第4話 デートと打ち合わせ
「お待たせ〜。待ったぁ?」
「あぁ、1時間待った。」
「ぶっぶーぅ!そこは「今来たところだ」っていうモンじゃないですかねぇ?」
唯が頬を膨らませて文句を言う。
実際約束の時間までにはまだ十分あるのだが、待ったことに違いはないので、はっきりと言っておく。
「そういうのは少女漫画の世界だけで充分だろ?真の男女平等を目指す俺にとっては、はっきりと言っておく必要があるというだけだ。」
「はぁ、そういうモンですかぁ?」
「そういうモンだ。」
唯とくだらない話をしていると、向こうから二人の美少女が連れ立ってやってくる。紅羽と奈緒美だ。
「ごめーん、待った?」
申し訳なさそうに言う奈緒美。
「いや、今来たところだ。それにまだ約束の時間前だしな。」
俺はそう言って、時計台を指さす。
その針は約束の5分前を指し示していた。
「ぶーぶーぶー。なんか私の時と態度が違い過ぎませんかねぇ?」
「気の所為だ。」
「ぶーぶー、うっそでぇす。この男は「1時間待った」と私に言いましたぁ。大体デートの待ち合わせというのはですねぇ……。」
唯が喚き始める。煩いので放置して場所を移動することにする。
「あー、置いて行くなぁ、バカぁ。」
気づいた唯は慌てて後を追いかけてくる。
「大体一時間も前に来るなんてぇ、そんなに唯とのデートが楽しみだったんですかぁ?」
「うるさいよ。」
俺は唯の口に、駄菓子屋で買った棒付きキャンデーをツッコむと、大人しくなる。
流石、飴ちゃんの威力は偉大だ。
「えっと、それでまずはどこに行くのかしら?」
「特に決めてないし、適当にぶらつけばいいだろ?で、昼を食べながら打ち合わせでいいんじゃないか?」
「うん、それでいいんじゃないかな?」
俺の言葉に奈緒美が同意してくれる。
「そうと決まればっ!」
唯が俺の前に出て、ビシッと指をさす。
「先輩の男ぶりを見せて貰いましょう。まずはファッションチェックですっ!」
「ファッションチェックだぁ?」
正直ファッションセンスに自信はない……可愛い格好であれば、リオンのおかげでそれなりに自信はあるのだが、女物のファッションにかまかけていたため、自身のファッションに関しては全くと言っていいほど自信がなかった。
今日の格好だって、ニットのシャツにスリムラインのジーンズ、温度調節のためにパーカーを羽織っているという、ダサくはないだろうが、決してカッコいいわけではないという微妙なラインだ。
「そうですっ!先輩も男なら可愛い彼女のコーディネートをするべきですっ!」
「どこに可愛い彼女がいるか分からんが、要は唯の服を選んでほしいって事でいいのか?」
「あ、ハイ……正直、今日の奈緒ちゃん可愛いので、横に並んで見劣りがしない服装が欲しぃ……ですぅ。」
急に真面目なトーンでしおらしくなる唯。
唯の格好も十分可愛くはあるのだが、今日の奈緒は薄いブルーのサマーワンピースで来ている為、お嬢様度が上がっている。
さらに言えば紅羽の格好も、奈緒と色違いのお揃いで、隠しきれないお嬢様オーラもあり、傍から見れば、お嬢様美人姉妹に見える。
対して唯の格好は、明るめのニットのシャツにチェックのミニスカート。
女子高生らしい可愛い格好ではあるのだが、奈緒たちの横に並ぶと温度差が激しいのだ。
ただ中唯も十分可愛いし、唯らしさが出ていて十分似合っているのだから気にする事無いのに、と思う。
大体、それを言うなら俺の格好は……言わずもがなではあろう。
「じゃぁ、まずは適当な店を見て回ろうか。」
そう言って美少女三人と連れ立って歩く。
当然目立つ。目立ちまくる。すれ違う人……特に男たちは紅羽たちに遠慮ない視線をぶつけてくる。……が不思議と絡んでくるものはいない。
きっと陰からSPとかいうのが牽制してくれているのだろう。きっとそうに違いない。
俺は視界の片隅に入るメイド服をあえて見ないようにしながらウィンドショッピングを続けるのだった。
「あのぉ、先輩……。」
唯がコッソリと近づいてくる。奈緒と紅羽は少し離れたところでワンピースを見ている。
「どうした?」
「確かに、素敵な服が一杯あるんですけどぉ……。」
唯が半べそをかきながら値札を見せてくる。
「あぁ、分かってるよ。ところで、予算はどれくらいなんだ?」
「ハイ、実は今月は色々入用だったのでぇ……。」
そう言ってこそッと告げてくる金額は、俺の予想よりは大目ではあった。
「結構持ってるんだな。」
「それはまぁ、バイトとかしてますからぁ。それに、女の子のファッションはお金がかかるんですよぉ。」
「それな。」
俺は唯の言葉に激しく同意する。
何で女の子の服ってあんなに高いんだろうか?
しかも、世の中にはデートの度にホイホイとプレゼントする奴もいるという。
くそっつ、リア充は皆爆死してしまえ。
「まぁ、事情は分かっているから俺に任せておけ。それより、これとこれとこれ、試着して来てみ?」
「えっと……お高いですね。」
値札を見た唯が顔を引きつらせる。
「大丈夫だ。試着はタダだからな。」
そう言って試着ルームへと唯を押しやる。
周りを見てみると、紅羽と奈緒が、店員に捕まって色々と勧められていた。
しつこいようであれば助けに入らないとと思ったが、紅羽が楽しそうに会話しているので、大丈夫そうだ。
「あのぉ、先輩、いますかぁ?」
試着室のカーテンが少し空き、唯が顔をのぞかせる。
「どうした?」
「えーッと、あんまり似合ってないかも?」
そう言っておずおずと姿を現す唯。
レース多めのオフショルダーのトップスに、ミニのフレアスカート。
確かに普段の唯とは逆方向のファッションなため、本人は自信がないのだろうが、唯自身の可愛らしさを十分引き出している。
「いや、十分似合ってるから大丈夫だ。」
「そ、そうかな?」
少し顔を赤らめる唯。
「まぁ、素敵ですねっ。彼氏さんもこんな可愛い彼女さんの姿を見れば満足でしょう。」
そこにいつの間にか現れた店員がべた褒めを始める。
「今日は彼氏さんのプレゼントですかぁ?いいですねぇ。」
「彼氏じゃないし、プレゼントする気もないですから。」
俺は店員にすげなく答えながら唯に着替えるように伝える。
唯の眼に落胆の光が浮かんだのはきっと気のせいだろう。
「唯ちゃん、さっきの服買わなかったの?」
「えぇ、良く似合ってたのに。」
「あ、アハハ……。」
戻ってきた唯に、奈緒と紅羽が声をかけるが、それに対し、曖昧な笑みで誤魔化す唯。
まぁ、お金がないから買えないとは言えないよなぁ。
さっきの店は比較的お手頃価格のセレクトショップで、社会人であれば買えるのだろうが、学生の身分では、やはり敷居が高い。
だから俺は次にアウトレット専門の店に入る。
アウトレットとは言ってもそれなりにお高いのもあるのだが、それでも先程の店で買うより遥かにお得ではある。
そして、安く数を揃えたいのであれば、B品なども狙い目だし、この店は、初めからアウトレット品として素材を変えて作られたものも数多く取り揃えているから、探せばそれなりに揃うのだ。
俺は、数ある衣類の中から、先程唯が試着したものと似たようなものを探していく。
1時間後……。
嬉しそうな顔で奈緒に腕を絡めて歩く唯の姿がある。
「はぁ、涼斗くんって女の子の服に詳しいのね。少し意外だったわ。」
楽しそうにしている二人を見ながら紅羽が呟く。
「あぁ、これでも、ゲーム内では可愛い格好の研究をしていたからな。」
「……理由を聞くとドン引きね。」
「うるさいよ。」
いいんだよ。俺は可愛い女の子を見るのが好きなんだよ。
「キモッ、ってこういう時に使うのね。勉強になるわ。」
俺の心の声が漏れていたらしく、紅羽がそう言う。
えっと、マジに距離を置かれると非常に傷つくのですが。
俺は落ち込みながら二人の後をついて行く。
「でも、唯ちゃんだけにプレゼントって、少しジェラシるわね。」
紅羽は唯の首元に視線を向けながら言う。
そこにあるのは赤色のチョーカー。
トップスがオフショルダーの為、首元が淋しいだろうと、適当に選んだものをプレゼントしたのだ。
因みに渡した時の唯は「やっぱり、唯に首輪をつけたいんですね。仕方がないので、先輩のワンちゃんになりますよ。」とくだらない事を言っていたのでハリセンでしばいておいた。
くそっつ、二度とプレゼントなんてしないからな。
「そう言われると思ったから二人にも用意してあるよ。でも今日の格好に似合わないからな、帰りに渡すつもりだった。」
俺はそう言って包みの一つを紅羽に渡す。
「えっと、ホントにあるとは思わなかったよ……。開けていい?」
俺が頷くのを見て、紅羽が包みを開ける。
中からは薄いブルーのリボンが出てくる。
紅羽の長い髪にはぴったりだと思う。
因みに、奈緒へのプレゼントは猫耳がついたカチューシャだ。
嬉しそうにしている紅羽を見ながら、俺は違和感を覚える。
俺はこんな気が利くような男じゃなかったはずだ。
しかも、女の子にこうして平気でプレゼントできるような男じゃない。ヘタレなのは自覚していたはずなのに……。
そんな事を考えながらも、紅羽の笑顔を見ていたら、ま、いっかという気持ちになる。どこかで「可愛いは正義」という声が聞こえた気がした。
◇
「へぇ、こんな所があったんですねぇ。」
割とマジに感心する唯。
「うぅ、女子力でセンパイに負けてる気がするよぉ。」
半べそをかきながらサンドウィッチを齧る奈緒。
「でも、すごく素敵な雰囲気のお店ね。料理もおいしいし。」
上品にサラダを口にしながら感想を述べる紅羽。
三者三葉ではあるが、気に入ってもらえたみたいでよかった。
この店は、リオンの内面補完計画の一環として、「女子受けする、如何にも女子高生が好みそうな映えるカフェ」を探していて見つけた場所だ。
ただ、その条件に当てはまり過ぎていて、男子高生が一人で入るには敷居が高すぎて、内部の調査が非常に難しかった。
それでもあきらめ切れず、紆余曲折の末、バイトとして働くことが出来、無事に内部の状況を知ることも出来た。
「でもここって、何処かで見た事あるような……。」
「あ、それ私も思った。」
奈緒と唯がそんな事を言う。
「あ、リオンちゃんのブログ。」
「そうだよ。リオンちゃんの休日の過ごし方とかっていうので一度アップされてたよね。」
……マズい。気づかれた。
確かに、女子高生っぽく擬態するために『おしゃれカフェでランチ』とか銘うって写真を上げた事が有る。
しかもあざとくパフェの写真を載せて、「ランチじゃねぇっ!」ってツッコミ待ちをするくらいのあざとさで、だ。
しかし、それも結構前の事なのに、よく覚えているよなぁ。
女子高生の記憶力に舌を巻く思いだった。
「って事はリオンちゃんてこの辺の人かなぁ?」
「そうかもね。他にもこの辺のことっぽい話題が出ることもあったし。」
唯の疑問に奈緒がそう答える。
マズい、まずい、これ以上詮索されない為にも話題を変えよう。
「どうだ唯、ここなら文句ないだろう?」
「うー、悔しいけど満点です。最初サイゼって言い出した時は正直ないわーと思いましたけどね。」
唯が俺の目論見通りに誘いに乗ってくる。
「何でだよ。サイゼいいじゃないか。ドリンクバーがあるんだぞ?」
サイゼ……正式名称をサイゼーズナルドと言い、全国展開をしているファミリーレストランだ。
ファミリーレストランではあるが、テイクアウトも充実していて、しかも安い。
ちょっとしたお昼にサイゼのバーガーを買うもよし、放課後にドリンクバーだけで何時間も粘るのもよし、という、学生必須の場所なのだ。
「いやいや、センパイ、女の子との初デートでサイゼはないよぉ。」
唯の言葉に乗って奈緒までそんな事を言い出す。
「世の中には分不相応という言葉があってだなぁっ、学生時代はみんなサイゼで過ごすと法律で決まってるんだよっ!」
「そんな法律ないよっ!」
くだらない言い合いをしていれば、目論見通り、奈緒と唯の意識がそれる。
しかし、唯と奈緒が、すでに先程迄の話題を忘れたようで、ホッとひと息つきかけたところに、紅羽が燃料を再投入する。
「でも涼斗くんがこのような場所を知っているのは意外よね。」
……ちょっと、紅羽さん、鎮火しかけたところにガソリン注ぐのはやめようよ。
「あー、でもセンパイなら、知っていても不思議じゃないよね?」
奈緒が、全部知ってるぞ、というような目で見てくる。
これは自白しろと言っているのか?そこまで俺を追い詰めるのか?
「え、えっ、どういうこと?」
唯が俺と奈緒の顔を交互に見る。
クッソっ、言うしかないのか……。
追い詰められた俺は、諦めて口を開く。
「実は俺は、リオンの……。」
「ストーカーなんだよね?」
中の人だ、という前に奈緒がストーカーという言葉を口にする。
「えー、マジキモイです。正直ドン引きですよぉ。」
俺が何を言う間もなく唯がそんな事を言って、俺から距離を置く。
お前だって奈緒のストーカーのくせに。
「ハイ、もう、ストーカーでいいです。」
俺は力なくそう呟くのだった。
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