第9話 アナザーワールド その3 サバイバル
「ここが異世界だという事は、まぁ、百歩譲って、了承するとして、これからどうするの?」
クレアが聞いてくる。
どうするって言われても、困るんだけどなぁ。
朝目覚めたら、いつもの自分の家だった……って事はなく、ごつごつした岩肌むき出しの天井が見えるだけ。
そして、朝特有の身体の変化がない事にも違和感を覚える。
……はぁ、どうするって、こっちが聞きたいぐらいだわ。
そう思いながらも、迷子のような瞳をしているクレアを安心させるために、夕べ考えていた事を話す。
「とりあえず、付近の散策ね。まずは周りの様子。森の中みたいだけど、どれくらいの深さなのか?出口は近いのか?生息している動植物の種類、食べられるようなものはあるか?水場は近いのか?……考えられるだけでも一杯あるから、悩んだり落ち込んだりしている暇はないよ?」
「……リオンさんは強いのね。私なんて……。」
「女の子の前だから格好つけてるだけよ。一人だったらどうなっていたか。」
「女の子の前って……あなたも女の子でしょ?」
くすくすと笑うクレア。
マズッた、つい……。
「あはは、でも、ありがとね。うん、元気出た。私がしっかりしなきゃね。奈緒のお姉ちゃんなんだから。」
でも、クレアは、自分を元気づけるための冗談だと思ってくれたらしい。
「うん。でもしんどかったら言ってね。にゃおにも言ったけど、みんなは私が守るから。」
「ありがとね。でもなんでそこまでしてくれるの?」
クレアが怪訝そうに聞いてくる。まぁ、クレアにしてみれば会ったばかりの他人なのだから仕方がない事だろうけど。
「んー、たぶんね、リョウがここに居たら同じことをしていたはずだから、かな?」
「え、それって、どういう……。」
「う~ん……、あ……リオンちゃんだぁ。リオンちゃんがいるぅ……。」
クレアの言葉を遮るようにニャオが起きぬけに抱きついてくる。
「エヘッ、リオンちゃん柔らかぃ~。」
「ちょ、ちょっと、ニャオ、は、離れてよぉ。」
ニャオの身体の柔らかさが、ダイレクトに伝わってくる。しかも、毛布で隠れて気付かなかったが、いつの間に脱いだのか、インナーのみの姿なのである。
視線のやり場も困るし、何より、次丘にあたるふくよかな膨らみが、理性を蝕んでいく。
「あ~、浮気発見、ですぅ!」
理性が吹っ飛びかけた時、さらに横合いからゆいゆいが現れ、ニャオを引きはがす。
……助かった。もう少しでニャオを襲っちゃうところだったよ。
「いいですかぁ、ニャオちゃんは私の嫁なんですぅ。勝手に抱きつくの禁止なんですから……ってなんで頭を撫でるですかっ!」
プンスカ文句を言うゆいゆいだが、私は感謝の意を思いっきり乗せて頭をぐりぐりと撫でまわすのだった。
◇
「という訳で、この後はあたりの探索に出かけるのがいいと思うんだけど?」
「異議なし。」
「それでいいと思うわ。」
「冒険ですよぉ。ワクがムネムネしますねぇ。」
私の意見にみんなが賛成してくれる……けど、なんとなく私がリーダーみたいになってるけど、いいのかな?
「それでどうするの?手分けしたほうが効率はいいと思うのだけど。」
「うーん、そうなんだけどねぇ、今日の所は全員で行動しましょ?何があるか分からないし。」
「そうだねぇ。離れるのは少し怖い……かな?」
ニャオが、同意してくれる。言葉に出さないが、ゆいゆいも同じ意見のようだ。もっとも、クレアにしても、そういう考えもある、という事を言っただけで、本心は離れたくないと思っているのは、そのホッとした表情を見れば明らかだった。
本来であればそれぞれに分かれたほうが、せめて二手に分かれるのが効率がいいのは確かだ。
片方が食材探し、もう片方が出口を含めた周りの探索、とした方が、短い時間でより多くの成果を上げることが出来るだろう。
だけど、安全という面を取るのであれば、ここは固まって行動していたほうがいい。
周りの事がある程度わかって、慣れてからでも、二手に別れるのは遅くないはずだ。
「あ、でも出かける前に、少しだけ色々と確認して行こうか?」
互いの、現状の力を把握しておく事は、この先、一緒に行動していく上では重要な事だった。
そうでなくても、この異世界で何が出来て何が出来ないのかを知っておくことは、いざという時の生死にかかわるかもしれないと思うのだ。
それで、互いに、自らのスキルを検証した結果わかったことは次の通り。
ニャオは双剣使いの軽戦士、というのはUSOの設定そのまま。戦闘用のスキルらしきものは使用できるみたいだ。後、風属性の加護による強化も効いているみたいで、USOに準拠した動きが出来るらしい。
試しに、色々動いてもらったが、現実世界では、まず無理な動きを披露して見せた時にはみんなで思わず拍手するほどだった。
ゆいゆいは魔法戦士を目指しているという事で、やはりUSO準拠の仕様になっていた。
ただ、剣技はともかくとして、使える魔法は火属性しか覚えていないらしく、初級の火魔法しか使えないと嘆いていた。
しかし、この何もない世界で火を熾せるというのは、何よりも凄いアドバンテージにはなる。
少なくとも、未知の食材しか手に入らない状況で、火を通せるのと通せないのでは、明らかに安全度が変わるからだ。
そしてクレア。扱う武器は弓。本人も弓道の心得があるという事から、その腕前な大したもので、試しに近くに来た獲物を撃ってもらったら、あっさりと仕留めることが出来た。
これで、肉の確保は出来ると喜んだのだが、本人だけは小さなウサギを射殺したことに思う所があるようだった。
まぁ、気持ちは理解できるけど、ここは割り切ってもらわないと、この先やっていけなくなる。
たとえここが地球のどこかだとしても、身の危険に迫る猛獣がいる場所に放り出された時点で、この場を支配する法は弱肉強食に変わる。
日本という生ぬるい温室で育った感覚そのままでは肉になる運命しかない。ためらいがそのまま死につながるこの世界で無事生き延びたいのであれば、強者になるしかなく、ためらいは捨てなければならない。
そんな事をさりげなく遠回しに話すと、クレアは淋しそうに「分かってる」と一言応えて、射殺した獲物を捌く作業を始めた。
仕方がないとはいえ、すごく心が痛む光景だった。だから、出来るだけ、矢面には自分が立とうと、ひそかに誓うのだった。
クレアの力はそれだけでなく聖属性の治癒魔法が使えることが分かった。まだまだ初級程度の治癒魔法ではあるが、ちょっとした怪我や毒に対しての治療が出来るというのはこれ以上ない安心感がある。
この事が分かった時、私とニャオ、ゆいゆいの間で無言の協定が結ばれた。すなわち、「何が有ろうとも、まずはクレアの安全第一」と。
クレアさえ無事で元気であれば、多少の事は何とでもなるが、逆にクレアが倒れたら、後がないのだ。ゲームでも、ヒーラーを庇って戦うのはセオリ―でもあるので、アイコンタクトだけで、互いに同じことを考えているのは理解できた。
そして最後に私……リオンの能力。
元々、リョウはゆいゆいと同じく魔法戦士で育成予定だったので、剣技も魔法も初級ではあるが使える筈だった。
だけど、バグの所為でリオンがベースになったため、まったく同じ構成というのはバレる懸念があったため、リョウの時は「魔法が使える剣士」として、剣技に重点を置く戦い方をすることにして、リオンはアルケミストという事に決めておいた。
アルケミストであれば、魔法が使えてもおかしくないので、戦闘時は
実際には、そこまで明確化する前の段階なので、初級ではあるが剣も魔法も調合も出来るという中途半端な状況だった。
ただゆいゆいと違って、リオンである場合、各種魔法が使えるという事にしたかったため全属性のスキルを取っていたのが、今回の場合幸いした。
USOでは熟練度が足らず、全属性のスキルがあっても魔法はまだこれからという段階だったのが、この世界では、とりあえず初級魔法は使える、USOで初級魔法を取っていた、光と水属性は中級魔法迄使えるといった感じにパワーアップしていた。
お陰で水場が見つからなくても、水不足で悩まされることはなさそうなのが助かる処だった。
◇
「サバイバルってぇ、こんな簡単な物でしたっけぇ?」
ゆいゆいが焼けた魚を齧りながらそんな事を言う。
「言いたいことは分かるよ。まぁ、魔法があればヌルゲーになるって言う事ね。」
俺は肉串を齧りながらそう答える。
目の前には食べきれないほどの魚と肉、山菜の山。
今日の探索の成果だ。
向うでは、ニャオとクレアが、干物と干し肉作りに精を出している。私達は、食事係……なんだけど、その合間を縫ってつまみ食いをしているの。
まぁ、よく見てみれば、クレアも干物を作りながらそばに寄ってきた一角ウサギに餌を与えているから文句はないだろう……ってウサギって肉食だっけ?
今日の探索は、周りの探索をしつつ食糧確保を第一優先としたのだ。
そのおかげで、あまり遠くまではいけなかったけど、この付近の事は大体理解できた。
まず、植物について。
ハーブ類や薬草が予想より多く群生していて、食べられる山菜もそれなりにあった。
ただ、果物類は見つからず、木苺っぽいものがわずかにあるだけだったのが少し残念だったぐらい。
動物、魔獣の類に関しては、数多く生息しているのが角ウサギ。
次の多いのがビックボア。
ビックボアの縄張りに角ウサギが寄生して生息しているって感じが、私の受けた第一印象。
少し離れた奥地にはウルフ種やベア種の魔物が生息しているみたいだけど、この辺りまではあまり来ないっぽい。
だから、肉類はウサギとイノシシを狩り放題ってわけ。
と言っても、なんの技術も持っていないタダの高校生がウサギはともかくイノシシを狩れるわけもなく、そこで魔法の出番。
突進してくるビックボアの脚を、私の風魔法が斬り裂く。
バランスを崩した倒れたところをニャオの双剣が斬り裂き、ゆいゆいの剣がとどめを刺す。
そんなパターンが確立する頃には、それなりの量の肉が集まっていた。
また、その皮も利用価値があるだろうと、洗って干してからしまっておく。
この先、人里に行くことがあれば、売ることも可能だろう。この世界の通貨を持たない私達にとっては貴重な財源になることは間違いない。
それから水の問題もある。
解体するにも、素材を洗うにも、もちろん料理をするのにも、ただ喉の渇きをいやすためにも、水の存在は必要不可欠だ。
だからサバイバルであれば、まず水場の確保は最優先の必須事項である。
だけど、水魔法があれば、魔力の続く限り水を生成することが出来る。
まぁ、その魔力量という問題もあるので、一応水場を探したけど、昨日からかなりの量の水を出しているはずなのに、魔力が枯渇する様子はないので、少なくとも生活に必要な最低限の水量は確保できるというのは理解した。
他にも、この目の前の焚火。
これだけの焚火を用意するだけでも、なんの道具もない状況で、枝を拾い集め、火を熾して、種火を作り、そこから炎を大きくして薪に火を点ける、と言った気の遠くなるような作業をしなければならないのが、魔法があれば、必要な枝や薪は風魔法で木を切断して用意。火熾しは直接薪に火魔法で火を点けるだけ。
そして何と言っても塩の存在。
料理の味付けとして、保存食作成に、あらゆるところで活躍する万能調味料の塩。
流石に塩を直接魔法で出すことは出来ないけど、そこで役立ったのが、アルケミスト用のスキル「物質鑑定」。
これは、その素材の成分なんかを鑑定するスキルなんだけど、それを使って、岩塩……つまり塩分を含んだ岩を探したのね。
灯台下暗しと言うか、私達が拠点にしている洞窟の壁岩にその岩塩の層があったので、少し削って塩を精製したのよ。
精製するのももちろんアルケミストのスキル。
偶然ではあるけど、アルケミスト関連のスキルを取っておいてよかったよ。
まぁ、そんな感じで、魔法(一部スキル)を駆使すれば、本来であれば大変であるはずのサバイバルも、それほど大変ではなくなるって事で……。
「でも、これで当面の食料の問題もなくなりそうだし、明日は森の出口を探すために少し遠くまで行けるね。」
「ウン……。」
「どうしたの?」
さっき迄はしゃいでいたはずのゆいゆいの元気がない。
「あ、うん。本当に帰れるのかなぁって、そう思ったら急に不安になって……。」
……意外、でもないか。明るく振舞っていたけど、ゆいゆいだって16歳の女の子なのだ。本心では不安で押しつぶされそうになっていたっておかしくない。むしろ今までのはしゃぎ様はそれだけ大きな不安の裏返しだったのだと思う。
「大丈夫よ。きっと帰れる。それまで私が守ってあげるから。」
私は小さく震えるゆいゆいの身体をそっと抱きしめる。
「……ホントに?本当に守ってくれる?魔獣の前に置き去りにしない?」
ゆいゆいがギュッと抱きしめ返してくる。
「守ってあげるよ。魔獣の前に置き去りなんて、私がするわけないじゃない。」
「………ううん、リオンちゃんならやる。面白いかも?とかいう理由で絶対にやる。」
ゆいゆいの腕に力がこもる。
「ちょ、ちょっと、ゆいゆい……。痛っつ、痛いからっ!」
締め上げるゆいゆいの腕から逃れようともがくが、しっかりと抱きしめられている為に身動きが取れない。
「ぎ、ぎぶ、ぎぶっ!」
私はゆいゆいの背中をタップするが、ゆいゆいは力を緩めてくれない。
……ダメ、意識が遠くなる……。
「きゅぅぅ……。」
私はそのまま意識を失う。
「えっ、あれ?リオンちゃん?リオンちゃぁぁぁん!しっかりしてぇっ!」
やり過ぎたと思ったゆいゆいの悲鳴が辺りに響き渡るのは、そのすぐ後の事だった。
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