第10話 政府の犬②


 「記憶が戻った……」


 一度お城へと帰還。部屋に一人残されていた魔女ロエナは言った。


 突如として蘇った記憶は、王妃ドレアが今後産まれてくる子の名前についての相談会をしていた時の、幸せのほんの一片だった。


 その記憶の中でドレア様が片手に持っていた一冊の本が今まさに魔女の手元にあり。


 タイトルを“古代守護魔法の極意”と記された薄い本は、少女シオンと初めて出会った時、うっかり本棚から転移した際にばら撒かれた本の山に埋もっていたもの。


 中身は甘ったるい乙女の恋愛メモがびっしりと書き殴られていて、ページの一部がごっそり切り取られているのが気になる点――


 しばらくして魔女は考えることをやめ、本を閉じ今すべきことに目を向ける。




 課題は転移本だ。


 転移本は、ついの一冊が燃えれば同じように対が燃えるため、こっちの一冊が残ってるなら向こうも無事である。

 誰かさんがついつい開いちゃったように、不審物があれば中身を調べ、ここへ転移してきてもおかしくはない。


 しかし、おつかいは成功しているかのように思えたこの一件には違和感があった。


 「“嘘は嫌い”って言ったのになぁ」


 それはロエナが“先のお話”から察していた、いわゆるシオン様の虚言である。


 「あの受け答えから察するに、鞄に入れて持っていったまでは本当で、おそらく書庫で気を失ったタイミングで本を落としてきちゃったのを適当に誤魔化したってところだろう。と仮定するなら――」


 ①回収された本が本棚のどこかに混入し、運良く狙い通りとなっているか。

 ②狙いがバレて転移先で待ち構えられているか。

 のどちらかとなる。




 「いいコト思いついちゃった」


 そう言い、黒釜に薬草を投げ入れた。






_____________


 「(なんでここに白兵がいるの⁉)」


 イヴェリア区城内の夕刻時、『やることがあるから』と魔女宅から追い出されていた私は、寮の自室前で待ち構える白兵を前に、通路の角で横着していた。


 これは一体どういうことだ? 鞄は青年が持って帰ってきてくれていたし、本はその場で紛失してしまったとはいえ、私の顔を目視した白兵も目の前で殺されている。


 先日の潜入の件がバレるとするなら可能性は――


 「一度や二度の行いではありませんね?」


 そう嫌な予感が脳裏に過った時、私は背後からやってきた白兵騎士団長によって捕縛された。






 ジタバタと暴れる私を白い光沢感のある手錠をはめられ、連行されていった場所は“玉座の間”。そこに待ち構えていたのは白兵騎士団に囲まれた白髭の大男。何年も顔を合わせていなかった最後の肉親が、魔女の転移本を手に仁王立つ。


 その隣には白兵騎士団長ホオズキに足蹴りにされ、地べたを這いつくばるマキ青年の姿もあり――


 「マキ!!!」


 思うがまま叫ぶも返事はなく、王は問う。


 「この本は、お前が持ち出したのか?」

 「そんなの知るわけないでしょ」

 「この転移本は元より書庫にあったものだ。対の一冊を置きにのこのことやってきたのだろうが、まさかシオンが賊に肩入れするとはな。賊の名を知っているのなら話は早いな」


 青年は口を割ってしまったのだろう。


 「マキをどうされるおつもりで」

 「処刑だ。国の最重要機密を盗んだ罪は重いぞ。執行は明日、本の転移先の調査はホオズキに任ずる」


 そう告げる王は、すぐ隣で涼しい顔をしている白兵へと転移本を渡し、彼はその本を手にかけた。


 だが本の転移先には魔女がいる…… 彼女の魔法がいくら美しかろうが本業は薬屋だ。それに、本来隠密に済ませたかったであろうマキと意向は一致しているはず。


 何か転移を阻止する手段を考えなければ、魔女にドヤさられるどころの騒ぎでは済まされない――




 「おい、姫さん……」


 その時、青年は血反吐を吐きながら意識を取り戻した。


 「聞け。俺の仲間にハイペリオン計画とかいうプロジェクトの実態を解析してもらった…… 分かったのはほんの一部だけだが、ヒスイ政府は、あんたの親父さんはやはり魔法文化を潰すつもりだ‼ そうだろう、国王ドラセナ!!!」


 ホオズキは青年を抑えつけようとする。それでもマキは拘束を振り解き、体力も限界に近いその身体に鞭打ち、その思いを吐き出しながら広い空間内を逃げ廻った。


 「魔法を扱える人種として生まれた血筋の“呪い”を利用したんだろ。魔法力は磨かねば錆びつき、錆びつく過程に死の恐怖が付き纏う。そういう年々薄れゆく血筋の呪いがあるんだ。誰だって無意識に恐怖から逃れようと日常的に魔法を使うから普通に過ごしてればほとんど気付かないだろうが、その真実を政府は利用しているんだ‼」


 青年が炎の壁で白兵を牽制している。


 魔法族の血筋の呪い…… 言われてみれば、くらいの感覚でしかないほど小さな影響だと思っているけれど、これは、きっと他人事ではない。




 ついに焦りの色を露わにした王や白兵団たちは、ご自慢の白き銃で青年の炎魔法を無力化する。


 しかし、いくら魔法を封じようとも、青年の主張は止まらない。


 「いかにも魔法族から猛反対を食らいそうな不純物マギアを魔法健在期にねじ込んでくるなんておかしいと思ったさ。禁止令にすれば呪いを自覚し反発される。だから初めは規制から入りジワジワと大衆を慣れさせ、最後は自然淘汰を装い滅亡させ、事が済めば道具であるマギアを葬る……。これで平等性を謳い民に押し付ければ、魔法を毛嫌う王が望んだ、みんなハッピー“多様性”新時代の完成だ」

 

 小さい頃大好きだった童話の本を片っ端から取り上げられた苦い記憶と重なった。


 大事なものを奪われ大号泣、暴徒化する民衆のように他者の言うことを聞かなくなっていたあの頃の記憶。

 ゆっくりと、興味を失う頃に少しづつ、本を没収されていったあの頃の忌まわしい記憶――


 暴走する怪獣こどもを鎮めたい親目線なら、そのような手段を取ろうとする気持ちも理解しがたいものでもない……


 だから政府は、民を鎮めつつ魔法を滅するために、【血筋の呪い】を【慣れ】と【マギアの利便性】で“毒殺”しようとしていたんだ。




 天井のステンドグラスから差し込む虹色の夕日に包まれた、逃げ場のない大広間にて、青年は懸命に逃げ続けていた。

 そんな彼を、兵士に拘束された私は振り切ることもできず、ただ傍観することしかできていない――


 「何黙って見てんだよ姫さん。俺を助けろよ。いつまで犬みたいにお利口さんに捕まってるつもりだ」

 「マキ……」

 「たとえ政府のでも、犬なら犬らしく噛みつけ! 散々人を森に送り込んだ諸悪の根源に、今こそ反旗をひるがえせ!!! じゃなきゃ俺が迷っちまう!!!」


 彼の言葉に呼応するように、腕を掴んでくる兵士の腕に力が入っていくのを感じた。


 「俺は王を討てる。あんたは俺を守れる。どっちの側につくか選べ!」


 そうだ。今ここには“無敵の矛”と、“絶対に殺されない姫たる権威の盾”が揃っている。


 この状況下、その気になれば王を殺せる狂犬せいねんは私をご主人様という立場に置きかえ、王に牙を剥く許可を待ってたのだ。



 私は、命の価値を無意識に天秤にかけた。

 王は憎い。マキは好き。

 当然、天秤はゆっくりとマキの方へと傾いた。


 『不必要な人間は切り捨てろ。

  たとえそれが親であってもだ』と、

  父が言った言葉と、自分の本心に従い、

  背後の兵士を蹴り飛ばしたのだ。


 人は皆、命の価値は平等だと綺麗事を言う。

 『天秤にかける時点で間違ってる。どっちも救うに決まってるじゃない!』と誰かに言われたこともあった。

 そしたら『でも、どっちかを選ばなきゃいけない時だってある』って反論したら頬をぶたれたんだ。

 だからといって確固たる考えを曲げはしなかった。


 いつかは一部の人を切り捨て、一部を救う。そういう政治的決断力が王妃としての仕事にも関わってくるからと、父にはよく言い聞かせられてきたから。


 そうだよなぁって。お仕事だもんなぁって。

 そうやって疑いもせず、お仕事的な非情人格サイコパスを受け入れてきたつもりだった。


 だからかな。


 血眼になって頑張ってるマキを見ていて、『本当に好意を抱いているなら、自分は兵士を蹴っ飛ばしたり、噛みついたりだって、なんだってやれることはあるはずなのに、全然頑張ろうとしてないのはどうしてなんだろう』

 っていう思考から、たった一秒の、


 タイムラグが生じてしまったのは。




 「らちがあかんな」


 そんな迷いを察し、しびれを切らしたホオズキは腰の大剣を抜刀。

 光の速さでマキの元へと駆け寄り、青年の首筋へ断罪の刃を振り下ろしたのだった。




続く

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