第16話 アナザーワールド その10 ゴブリン退治

ドォォーン!


辺りに爆音と衝撃が響き渡る。


「何でこうなるのよっ!最初はちまちま狙撃するんじゃなかったのっ!」


ゆいゆいが至近距離による爆発を受けて、埃塗れになった顔を向けながら怒鳴る。


「だってぇ、……ヤツラ黒くてテカテカしてたんだもん。」


先程ちらりと見えたゴブリン。その肌は浅黒く、しかもテカっていた。


それが、ある最恐最悪の天敵を連想させて思わずエクスプロージョンを放ってしまった。


アレを連想させたヤツラが悪い。私は何も悪くない。


それにゴブリン達も、こっちでは「1匹見かけたら30匹はいると思え」と言われてるあたり、アレと同じ扱いでいいと思うよ。


「そんなことより、ゆいゆい、アイツラ這い出してくるわ。」


あの規模の爆発の中、しぶとく生きている辺りも、Gを連想させて、気分が悪い。


「アレは私達がやるからっ!リオンは余計なことしないでよね!」


ゆいゆいはそう言い捨ててニャオと一緒に黒光りするゴブリンに向かっていく。


「任せたよ~。」


私はユイユイを見送り、後方で待機しているクレア達の方へ一旦下がることにする。……何となく嫌な予感がするのだ。


「……って、何であんたが下がってるのよっ。ゴブリンはどうしたのっ。」


同じ様にゆいゆいを見送り、私についてこようとするマコトを怒鳴りつける。


「ミーネが心配なんだよっ!」


「後ろが気になるのは分かるけど、そっちは私に任せて、あなたはあなたの役割をしなさいよっ!」


「俺の役割はミーネを守ることだっ!それにゴブリン程度なら3人もいれば十分すぎるだろ!」


マコトがそう叫ぶが、そうじゃないのよ。


私は仕方がなく、マイナさんに前衛の援護を任せ、後陣へ向かう。


マコトが戦列を離れたせいで、予定が崩れ始めている。ここは手遅れになる前に合流して、戦略の再構築した方がいい。


しかし、既に運命の歯車が狂いかけていることに、私は気づかなかった。



「どういうつもり?」


「そんなの見りゃわかるだろ?」


眼の前に男が3人。そのうち二人は、クレアとミーネに剣を突きつけ、リーダーらしい一人が私と向かい合っていた。


「………私が人質になるわ。だからその娘を離してあげて。」


私は仕方がなく、手にした剣を足元に落とし、手を挙げる。……まだだ、まだ大丈夫。ここからでも余裕で助け出せる。


「バカか!人質は多いほうがいいに決まってるだろうが!」


男はそう言いながらも、自ら近寄ろうとはせず、私を手招きし、そばに来るように指示する。中々に用心深い男だ。私を捉えに来れば、すぐにでもカタがついたのに。


「人質を開放してもらえないのに、私が従うとでも?」


少し時間が欲しいので、そんな事を言ってみる。


「従わなきゃ、従わざるを得ないようにしてやるだけだ……オイッ!」


リーダーの男は後方にいる男に合図を送る。


ミーネを捉えている男は、下卑た笑いを浮かべ、ミーネの胸を勢いよく弄る。


「イヤぁッ!ヤメて、離してっ!」


ミーネに叫び声が響き渡る。


ここまでか……。


私は時間稼ぎを諦め、予定を早めようとしたところで思わぬ邪魔が入る。


「よせっ、やめろっ!ミーネを離せっ!」


マコトが飛び出すが、ミーネが人質になっている以上、その先は何も出来ずにいる。


………。バカ、計画が台無しじゃないの。


相手のリーダーは、ミーネに剣先を向け、その衣類を軽く切り裂くのをマコトに見せつける。

そして、マコトは相手の言いなりになるしかない状況へとあっさりと追い込まれる。


「おう、立場がわかったなら、そっちの嬢ちゃんを縛り上げて連れてきな。……嬢ちゃんも、抵抗するなら、コイツがどうなっても知らねぇぜ。」


リーダーの男は、衣類が切り裂かれ、露わにさらけ出しているミーネの胸を鷲掴みにしながら言う。


ミーネはマコトの手前、せめて声だけはあげまいと、きつく唇を噛み締めているが、その瞳からは、ボロボロと涙が零れている。


「済まない、許してくれ。」


そう涙声で言いながら、私を縛っていくマコト。


……許すわけ無いでしょうが!アンタが余計なことしなければ、今頃はすべて片付いていた筈なのよ。


そう言いたいのをぐっと堪えながら、私は黙って縛られる。


幸いにも、男達は今すぐ私達をどうこうするつもりはないようだ。


まぁそれも当たり前だろう。


もし私達を犯している途中で、ニャオ達が戻ってきたら?もしくはニャオたちを倒したゴブリン達が来たら?


流石にに無防備で一方的にやられることぐらいは想像がつくらしい。


こういう場合、私達を安全な場所まで連れていき、そこで思う存分嬲るのが普通だけど、この男達は、この機にニャオ達も捕まえる気でいるらしい。


普通に考えれば、これだけの人質がいれば、ニャオ達も従わざるを得ないだろうと思ったのだろうが、そこに私が付け入る隙がある。今はそのチャンスに賭けるしか無い。


(リオンちゃん、どうするの?)


クレアが小声で聞いてくる。


正直私とクレアが助かるだけなら簡単な事。


アイツらは、私達に向ける欲望を抑えきれず、かと言って、安易な行動に走り、身の危険を晒す勇気も持てずに鬱屈した憂さをマコトに向けている。つまり、代わる代わる交代でマコトを殴ったり蹴ったりして憂さ晴らしをしているのだ。


つまり、十分に隙があるって事で、ここで拘束を解き魔法を放って逃げ出す事は簡単なのだ。……まぁその代償は、私の腕とマコトの身柄。場合によってはミーネの身柄もだけど、少なくとも私とクレアの安全は確保され、そのまま反撃をして後顧の憂いを立つことは出来る。


効率を考えれば、それが一番いい事だし、ここがゲームの中であれば、躊躇わずに実行していた。


ただ、クレアもニャオも、そしておそらくゆいゆいも、その方法は望んでいないだろう。


だとすれば、難易度が上がっても次善の策を取らざるにえない。


だからクレアの問いかけに、質問で返すことになる。


(クレアはどうしたい?あと、ラビちゃんとアルちゃんの準備は?)


(リオンって時々意地悪な事聞くのね。まるで涼斗君みたい。ラビちゃんはスタンバイOKよ。アルちゃんも大丈夫。後……リオンなら私が望むとおりにしてくれるって信じてるからね。)


……はぁ、期待が重いなぁ。


(取り敢えず、合図したらラビちゃんを召喚、スタンフラッシュでこの場の全員を麻痺させて。)


(ん、それは任せて。)


私はその後の動きなど、簡単に打ち合わせを済まして、周りに視線を戻す。


男達は、まだマコトを殴ったり蹴ったりしていたぶっている。


飽きもせずに、とは思うが、理由の一端はマコトにもあった。


拘束され身動きが取れず、無抵抗に殴られながらも、唯一自由になるその口で、男達を徴発し続けているのだ。


男達は、当然その挑発に乗ってマコトを殴る、マコトはさらに挑発する、その繰り返しが目の前で繰り広げられているのだった。


そして、私は見た……見てしまった。殴られるたびに、マコトの口の端があがり、ニヤリとしているのを………。


そしてそんなマコトの姿を悲痛そうに見ているミーネの瞳に、徐々に怪しい歓びの光が宿っていくのを………。


……………いや、気のせいだよね。ウン、気の所為。


マコトが喜んでいるように見えるのは、男達がマコトの相手をしている間は、ミーネの身に危険が及ばないからであり、ミーネはそのマコトの献身に心を打たれているだけだよね?


マコトが実はMで、ミーネはそんなマコトを見てSに目覚めつつあるように見えるのは、きっと私の心が汚れてるせい………だと思いたい。


私はそんな事を考えながら、辺りの様子をうかがい続ける。


一番厄介なのが、あのリーダー格の男だ。


アイツはマコトをいたぶる事にはあまり参加せずに、油断なく私達と周りを見張っている。


おそらく、これから戻ってくるであろうニャオ達を待ち構えているのは間違いない。


出来ればその前にカタをつけたいけど、マコトまで助けるとなるとちょっとね。


自分の拘束解いてからクレアの後ろに周り、エアカッターでクレアの拘束を解くのに要する時間が5〜6秒、それからクレアがラビちゃんを召喚し、ラビちゃんのスタンフラッシュが発動するまでに要する時間が3〜4秒。つまり10秒近い隙が欲しいところだけど………。


マコトをいたぶっている奴らは問題ない。今彼らの頭の中にはマコトを如何に屈服させるかで占められているだろうから。


そういう意味では唯一役立っていると言えるのだが、リーダー格男の気を引けてない時点で役立たずとも言える。


リーダー格の男は、こういうことに慣れているらしく、中々隙を見せない。そう考えると、まだ隙が多かった、マコトが飛び出す前が一番救出しやすかったのに。


………マコト見捨てても問題無いよね?


私がそう考えた瞬間、ミーネと目が合う。


彼女の視線は驚くほどに厳しかった。


……えっと、心読まれた?


……………ニコッ。


取り敢えず笑ってみる。


困った時は、笑えば大抵なんとかなる……ただし美女とイケメンに限る。


一応、私の容姿は合格ラインにあるらしく、その笑顔を見たミーネは、ポッと顔を赤らめて俯く。


……ウン、誤魔化せたのはいいけど、なんで顔を赤くするかなぁ?


さて、私達が捕まっていることがニャオ達にも伝わっている頃合いだし、そろそろ行動に移らないと……。


私がそう思っていると、なにか背後で蠢く気配を感じた。


そぉっと首を巡らせてみると、後ろ手で縛られている私の縄を、小さなネズミが齧っている。


……これってまさか!?


私は思わずクレアを見ると、クレアの近くにも数匹のネズミがいて、クレアの手足の縄に齧りついているのが見える。


当のクレアは、嬉しいような困ったような複雑な表情を私に向けていた。


どうやらこのネズミたちはアルちゃんの眷属らしい。ということは、既に近くまでニャオ達が来ている?


……だったら後は時間との勝負ね。


私は、自分の拘束を解こうとしているネズミたちに、クレアの方へ行くようにお願いをする。


自分の拘束だけなら、いつでも解くことは可能なのだ。


私のところにいたネズミたちがクレアのもとに応援に駆けつける。あれなら後数秒でクレアも自由を取り戻せるだろう。


後はタイミングが命……クレアの拘束が解ける瞬間を狙って私が拘束を解き、あの男の注意を引く。その隙にクレアがラビちゃんを召喚……コレでイケる!


その為には、あの男がクレアに注意を向けないようにしないと……。


そう思って視線を男に向けた途端、遠くから矢が撃ち込まれ、男の頬をかすめる。


「来やがったかっ!……オイ、こっちには人質ぐぁぁッ。」


リーダー格の男の言葉が終わらないうちに、棍棒が男の顔にめり込む。


ズシャッ!


小気味いい音の後、男はバランスを崩して倒れ込む。


「リオンちゃん、大丈夫?」


男の足首をかききったニャオが、そのまま駆け寄ってくる。


「私よりクレアが……。」


「あっちは大丈夫心強い味方がいるからね。」


クレアの方を見ると、彼女を護るように銀色の狼が立ちはだかり、その背にラビちゃんとアルちゃんが乗ってポーズを決めている。


「アレは?」


「さぁ?よくわからないけど味方みたい。」


「そう……。」


なにか釈然としないものを感じつつ周りの様子を見る。


リーダー格の男は、ゆいゆいの棍棒で滅多打ちにされ、既に意識がないようだ。


マコトを襲っていた男二人は近くで転がっている。アチコチ焦げたあとがあるが、身体がヒクヒクと小刻みに動いているところからして、一応は生きてるっぽい。


ミーネは、ソーニャ達に助けられ、自由を取り戻した今、マコトのもとに駆け寄り、膝枕をしている。


「とりあえず解決…………しちゃった。」


色々考えていたのが、アッサリと終わってしまい、結果として守るべきはずのニャオに助けられたという体たらく…………。


釈然としないまま、男達を縛り上げ放置して、その場を離れることにした。














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