第5話 リオンとUSO

「じゃぁ、これが涼斗様のVRギアになります。」


俺はマキナさんというメイドさんから新しいVRギアを手渡され、さっそく装備してみる。


ヘッドセットタイプで、片目だけのレンズ型スクリーン……某アニメのスカ○ターが一番近い形状か?……というより絶対意識して作っているだろう。


「涼斗様はPCでよろしかったですよね?」


「あぁ、既にインストール済だよ。」


「確認しております。涼斗様の端末とは無線で繋がっておりますので、涼斗様はこちらでお過ごしください。」


マキナさんはそう言ってリビングの豪華なソファーをすすめてくる。


すでに想像がついているかもしれないが、ここは俺の部屋じゃない。


大体、俺の部屋にはこんな20畳もあるリビングや、メイド服を着た可愛いメイドさんがいるわけないのだ。


勿論メイドさんがいるからと言って、メイド喫茶であるわけもなく、ここは、加納紅羽というクラスメイトが暮らすマンションだ。


この加納紅羽という少女は、マンションにメイドさんがいる所からも分かる通り、生粋のお嬢様である。


このマンションだって、一棟丸々加納家の持ち物であり、その内の最上階のフロア全部が紅羽の部屋として使われている。


何でこんなことになっているかというと、紅羽が実家の権力を使ってUSOの第一期プレイヤーとして潜り込む条件に、新しいVRギアのモニターをすることが挙げられた。そして、そのモニターには俺達も参加することになっていて、モニタリングの為に、全員同じ場所からのアクセスを強要されたのだ。


だから俺達は紅羽の部屋に集まっているという訳なのだが……。


正直、モニターをすることに異議があるわけじゃない。新しい機器がタダでもらえるんだから文句が有ろうはずがない。


ログインする場所が決められているのも問題はない。まぁ、モニターという性質上、固まっていた方が管理しやすいというのもよくわかる話だ。


多少の不便があるとはいえ、それで紅羽も一緒に遊べるのであれば、何の問題もあるわけがない。


問題があるとすれば……。


「お嬢様方は隣の部屋のベッドを使用していますので、くれぐれもおかしな気を起こさないようにお願いします。」


「しないからっ!」


俺は即座に否定の言葉を投げる。


そう、問題なのは、すぐそばに無防備な女の子、しかも全員美少女がいるという事だ。


モニタリングを任されているマキナさんは、最初俺も彼女たちと一緒の場所にしようとしていたのだが、それは不味いといって隣の部屋にしてもらったのだ。


いくらログイン中は意識がゲームの中に入り込み、肉体はただ寝ているのと同じ状態だとはいえ、さすがに同じベッドで横になるのは不味いだろう。


俺は、思春期を迎えた年頃の男が如何に危険なものであるかを力説し、何とか別の部屋をもぎ取るのに成功したのだが、マキナさんの勝ち誇ったような顔を見るに、俺は色々と言わされたのではないか?いいように嵌められたのではないか?という疑問が頭の中をグルグル回っていた。


その証拠に、マキナさんへの説得が成功したにも関わらず、何故か紅葉達が引いていて、俺を見る目が冷たかったのだ……。



「ところで、涼斗様はメイドはお好きですか?」


「勿論」


色々と考えを巡らせていたところに、唐突な質問を投げかけられ、つい本音で応えてしまう俺。


「そうですか、ゴメンナサイ。私はお嬢様に使える身。例え、無理やり穢されたとしてもこの心だけはお嬢様のモノです。簡単に奪えるとは思わないで下さいね。」


「なんの話だよっ!」


「冗談です。」


……当たり前だ。冗談じゃなきゃ困る。


「ところで、涼斗様。」


「なに?」


俺はマキナさんの言葉に警戒心をマックスまで上げる。この人絶対また変な事を言う気だ。


「ネコ耳は最高ですよね?」


「勿論!至高にして最高。それがネコ耳だ。」


「そうですか……ではネコ耳メイドは?」


「究極の存在です。」


「ごめんなさい。ネコ耳つけようと思いましたが、涼斗様に襲われそうなのでやめておきます。」


「いや、こちらこそゴメンナサイ・・・・・・。」


もう嫌だ、この人。何を言っても陥れられそうな気がする。


「そろそろ時間ですね。ゆっくりとお楽しみください。」


サービス開始時刻がコクコクと迫ってくるなか、俺はメイドさんに見守られながら、人生初のVRの世界に身を委ねるのだった。



「ン、ここは?」


俺が覚醒した場所は、薄暗い小さな部屋の中で、小さな机の上にキーボードとモニターがあり、その横には姿見があるだけの殺風景な場所だった。


本来であれば、ここでキャラメイクをする仕様になっているのだが、このサービス開始にあたり大幅な混雑が予想されたため、メイキングサーバーがあらかじめ開放されていた。


だから俺はすでにキャラメイキング済であり、後は机の上にあるキーボードを使ってメイキング完了のボタンを押すだけ。それでゲームを始めることが出来る。


俺は机に向かい、キーボードを操作する前に、最終確認という事で姿見を見る。


そこには、少し長めの漆黒の髪に金色の瞳。目指すは暗黒魔剣士、という事で敢えて黒一色に染めた初期装備。厨二病溢れる姿の「リョウ」がそこに映っている………筈だったのだが。


「何で……何でぇ、女の娘になってるよぉ。」


耳に届く自分の声もやや高めだ。


姿見に映っていたのは、腰まである長い銀髪に、紅と蒼のオッドアイの瞳。パステルグリーンを基調とした初期装備に身を包んだ少女……『』の姿がそこにあった。


「何で、何でよぉっ。」


俺は机のコンソールに向かってメイキング画面を開く。


そこには先ほど姿見で見た『リオン』のモデルが映っている。


その横にある「初期化」ボタンを押して、キャラ作成前に戻す。


画面の『リオン』が消え、初期画面のアンダーウェア姿のが代わりに映る。


「何で?何でなのっ?」


一体何が起きているんだ?


VRと言う特性上、アバターは中の人物を基本ベースにし、その誤差は1cm程度までしか許されない……唯に言わせればその1㎝が大きな差だというのだが、今はそんな事どうでもいい。


その仕様は、本体とアバターかけ離れていると、操作感覚に齟齬が生じ、バグが起きやすく身体への異常な負担がかかる可能性があるからなので、プレイヤーは当然として、運営サイドでも仕様変更は出来ないようになっている。


当然、性別を偽ることなど出来ないから、ネカマプレイなど出来るはずもない。


だからこそ、リオンの正体をバラすかどうかで悩んでいたのだが……。


最も、現実と同じで女装は出来るので、やろうと思えばできなくもないのだが、それこそバレた時の気まずさを考えると、普通ではできない。


なのに、何故か俺のアバターの基本ベースがになっている。


性別はもとより、キャラ名まで、固定されていて変更が出来ない。


さらに言えば、リオンの最大の特徴である銀色の髪色、紅蒼の瞳の色も変更できない。


変更できるのは、誤差の範囲での身体のサイズ変更と長さを含む髪型、そして初期装備だけだった。


「マジですかぁ。」


俺は改めて姿見を見る。


ウンどこからどう見ても少女そのものだ。


俺はふと気になって、アンダーウェアのトップに手をかける。


仕様上、アンダーウェアの変更は可能でも外せないようになっているのだが、女の子のトップスだけは別であり、外すことが出来るという謎仕様になっている。


所謂「ポロリもあるよ」が出来るようにするためだとか……運営何を考えてるんだ?

でもGJ!


俺は思い切ってトップスを外すとそこには形の良い乳房があらわになる。


ごくっ……。これが女の子の……。


思わず手が伸びるが、触れる寸前にアラートが鳴り響く。


『警告、その行為はハラスメント行為にあたります』


……自分の胸に触るのもハラスメント?


なんとなく釈然としないものを感じながら、俺はコンソールに向き直り、何とかならないか試行錯誤を繰り返す。


この時点で紅羽たちをかなり待たせていることになるが、事前の打ち合わせで、10分以上遅れた場合は、それ以上待つことはせずにチュートリアルクエストを始めることに決めてある。チュートリアルを終えた後は、近くの森に行って狩りをしながら戦闘に慣れる、そこにいるのは長くても1時間。そしてその後は待ち合わせ場所に戻り、30分待っても会えなければログアウトする、とその後の行動についても詳細に決めておいた。


こうすれば、何かトラブルがあって遅れたとしても迷惑をかけるのは最小限で済むし、遅れた場合も合流がしやすくなると考えたからだ。


だから、今頃みんなはチュートリアルを始めているはず。


いっしょに行けなくてゴメン、と心の中で謝りながら、俺は再度キャラメイキングに向かう。


どうやってもリョウが作れないのであれば、このリオンを完璧に仕上げるしかない、俺はある一種の使命感に燃えながらキャラメイクを続けるのだった。



「はぁ、どうしよっか。」


俺は噴水広場の片隅のベンチに座り込みため息をつく。


腰まである長い銀髪が陽の光を浴びて煌めく。


周りのプレイヤーがチラチラこっちを見ているのはわかっているが、今はそれどころじゃない。


結局、リョウとしてログイン出来ず、リオンとしてログインするしかなかったのだが、問題はこの後だ。


このままログアウトして、後でトラブルがあってUSOにログインできなかったと誤魔化すか、リオンとして合流し、すべてを話してしまうか。


そんなことを考えていると、不意に陰るのに気付き顔を上げる。


「よぅ、なにか悩んでいるのかい?よかったら相談にのるぜ。」


眼の前にいたのは、一見イケメン風の剣士。だけど喋り方や態度にゲスい下心が丸出しになっているため、できれば近寄りたくない。


「あ、別になんでも無いですから。」


俺は立ち上がってその場を去ろうとするが、その腕を男に掴まれる。


「いいじゃねぇか。ちょっとぐらい付き合えよ。」


「離してっ!ハラスメント通報しますよ。」


男が無許可で触れてきた為に目の前に通報画面が浮かび上がる。


「やってみろよ?」


男は素早く、掴んでいる俺の腕を後ろ手に回し、もう片方の腕も掴む。


俺は通報ボタンを押そうとするが、腕を拘束されているので、コンソールの操作ができない。


………クソ、バグかよ。


運営としても初めてのVRなので、他にもこういう不具合があるに違いない。


そもそも、こういうバグを見つけるために普通はβテストをするはずなのに、それをすっ飛ばして公開を急いだあたり、俺にはわからない大人の事情ってのがあるのかも?


……っとそれどころじゃない。


俺が通報出来ないのを知っているのか、男が遠慮なしに俺の身体を弄りはじめる。


背筋がゾワッと逆立つ。無茶苦茶気持ち悪い。


「その娘を離しなさいよっ!」


俺がなんとか逃れる術を模索していると、遠巻きに見ているギャラリーの中から声があがる。


「貴方達も、女の子が襲われているのにただ見ているだけって、恥ずかしくないのっ?」


「白昼堂々と痴漢行為するバカもサイテーっすけど、それを見ているだけって言う情けない事だけはしたくないっす。」


声を上げて前に出てくる3人の女の子。


奈緒美、紅羽、唯の3人だ。


「あぁん?何いってんだよ。お前らには関係ないだろ?それとも何か?お嬢ちゃんたちが遊んでくれるっていうのか?」


奈緒美達の登場に、俺を拘束していた男の気がそれ、掴んでいる力がわずかに緩む。


………いまだ。


「遍く聖なる光よ、邪を打ち払え!『バニッシュ』!!」


男の目の前に眩い閃光が放たれる。


聖属性の初級魔法のバニッシュ。下級のアンデットに対して浄化するだけで、アンデット以外にはまるで効果のない、はっきり言ってほとんど役に立たない魔法だが、発動する時の閃光エフェクトをいきなり目にすれば、目眩まし代わりにはなる。


そして、今はそれだけで十分だった。


眩しさのあまり、目を抑えようと男は自然と俺から手を離す。


俺は自由になった手で、すぐさま通報ボタンとGMコールを押す。


そして、男がら空きになった背中を蹴り飛ばし、眩しそうに目を覆っている菜緒と紅葉の手を取り、唯には「あと宜しく」と声をかけてその場から逃げ出した。


「ハァハァハァ……ここまでくれば大丈夫よね。」


「はぁはぁ……多分……ね。」


「はぁはぁはぁ………いきなりの全力疾走はキツイわ。」


「……ハァハァ……助けてくれてありがと。でも、女の子があんな危険な事しちゃダメだよ。アイツラ仲間もいたんだから。」


俺は二人にそう注意を促す。さっきはうまく逃げられたのだが、下手すれば、周りにいたあのゲス男の仲間たちにつかまっていたのかも知れないのだ。


「あ、ウン。でも放っておけないから。」


「ううん。私こそ助けて貰ったのに生意気言ってゴメンね。」


俺は紅葉に謝罪しながら、ハラスメントに関するバグのことを話す。彼女達が同じような目にあったら嫌だからな。


「そんなことがあるのね。」


「そうそう。リアルって言えばリアルだけど、配慮が足りないよねぇ。」


俺と紅葉が話している中、奈緒がジーっと俺を凝視しているのに気づく。


「ねぇ、間違ってたらゴメンだけど、リオンってもしかしてあのリオンちゃん?」


……マズっ、忘れてた。


「あ、えーと、その……、あのってどのあのなのかなぁ……なんて。」


俺が必死に誤魔化そうとしていると、運営からのアラートが飛び出てくる。


『本サービスは只今より緊急メンテナンスを行います。順次ログアウトされることをご了承ください。』


助かった……と思う暇もなく、俺の視界はブラックアウトし、気づけば見知らぬ部屋のソファーに横になっていた。



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