第10話 アナザーワールド その4 コンタクト

「ルンルン、お出かけ、お出かけっ!」


陽気に訳の分からない鼻歌を歌っているのはゆいゆい……唯のアバターだ。


「って、リオンちゃん、まだ怒ってるのぉ。沢山謝ったじゃない。」


「怒ってはいないけど、困惑しているの。なんでこうなってるの?」


私はゆいゆいに繋がれた右手を見る。


「だからぁ、お詫びのデートだよぉ。」


「何で私まで……。」


ゆいゆいの向こう側から、どんよりとした声が聞こえる。


ネコ耳尻尾が、気分を表すかのように、しょんぼりと項垂れているニャオ……奈緒美のアバターだ。


「だってぇ、デートだもん。」


悪びれずに言うゆいゆい。


「うーん、両手に花。やってみたかったんだよぉ。」


そう言いながらつないだ手を大きく振り回すゆいゆい。


右手をニャオと、左手を私……リオンとつないで歩くゆいゆいは、本当に嬉しそうだ。


因みに、ここにクレアはいない。


クレアを一人残すのに抵抗はあったのだが、その横に居座った他より一回り大きいホーンラビットに追い出された。


そのホーンラビットは、先日からクレアが餌付けしていたウサギで、いつの間にかクレアの横に居座るようになった。


そして、今朝早くクレアにたたき起こされて告げられた真実。


そのホーンラビットはライトニングラビットというレア種で、クレアが名前を付けたところ、召喚獣として契約がなされたとのことだった。


こんな簡単に召喚獣を手に入れていいのか?という疑問をよそに、クレアはもふもふと嬉しそうだったので、まいっかと軽く流すことにした。


閑話休題。


「だからと言って、デートっていうのは……って来るわよっ!」


気配を察知したニャオは、ゆいゆいの手を振りほどき、双剣を構える。


「もぅ、デートの邪魔をするなんて無粋な奴っ!」


ゆいゆいも剣を抜き構える。


手が自由になった私は、魔法を準備しながら周りの気配を探る。


「前方5、後方3、後ろは任せてっ。」


「了解っ!」


互いに短い会話とアイコンタクトで、それぞれの役割を決める。


私は前方は二人に任せて、後方で隙を伺っている個体を相手にする。


『ストーンバレット!』


石礫を隠れている茂みへと打ち込む。


同時に飛び掛かってくる黒い獣。


『エアカッタ―!』


真空の刃が獲物を切り刻む。


「フォレストファング?この辺りにはいない筈なのに。」


地面に倒れた魔獣を見て思わず口に出す。


フォレストファング……主に森の中に生息するウルフ種の魔獣。この辺りにはフォレストファングの下位種であるロケットウルフを見かけることはあるが、それでももっと奥に入ったところで、だ。


それなのになぜ……。


思考を続ける間もなく、隠れていた二匹が同時に飛び掛かってくる。


距離を詰められたら、魔法使いは終わりだ。だから魔法使いの戦いは、如何に距離を取ることが出来るか?にかかっているといっても過言ではない。


相手の射程外から、一方的に相手を嬲る……それが魔法使いの戦い方。ズルいとか、卑怯とか、言いたければ言えばいい。しかし昔から言うじゃない「勝てば官軍」と。つまりどんな手を使っても勝てばいいのよ勝てばっ!


私はそんな事を呟きながらエアカッターで相手を切り刻んでいく。


しかし、風の刃を避け、飛び込んでくるフォレストファング。


その牙が私の目前にに迫る……。


『クレイウォール!』


突然、フォレストファングと私の間に現れた土の壁。


フォレストファングは飛び掛かってきた勢いのまま壁にぶつかる。


そして、壁の一部を貫きそのまま身動きが取れなくなる。


壁のこちら側に顔だけ出したフォレストファングが、「クゥーン」と情けない声を出す。


「ごめんね、あなたに恨みはないんだけど。」


私はその首を取り出した剣で斬りおとす。


これであと1匹。


私は壁を消して向こう側を見据える。


少し先で蹲っているフォレストファング。どうやら先程のエアカッターで、身動きが取れなくなったらしい。


私はそっと近づいて、その個体にとどめを刺す。


「これでお終いッと。」


ニャオたちは大丈夫だろうか?


そう思って視線を巡らせると、丁度ニャオが最後の1匹の首を切り落とす処だった。


「私達も大分レベルが上がったよね。」


フォレストファングを倒したゆいゆいがニコニコしながら近寄ってくる。


「まぁね。ステータスが見れないからわからないけど、少なくともフォレストファングの群れを倒すことは出来るようになったみたいだしね。」


USOに準拠すれば大体LV15ってところだろうか?


もっともUSOの場合、LVよりスキルの恩恵の方が大きいため、LV10程度でもスキルの構成が良ければフォレストファングを倒すことは出来るし、逆にスキルの相性が良くなければ、LV30ぐらいでもフォレストファングは強敵だったりする。


USOではLvが上がるたびにステータスに1ポイント割り振ることが出来る。1ポイントだけなので、レベルアップしても、大きな違いを感じることは出来ないが、それでもちりも積もれば……という奴で、LVが上がっていけばそれなりの強さを得ることは可能だったりする。


それに新たなスキルを習得するためのスキルポイントもLvが重要だった。


なので、強くなるためにはLVも必要、とのことが言いたいわけだったが……。


「こっちの世界とUSOの関係が今一つわからないのよねぇ。」


「あ、リオンちゃんも、それ考えていた?」


「ん?」


「だからぁ、USOとこの世界……めんどくさいや、アナザーワールドでいいよね?このアナザーワールドと何か関係あるんじゃないかって。」


ゆいゆいの言葉を聞いて私は少し驚く。この娘、たまに物事の核心を、何の脈絡もなくついてくるのよねぇ。


「確かにそうね。普通に考えれば、USOがこのアナザーワールドへ来るためのカギになっている……という可能性は大いにあるわ。」


「だよね~。」


「だからと言って、現状では何の役にも立たないけどね。」


「何でよぉ?」


「だって、USOとアナザーワールドに関係があったとして、帰る方法は?ログインするのがこちらに来るキーとすれば、帰るキーは当然ログアウトでしょ?でもログアウトできない。じゃぁ、USOのクエストをクリアすれば帰れる?でも、USOはサービスが始まったばかり。それでどのクエストをクリアすれば帰れるの?」


「うぅ……そっかぁ……。」


私の言葉に、シュンと落ち込むゆいゆい。


「あ、ごめんね。そんなに落ち込まないでよ。一応予測はあるのよ。ただ、それが正解かどうかも分からないし、どちらにしても今はやることは一緒だから話してないだけで。」


「そうなの?それってどういう……。」


「きゃぁぁぁぁっ!」


ゆいゆいの疑問は突然響いた悲鳴にかき消される。


「あっちからっ!」


一足早く対応できたニャオが先頭をきって走り出していく。


「ゆいゆい、ニャオを追って!一人じゃ危ないわ。」


「うん、わかった!」


ゆいゆいがギアを一段階上げたようにダッシュすると、その姿がたちまち見えなくなる。


風の加護を受け、身体強化しているニャオと、必要最低限以外のポイントを全て機動力に振っているゆいゆいに本気を出されたら、私もクレアも追いつくのは至難の業だ。


私は、気配を確認しながら二人の後を追うのだった。



「きゃぁぁぁぁぁっ!」


目の前に迫るツタのようなものが迫ってくる。


私は手にしたナイフを振り回しながら何とか逃れようとする。


そのナイフの勢いに押されてか、ツタの動きが緩慢になる。……今なら逃げることが出来るかも?


私はそのまま踵を返して逃げだした……はずだった。


走り出そうとした私の脚が何かに捕まれていて、私はバランスを崩してその場に倒れ込む。


その間に、迫っていた蔦が、私の手首を足首を絡めとり、そのまま中空に浮かされる。


「い、イヤぁ、やめてぇ、助けてぇっ!」


私は泣き叫ぶけど、誰も助けになんか来ない。


逃れようとしても、両手両足が蔦に拘束されている……簡単に言えば、空中で大の字にされているために身動きが取れない。もし、逃れることが出来たとしても、地面に真っ逆さまに落ちるから無傷ではいられないだろう。


……私これからどうなるんだろう?


そんな事を考えていると、他のツタがうねうねと近付いてきて、私の服を引き裂き始める。


……まさか、そんな……。


私の脳裏をかすめたのは、先日遊びに行ったマコちゃんの部屋で偶然見つけた薄いマンガ本。


同人誌って言うんだっけ?そこに描かれていたのは、触手みたいな気持ち悪いものに、大事なところを犯されている女の子……。


そこまで思い出して、その様子が今の自分と全く同じだということに気付く。


……そんな……いや、イヤ、イヤぁっ!


うねうねとうごめく蔦が私の大事なところを弄り始める。


……イヤ、イヤよ。私の初めてはマコちゃんって決めてるのに……。


「いやいやっ!誰かぁっ!」


叫んで身を捩らせるが、その好意が益々ツタを元気にさせるようで、激しくうごめきだす。


1本のツタが私の下着を押しのけ、そして……。


「イヤ……イヤッ……いやぁぁぁぁぁ……!」


ズシャッ!


ツタが私の奥深くへと侵入しようとしたその時、何者かによって切り払われる。


ズシャッ、ズシャッ!


そして手足を拘束していた蔦が切り払われ、私は宙へと放り出されるが、地面に叩きつけられる前に、誰かに優しく受け止められる。


「大丈夫?」


「あ、ハイ……。」


可愛い……その子を一目見た印象はその一言に尽きます。


前方では、私を助けてくれたと思われる獣人の女の子が蔦を切裂いています。


そのすぐ後ろで援護するように、剣で斬りつけたり、火の玉を放ったりしている女の子。


そして、今私を抱きかかえている一際可愛い女の子。


どうやら私はこの子たちに助けられたようです。


安心すると同時に、ふーッと意識が遠くなりかけ……、そして私はそのまま意識を失ってしまいました。



女の子が襲われてるっ!


ニャオがそう言って飛び出し、女の子を拘束しているツタを斬っていく。


「リオンちゃん!」


ニャオが名前を呼ぶ……それだけで彼女が何をしてほしいのか分かる。


伊達にSLOで長くコンビを組んでいたわけじゃないのだ。


私は落ちてくる女の子を待ち構え、しっかりと受けとめる。


ニャオは私受け止めるのを信じているのか、すでにこちらを見向きもしないで、ツタを斬りまくっている。


その足元ではゆいゆいも剣を振り回しているが、なかなかうまく当たらない。


「ゆいゆい、ファイアーボール!敵は植物系だから燃やしちゃえ!」


「燃やせって森の中でっ……。リオンちゃんは相変わらず無茶苦茶だよっ!」


文句を言いながらもファイアーボールを放つゆいゆい。


弱点だけあってツタの攻勢が抑えられていく。


「手数、足りないか……。」


蔦の猛攻に苦戦する二人を見て、私は、気を失った女の子を少し離れた場所に降ろし、参戦することに決める。


「ニャオっ!」


私が叫ぶと、ニャオは切り結んでいた蔦を跳ね飛ばし、その勢いで後ろへと飛び退る。


『ファイアーレイン!』


ニャオが飛び退いた場所を中心に、火の玉が雨の様に降り注ぐ。


「わわわっ!私もいるの忘れないでぇ。」


足元で、炎を浴びかけたゆいゆいが慌てて飛びずさる。


「ゆいゆい、追撃!」


「分かってますって……『ファイアーボール』!」


ゆいゆいが残ったツタに火の玉をあてていく。


「ニャオ、本体が来るっ!」


「了解っ!」


姿を現したのは、直径5mはあるかと思われる巨大な樹の魔物……トレントだ。


ニャオはトレントに向かって走り出し、攻撃を仕掛けてくる枝やツタを切り払っていく。


「ゆいゆい、魔力はまだ大丈夫?」


私はその間にゆいゆいに追近付き話しかける。


「ウン、まだまだ余裕。」


「じゃぁ、今使える特大の火魔法をアレの中心に向けて放てる?」


「今使えるって言ったら「フレアカノン」だけど、魔力を練るのに10秒欲しい。」


「上等!ゆいゆいのタイミングでお願いっ。」


「もぅ、むちゃだよぉ。」


半べそになりながら魔力を練りだすゆいゆい。


私はそんなゆいゆいをスルーして、ニャオの援護の為、要所要所でエアカッターやファイアーランスを放っていく。


「クゥッ、そろそろ行きますっ。」


「了解っ、ニャオっ!」


「Ⅰ See!」


ニャオが本体を蹴り上げ、見事なバク宙で着地を決めると同時に、ゆいゆいから魔法が放たれる。


「いっけぇ、フレアカノンっ!」


「トルネードバーストっ!」


ゆいゆいの魔法に重ねるように、風の魔法を放つ私。


ゆいゆいのフレアカノンは、風の渦に巻き込まれ、渦巻く炎となってトレントを巻き込み炎上させる。


「とどめだよっ!」


ニャオは双剣を合わせてまるで一本の剣を振り下ろすように、トレントを上から下へと袈裟斬りにする。


傷ついた体内に炎が侵入し、中から、外から、トレントの身体を燃やし尽くす。


炎が鎮まる頃には、その場で動くものは何も残っていなかった。


「さて、あの子は……っと。」


トレントが動かなくなったことを確認し、事後処理を終えた後、私達は助けた女の子の元へ行こうとした。


しかし、いつの間に来たのか、その女の子の側に立つ数人の人影が見える。


その人影が敵か味方かもわからないまま、私達は警戒しつつ近付いて行くのだった。

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