第12話 アナザーワールド その6 お風呂
「それで?」
クレアの視線が冷たい。
「いや、だからね、そのベロべロスのリーダーのマコトってやつが……。」
私は、必死にクレアに先ほどまでの出来事を説明する。
あの後、マコトに拠点まで来て話をしないか?と誘われたのだが、その時になってクレアを放置していることを思い出して慌てて帰ってきたのである。
忘れていたのはニャオ達も同じはずなのに、二人は知らん顔で、ライトニングホーンのラビちゃんをモフって知らん顔だ。
くぅ~、私もモフりたいのにぃ。
「はぁ~。怒ってないから、そんな顔しないでよ。それより、そのベロべ……何とかって人たちも私達と一緒ってことは間違いないのね?」
「えぇ、簡単にだけど現状の情報交換ができたわ。それによると、ベロベロスの人たちも、あの時、地竜の姿を見たんだって。それで逃げようとしたところで足をもつれさせて、光に飲み込まれた……で、気づいたら見知らぬ森の中。ってことらしいわ。」
正確に言えば、森の中で気づいた時、近くに居たのはリーダーのマコトとケンジ、そしてミーネの三人だけだった。
何が起きたかわからないまま、現状を把握しようと歩き回ってたけど、結局何も分からず、水源となる川を見つけたので、その近くで休める場所を作っていたところに、二人組の女性が姿を現した。
彼女たちも、突然光に飲み込まれ、気づいたら森の中。二人は顔見知りというわけではなかったけど、こんな訳の分からないところで別々に行動するよりは、一緒にいた方が何かと安心だろうと、一緒に行動することにした。
歩き回っていると遠くに火が見えたので近くまで来たら、マコト達と出会った、という事だった。
そして、翌日の昼過ぎには、同じように森を彷徨っていた4人グループが合流し、夜には焚火を見つけた3人グループが合流した。
いきなり人数が増えて、安心感は増したものの、食料の問題が浮上する。
わずかにあった食料も12人で分ければあっという間になくなり、皆、空腹を抱えたままその夜は過ごした。
翌朝……つまり今日の朝になってから、周りの探索と食料集めを手分けして行っていたが、女性三人で行動していたはずのミーネがいつの間にかはぐれてしまったという報告を受け、マコトとケンジ、そして、他三人がミーネを必死になって探し回り、ようやく見つけた時、見知らぬ女性三人……つまり私達と出会った……。
マコトとケンジ、そしてミーネから聞き出した話をまとめると以上のようになる。
ちなみにこれらの話は、肉串を何本か提供してあげただけで、あっさりと話してくれた……よほどお腹が空いていたらしい。
なお、他の三人は食べることに夢中でろくに会話にならなかった。
「ふーん。それでどうするの?一緒に行動する?」
「そのつもりはないよ。」
「なんで、って、聞いていいのかしら?」
「構わないよ。一緒に行動しない理由はただ一つ。クレアたちを危険に晒せないから。」
「私たち?」
「そう。あの人たちと一緒に行動するってことは、三人が私の目が届かない、別々に行動しなきゃいけない場合も出てくるでしょ?そうしたら守れないからね。」
「そう……リオンから見てその人たちは信用できないってことね。」
「んー、信用できるほど深く知らないってのが正しいよ。多分、ミーネっていう子とリーダーのマコトって人は大丈夫だとおもう。あとケンジって人もね。他の3人は情報不足だし、アジトにいるっていう6人に至っては判断できるわけがないじゃない。それに、私もそうだけど、ニャオも人見知りでしょ?それなのに知らない人の中に入っていけないよ。」
「……そうね。合流するにしてももう少し様子見てからにしてもいいわね。」
「そういうこと。あともう一つ懸念事項があってね……。」
……出来れば、四六時中あのグループを偵察しておきたいぐらいだ、と告げるとクレアはすごく驚いた顔をする。……当たり前だよね。
「どういうこと?」
「えぇ、あそこは結局寄せ集めのグループなのよ?」
「そうね。えーと4つのグループ?」
「いや、正確には6つ。マコトたちベロベロスが3人、女性のソロが各1、昼に合流したという4人組は、元々3人のパーティとソロプレイヤーで、ここに来るまでは顔も知らない中だって。そして夜に合流したという3人。」
「それで6つのグループってわけね。でもそれがどうしたの?」
「見知らぬ他人同士が急遽集まったグループよ?もめ事が起きない方がおかしいわ。それでも、圧倒的に人数の多いグループがイニシアティヴをとっていればいいけど、そういうわけでもなさそうだしね。」
「うんうん、それ分かるぅー。」
急に話に入り込んでくるゆいゆい。
「主義主張?そういうのが強い子が一人でも混じるとねぇ、すぐにバランスが崩れるんだよ。それが徒党を組みだすと手が付けられないっていうか。」
「……。」
「そうしたの、リオンちゃん。変な顔になってるよ?」
ゆいゆいがのぞき込んでくるけど……。
「あー、うん。女の子のグループって大変なんだなぁって。」
「あはっ、おかしなリオンちゃん。アナタだって女の子でしょうに。」
「あ、アハハ……私リアルではソロプレイヤーだから。」
……ヤバい。おかしな方向へ会話が生きそうだ。修正しなければっ。
「そんなことより、もめ事が起きるからどうだっていうの?一緒に行動しなければ関係ないんじゃ?」
そこにうまい具合にニャオが話に入ってくる。……ラビちゃんを抱えたまま……。いいなぁ……。
「あ、うん。昨日までだったらそうなんだけどね。今はあっちにも私たちの存在が知れ渡ってるでしょ?」
「うん。だけどそれがどうしたの?」
「もぅ、みんなもっと危機感もってよっ!」
……なんでこんなにのほほんとしてられるのよ、この子たちはっ。
「いーい?あっちがもめ事熾しているだけなら構わないわ。でも、こっちまで巻き込まれたら……っていうか、下手すれば一丸となってこっちを襲いに来るかもしれないのよっ。」
「……ごめん、リオンちゃん。なんでそうなるのかわからないわ。」
クレアが不思議そうな顔で聞いてくる。
「もぅっ!なんでわからないのっ。クレアも、ニャオも、ついでにゆいゆいも、とっても魅力的で可愛い女の子なんだよ?そして、ここは日本どころか、世界の法が通じない異世界なのよ。力あるものが正義っていうある意味弱肉強食の世界なのっ。あいつらがそれに気づいたら、絶対に襲い掛かってくるわよっ。」
「あ、……うん。」
「えーと、………そうね。」
「ぶぅ、ついでって何ですかぁっ!」
三人?はなぜか顔を赤く染めてもじもじしている。
「大体ねぇ、若い男って言ったらそういうことしか考えていないのよっ。私だって我慢してるのに、他の男どもにみんなが好きにされるかと思うと我慢ならないのっ!」
「私だってって……。」
「我慢……してるの?」
「えーと、その……。」
三人の挙動で自分が失言したことに気づく。
「あ、その、あのね、あれは、私が……そう、私が男だったら我慢できずに襲ってるって言いたかったのっ!」
「あ、うん、そうね……。」
マズイ、クレアがドン引きしてる。
「わかる、わかりますよリオンちゃんっ!私だって夜な夜なニャオちゃんに夜這いをかけようと隙を狙ってるんですっ。どうですか?今夜一緒に……。」
「させないからっ!」
パシーン、パシーンとハリセンの音が甲高く響く……なんで私まで。
「と、とにかく、男なんてのは信用したらいけないのっ。」
「それは言いすぎなんじゃぁ?センパイみたいな紳士だっているわけだし。」
「甘いわ、大甘よ!そのセンパイだって、心の中じゃぁニャオやゆいゆいを抱きたいって思ってるわよ。妄想の中じゃ、無茶苦茶凌辱してるわよ。」
ニャオ達には悪いけど、コレホントの事。私が言うんだから間違いないのよ。
「うぅー、いくらリオンちゃんでもセンパイの悪口禁止!」
「悪口じゃないわ。事実を言っているだけよ。」
互いに、うぅ~と睨み合う。……っていうか、なんで私こんな言い合いしてるんだろ?
「ハイハイ、そこまでよ。」
睨み合う私達に間にクレアが入って引き離す。
「リオンの言いたいことはわかったけど、涼斗君のことは、私も信じてるの。心の中でどう思っていたとしても、彼は安易な行動に走ったりはしないって。だからこの話はここでおしまい。」
「……わかった……ゴメンナサイ。」
なんかニャオとクレアの信頼が重いんですけどぉっ!
因みに、ゆいゆいは少し離れたところで「ケダモノのリョウ先輩が私を目茶苦茶………イイッ!」などと分けわからないことを呟きながら悶ていたので、全力でスルーしておいた。
「それはそうと、言いたいことはわかったわ。それならうってつけの子がいるわよ。」
そう言ってクレアが胸元から1匹のネズミを取り出す。
「紹介するね。桜ネズミのアルちゃん。アナタたちが留守の間に仲間になったの。」
クレアの話では、私たちが留守の間のこと。ラビちゃんと日向ぼっこをしていたらどこからともなく現れたのだそうだ。
そしてラビちゃんと死闘を繰り広げる事1時間余り。最終的には両者ノックダウン、引き分けだったらしい。
そしてクレアがご飯を上げると仲間になったとか……。
なんかチョロすぎないか?召喚獣ってこんなに簡単に仲間にできたっけ?
……私がいまさら何を言おうが、過ぎてしまったことだ。それより、半紙を聞けば、アルちゃんには自分より小さい動物たちと感応できる能力があるらしい。
つまり、相手の近くにいる動物たちの見聞きしたことが分かるってことで、偵察にこんなに適した能力は他にないだろう。
「じゃぁアルちゃん頼めるかな?」
言葉がどこまで通じるか、わからなかったが、一応、偵察してほしい相手のことをわかっている限り正確に伝える。
すると、アルちゃんは「任せておけ」というようにびしっと敬礼をし、どこかへと走り去っていった。
「……当面はこれでいいのかな?」
「そうね、とりあえずはゆっくりしましょ。……気を張りすぎて疲れてるんでしょ?」
クレアが見透かすかのようにそういってくる。
「……なんで?」
「さぁ?なんでかしらね。」
クレアがくすくすと笑いながら「相手のことを見てるのはあなただけじゃないのよ」と小さな声で言う。
……つまり、アレかな?「深淵を覗くとき、深遠もまたこちらを見ている」ってやつ……違うか。
そんなどうでもいいことを考えているあたり疲れているんだなぁと自覚してしまう。
「疲れた時はお風呂がいいですよぉ。あぁーお風呂に入りたいぃぃ。これじゃぁニャオちゃんに夜這い掛けれないよぉ。」
自分の体のあちこちにクンクンと臭いをかいで情けない声を出すゆいゆい。
夜這いはともかくとして、確かに暖かい湯につかりたいのは確かだった。
「お風呂かぁ。温泉が見つかればよかったんだけどねぇ。」
「温泉いいねっ!露天風呂にヒノキ風呂。岩風呂に打たせ湯……もぅたまらないっ!りおえもーん、温泉だしてぇ!。」
「誰がりおえもんよっ!」
……大体、それ、いろいろ危ない発言だからね。
「あ、でも……お風呂……いけるかも?」
「「「ほんとっ!」」」
私のつぶやきに三人が飛びついてくる。
「あ、うん、ちょっと待ってね……。」
目をつぶって、自分のスキルのことを考えると、目の前に現在の習得スキルが浮かんでくる。
これは少し前にゆいゆいがたまたま見つけた方法だ。こういうことが出来るから、今一つゲームじゃないと言い切れないんだけどね。
その中に目的のスキルを見つける……これなら何とかなるかも?
「うん、とりあえずやってみよ?」
私は奥まったところである程度スペースのあるところに移動すると、収納ボックスから昼間倒したトレントの遺体を取り出す。
「ニャオ、こことここ斬ることできる?」
「うん、お風呂の為なら不可能でも可能にするよっ。」
ニャオはそういって双剣を思いっきり振り下ろす。
ニャオの気合の勝利か、またまた何らかのスキルが働いたのか、奇麗にすっぱりと切れて、直径5m弱、高さ1mちょっとの丸太?が出来上がる。
「えーっとテーブル?ちょっと高くないかしら?」
何が起きているかわからないクレアがそう呟くが今は放置だ。ここからの作業は集中しないと危ないからね。
私はナイフを使ってその丸太の中央から削っていく。とりあえず中央を深く……大体50~60㎝ぐらい掘ったところで、今度はそのまま穴を周りに広げていく。
このナイフは、実は生産スキル持ちの初期装備の『万能工具』だ。
これ一つで、ノコギリにもカンナにも、小槌にも何でもできる。付与するための魔法陣だって書けるのだ。
とはいっても、ナイフ一本で丸太をくり抜くのは骨が折れる。
そこで私は、周りに気付かれないようにそっと呪文を唱える。
『トルネードカッター』
万能工具の刃先に真空の渦が纏わり付き、周りの木をどんどん削っていく。
うん、これなら楽ね。
10分程作業をすると、見事な「湯船」が出来上がる。
「次は、これ………。クリエイト・ウォーター!」
宙空に現れた水が重力に引かれて湯船の中へ落ちる。
「これくらいでいいかな?」
8分目まで溜まったところで魔法を止める。
「ゆいゆい、ファイアーボールお願い。」
「了解だよ。正しく王道!」
ラノベでは水の中にファイアーボールを放って湯を沸かすという表記はよく出てくるので、オタのゆいゆいは、詳細を説明しなくても理解してくれる。
程なくして、適温になったお風呂が完成するのだった。
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