第12話 彼岸の花束①
「やっとついた」
魔女ロエナは書庫の大扉に浮かびあがる光る紋様に腕のマギア端末をかざし、認証システムを解除。
血の臭いにまみれた暗闇へと足を踏み入れた。
暗闇を炎球で照らした先、全ての本が棚に整理整頓されている反面、木材の棚や外壁の一部は黒く変色し捻じ曲がり、少年少女が派手にやり合った痕跡がそのままになっている。
想像よりひどい有様にため息が漏れ、千切った棚の木片を炎で燃やしてみると……
木片に変化は表れなかった。耐火魔法がかけられているようだ。
「青年が書庫を放火したと聞いた時は何事かと思ったけど、キレたのが女の子の方じゃなくて良かったな」
自身の唾液で湿り気を吸った木片をその場に捨ておき、目的に目を向け、物色を開始した。
『霧の森には願いを叶える精霊がいる』と言っていたアコナという少女の発言に『霧の森で魔女を処刑しろ』との不自然な命令。
どうやら森は片道切符というわけではないようだ。それなのに、王が言っていた計画データとやらがどこにも見つからない。
「どこにあんだよ…… そもそもデータってなんだ? マギア端末に縮小化された記録のようなもの? 魔法道具の一種に記憶は保持されているのか?」
そこで一冊、『流氷の天使』というタイトルの古文書が目に入り、ページをめくった。
【 天より光来せし氷柱より、亀と巻貝の遣いに連れられ“裸の天使”が舞い降りた。
ヒトの小指ほどに小さき天の使いは、人々が祈らば願いを叶うる神と
忘れなくば、慈悲深き天使は頭を裂き、人を喰らう鬼とならん。 】
その記述の脇に、振袖をはためかせる可愛らしい天使の御姿が
「メルヘンな話――」
心の声が漏れた次の瞬間、背後より現れたホオズキによって拘束されたのだった。
____________
「ッ⁉」
次の日の朝、天気は曇り。
お城の頂上に位置する牢屋に繋がれながら、ドアの
やけに朝が冷えると思えば、隣に密接していたマキの姿がなく、牢の前には肉親の王がただ一人、哀し気に立っていた。
そして王は牢の内側へと侵入、私を鎖に繋いだまま口枷だけを外したのだった。
「手首は痛まぬか」
「マキは何処。ロエナは」
王は服越しに繋がれている手錠を見下ろした。
当然のご配慮に、殺意が湧いた。
「首のそれは青年のものか」
「だったら何」
ロエナから貰った大事な
要らぬ気使いに、殺意は積み上がる。
「まさか魔女と接触したのではなかろうな」
「さっさと錠を外してから質疑を問えよ臆病者‼」
頭突こうとして、空ぶった。
殺意がさらに煮えたぎる。
そうやって安全圏から、信頼を失ったペットに噛まれないよう籠の外から話しかけてる時点で、千里も遠く離れた言葉は決してこちらには届かない。
「お国のため、王家の純血思想のため、母の意志を継ぐ立派な王妃になって、好きでもない誰かを婿に迎えるまで楽しく学校生活しててねって。そんなの嬉しくなんかないよ。それがせめてもの配慮とでも言うの? やだよ。どれだけ貧乏でも、ずっと好きな人と一緒に居られる方がよっぽど幸せだよ。配慮がまるで逆効果だよ」
絶対王政らしく、小さい頃みたく体罰に訴えれば良いものを、この男は日和り、権威を失った。
それは、失うものを無くせば何も奪われないことを知ってしまった私が悪かったのだろうか。
王妃でなくてはならない選ばれた者が自分だけであるという立場を利用した私が悪いのだろうか。
「でも王妃にはなるよ。覚悟はできてる」
いいや。全部自分が悪い。
そして自責の念はこれからも続いていく。
人は、他人の重い話を受け取らない。
だからこそ、全部自分一人で乗り越えなきゃ、
現状は変えられない。
それが大人になるってことだから。
「錠は外した。ただ、いち親子として約束して欲しい。二度とこのような非行は――」
錠が外された。
それでも生まれた頃から、王家に生まれた以上は奴隷も同然。錠は外されも、本当の自由とは言えないような気がして、
マキと初めて出会ったあの時、彼の手を取り、二人で外の世界へと旅立っていたような世界線を妄想してしまった。
「マキは、どこ」
「そんなにあの賊を気に入ったか」
「気に入るも好きも愛してるも何もわかんないよ。言えよ。マキはどこ」
思い切り頬をぶたれた。
親だから殺しはしない。死ぬこと以外はかすり傷。
今なら痛みも何も感じない。
逆に、ぶたれたことで親子の関係性を噛みしめて、
乾いた笑みがこぼれてしまうくらいには。
「青年は処刑が決定した。二度と、お前が魔法などというあらぬ希望に振り回されぬようにな!!!」
で今、マキの手を取らなかったことが大きな後悔を生み、その後悔はまた大いなる教訓を与えてくれた。
「精々、青年の死に思いを馳せることだな。シオン」
そして王は再び手錠をかけようと、こちらへ汚い手を伸ばした。
自分が、マキを想っていたかもしれないこと、
こんな人は、本当の親ではないということ。
本当の愛など存在しなかった。
そう分かったなら、大きな収穫だ。
ならば確かな自覚を、右手に集中させろ――
「 ″
私はずっと、この人の
ペットだったんだって
続く
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