第8話 アナザーワールド その2
………ん、……なにか柔らかなものに包まれているという、不思議な幸福感に、なんとなく違和感を覚え、薄っすらと目を開く。
「あ、気がついた?大丈夫?」
覗き込んでくるのは、ケモミミ美少女………嫁に欲しい。
「え、えっと、流石にそれは……。」
困った顔をする美少女……って、今声出てた?
「ウン、しっかりバッチリと。やっぱり相手は男の人がいいなぁ……なんて。」
顔を赤らめながらそんなことを言うケモミミ美少女のニャオ。
だったらオレでもいいじゃないか、と思いつつ違和感に気づく。
「男の人?」
「あ、うん。別にそういう趣味の人を否定する気もないけど、ほら、私には想っている人が……って、キャッ何言わせるのよっ。」
……自分で言っただけじゃないのか?
そう思いつつ身体を起こす。
目に飛び込んでくる長い銀髪と、微かではあるがしっかりと膨らんでいる胸元………。
そこで一気に目が覚める。
私は顔に手を当てる……そこにあるはずの冷たく硬い感触はない。
無い……ヤバい、バレた!?
私は恐る恐る、目の前にいるはずのニャオと視線を合わせる。
「こんにちわ。リオンちゃんだよね?私はニャオ。SLOのナオトだよ。」
……えっと、何が起きてるんだ?
……ニャオの様子からすると、バレてはいないようだけど。
「アハッ、いきなりナオトの中身って言われても戸惑うよね。」
どうやらニャオは、私の困惑を自分のせいだと勘違いしているみたいなので、その勘違いに乗ることにする。
「あ、ウン、少し驚いた。それよりここは?確か地竜が……。」
「あ、やっぱりリオンちゃん近くに居たんだね。ここがどこかは分からないの。」
ニャオの話では、地竜と戦っているときにいきなり周りに光が溢れて、気付いたらこの森の中にいたとのこと。
「はじまりの街の近くに森なんて無かったよね?」
私はそう問いかけてみる。
記憶にある限り、はじまりの街の周りは草原が広がっていたはずだ。
「ウン、なかったと思うよ。それより……。」
「あ~、ここに居たぁ。くーちゃん先輩、ニャオちゃん発見ですよっ!」
ニャオの言葉を大きな声が遮る。
その声がしてすぐに、ガサガサと茂みをかき分けて姿を表した二人の美少女……クレアとゆいゆいだ。
だけど何か違和感を感じる。
「くーちゃん、ゆいちゃん、無事だったんだ。」
ニャオは二人の姿を見て喜びの声を上げるが、すぐにそのトーンが落ちる。
「センパイは一緒じゃないんだね。」
「えぇ、ここに来るまで、結構探し回ったけど、見つけたのはあなた達だけ。」
「そう……なんだ……。」
クレアの言葉に、泣くのを必死に堪えるような表情になるニャオ。
ニャオにこんな表情をさせるくらいなら、と私はすべてを話す覚悟を決める。
「あ、あのね……。」
「大丈夫だよぉ。ニャオちゃんの大好きなリョウ先輩を信じなくてどうするの?」
しかし、ゆいゆいが、私がいいかけた言葉を遮るように口を挟む。
「わっ、バカバカっ、内緒だって言ったじゃない。」
「いいじゃない。どうせ先輩いないんだし。それにこういう恋バナをしてるときに、意中の相手が顔を出すっていうのがお約束だから、リョウ先輩の話をしていれば現れるかもよ?」
ゆいゆいがそう言うと、ニャオが顔を赤く染めたまま「そうかも……」と呟く。
「あ、リオンちゃんだよね。聞いてよ、ニャオったら学校の先輩に一目惚れしたんだって。なのに自分からは行動できなくて、告白されるのを待ってるんだよ。乙女だよねぇ。」
「わ~、リオンちゃんにバラすなぁ!大体、そういうゆいだって、先輩のこと好きなんでしょ。わかってるんだからねっ!」
「っ………なんでっ………バレてる?」
「バレバレだよっ!あと、そこで他人のふりしているくー姉だって、センパイのことが気になってるのわかってるんだからっ!」
突然のニャオによる暴露によってその場が騒然となり、収集がつかないほどの修羅場へと変わっていく。
………まぁ、暗くなられるよりいいけど……益々私が涼斗だって言い出せなくなったじゃないのよぉ!
いよいよもって、バレる訳にはいかない、と隠し通すことを固く誓うのだった。
◇
「えっと、みんな落ち着いた?」
私はぐるりと彼女たちの顔を一瞥する。
「あ、うん……。」
「失礼したわ。」
「あ、アハハ……。ゴメンナサイ。」
三人に顔はまだ赤いけど、一応落ちついたみたいで何より。
私達は改めて自己紹介したあと、今後のことについて話し合うことにする。
「まずここがどこかってことなんだけど……さっきからすごい違和感があるのよ。」
「リオンちゃんも?私も違和感感じてるけど、それが何なんだか……。」
「あぁー!わかった名前だよ!」
突然ゆいゆいが叫ぶので、思わず「私の名前ヘン?」と聞き返してしまう。
「そうじゃなくて、ってかリオンちゃんは存在そのものがヘンだから安心して。」
「安心出来ないよッ!ってか今存在を否定された!?
……ひょっとして、私嫌われてる?」
「……嫌ってないわ。ただ恨んでいるだけよ。」
恨んでいるだけって言われても……。そもそも恨まれるような心当たりないし。
そんな私の心を読んだように、ゆいゆいが睨みながら言う。
「忘れたとは言わさないわよ。あのSLO時代の暴虐の限りを。」
「って言われても……。」
それを聞いて、ニャオが複雑な表情を見せる。
ニャオも同じギルドだったからね。立場は同じなのよ。
そもそも、暴虐って言われても、私は単なる火付け役で、あとは皆が好き勝手してただけだしぃ。
「……リオンちゃん、心の声漏れてるよ。後、いつもとどめを刺すのはリオンちゃんだったでしょ?」
ニャオがそう言ってくるが、見に覚えがない。故に潔白よ。
「取り敢えずそのことは置いておいて、名前の何が変なの?」
このままでは話が進まないと思ったのか、クレアが助け舟を出してくれる。
「そうです。名前です。みんなの名前が表示されてないんですよっ!」
クレアの言葉で思い出したのか、ゆいゆいがそう告げる。
「あ、言われてみれば……。」
みんなの頭の上に表示されているはずのキャラ名が見えなくなっている。
違和感の正体はこれだったのか、と大いに納得する。
「違和感の正体がわかったところで話を戻すけど、ここはどこなのかしら?」
「うーん、普通で考えればゲームの中なんだろうけど………。」
ニャオが自信なさげにいう。
「そんなの決まってますよぉ。ここは異世界なんです。やったねっ!」
逆にゆいゆいが自信たっぷりにそう告げる。
「異世界って、そんなバカな……。」
「バカじゃないですよぉ。VRMMOの世界そっくりな異世界へ転移……定番じゃないですか!」
「そんな安直な。」
「安直結構じゃないですか。どうせ世の中のラノベは安直でテンプレで出来てるんですよ。異世界に行って、チートでオレTHEEEして、ハーレムでウハウハしてればいいって思ってるんですよ。」
オィ。その発言はヤバいからっ!
確かにそういう作品は多いけどっ!
でもみんな一生懸命考えてるんだからっ。面白いんだからっ。
それにその発言はブーメランだからっ!!
なので私は、ゆいゆいにこう言ったのよ。
「そこに正座っ!」
ってね。
◇
「これからどうしよう。」
ゆいゆいのお仕置きが一通り終わったあと、ニャオがポツリとそういう。
さっきまではゆいゆいのお陰で、一時的に忘れていられたけど、静かになると不意に不安が込み上げてくるらしい。
それはクレアも同じようで、口には出さないが、顔色が非常に悪い。
誰だってこんな異常事態で平気でいられるわけじゃない。そう考えれば、たとえ空元気でも、バカをやってその場を盛り上げようとしたゆいゆいは凄いと思う。
「センパイ………。大丈夫かなぁ………。何で傍に居てくれないかなぁ………。心細いよ………。」
ニャオの言葉は、すぐそばにいた私にしか届いてないだろう。
だから私はニャオを慰める。
「大丈夫だよ。そのリョウさん?はきっと無事でニャオの帰りを待っているから。」
「そうかな?そうだといいなぁ。」
「きっとそうだよ。だから笑って。再会したときにニャオが元気なかったらきっと悲しむよ?」
「ウン……でも……。」
「でもじゃない。大丈夫!再会できるまで、ニャオのことは私が守るから。」
「アハッ。SLOのときと逆だね。あのときは私がリオンちゃんを護ってたのに。」
ニャオが少し笑顔を取り戻す。
「ウン、だからね、今度は私の番。」
「護って………くれる……の?」
「うん、守るよ。約束する。」
私とニャオが見つめ合っていると、横からゆいゆいが割り込んでくる。
「ちょーっと待ったぁぁ〜!私の目の前で嫁を口説くのは辞めてもらおうかっ!」
「いつ嫁になったのよっ!」
ニャオが叫ぶ。
「入学式で会ったときから!」
「じゃぁ今ここで決めてもらおうか。私の嫁になるか、リョウ先輩の嫁になるかっ!」
「そんなの、センパイの嫁に決まってるじゃない。」
「あぁ~!しまった。私が、がぬけてたっ!」
「クスクス。」
小さな笑い声が聞こえてきたので横を見ると、クレアが口を抑えながら笑っていた。
言い合いを続けているニャオにも笑顔が戻ったし……ゆいゆいのお陰だね。
私はゆいゆいの頭に手を乗せていいコいいコする。
「何なんです?今度は私を口説くんですか?ニャオちゃんと二股かけようだなんて、リオンちゃんは先輩ソックリですねっ!」
「えっと、それって褒め言葉?」
「違いますっ!ディスってるんです!」
「………ツンデレ?」
「違うからっ!」
今度は私と絡むゆいゆいを見て、ニャオとクレアが更に笑顔になる。……ホントゆいゆいは凄い子だよ。
私はゆいゆいを引きよせてギュって抱きしめる。女の子はこういう時お特だね。リョウの姿では絶対出来ないからね。
「わわわっ、離せ離せ〜!」
ジタバタ暴れるゆいゆいを見て、その場が更に明るくなる。戻ったら何かお礼をしなきゃね。
◇
「取り敢えず暗くなる前に寝るところ見つけましょ。」
なんとか落ち着いた3人とこれからの事を話合い、まずは落ち着ける場所を、ということで色々歩き回ることにした。
途中、山菜を摘みながら周りを彷徨くところ1時間あまり、ようやく休むのに適した洞窟を見つける。
「今日はここで休みましょ。」
クレアの言葉に皆が頷く。
「じゃぁ御飯の用意しようか。」
「あ、火熾しなら任せて。………来たれ炎よ、ティンダー!」
ゆいゆいが呪文を唱えて、集めて来た薪に火をつける。
「やっぱ、魔法って便利ねぇ。」
しみじみとニャオが呟く。
「魔法が使えるなら、ヤッパリゲームの中じゃないの?」
「そう思いたい気持ちはわかるけど、ここは現実で異世界……ゆいゆいの言葉を信じるのは癪だけど、それが一番現実的よ。」
クレアの呟きに私はそう答える。
お腹の空き具合といい、肌に感じるニャオの柔らかさといい、有り得ない程のリアルさが、ここは現実だと訴えている。
そして、今の姿といい、途中で見かけた魔獣といい、何と言っても魔法やスキルが使えることなどから、ここは地球じゃない別の世界だと理解するしかなかった。
「問題はどのパターンかってことだけど……。」
「パターン?」
「ハイ、ゆいゆい説明。」
クレアがどういう事?と首を傾げるので、ゆいゆいに説明を丸投げする。
「任されましたぁ。いいですかクーちゃん先輩。まず私達が何故異世界に来たのか?というところからの話になります。そもそも異世界へ来るには、転生と転移と大きく2つに分けられまして……。」
ゆいゆいが水を得た魚のように嬉々として語りだす。
その長い長い話を簡潔にまとめると、こんな感じ。
まずゲーム世界からの転移なのは間違いなく、そのことから、まず召喚されたと思って間違いない。
問題は、誰が召喚したかってところで、この世界の人間もしくは神様的な誰か、と2つのパターンに分かれる。
で、召喚したのがこの世界の人間の場合、帰るのはかなり厳しいことになる。この手のパターンの場合、大抵は送り返す方法がないことを解っていながら呼び出す誘拐みたいなものだから。
でもこの場合、近くに呼び出した人がいるのが普通。だけど私達の場合、周りに誰もいなかった事から、神様的な何かに呼び出された可能性が高いってわけ。
だったら、その神様的な何かが接触してくるのを待てばいい。
この場合、呼び出された理由を成し遂げれば帰れる可能性が高い。
他には、転移そのものが事故だった場合とか、自覚がないだけで、私達の中の誰かの力ってパターンもある。
後は、転移が私達全員が対象だったのか、またまた誰かの転移に巻き込まれたのか?等考えられるパターンは色々ある。
そんな事を一生懸命話していたゆいゆいだったが、当のクレアはいつの間にか寝入っていた。
どれだけつまらない授業でも、決して居眠りなどしたことがないクレアを一瞬で眠りにつかせるなんて……ゆいゆい、恐ろしい子。
ゆいゆいの向こう側ではニャオも眠りに落ちているらしいし、私もなんだか眠くなってきた。
そして、未だ語り続けるゆいゆいの声を子守唄に、私もいつしか眠りにつくのだった。
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