第8話 月夜の侵入者②
ついに辿り着いた地底の底の禁制地、書庫。
大扉の先へ足を踏み入れると、白いロイヤルな本棚がズラッと並ぶ広い空間が出迎えた。
「どことなく懐かしい香りがする」
「“
すると青年はいきなり聞き慣れぬ言葉を口ずさみ、手の平に光のオーブを浮かばせた。
この白い輝き、どこかで見たことがあると思えば、街の街灯の明かりとそっくりだ。
「うぉお⁉ 今の何⁉」
「“呪文”。本来なら魔導書という書物から学びと鍛錬を得て習得できるものだ。人類が文字という最大の発明を生み出すより前に、言葉という発明をした時点で既に存在し、人々は呪文を日常に浸透させていった時代があったらしい。今でいうマギアだ」
「昔は呪文を使うのが当たり前だったってこと?」
「少なくとも、俺達の幼少期まではそうだったらしい。で、今はどういうわけか本の山となって城の地下深く書庫に眠り、人々の記憶からも消されてしまっていると」
「思ったんだけどさ、なんで記憶を喪失してる人に限って、ありもしない過去に詳しいなの……」
「記憶を盗られたことに気付けるくらいに賢いか。どこかでうっかり人生の道を踏み外したりでもしたんだろう」
彼は意味ありげに呟いた。
「あなたの目的って、魔導書を取り戻すこと?」
「いいや。俺は、国外逃亡を果たすために此処へ来た」
国外逃亡。
聞き慣れない言葉に、思わず耳を疑った。
「そこで、ちょっと待ってろ」
青年は言うと、一人で書物を漁りに行ってしまった。
暇なので、こちらも近場を探索することにした。
謎の骨董品類が山のように積まれた棚には、大量の古い箒やら木の棒がいくつも積まれていたり、ビン詰めの小魚のはく製がこちらに大口を開けていたりする。
びっくりした。
今にも飛びかかってきそうだ。
『シー……ラ…… ス……?』
ビンにネームタグが付いている。
擦れていてよく見えない――
< バシン‼ >
「ぷぎゃぁっ⁉」
突然、大量の紙束が顔に飛びついてきた。
「その中から、報告書ってのを選んで読んでくれ」
「そんなの自分で選んでよ!」
「俺は文字が読めないんだ」
「あっ……」
いくつか渡された本の中から一冊選び、ページをめくり、気になる箇所を音読してみせた。
【220 年
・近隣住民による目撃証言から受けた、霧の森にて観測された眩い閃光の調査報告。護衛兵20名が霧の森に住まう人喰いの悪魔によって捕食された。霧の森事件と称す。
・霧の森事件および王妃ハイドレアの手紙を門外不出の極秘書物とし、マギアタブレット端末へ、極秘コード:『ハイペリオン計画』データを同封せよ。
・童話本■■■■■■■を急ぎ全回収。焚書処分へ――】
「霧の森事件、それだ」
「……母の名だ。全容は、一世紀の変わり目に秘匿情報になってるみたい。それに黒塗りのところ、小さい頃大好きだった絵本が燃やされた時のこともご丁寧に書かれてる」
「焚書? なんで童話が燃やされなきゃならないんだ?」
「王が大嫌いな魔法がたくさん登場するからだよ。とあるお姫様の主人公が、色んな国を転々と旅して、色んな種族の生き物たちと出会って異世界を大冒険して、最後は悪しき魔王を倒してハッピーエン……、いや、悲しい終わり方だったような」
「なるほど。忘れるほど魅力的だったと」
「いや、昔の話なんだけどね――」
私はその物語が大好きだった。それは児童書をベースに小説版も出回り、多くの人々に読まれては話題を呼んだ。
それは、好印象や共感を得るものばかりではなく、むしろ陰湿で不快だと貶す人の方が多数を占めていたけれど、自分にとっては一押しの秀作だったことはよく覚えている。
特に、百人に感想を聞けばバッドエンドだと返ってくるその物語を、ただ自分一人だけが最高のハッピーエンドだと言い張り、誰からも共感されなかった日々を過ごしていたことは、最も記憶に新しい――
「そんな夢や空想の魔法が詰まった本を、王は嫌ったんだ。修行から帰った勇者一行が魔王城に攻め入る華々しい山場で、王家の人もみんな読むのやめちゃうんだよ? ここからの魔法大戦に繋がる展開がアツアツなのに!」
「うん…… 不都合だったんだろうな。マギア広めるのに」
そんなことよりも、森に住まう“人喰いの悪魔”という一文に、私は冷静さを失いかけている……
「それと、“ハイペリオン計画”の全容がなんとなく分かってきた」
「えっ」
「俺の生まれた村の子がマギア部品錬成所の奴隷として働かされているんだ。丁度この計画が開まった頃に部品開発事業が開始された。“魔法を根絶する兵器”の開発だ」
「じゃあ――」
「さっきも言ったが、俺はそんなもん止めに来たわけじゃないぞ。あくまで国外逃亡が目的だ」
何年も王とは会っていない間に、そこまで恨みが膨れ上がっていたとは思いもしなかった。
「それか、最初っから首謀者の寝首を搔いておくべきだったかなぁ」
「一応、実の子が目の前にいるんですけど…… ノリが軽いような重いような」
「ゲーム感覚。パズルにボードゲームとか知恵の輪を解くのって楽しいだろ? 現実をゲーム化するんだ。そうすれば楽しく生きられる」
そう言うと、青年はその書類をしれっと懐に回収した。
もし彼と対面したあの時ばったり出会っていなければどうなっていたことか。
あまり想像はしたくないものだ。
「“賢者は歴史に学び、愚か者は経験に学ぶ”。事が起きてからじゃ遅い」
「経験からしか学べないことの方が多いでしょ! そう愚かに繋がるかは知らないけど、いきなり森に入って賭けに出るよりマシってことなら納得! 私は経験というか、自分の感覚しか信じられないけど」
「じゃあ地獄に落ちてから死なない方法を学ぶのか?」
「そうだよ。死なないと分からないことだって沢山ある」
「おもs…… 変なヤツ」
「今“面白い”って言おうとしたよね?」
ともかく、ゲーム感覚で王の暗殺を企てるような子が、今後どのように国外逃亡を図るつもりなのか、気になるところではある。
「ひゃ」
そして、出入口から多数の足音が聞こえてくると同時に、
私は、青年に抱擁されるのであった。
続く
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