第11話 政府の犬②
「記憶が、戻った……」
シオン王女殿下の帰還後。ロエナは言った。
突如として蘇った記憶。それは、王妃ドレアが今後産まれてくる子の名前について相談を持ち掛けられるという、断片的な幸せのワンシーンだった。
『
その時にドレア様が所持していた一冊の本には見覚えがる。シオンと初めて出会った時、うっかり本棚から転移した際にばら撒かれた本の山に埋もれていたものだ。
「これだ」
手に取った薄い本のタイトルは【古代守護魔法の極意】。中身は、甘ったるい乙女の恋愛メモがびっしりと書き連ねられてい謎の書き残しで、ページの半分近くがごっそりと切り取られている。
“守護魔法の極意”など、追放時に真っ先に没収されていてもおかしくはないタイトルゆえに、よくも持ち出しを許されたものだと思ってはいたが――
「それよりも」
課題は転移本だ。
転移本は、
しかしだ――
「さて、どっちだろうなぁ」
誰かさんが興味本位でついつい開いてしまったように、散乱した本の中から中身を調べられ、ここへ転移してきてもおかしくはない。
「他の話題ばかり具体的に話していたのにも関わらず、置いてきた本の話だけがあやふやだった」
どうせ誤魔化して早めに切り上げたってところだろう。おそらく鞄に入れて持っていったまでは本当で、書庫で気を失ったタイミングかどこかで本を落としてきた、と仮定するなら――
①回収された本は本棚のどこかに混入し、狙い通りとなっているか。
②最悪、狙いがバレて転移先で待ち構えられているか。
のどちらかとなる。怖いな。
……のんびり待つか。
「明日までの注文品、調合くらいは済ませておくか。ネムリウオの髄液を適量…… 適量ってどんくらいだよ」
ボソり呟き、依頼人様の『秘伝!飲んだ瞬間気付けば朝陽が昇る。死んだように眠れる魔法薬の調合レシピ』のお手製メモ書きを参考に、黒釜へと魚のホネを投げ入れる。
_____________
「なんでここに白兵がいるの⁉」
『やることがあるから』と魔女宅から追い出され、城内へとたどり着いたのは夕刻の時。
私は寮の自室前でたむろする大勢の白兵を前に、通路の角で横着していた。
これは一体どういうことだ? もし昨夜の騒ぎがバレたのだろうか。だとしても手掛かりは残していないはずなのに――
「一度や二度の行いではありませんね?」
背後から男の声がして、嫌な予感に振り返ると見覚えのある白兵の騎士団長様に肩を掴まれてしまう。
白兵たちはジタバタと暴れる私を連行する。その行先はもはや分かりきっていた。
やってきたのは“玉座の間”。そこに待ち構えていたのは白髭の大男。何年も顔を合わせていなかった肉親【ドラセナ王】が、魔女の転移本を手に仁王立っている。
その足元には、白兵らに足蹴りにされ、口枷を嵌められ地べたを這いつくばるマキ青年の姿もあり――
「マk……!!!」
うっかり名前を呼び掛けてしまう。しかし返事はなく、ホオズキは『やはり効果的です陛下』と、王に告げる。
それを聞いた王は続いて口を開いた。
「この本の先は、お前が持ち出したのか?」
「それは……」
「
「それは私のものではありません――‼」
マキは槍で背を突かれ、痛々しくうめき声をあげる。
「この者がどのように壁の間を出入りしていたか尋問にかけても口を割らず、寮の窓が不自然に開いていたことからも加担した共謀者がいるとの説が上がっていてな。誠に信じたくはなかったのだが、やはりお前だったとは」
「まさかクラスメイトにもこのような真似を……」
「薄汚れた反乱分子のローブまで与えられおって。反吐が出る」
嫌な想像をしてしまった。
「お前が賊を手引きをしたのだろう? なぜ加担した」
「これ以上青年を痛めつけるようなら舌を噛み切って死にます」
王と白兵らが一瞬たじろいだ。
「お前は、見ず知らずの人のため涙を流し、
「人の心くらい、在るに決まってます……」
「その絶望は、青年を想うがゆえの絶望か? それとも自分への慰めか? 人を想う心がお前にあるというのなら、自身に問いかけてみるがいい」
その地獄の二択に、私は愕然と膝から崩れ落ちた。
「……母の葬式を放り出したことを引き合いに出しているのであれば、それは――」
「くだらなぬ虚言はもう沢山だ‼」
「嘘じゃない!!!!!!!」
悔しいけれど、自問自答に返ってきた答えは正直で、青年を想う涙の気配はやってこない。
悔しいけれど、青年よりも自分の方が可愛かったらしい。
「ホオズキ、本の転移先へ飛べ」
そして王の宣告を受けた騎士団長様は、『やれやれ』といった呆れた面持で、ロエナの転移本へと手を伸ばす――
その時、凄まじい衝撃音と共に紫色の黒炎がマキの手から放射状に広がった。
兵に気付かれぬようゆっくりと、小さな黒炎で錠を溶かしていった末、荘厳なる床のタイルをヘドロの炎で溶かし、支配する様は、まさに悪の権化そのもの。
やがて拘束具から解放された青年は、我々にこう訴えかける。
「魔法文化撲滅とは、無粋な策を講じたな……」
その一言で、『絶対に口を開かせるな‼』と怒号する王や白兵らは、青年を捕縛せんと躍起になった。
それでも満身創痍の身体に鞭打ち、広い空間内を逃げ廻る青年の暴走は止まらず、円形状のホールで踊るように駆け回り、口を滑らせる。
「魔法族という呪われた人種にはこんな逸話があるらしい。魔法は刃と同義。磨かければ錆びつき力は減退する。魔法力の喪失には死の恐怖が付き纏うが、日々魔法を扱う者にとって恐怖によって背中を押されていることには気付かない。やがて魔法力の完全消失という最悪の事態は次世代に影響される。その特異性を政府は利用した」
青年の黒炎魔法が、
「悪く言えば依存。良く言えば、太古の時代に人類が生きるため我々の魂に、血に刻んでいった本能術とも言える。そしてこの現代に、代替されるはずのなかった唯一無二の概念【魔法】はいつしか、マギアという新技術が代替するようになっていった――」
白兵がいくら魔法を封じようとも、主張は止まらない。
「まずは規制を始めに大衆を慣れさせ、終いには自然淘汰を装い、事が済めばマギアを葬る。このように平等性を謳った不条理を民に押し付ければ、魔法を毛嫌う王が望んだ、みんなハッピー多様性新時代の完成だ」
すると彼は、途端に足を止め、
「この窮地を覆せるのは、王妃ハイドレアが命を懸け守り抜いたヒスイの国宝。王女シオン・フォストレアただ一人――」
その言葉を最後に、青年は天井のステンドグラスから差し込んでいた虹色の夕日が沈むと同時に、ゆっくりと目を瞑り最後の言葉を贈る――
「諸悪を討て」
小さい頃、大好きだった童話や小説を、片っ端から取り上げられた苦い記憶と重なった。
大事なものを奪われ涙を枯らし、暴徒化する民衆のように、他者を跳ね除け続けた、幼少期の記憶。
ゆっくりと時を刻み、興味を失わせ、少しづつ本を没収されていった、あの頃の忌まわしい記憶――
暴走する
これで、マキ青年の命がけの主張から判明した長年の謎が、少しだけ紐解かれていった。
父の目論見とは、
魔法概念の“毒殺”だったらしい。
その時、神妙に縄についたマキ青年の元へとホオズキが駆け寄り、腰の大剣を抜刀。
彼の首元へと、断罪の刃を振り下ろす。
続く
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