分の気持ちはよくわからない。
先輩に出会ってから、まだ1ヶ月もたっていないのだ。
だけど、初めて先輩を見た時に、そして、奈緒ちゃんを巡って言い争っている時、日常の何気ない会話など、先輩といると何故か懐かしさを覚えるのが不思議だった。
それでも、先輩に対しては、比較的仲の良い、気安く話せる先輩、という以上の感情を抱いてない……筈だった。
私にとっての先輩というのは、愛しの奈緒ちゃんに纏わりつく邪魔者。だけど、奈緒ちゃんが懐いているみたいだから下手に排除も出来ない、そんな存在だった。
だけど、それらが一変したのは、あのお出かけの日。
実は、奈緒ちゃんとお出かけするのも初めてだったから、私は前日から気合を入れて服を選んでた。
あまり派手過ぎるのもよくない……と言うか派手な服なんて持ってないけど……。かといって、大人しすぎるのも私のキャラじゃないし……。そして何より、奈緒ちゃんの隣に並んで見劣りがしないもの……と、考えれば考えるほど思考の袋小路に追い込まれていった。
……よく考えたら、奈緒ちゃんの私服ってみたことがないんだよね。
結局、色々な雑誌を参考にして、考え抜いたファッションでお出かけしたんだけど……完敗でした。
よもやのお嬢様スタイル……紅羽先輩は想像つきましたけど、まさか奈緒ちゃんまで……。しかも色違いのお揃、ときたら、私の存在が邪魔になるわけですよ。
そして、どうせダサダサだろうと高をくくっていた先輩も、カッコいいとは言えないけどダサくはなく、相手が誰であろうとそれなりに合うような恰好をしているのを見て。私は完全に打ちのめされた。
だけど、先輩は、そんな私にファッションのアドバイスをくれただけでなく、奈緒ちゃんの横に並んでも見劣りせず、しかもコストパフォーマンスの良いものを選んでくれた。
そしてトドメは、赤いチョーカーのプレゼント。
プレゼント貰っただけでこんな気持ちになるなんて我ながらチョロいと思うけど……仕方がないじゃない、プレゼントなんて、初めてもらったんだもの。
この気持ちをなんていうかはわからないけど……。たぶん奈緒ちゃんも同じ気持ちを抱えている……と思う。
……ハァ、こういう事で悩むのってガラじゃないんだけどなぁ。
私はぬるくなったお湯を再度温め直してコーヒーを入れる。
普段はミルクと砂糖をたっぷり入れるけど、今日はなんとなくブラックで。
コーヒーの苦みが、そのまま私の気持ちを表している……。なんとなくそう思った。
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