第3話 紅羽とUSO
「私もやる。」
紅羽がそんな事を言い出したのは、毎度おなじみとなった屋上でのランチタイムの事だった。
先々週、奈緒美に拉致されて屋上でランチタイムを過ごしてからは、俺と奈緒はほぼ毎日、紅羽は2~3日に1回の割合で屋上で昼休みを過ごしている。
そして今日も、ご多分に漏れず3人でランチタイムを過ごしている訳なのだが……。
「……あ、センパイ。その玉子焼き貰っていいですかぁ?」
紅羽の言葉を華麗にスルーした奈緒美は、俺の弁当箱の中から玉子焼きを攫って行く。
「聞いてる?私もやるって言ってるのよ?」
「クゥ、このから揚げ、悔しいけど美味しぃ。センパイ、コレ下味付けてますよね?」
紅羽が再度言葉を発するが、それでも奈緒美はスルーしたまま俺の弁当箱の中の唐揚げを奪う。
って言うか、奈緒の奴、さっきから俺の弁当を食べていて、自分の弁当には手を付けてないよな?
「私もやるって言ってるのよっ!」
奈緒が三度攫って行ったたこさんウインナーを、紅羽が横から奪い、自分の口に入れながらそういう。
「えっと、クー姉ぇ。一応聞くけど、何をやるの?」
「だから、その、ゆーえすびー?てのを私もやるのっ!」
「あー、USOな?USBとは違うからな。ちなみにアメリカでもないからな。」
USO……アルティメットスキルオンライン。SLOの運営会社が新しく始めるMMORPGのタイトルだ。
しかも、業界初のVRMMOという事で早くも話題を集めていて、すでに事前登録の人数は3万人を超えているという。
「やるのは別に構わないけど、クー姉ぇって、ゲームやった事あるの?それ以前にそんな時間ある?」
「ゲームはやった事ないけど……それに忙しいのも確かだけど……それでも、学校から帰った後や寝る前に1~2時間ぐらいの時間は作れるし、それに何より、私だけ仲間外れはイヤなのっ!」
「あー、なんかゴメン。」
紅羽の告白に俺は素直に謝る。
この屋上でのランチタイムでの話題はSLOを中心としたゲームの話題が90%以上を占める。
意識している訳でなく、というか、むしろ意識して他の話題を振ってはいるのだが、気付けばゲームの話題で盛り上がることになるのだ……俺と奈緒美で。
結果として、話題について行けない紅羽が取り残されることになる。
「大体、教室で碌に話もしてくれなくて、ここでも放置って酷過ぎない?」
……なんか、攻撃の矛先が俺の方に向いた気がする。
「いや、そう言われてもなぁ……。」
先日の奈緒美の襲来により、教室の中の雰囲気が微妙に変わった。
具体的に言えば、俺を見る目が変わったというべきだろうか?
それまで目にも入っていなかったのに、そこにいる、と認知されるような、そんな感じ。
そして、紅羽が俺の事を「涼斗くん」と名前で呼ぶことから、その視線に殺意がこもるようになった。
さらに言えば、俺が紅羽のことを名前で呼び捨てにしていることが知れ渡ってからは、その殺意が増した……というか、もうほとんど殺意しかないと言ったほうがいいかもしれない。
とは言っても、紅羽の眼がある手前、表立って教室内で行動を起こすやつはいなかったことについてだけは、紅羽に感謝している。
そうでなければ、今頃俺は不登校になっていたに違いない。
「でも、先輩のお弁当、本当に美味しいよね。」
何事も無かったかのように、奈緒が俺の弁当を食べ続けている。気づけばおかずは殆ど空になっている。
「あ、奈緒ばっかりズルい。」
さっきまでの怒りはどこへやら、紅羽が残った俺のおかずを強奪していく……別にいいけどね。
「って言うか、お前ら自分の食え。……中身は同じなんだから。」
そう、今日の3人のお弁当の中身は一緒……全て俺が作ってきたからだ。
こんなことになった理由は単純で、俺が奈緒の煽りに簡単に乗ってしまったからというだけだ。
俺は一応料理は出来る。まぁ一人暮らしをしているから、適当に出来るだけ……となっているが実はそれなりの腕前だという自負はある。
というのも、すべてはリオンとして擬態するために得た技術だったりする。
料理がおいしかったり、お菓子作りが得意、というのは、女子力アップ、あざとさアピールには欠かせない必須スキルなのだ。
しかし、ネカマバレしないためには、上辺だけの会話だけではだめで、リアリティを持たせるためにも、実際に自分が出来る必要がある。
その為だけに必死で覚えた料理とお菓子作り……今ではバレンタインデーに手作りのガトーショコラを用意できるだけの腕前はある。
……実際に作って画像アップした後、泣きながら食べた、辛い思い出は封印モノではあるが。
なので、俺の作ったお弁当の評価が高いのは当たり前なのだが……おかしい、なんでこうなった?
俺はただ「女の子の手作り弁当は男のロマンだ」という話をしただけなのに。
「まぁまぁ、先輩には私のを上げるから。はいあーん……。」
そう言って唐揚げを箸で摘まみ上げて俺に差し出す奈緒美。
……これは、男子の永遠の憧れ、美少女のあーん、っていう奴か。
俺は期待に胸を高鳴らせながら口を開こうとする。
パクっ!
俺の口に収まるはずだった唐揚げが何者かに横から奪われる。
「ムグモグ……。甘いですよ……ムグモグ……奈緒ちゃんのあーんは私のモノです……クッ、マジに美味い……。」
「ちょ、おまっ、何してくれるんだよっ!俺のロマンを返せっ!」
俺はその闖入者の肩を掴みガクガクと揺さぶるが、時すでに遅く、唐揚げは、目の前で、ゴクンと飲み込まれてしまう。
「ふっふっふ、例え先輩と言えども、譲りませんよ。奈緒ちゃんの初めてはすべて私のモノですよ。」
「くっ、この変態がっ!」
「三股先輩に言われたくありませんねぇ。」
「誰が三股だっ!」
目の前でうそぶいている少女は笠原唯。奈緒美と同じクラスなのだそうだ。
なんでもクラスではいつも奈緒美にべったりと引っ付いているとか。
そんなんでも、コミュ力は高いらしく、コミュ障気味の奈緒美がクラス内で沈まないのも、半分以上唯のおかげらしい。
だけど、その中身は、単なる奈緒美のストーカーだ。
今も……と言うか、先日からずっと奈緒美の側に引っ付いていて、俺の邪魔をしている。
「ふふん、知らないんですか?噂されてますよぉ?校内トップ5に入る才媛且つ美少女の加納紅羽先輩、妹にしたいランキングNo.1の朝霧奈緒美ちゃん、そして新入生美少女ランキング11位の笠原唯ちゃんの三人を毒牙に駆けようとするストーカー先輩、浅羽涼斗とはあなたの事ですっ!」
「くっ、そんな噂が。……ってか、ランキング11位ってすごいけど微妙だよな?」
「うるさいですよっ!」
一学年が300人を超える学園内で、女生徒の数が半分としても、その中での11位となれば、かなりの美少女と言える。
実際、目の前の唯は美少女と言うに相応しい容姿を持っている……黙ってさえいれば。
「ちなみに、その噂を流しているのは私です。」
「そうか、お前か……。」
俺は黙って唯の顔を掴みアイアンクロ―を決める。
「い、痛っつ、いたたっ……、痛いですよ、先輩ッ!」
「痛くしてるんだよっ!痛くなきゃ御仕置にならんだろうがっ!」
「この美少女たる唯ちゃんを調教して自分の思い通りのペットにしようだなんて、なんて鬼畜……。そんな変態先輩は社会的に抹殺されるべきですっ!……あ、私の首輪は赤色にしてくださいね。」
「してほしいのかよっ!って言うか何で首輪用意してるんだよっ!」
唯の手には首輪が3本あり、その中でも赤色の首輪には「ゆい」とひらがなで書かれたプレートが付いている。
ツッコみどころの多い後輩を前に、俺は全面降伏をする。このまま続ければ昼休みが突っ込みだけで終わってしまう。
というか、首輪をつけた唯を想像して、いけない妄想が広がりそうになる。
「クックック……想像してますね?想像してるでしょ?…どうです?唯に首輪をつけてお散歩したくなりませんかぁ?……ゆいはいつでもOKだわん。」
……くっ、痛いところを突く後輩だっ!これでネコ耳をつけていて、語尾が「にゃん」だったら完全に堕ちていた。
……ってか、そこっ、ネコ耳をつけないように、奈緒美さん。襲いたくなっちゃうでしょうがっ!
「いい加減にしなさいっ!」
スパーン!スパーンッ!
甲高く小気味いい音が屋上に響く。
いつの間にか紅羽がハリセンを手に睨みつけていた。
「「ゴメンナサイ」」
俺と唯はその場で深々と頭を下げる。
……くそっつ、俺としたことが、またこいつに乗せられてしまった。
「あ、っと、ええと、えぇと……。あ、そうだ、クーちゃん先輩もUSOプレイするんですかっ?」
紅羽の怒りの矛先を変えるかのように、話題を逸らそうとする唯。
「あ、うん、そうなのよ。」
その目論見は成功し、紅羽がハリセンをしまいながら言ってくる。
「だったら、だったら、その話をしましょう。サービス開始まで時間もないですからね。実は唯も事前登録してるんですよ。しかも第一期プレイヤーに当選済ですよぉ。」
USOは今月末から始まるGWに向けてサービスが開始される。そして当然のごとく多数のプレイヤーの参戦が見込まれ混乱必至である。
そんな混乱を避けるため、サービス開始の1か月は事前登録された中から選ばれた者だけがプレイできる仕様になっている。
その数5千人。ちなみに俺も奈緒も第一期のプレイヤーとして当選済である。というか、元SLOプレイヤーはサービス終了前のアクティヴ時間数によって当選しやすくなっているらしい。
「えっと、どういうこと?」
まぁ、当然ではあるが、紅羽はそういう事情を知らなかったらしく、登録すれば一緒に遊べると思い込んでいたらしい。
しかし現実とは残酷なもので、今から事前登録しても、登録プレイヤー数の関係上、早くてもプレイできるのは1か月後になるだろう。下手すれば半年先という事もあり得る。それくらい事前登録者の人数が増えているのだ。
そんな事を唯が紅羽に説明すると、紅羽はその場に蹲り首を垂れる。
「そんな……じゃぁ、登録しても一緒に遊べないって事?」
「えーッと、残念ですが、そう言う事になる……かな?」
「……そう、わかったわ。」
暫く項垂れていた紅羽だったが、顔を上げると、何かを決意した表情で何処かに電話を掛ける。
「あ、マキナさん?……そう、そのUSOって……。うん、そうね……。……そうなの?じゃぁそれもお願い。……あ、うん、奈緒も一緒。後友達……?が二人……うん、うん……。その辺りは任せるわ。……うー、それは仕方がないわね。うん、じゃぁお願い。」
電話を切った紅羽が、すごくいい笑顔を俺達に向ける。
「私も、その第一期?でプレイできるようになったわ。」
「……一応、どうしてそうなったか理由を聞いても?」
「あ、うん、このUSO?を運営している会社ってお父様が出資している系列の子会社らしいの。だからすんなりと話が通ったわ。」
……金持ち怖ぇ。
「ただね、条件がいくつかあって、その……みんなに協力してほしいのよ。」
「条件?強力って?」
奈緒美が少し警戒しながら訊ねる。
「そんなに難しい事じゃないわ。モニターに協力することよ。」
「モニター?」
「えぇ。なんでも、運営の親会社の一つが、VR?の機械の開発をしているらしくてね、その試作品のモニターをするっていうのが条件なの。」
「それって最新のVRギアが使えるって事っすか?そのVRギアはモニターが終わった後は……。」
「勿論差し上げるわ。ただ試作品だからその後の保証はないけど、それでもいいならね。」
「やります、やるっす、やらいでかっ!ね、ねっ、奈緒ちゃんもついでの涼斗センパイもやりますよねっ!」
いきなりテンションが上がる唯。
それはいいのだが、腕を絡めてくるなよ、当たってるだろ?……って言うか、柔らかい……。
「まぁ、クー姉の為ならそれくらいは、……いいよ。」
そう言いながら、さりげなく俺と唯との間に割り込み、俺の腕を両腕で抱きしめる。
ってか、当たってるあたってる。
後、最後の「いいよ」ってところ俺を上目遣いで見上げながら言ってたけど、他意はないですよね?
勘違いしそうになるので、マジにやめてください。
ってか、こういう勘違いを誘発させるような揶揄い方は、質が悪いので自粛するように。
キーンコーンカーンコーン……。
押し付けられた柔らかさに、クラクラ―ッと血迷いそうになりかけた時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
「あ、予鈴だね。行かなきゃ。」
当然のごとく俺から離れる奈緒美……非常に残念だと思ったことは内緒である。
「まだ詳しい事話してないのに。」
残念そうに言う紅羽に唯がある提案をする。
「じゃぁ、明日どこかに出かけましょうよ。で、ついでにその打ち合わせをしませんか?」
「そうね……いいわよ。」
紅羽が少し考えてからそう返事をすると、奈緒美も「OK」と頷く。
「じゃぁ、明日朝10時に駅前集合でいいですか?……先輩、遅れないでくださいよ?」
唯が俺に向かってそう言う。
「って俺も?」
「当り前じゃないですか。USOの打ち合わせですよ?」
「……まぁ、そう言う事なら……。10時に駅前だな。」
「そうでーす。(美少女三人とのデートですよ。期待してますね)」
唯はすれ違いざまにそう囁くと、奈緒の手を引っ張って、そのまま屋上を後にする。
「じゃぁ、先に行くわね。」
紅羽がそう言って階下へ続く階段を下りていく。
紅羽と一緒に戻ると、何を言われるか分からないから、時間差をつけているのだ。
紅羽は「そんなの気にしなくていいのに」というが、俺は気にする。まだ不登校になる気はないのだ。
「……デートってマジかよ。」
俺は広がる青空を見上げながらそう呟くのだった。
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