第11話 政府の犬③


 「やめてぇぇぇぇ!!!!!!!!!」


 一生の声をこの一瞬に捧げてもいい。そんな思いを込めた叫びが、手に渦巻く水流を生んだ。


 それでも間に合わなかったのに――


 「止まれ!!!」


 マキ青年の首へと振り下ろされかけた大剣は、王の叫喚によってぴたりと停止した。




 「ホオズキ。わしがいつ、この場で罪人を処刑しろと命じた?」

 「いえ、これは……」

 「情に基づき行動をしたな? を忘れたか」

 「た、大変ご無礼を……」


 あの冷徹な男が、冷や汗を滴らせ怯えている。


 この貴重な王の叱責タイムを無駄にはしまいと、私はすかさずマキに飛びついた。


 依然、叱責は続いている。チャンスは今しかない。

 ……本だ。本を取り返すんだ。


 白兵複数人から槍を向けられているこの状況、誰も殺さず、マキと一緒にこの場を脱し、魔女の素性をも隠し通す方法がひとつだけある。


 それは、二人で本の先へ飛び、魔導書を破壊することだ。


 「(マキ、本)」

 「(本が何?)」

 「あの本を取り返して!!!」


 私は叫び、マキの邪魔をさせまいとホオズキの足に飛びついた。




 「本の先に飛ばせるな‼」


 そう叫ぶホオズキの発言から、マキは瞬時にこちらの意図を汲み取り、他の白兵をなぎ倒しては王様めがけて飛びついたのだった。


 しかしこの一手で、こちらの狙いは全体に伝わり、王もまた本を宙に放り投げる。


 そして、本が開かれたまま地に落下。訪れたわずか数秒の一発勝負、先に触れた者が絶対勝者の旗取りゲームが幕を引いた――


 その結果、マキとの手繋ぎで遅れを取った我々未成年チームに代わり、ホオズキただ一人が本の先へと消えた。


 この期に及んで、私たちは負けたのだ。




 「シオンが幼き頃、“書庫へは決して入るな”と伝えたあの日のことはよく覚えておる。おまえたち二人が本に手を伸ばしたことで転移先が安全地帯であると示されたのなら、じきにホオズキはここへ帰還する」

 「マキを殺すなら先に私を殺せ‼」

 「背年から離れなさい」

 「絶対権力を手にお国を治めるお立場はいつだって説明不足がすぎるよ。魔法を滅ぼすハイペリオン計画が何⁉ それで亡き母様ははさまがお喜びになるとでも⁉」


 私は震えながらにマキの両腕を後ろでぎゅっと掴み、浮かせた水の塊で精一杯威嚇する。


 震えているのは怖いからじゃない。どうせ殺されないと分かりきっているからこそ生まれる偽物の勇気がダサくて、恥ずかしくて震えているんだ。


 権威を武器とする行為がいかに滑稽か。こんな浅ましい必殺技を思いついてしまう自分が嫌だった。


 貧しくても魔法が上手な魔女と、裕福で魔法が下手くそな自分との差にも、“ただ水を操る力”が大した役に立たないことにもムカついてるんだ。


 そういう利便な逃げ道が、いつだって自分を弱くする。




 そんな心情煮えたぎる水面に、魔女の言葉がポトリと垂れ落ち波紋を生んだ。


 『――渦潮デラクレムという呪文は渦巻く水流を放つ攻撃魔法――

 ――内なる怒りを爆発させる時に真の力を発揮するはず――

 ――“ムカつくやつ”が目の前にいたら試しに打ってみると上手くいくかもね__』


 その言葉を思い出した私は広間の大扉に視線を送り、書庫での脱走劇を思い出しながら口ずさむ。


 「ロエナごめん…… マキ、最後のチャンス。合図するよ」

 「それってまさか」

 「“オプスキュリテよ”‼」


 私はマキの背中にぎゅっと飛びつき、いつぞやの彼から聞いた呪文を口にした。


 当然、口先だけの文言は何の再現にもならず、向けられた魔法消失銃レヴェレイターも、ただ浮かせていた水をその場に巻き散らすだけ。それが合図となり――


 「突進して!!!!!」


 マキはやはり大扉へと走り出してくれた。


 この突飛の作戦は政府サイドは大いに焦りの色を見せてくれた。兵士は槍や魔法消失銃レヴェレイターすら向けず、ただ大扉を身体で守り抜こうと躍起になっている。


 あとは不意をついて扉を呪文でぶち抜くだけだ。




 そのはずだったのに、丁度背後の転移本の上から魔女ロエナを担ぎ上げたホオズキがお早く帰還。


 彼は『止めろ‼』と叫んだ王に盲目に従い、考えなしに魔法消失銃レヴェレイターの照準画面を覗いた。


 「ちょっと嘘――⁉」

 「は御預けです。王女殿下」


 そして私たち未成年チームは盛大にバランスを崩し大扉を前にして大転倒。

 無事二人仲良く捕まり、一発ぶち込むはずだった魔力想いは、胸の内に溜まっていくのであった。





____________


 「手が焼ける娘だろう」

 「大変、お元気がよろしいようで」


 暗いどこかの一室で、ホオズキはお城の屋上にある監獄へと罪人を投獄。その任務完了の報告を王に伝えていた。


 投獄した三匹の猛犬は口枷をはめられ、マキとシオンは接触可能なほどに隣同士で繋ぎ、魔女ロエナは別の牢へと入れられて。




 「陛下よ、些細な疑問ではございますが、シオン殿下と青年を同じ牢に投獄してよろするのは、いかなる理由がごありで?」

 「ホオズキよ、無駄な質疑は控えよと申したではないか。全く近頃のお前は情緒の乱れを感じる。シオンに魔法消失銃レヴェレイターを向けた時も肝を冷やしたものだ。罪人の処刑の任務が先だが度重なる違反の処罰は償ってもらうぞ」

 「……承知致しました」


 ホオズキは頬の緩みを我慢し頭を下げた。


 「魔女の処刑は明日、霧の森へ送還せよ」

 「……かしこまりました。青年の方はいかがなさいましょう」

 「シオンの目があんなにも輝いていたのは、いつ以来だったか」

 「……失礼?」

 「ホオズキはどう見る? 娘シオンと青年の関係性を」


 質問の意図に戸惑いながらも回答する。


 「関係、ですか…… そうですね。とても良好であると見受けられます。見ず知らずの年頃の男女が共に協力し、ひとつの物事に向き合い、白兵の援軍十数名をもなぎ倒し、地下深くから命を賭して書庫を脱したのです。そんな間柄で育んだ“青春”の一時はきっと一生物。相応の絆か、それ以上の“何か”が生まれていてもおかしくはないかと」

 「年頃、か。まさかあのシオンがそのような情を抱くとはな」


 聞いていた土産話を振り返りながら、若い男女の心情を推測してみせたが、少々気が入りすぎて憶測も多めになってしまった。


 しかし、なぜ二人の関係性をわざわざ聞いてくるのだろう。


 「シオンは“まことの愛”を知らぬ無情な子。昔から思想の読めぬ子であった。人に怯え、ほんの些細な刺激で泣き喚く筋金入りの泣き虫でありながら他者への同情という概念がないのだ。妻の葬式でさえいつもの日常と変わらずけろっとしていたように。それからというものの、儂は不器用にも沢山叱り、娘が大事にしていた本をいくつも取り上げてきた。そのせいで、娘の涙は枯れ果ててしまったようだ。儂の失態でな」


 唐突のモノローグにハテナが止まらない。

 まことの愛? 惚気? 涙が枯れ果てた?

 一体何の話をしているだろうか。




 「だが、あの青年は使える。いずれシオンと絆が深まるその時に青年を処刑し、悲壮のどん底へ突き落とせば娘も堪えるだろう」

 「……!」

 「これは大いなるチャンスだ。娘のためとあらば、かつてシオンから没収した一冊の創作話をならい、儂がこの世界の、そしてシオンにとっての、最悪の悪役ヴィランとなろう‼」


 王の目はひどく血走っていた。


 それが実の子に対するしつけとでも言うのか。下劣な案に吐き気を催した。

 そして目を細めニッコリと笑い、何とかひねり出した返しは――


 「牢で魔女を痛めつけよとのご所望からも察するに、陛下は大変素晴らしい“へき”をお持ちでございます」


 ギリギリの皮肉だった。




 「あの薬屋は、だ。奴は賢い。いずれ“ハイペリオン計画”の邪魔者にもなろう。間違ってもシオンとは接触を図られぬよう用心しておけ。計画の全容が眠る書庫だけは死守に努めよ。ネズミ一匹逃がしてはならぬ。“絶対”にだ!!!」


 この世で最も重い『絶対』が、心臓を貫いた瞬間だった。




 そして王は退室。ホオズキのように見えていた別人は、変身を解いた魔女ロエナ本人へと戻り、次の目標への一歩を踏みしめたのだった。


 「へぇ。書庫にあるんだ。アタシの記憶ゴール




続く

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