第2話 奈緒美とリオンとSLO

「……でね、でね、みんな倒れて、もう駄目だって思った瞬間、リオンちゃんが言ったのよ。『ナオト、10秒稼いでくれっ』って。だからねナオトは残していたチャージを全部使って……。」


楽しそうに話しているのは、朝霧奈緒美という名の女の子。俺の通う誠心学園の新入生だ。


新学期が始まって1週間が過ぎたばかりの現在、俺が彼女と会ったのは今日で2回目だ。


そして、ここはいつも俺が昼の一時を過ごしている屋上。


いつもなら、一人寂しく食事をしているところなのだが、目の前には、楽しそうに話す奈緒美と、その横で微笑みながら話を聞いている、クラスメイトの加納紅羽。


彼女は去年も同じクラスであり、ずっと隣の席だったが、まともに会話したことはない。


加納紅羽と朝霧奈緒美……ほぼ面識がないはずの二人の美少女に囲まれてのランチタイム。


何故こうなったのだろう?涼斗は、そう思う。


事の起こりは、授業の終わりを告げるチャイムとともに、この美少女……朝霧奈緒美が俺達の教室に飛び込んできたことだった。



「くーちゃん、くーちゃんッ!」


そんな声を張り上げて、授業が終わったばかりの教室に飛び込んでくる新入生。


上級生の教室が並ぶこの階に、下級生が来ることはあまりない。何でも気後れするのだとか。


言われてみれば、俺達だって、特別な用がない限り、3年生の教室のあるフロアに足を向けることはない。


それが、まだ入学したての新入生ともなれば、目立つのは当然であり、その動向は十分興味を引く出来事なのは自明の理である。


しかも、その新入生が目指した先が、校内でも割と有名人である加納紅羽ともなれば尚更である。


クラスの連中は、その新入生が紅羽とどのような関係なのか興味津々と見つめていた。


「どうしたの奈緒、そんなに慌てて。」


「エッ、あっ………。」


紅羽に言われて、彼女は、周りを見回したあと真っ赤になって俯く。


どうやら冷静になって、今の自分が置かれている状況を理解したらしい。


「えーと、その……取り敢えず御飯行こ。」


そう言って紅羽の手を取る奈緒美。


「ほらっ、センパイも早くっ!」


そしてもう片方の手は俺に差し出される。


「えっと……。」


なんだぁ?何が起きている?


「早く行こ。ずっとここにいるの……恥ずかしぃょ……。」


俺が状況を理解できずにマゴマゴしていると、半ば無理やり俺の手を握って、引っ張られる。


俺達はそのまま、奈緒美に引き摺られるような感じで教室を後にする。


あとには、呆気に取られたクラスメイトが取り残されるのだった。


奈緒美が俺たちを連れてきたのは、俺のいつもの定番スポットである屋上だった。


「それで、いつまで手を握ってるの、あなた達。」


そう言われて俺は、未だに奈緒美に手を握られたままだということに気づく。


奈緒美も同じだったらしく、慌ててその手を離す。


少しだけ残念に思ったことは内緒である。


「で、浅羽君よね?奈緒とはいつからの知り合いなの?」


「いつからと言われても………4日前?」


この後輩とは4日前のお昼時、この場所で出会った。


俺がいつものように、お昼を過ごそうと屋上に上がってきたときにすでに先客としていたのだ。


リボンの色からすぐに新入生ということはわかったが、入学して数日でこのスポットを見つけるとは、中々見どころがある。将来有望なボッチになれること間違い無しだ。


現在進行系でボッチ街道爆進中の俺が言うのだから間違いない。


「えっと、ナンパされた……のかな?」


「違うからっ!」


奈緒美の言葉を即座に否定する。


「俺はただ、『どこかで会ったことないか?』って聞いただけだ。」


「………それって、すごく古いけどナンパの定型文よね?」


………………確かに。


「でも、私も何故か初めて会った気がしないです。だから無意識に引っ張ってきたんだと思います。決して他意はありませんから誤解しないでくださいね。」


「いや、わかってるから。」


……わかってはいても、正面から直接否定されると、ちょっとヘコむ。


「じゃぁ、そういうことで。」


俺はそう言ってその場から離れようとすると、裾を引っ張られて止められる。


「折角なんだし、センパイも一緒にお昼しましょうよ。」


「いや、奈緒と紅羽の邪魔しちゃ悪いから。」


「奈緒?」


「紅羽?」


二人が怪訝そうな顔をしているのを見て、自分の失言に気づく。


「ホホォ、いきなり愛称呼びですかぁ。なかなかやりますねぇ。」


「えっと、いきなり呼び捨て?」


「あ、いや、今のは……。」


なぜ二人をそういう風に呼んだのか、自分でも不思議だった。ただ自然と口をついて出たのだ。


「えっと、朝霧さん加納さん、ゴメン。と、とにかく俺は行くから。」


取り敢えず謝罪だけしてその場から逃げ去る………ことができなかった。


奈緒美にシャツの裾を掴まれたままだったからだ。


「まぁまぁまぁ、いいじゃないですかぁ。それに奈緒って呼んで貰って構いませんよ。というか、むしろ呼べ!」


「まぁ私も、あなたに『加納さん』と呼ばれるより『紅羽』って呼ばれたほうがしっくりくるわね。……なんでかしら?」


……いや、なんでって聞かれても、俺だってわからないから。



結局、有耶無耶のうちに、二人の事を名前で呼ぶことになり、更にはなし崩しにランチタイムを過ごすことになったのだ。



「でね、リオンちゃんたら、最後に『セイクリッド・リノベーション』なんて大技を使うんだよ。相手のHPは残り一桁だから、ホーリーランスとかでも十分トドメ刺せるのにね。」


……で、今は奈緒美が、SLOの最後の戦いについて熱く語っている。


まぁ、気持ちは分からなくもない。俺だってできれば語りたいくらいなのだ。


「わかるっ!でもあれは『魔王を倒し、自らを犠牲にして皆を救う』というロマン溢れる演出だから、リオン的に譲れなかったと思うなっ。」


「だよね、だよねっ!」


……というか、気づけば思いっきり語っていた。


聞けば、奈緒も重度のヘビーSLOユーザーだという。しかも、あのガチムチ脳筋斧戦士の『ナオト』の中の人だという。


それを聞いたときの俺の衝撃がわかるだろうか?


ナオトの中身が女の子って事にも驚いたが、それ以上に、リオンの中の人が俺だと言う事がバレるわけには行かず、其の為話せないことが多くなり、奈緒とは逆に、語るほどに不完全燃焼していくのだった。


「あー、ちょっと話しすぎちゃった。何か飲み物買ってくるね。」


思いの丈をひとしきり語った後、奈緒美はそう言って席を外し、後には紅葉と涼斗が取り残される。


「えっと、あ~、なんかスマン。」


SLOの話題になって、気づけば紅葉のことを置き去りにしていたことに気づいた俺は、素直に頭を下げる。


「気にしてないわ。それよりあの子があんなに喋ることのほうが驚きだわ……アナタ、本当にあの子と会うの2回目なの?」

 

「……そのはず。だけどSLOの『ナオト』はいつもあんな感じだぜ?陽気で明るく気さくで、……優しいヤツだ。」


「優しいってところ以外、奈緒のイメージからかけ離れすぎていて、想像出来ないわ。」


紅葉がそう首を傾げる。


「『ナオト』を知っている俺からしてみれば、奈緒が陰気で根暗って方が信じられないけどな。」


「そこまでは言って無いけどね。それより、ゲームしててあの子が優しいなんてわかるの?思い込みじゃない?」


「わかるよ。以前こんなことがあったんだ。」


俺は紅葉に、ナオトが関わったあるエピソードを話すことにする。


それは、ある一人の新人プレイヤーの話だ。


そのプレイヤーは、SLOでソロの新人プレイヤーが必ず躓く場所で、当然のごとく難儀していた。


「あるダンジョンの奥にある鉱石を取ってくる事」言葉にすれば、たったそれだけの事なのだが、推奨Level以上に困難な場所であり、チェーンクエストになっている為時間も大幅にかかる。しかもその道中に二人以上のプレイヤーが協力しないと進めないギミックがあるため、ソロでは決してクリア出来ない仕様になっている。


運営の目的としては、このクエストで協力プレイの大切さを知ってもらい、一緒に遊ぶ仲間を増やしてもらおうというのだろうが、ずっとソロで活動してきたプレイヤーにとっては、別の意味でも大変困難なクエストだった。


勿論、このクエストをクリアしなくてもプレイは出来るが、その場合、レベルの上限や、預り所システムなど、シャレにならないぐらいのレベルでプレイが制限されることになるので、フリーと言いながらも其の実強制イベントだったりするからタチが悪い。


ただ、このクエストには抜け道があって、真面目に取りに行かなくても、その鉱石を持っていきさえすればクリアとなる。つまり誰かからその鉱石を譲ってもらえば、ソロでも問題ないという訳だ。


ただ、バザーなどはこのクエストをクリアしてから使用できるようになっている為、どちらにしても、最低一人とコンタクトを取る必要性はあるのだが、見知らぬ人にお願いしてパーティを組んでもらうより、ハードルははるかに低い。


さらに言えば、その新人プレイヤーは女の子キャラなので、少しあざとく「お願い」すれば、協力してくれるプレイヤーは多くいる……はずだった。


そのプレイヤーにとって不幸だったのは、その時期に公式イベントが行われていた事だった。


強力かつ重要なレアアイテムを手に出来るかもしれないという、久々に大掛かりな公式イベント。その為殆どのプレイヤーはそのイベント中心で行動していたため、いつでも行ける上に時間だけがかかる初心者クエに付き合ってくれるもの好きなプレイヤーは皆無だった。


中には声をかけてくれる者もいるにはいたが、それらは皆、オフで付き合えとか下心丸出しの連中ばかりだったのだ。


さらに言えば、SLOが正式稼働して20年が過ぎている今、初期のクエストのみに必要で他に使い道のないアイテムなど、イベントリを圧迫するだけの存在でしかなく、所持している者は皆無であり、たまに所持している者でも、バザーに出品している為、取引することが出来なかった。


正確に言えば、バザーの出品を取り消して譲ってもらう事は可能だったかもしれないが、バザーの仕様上、途中で取り消す場合、取り消し手数料が取られるうえ、3日~1週間のバザー利用停止というペナルティがある。これは任意の価格操作を防ぐための必要措置なのだが、そこまでの手間暇とペナルティをかけてまで、新人プレイヤーに譲ってくれるものはおらず、また、新人プレイヤーとしても、そこまでしてもらうわけにはいかなかった。


結果として、新人プレイヤーの女の子は、公式イベントが終わる2週間後迄、途方に暮れるしかなかったのだが……。


「そこに声をかけてきたのが『ナオト』なんだよ。まぁ俺だったら、代わりにバザーでそのアイテムを買って、渡して終わり、なんだけどな、ナオトはそうしなかったんだ。」


公式イベントにかける時間を削ってまで、新人プレイヤーに付き合い、時間がかかるだけで何の利もない初心者クエストに付き合うナオト。


しかもその理由が「自分も苦労したから気持ちは分かる」というだけの、下心も何もない、単なるおせっかいから来るものだった。


そのおせっかいのおかげで、新人プレイヤーはそのクエストを無事に終了できた代わりに、ナオトはレアアイテムを得る機会を失ってしまった。


「それなのに、ナオトは、「クエストクリアできてよかった」って、嬉しそうに言うんだよ。自分だって、レアアイテムほしかったはずなのにな。」


「成程ね、そういうのは奈緒らしいわ……ね……。」


紅羽の言葉が不自然に途切れる……と同時に、何か背筋にヒヤリと冷たいものが流れる……気がした。


「誰が陰気で根暗で面倒な地雷女なんですかぁ?」


振り向くと、そこには、とてもいい笑顔の……だけど目が笑っていない……奈緒美が立っていた。


「そ・れ・にっ!今のエピソード、リオンちゃんだけしか知らない筈なのに、何でセンパイが知ってるのかなぁ?」


奈緒が笑顔で迫ってくる……いや、近いから。マジで近いからっ。


「そ、それは……。」


「何で、リオンちゃんしか知らない秘密をセンパイが知っているのかなぁ?」


再度問い詰めてくる奈緒美。


そう、さっきの話はリオンとナオトが出会うきっかけとなったエピソードだった。


SLOを始めた当初、俺は「モブ太」という名前の何の特徴もないキャラでひたすら生産の道を究めるべく活動していた。


だけど、ある日気付いたのだ。ソロプレイヤーの俺がいくら可愛い装備を作っても、ソレを装備する奴がいないんじゃね?と。


だから俺はサブ垢を作って可愛いいを極めるキャラ、リオンを誕生させたのだったが……。


……だけど、不味い。このままでは俺がリオンだとバレる。


SLOがサービス終了となった今では、リオンの中身が男だとバレるのは構わない。構わないが、今この状況で、中身が俺だとバレるのは、とても困った状況に陥る事間違いない。


「そ、それは……。」


「それは?」


……考えろっつ、考えるんだ、この状況を打破する方法をっ!


俺なら出来るっつ、燃え上がれ、俺の……っと、これはヤバいヤツだった。


「ねぇ、それは何なの?ひょっとしてセンパイって……。」


……まずい、気付かれそうだ。


俺は仕方がなく、カミングアウトする覚悟を決める。


「そうだよ。俺がリオンの……。」


「やっぱりっ!リオンちゃんのストーカーだったんだねっ!」


「へっ?」


「リオンちゃんが可愛いから、ストーカーになるのは分からなくもないけど、凄く迷惑してたんだよ。」


「あ、あぁ、悪かった。」


何でか分からないけど、誤解してくれたようで助かった……のか?


「まぁ、ちゃんと反省してるならよし。でも、今度リオンちゃんに報告はしておくよ。」


「あ、あぁ。俺は単なる追っかけだから、迷惑かけたつもりはなかったけど悪かったって伝えておいてくれ。」


……そう言えば、ナオトとはオフでもチャットする仲だった。


こんな可愛い子と2年以上もプライベートチャットしてたなんて……。そう考えると俺って人生勝ち組?


「……って、聞いてますか先輩ッ!」


「あ、あぁ、聞いてる聞いてる。」


「反省の態度が見えませんっ!正座してくださいっ!大体、女の子にとってストーカーっていう存在は……。」


結局、俺は昼休みが終わるまで、屋上で正座して、奈緒美のお説教に耳を傾けるのだった。


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