第15話 アナザーワールド その9 ゴブリンの巣
「脱出するって、どうやって?そもそもここは本当に異世界なのか?」
マコトが疑問を口にする。
見ると、ミーネもソーニャも、マイナさんまでじっとこっちを見つめている。
「まず、ここが異世界か?ということについてだけど、その答えは「わからない」よ。」
「はぁ?」
「当たり前でしょ?私達だって巻き込まれた立場なのよ。そんな事分かるわけ無いじゃない。」
私がそう言うと何かを言いかけていたマコトは黙り込んでしまう。
「ゲームではありえない程の感覚が……リアルな情報量がある。それは確かなことで、だったら異世界に来たという方が納得し易いってだけ。本当のところは神様にでも聞かない限りわかりっこないわよ。」
「まぁ……そうよね。」
「ウン……。」
私の言葉にソーニャとマイナさんが頷く。
マコトは唖然としたままで、ミーネはオロオロしている……混乱してるのは仕方がないけど、今は時間が惜しいので、話を進めていく。
「実のところ、ここがゲームの世界だとか、異世界だとかはあまり関係ないの。大事なのはここから戻れるかどうか?それだけでしょ?」
「その通りなんだが……それがわからないから困っているんだろ?」
マコトが「それとも何かアテはあるのか?」と、疑惑混じりに聞いてくる。
というか、一々人に聞かずに考えたら?と言いたい。
「まだ推測の域を出ないんだけどね……。」
私はそう言いながら地面に大きな輪を書く。
ここからは、まだニャオたちにも話していないことなので、どちらかといえばニャオたちに説明するように話し出す。
「ここ数日の探索に加えて、ラビちゃんやアルちゃんのお陰である程度、この付近の事がわかったわ。」
私達のいる場所は、比較的浅く、大体半径5kmぐらい広がっていて、その周りを囲むように深い森が広がっている。
「この周りの深い森に入り込むのは自殺行為と言っていいわ。だから私達はこの中に閉じ込められているとも言えるのね。」
「成る程。」
「だとしたら、どこかに出口が?」
マイナさんの言葉に頷きながら、私は地面の円の中に書き込んでいく。
「ここが今いる場所。で、ここがあなた達と合流した場所。」
「……すると、俺たちの拠点があった場所はこの辺りか?」
マコトが、地面のある一点にバツ印をつける。
「そうね。それでこのあたりに洞窟があるのよ。」
私はマコト達が襲われていた場所から少し離れた外苑部分に印をつける。
「この洞窟はゴブリンの巣になっているの。」
このことはラビちゃんやアルちゃんが仲間になってくれた事でわかった。
今もアルちゃんの眷属が近くで警戒していて、何かあればすぐにアルちゃんに報告がいき、アルちゃんからクレアに情報が行くようになっている。
「このゴブリンの巣は外界に繋がっていると私は見てるのよ。だからこの巣を強襲してゴブリンを全滅させる。そうすれば、少なくともこの森から抜け出すことができるわ。」
「……外に繋がっているっていう根拠はなんだ?」
「それは私も気になる。」
マコトに続いてニャオもそんなことを言う。
周りを見ると、口に出さないだけでみんな同じように思っているみたい。
「根拠ねぇ………乙女のカン……じゃ駄目かな?」
「ダメに決まってるだろっ!」
「それなら仕方が無いか。」
「そうね。納得。」
「わかりますぅ。」
マコト以外は皆一様に頷いて納得してくれる。
「えっ、あ?……いいの……か?」
自分以外が納得したことで混乱するマコト。
……うん、その気持ちはよくわかるよ。自分で言っておいてなんだけど、こんな言葉で納得されると思っていなかったからね。………女の子って怖い。
「ま、まぁ、ゴブリンがこっちに出てきていないっていうのも、根拠といえば根拠になるのかな?」
私はフォローのつもりでそんなことを言ってみる。
「ゴブリンだって、生きて行くからにはエサなりなんなり必要でしょ?それがこちらに出てきた形跡が無いってことは、向こう側に出入り口があるって考えるのが普通でしょ?」
「まぁ……そう言われれば、そうだな。」
マコトが不承不承頷く。
「それで、それこそ私のカンでしかないんだけどね、このゴブリンの巣を攻略することが、元の世界に帰るためのキーじゃないかと思うの。」
「リオンちゃんのカンなら信じるけど、一応そう考えた訳が有るんだよね?」
ニャオの言う通り、一応理由はあるんだけど、これを言うとマコトあたりが文句を言いそうなんだよね。
とは言ううものの、このままでは話が進まないから、仕方がなくその理由を話すことにする。
「閉じ込められた場所、そこの謎やギミックを解いて脱出するってのはクエストの基本でしょ?」
「っ!何だそりゃぁ!お前さっき、ここはゲームの中じゃないって言ったじゃねぇかよ。」
……ほらヤッパリ、マコトが怒った。
「ゲームの中じゃないって言ってないわ。異世界だと考えたほうがしっくりくるって言ったはずよ。」
「ウッ……しかし……。」
「それに、最初に言ったように、ゲームでも異世界でもあまり意味はないの。要はここから出られるかどうかが問題なの。違う?」
「それはそうかもしれないが……。」
マコトはまだ納得ができていないようで、ブツブツ言っている。
アレではこういう非常時にリーダーは務まらないよね。
「とにかく、ゴブリンの巣の攻略は決定事項。攻略したあと、現実世界に戻れるかどうかはわからないけど、少なくとも、この閉じ込められた環境からは抜け出せるはずよ。」
私がそう言うと、マコトはとうとう黙り込む。
ミーネがそのそばに寄り添い、労るようにしているので、フォローは任せて、私は他の二人に向き合う。
「ということで、私達はゴブリンの巣に向かう。……あの二人はどうするかわからないけど、あなた達はどうする?」
私の問いかけに、ソーニャとマイナさんは、一瞬お互いに視線を交わしたあと、大きく頷きながら即答する。
「一緒に行くわ。少しでも早くここから抜け出したいから。」
「私も。その先がどうなるか分からなくても、ここにいるよりはマシだと思えるから。」
「ん、わかった。だったら、持ってるスキルとか戦闘スタイルをお願い。戦術プランを立てるから。」
私は奥でイチャイチャし始めたマコトとミーネを放置して、ソーニャとマイナさんと、そしてニャオたちで集まり、ゴブリンの巣の攻略に向けての話し合いをすることにした。
◇
「………。じゃぁまとめるね。最初にリオンちゃんとマイナさんが、洞窟に入って、目に付いたゴブリンを魔法と矢で襲撃。ゴブリンたちが気づいたところで、後ろに下がってソーニャさんとゆいゆいと交代。その二人と私がゴブリンたちと戦闘、リオンちゃんとマイナさん、そしてくー姉は援護及び治癒に徹する……ってことでいい?」
ニャオが話し合いの結果を簡潔にまとめる。
「あのぉ………、私達はどうすれば?」
おずおずとミーネが声をかけてくる。
「いたの?」
思わず本音が口をついて出てしまった。
そう言えばこの二人のこと忘れていたよ。
「二人してイチャイチャしてればいいと思いますよ。リア充はお呼びじゃないっす。」
珍しくゆいゆいの言葉が棘だらけだ。リア充に対して何か嫌なことでもあったのだろうか?
「そうねぇ。いっその事、ずぅーっとココでイチャついてればいいと思うよ?」
……ニャオ、お前もかっ!
見ればニャオとゆいゆいの瞳からハイライトが消えている。これは良くない傾向だ。
「ハイハイ、二人はこっちね。」
私は、ニャオとゆいゆいをソーニャさんたちの方へ引きずって連れて行く。
ソーニャさんとマイナさんの瞳からもハイライトが消えかけているので、取り敢えず4人纏めておいたほうがいいだろう。
私は4人の面倒をクレアに任せて、マコトとミーネに向き直る。
「ずっとイチャついてたから参加する気ないと思ってたんだけど?」
声が固くなるのは仕方が無い。私にだってリア充に対しては思うところが数多くあるのだ。
「いや、それは悪かったと思ってる。しかし……。」
「………。」
マコトが言い訳と謝罪を口にしている間中、ミーネは顔を赤くしたまま俯いていた。
「まぁいいわ。参加するならマコトは前衛組に合流、ミーネはクレアと一緒に補助と回復を。出発は早朝、日が昇る前。後マコトは洞窟の外のテントを使ってね。夕食後洞窟内への侵入禁止。」
「えっと、どうして?」
私の言葉に、ミーネが疑問を挟む。
良くも悪くも、この子は自分の周りにまで気が回らないらしい。
「当たり前でしょ?マコトは男なのよ。夜同じ場所で寝るなんてあり得ないでしょ。そもそも女の子だけのパーティと知っていながら、いつまでもそこにい続けるってのが、性根を疑うわね。夕食まで一緒でいいっていうことに感謝してほしいぐらいよ。」
自分で言っていて、グサグサとブーメランが突き刺さる気もするが、今は見た目女の子だからノーカンだと誤魔化しながら言葉を続ける。
「だいたいよく知らない男がいること自体おかしいの。今回は非常事態だから我慢しているけどね。それでもニャオ達におかしな視線を向けるようなら、半殺しの上で追い出すよ。……本当はソーニャさんの気持ちを考えるなら、今すぐにでも追い出したいところなのよ。」
ソーニャさんの名前を出したところで、私の言葉の意味を理解したのか、ミーネは黙り込む。
「まぁ、ミーネが外のテントに行く分には止めないから好きにするといいよ。」
私はそう言って二人に背を向け洞窟の入口へと向かう。
「どこ行くの?」
その様子を見咎めたクレアに「偵察」とだけ伝えて、洞窟を後にした。
◇
「はぁ………。」
私は近くの岩に腰掛け、大きなため息をつく。
マコト達にキツイ言い方をしてしまったのも、半分以上八つ当たりだ。
それがわかっているだけに、あの場に居づらくて、偵察にかこつけて逃げ出してきたんだけど………。
「はぁ………ヤッパリ向いてないよね。」
「ソンナコトナイヨ。」
突然背後から声がかけられ、目が塞がれる。
「だ~れだ?」
「内弁慶なネコミミ娘。」
「誰が内弁慶だぁ!」
目を塞いでいた手がそのまま首に回される。
「ちょ、まっ……ギブ、ギブっ!」
いきなり首を絞められては降参するより仕方が無い。
「もぅ、しょうがないなぁ、リオンちゃんは。」
ニャオは私を開放したあと、その場に座り込み、膝の上をポンポンと叩く。
………えっと、膝枕……ってこと?
「ほら、早く!」
躊躇っている私の腕を取り、強引に横にして頭を膝の上に置く。
「ほら、なにか言いたいことあるんでしょ?このニャオちゃんに告白しなさい。全部受け止めてあげるから。」
そんなニャオの言葉を聞いて、本当はすべてバレているのでは?ニャオハすべて知っていて黙っていてくれるのでは?等と都合のいいことを考えてしまう。
そのまま全てを話して楽になろう……そんな考えが頭をよぎるが、口にしたのは別の言葉だった。
「膝枕って言うけど、枕にしてるのって太ももだよね?」
「太もも枕?語呂が悪いし可愛く無いから却下されたんじゃない?」
「却下って誰に?」
「全日本膝枕愛好女子連盟に。」
「そんな組織あったんだ。」
「多分ね。」
私とニャオは視線を絡ませ、笑い合う。
「…………なんかね、ここに来てから私がリーダーっぽくなってるじゃない?4人でいたときは気にしなかったけど、人数が倍に増えて………これでいいのかなぁって。」
「ウンウン、リオンちゃんは後先考えずにツッコむタイプだもんね。」
「そうなのよっ!でも最近ではそのポジション、ゆいゆいに奪われそうだし、クレアの方がリーダーに向いてると思うし……。」
「確かにくー姉はリーダー向きかもね。でもこういう非常事態には慣れて無いよ。多分一番戸惑って、不安で泣きそうになってるのはくー姉だよ。」
「クレアが?そうは見えないけど。」
「ウン、必死にに平静を保っているからね。でも心の中では泣きたいはずだよ。だから落ち着いたらくー姉のこと見てて上げてほしいな。」
「クレアのこと、よくわかるんだね。」
「まぁね。お姉ちゃんのことだからね。」
「お姉ちゃんって……姉妹同然に育ったとか?」
「ううん、実のお姉ちゃん……異母姉妹ってやつ?お父さんが一緒なの。」
ニャオの言葉に少なくないショックを受ける。
父親が一緒なのに苗字が違うというのは、そういう意味なわけで……。
「あ、もぅ、そんな顔しないでよ。私のことよりリオンちゃんのこと。まだ言いたいこと有るんでしょ?ほら言ったんさい?」
「そうねぇ。ニャオは可愛くて優しくて大好きよ。お嫁さんにしたいくらい。」
「な、にゃ、にゃにを……。」
ニャオが真っ赤になり慌てふためく。
そんなニャオを素直に可愛いと思い抱きしめる。
いつかは涼斗として奈緒美に伝えられたらいいなと思いながら。
「オイ、コラっ!私の嫁を横取りしようとはとんでもないヤツですね。」
ニャオをギュって抱き締めていると、割って入ってくるお邪魔虫が入ってくる。
「ゆいゆい、今いいところだから邪魔しないで。もう少しでニャオを落とせるんだから。」
「落ちないよっ!」
ニャオが慌てて離れる。
「あ~あ、ニャオの抱き心地最高だったのに。」
「くぅ~、ニャオちゃん私も抱き締め……。」
「させないからッ!」
ホールドしようとするゆいゆいの手を躱し、警戒心を顕にするニャオ。
それでも、抱きつく隙を伺っているゆいゆいに、「あとをよろしく」と声をかける。
「どこ行くの?」
「偵察よ。さっき言ったじゃない。出発は日の出前だから寝坊しないようにね。」
私は二人にそう言って、今度こそ本当に偵察に行くために、洞窟をあとにするのだった。
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