第5話 基礎魔法

 「敵は若い男女二人、その一人が一冊の本を__」


 マキという盗賊の青年が放った炎の魔法により書庫は火の海に落ち白兵は全滅。その一人は息絶える間際、腕に取り付けた通信用のマギアにてシオンが落としていった手がかりを入手したとの報告を受ける。その後、駆けつけた部隊長ホオズキによって本を握り力尽きた兵から品が回収された。




___________________




 次の日の夜7時、ロエナの研究室にて__




 「あーっはっはっは!盗賊と協力して書庫に侵入するなんてお姫様にしてはやるじゃん。死ななくて良かったよ。本当に」


 と、宙に浮遊させたサンドバッグを蹴り殴りエクササイズに勤しんでいたロエナは昨日の惨事を他人事のように笑っていた。城へ侵入した経緯を知りたがっていた事からも、彼女が侵入者であるという疑いは晴れることに。そんな魔女様は呑気にティーバッグをカップに入れつつ落ちた書類をビュンビュン宙に飛ばし整理をしている。そして紅茶片手に心地満点のふかふか椅子にもたれかかり、目を細めシオンの手を睨む。


 初めて出くわした殺人現場とはいえ、彼女に頼まれた本を落とし書庫が燃やされたという内密な事情に比べれば大した出来事ではない。




 「で、魔法を咄嗟に出せなかったと」

 「緊張してたんですぅ」


 私は彼女の煽り顔に対抗し手のひらに水を生み、昨日の白兵が持っていた髪乾かし器の形へと変形させ披露する。しかし、険しい顔で生み出した力作は予想通り、髪乾かし器みたいだと鼻で笑われる始末である。


 「君は魔法をスーパーパワーかなんかだと思ってる?」

 「学校じゃ呪文の一つも教えてはくれないの。これでも結構頑張ってる方なのに。そんなに言うなら魔法のなんたるかを見せてみてよ」

 「人に物をお願いするのに必要な、魔法の“言葉”ってもんがあると思うんだけど」

 「お願い…します」

 「もっと尊んで、心を込めて」

 「是非、あなた様の魔法を見せていただけないでしょうか…」

 「はぁい、いい子」




 魔女はニヤつきふてぶてしく足を組み見下すようにこちらの辱めを楽しんでいる。そして首輪をつけられた犬のように手懐けられたペットにご褒美を与えるべく、彼女は椅子から立ち上がり前に突き出した右手から電撃と炎のエネルギーを渦巻かせます。


 「呪文を必要とする魔法とそうでない魔法。現代に出回るほとんどがその後者であり、自由度の高さゆえ形が決まっていない。これは人が物心ついた頃最初に行う空想の具現化、魔法の基礎だ」


 生まれたエネルギーを織り交ぜ花束と帯を、周りにバチバチと火花を散らせた蝶を羽ばたかせる。その名を持たぬオリジナルの魔法はあまりにも繊細で、魔法を披露する直前から圧倒される空気感を放っていた。




 「呪文があってもなくても根幹は変わらない。詠唱は使用者に限らず決まった効果が表れるだけで、慣れたら詠唱を省いていく場合もある。ちなみにこれは無詠唱の基礎を極めただけのもの。大体5歳前後で不意に魔法が発現する瞬間ってのがあるあるなんだけど、それが魔法の基礎でもあり根幹で、不純物のない透き通った魔力がだんだんと薄汚れていくんだよね」

 「つまり…?」

 「情報によって上達し、情報によって廃れるのもまた魔法。取捨選択が大事なの。ここ数年で気付いたんだけどね、呪文の記憶を政府に奪われてから途端に基礎魔法が上達したんだ」


 と経験豊富そうな魔女様は言った。小さい頃最初に使用した魔法といえば、敷地内に置いてあった箒を浮かせたことくらいしか覚えていない。それもきっと王宮で勉強漬けの毎日を過ごしていくうちに使えなくなっていて、純粋な魔法は山のように積み上げられた余計な情報の下敷きになっているのかもしれない。


 「魔法は想像の世界、雑念がそのまま形に影響するからね。自分に正直であるに越したことはないよ」


 魔女は意味深な言葉を残しました。








 「__箒といえば、かなり昔に飛行に関する技術全般が禁止されてから見てないね。フツーの箒売りがとばっちり受けたらしい」

 「ひどい話」

 「水の操作以外は何が得意なの?」

 「家系の事情で治癒系の魔法とか。でも母様から水の力を受け継いでから能力が中途半端になってて。人より魔力が不安定なの。何か知らない?」


 その問いに魔女は食い気味に返します。


 「さぁね。聞いたこともないよ。ていうか肝心な事忘れてない?」

 「な、何のことかなぁ」

 「魔導書、ちゃんと置いてきたんだろうね?」


 急接近する巨胸と美顔の圧に屈し、書庫での経緯を説明することに。約束を守ろうと努力した自分は悪くないというなどの言い訳は目の前の大人にはやはり通じず、呪文を一つ教えて貰うという取引は白紙に戻されてしまった。


 「あっ、でも燃えたかどうかはわからないし」

 「頑張ってくれたことは感謝するから。とりあえず今日は帰んな」

 「でも、もし城の兵士が攻めて来たら…」

 「大丈夫大丈夫。お姉さん強いから見くびらないで」


 と、ロエナに言われるがまま頭を撫でられそそくさと追い返された。


 本を紐で結んだ事を伝えそびれたことが少し心残りである。その行為は、あなたを信頼していないという意思表示と同義のこと。正直に伝えるべきだったのか、はたまたこれでよかったのか。モヤモヤを抱えたままおうちに帰りました。








 シオンを追い返した後、ロエナは部屋を整理しているとシオンがずっこけた際に落下ちてきた“古代守護魔術の極意”と書かれた薄い本が目に止まる。それをしまう直前、どんな本だったのか気になり開き見し、すぐに『くだらない』などとその本を放り投げた。


 それからは転移の魔導書を開くか否かを考察。侵入者が置いていったものとわかれば当然中身を調べた誰かがここへ転移するはずで、それが起こっていない現状からいくつかの可能性を予測した。


 1:焼失し転移できない状態にあるか。

 2:狙い通り、本棚のどこかに混入されているか。

 3:狙いがバレて転移先に罠をしかけられているか。


 書庫で暴れ他の魔導書類が散らばっていたならそれを整理している現場に出くわす可能性もあり他にも様々な案を考えた。そして悩み抜いた結果、ロエナは本をその場に放置し、椅子に座ったまま呑気に仮眠を取り始めます。





__________________



 すっかり日の落ちた夕刻時、シオンは裏口を抜け自室前へと到着。そこには普段いるはずのない寮母さんと、またしてもあの白兵がズラリと待ち構え、ドアは開かれ枕で作ったデコイが寮母さんの手に収まっているという地獄のような光景が映っていた。


 「一度や二度の犯行ではありませんね?」


 ゆっくりと後ずさりするその背後から現れた白兵の部隊長は私の腕を掴みそう言います。





 「どこへ連れていくの⁉誰の権限でこんなこと__」

 「あなたを最も知る者です」


 手を背にし白い光沢感のある手錠をはめられたままどこかへ連行される。その行先はあまり良い思い出の無い玉座の間だった。そこで待ち構えていたのは複数の兵士に担任の先生、そして長らく顔を合わせていなかった肉親が一人。緑や青をベースに金で装飾された冠をかぶる白髭の大男、父であるヒスイの国王が私を哀しく見降ろしていた。


 「ドラセナ…」

 「賊に味方したようだな」

 「マキに何をしたの」


 ドラセナは紐で括られた一冊の本を懐から取り出した。


 「書庫にある本は全て元の場所へと戻れるよう細工をしてあるのだが、これだけは違った。賊は一切口を割らなかったがこの本の性質は既に解析済み。転移先はどこに繋がっているのか正直に話して貰おうか。お前がその気なら青年を更に痛めつけなければならない」


 この手錠のせいだろうか振り抜こうとするも魔法が使えない。これと同じように魔法が無効化されてしまえばロエナにも危険が及んでしまう。そこへホオズキによって嘘に反応し苦痛を与えられるという魔法薬を飲まされたことでマキとロエナのどちらかを裏切らなければならない状況は一転、自身の身とロエナの身どちらかを案ずる選択を迫られることとなり、結局は王の尋問に屈することとなった。




 「知り合いの女友達に置いてこいと命令を受けていた。でもあんたみたいなエリート兵が何人いようがロエナはあんたの敵じゃない‼」


 シオンは突如、王を必要以上に激しく煽り、口を割った。


 「ふむ、薬は虚勢には反応を示さぬようだな」

 「一般兵士向かわせればいいでしょ‼たかがに隊長が出向くんですか⁉怖気づいたんだ‼この臆病者‼」

 「いいや違う。この私より強い女とやらに激しく興味が湧いた」


 めちゃくちゃに焦り散らかす私の発言に独自の見解を言い渡したホオズキは、王に自らの出動を推奨し命を受け、本を開いた先へと転移した。その隣で同席していたトネリコ先生もまた、なぜ反乱分子に加担していたのかを問い、それには黙秘した所、王が再度問いかけを始めた。


 「地下室で何を見た」

 「壁の向こうの惨劇を目の当たりにした。多大な血税の上、我々貴族は甘い汁を吸い続け。それに魔法概念そのものを消し去ろうと__」

 「やめんか‼魔法を消し去るなどという計画は存在しない」

 「嘘だ‼」

 「悪魔から国民を守るため壁を囲ったのだ。魔法という文化を守るために。大いなる力は正しく管理せねばこのような事態にもなる。魔法を持つものとそうでない者とで調和を取らねば真の平和は訪れぬ」

 「あと霧の森には__」


 そう言いかけたところで王の命令により兵に布を噛ませられる。咄嗟に思いついた暴走の意図がバレてしまった。そうしているうちに転移本が蠢き始め、本のページがパラパラと開き、ホオズキは顔見知りの女性を重そうに肩に抱えて帰還。彼は絶望に満ちた私を嘲笑った。







 ___________________




 それから死んだ魚のような目で睨みつける王が遠のいていくのを見ながら、眠るロエナの身柄と共に城の最上階にある牢へと連行。そこは冷たい石造りで出来ていて、過去にも何度か連れていかれた経験があり懐かしさすら感じていた。その一室で、服がボロボロに引き裂かれ血だらけで天井から吊るされた鎖に繋がれていたマキの姿を確認する。


 天井に吊り下げられた鎖に眠るロエナと自分を繋ぐ最中、鉄の手錠に繋がれると皮膚が焼けてしまうからと、腕に布を巻いておきたいとホオズキに懇願。ホオズキは間を置きその要求を呑み、やけに優しく私の腕に布を巻いた。それから付き添いの兵に一つ命令を下しました。


 「先に下がれ。こいつらには個人的な話がある」

 「ですが…」

 「見世物じゃないと言ったんだ」




 壁に立てかけられた鞭を手に取り兵は状況を飲み込み、牢の外へと出て行った。それからとんでもな鞭打ちの刑に処されるのだろうと覚悟したところで、ホオズキは鞭をその場に落とし高らかに笑いだしては、自身にかけられていた魔法を解いた。


 「よっ!」

 「ロエナ⁉ってことは」


 その通り、同時に鎖につながれ眠っていた女性だったものはパンツ一丁のホオズキへと姿を変えていたのだった。


 「お友達を売るなんてサイテーだね。ひとでなし!」


 ロエナは煽り見下す顔で言う。そういう状況に陥ったことで恐怖から逃げたわけではない。一度彼女を疑った身として、彼女の言うお友達の強さを信じたいと思っていた。結果として功を奏したから良かったものの、今はそういう綺麗事に縋ってしまうほどに自分の人間的弱さを痛感していて、『信じていたから』などとは言えず、自分はあなたの言う通り本当にサイテーな人間だと謝罪した。


 そしてこれは本で転移した先の話、ホオズキは本を顔にかぶせ居眠りをしていたロエナを発見し接近を図っていたところ、それが分かっていたかのように戦闘が開始。初めは魔法を無効化するマギアにペースを狂わされていたロエナだったが、寝起き直後の凄まじく機嫌が悪かったことによるバフ効果は肉弾戦において有利状況を生み、そのままホオズキを圧倒した後、隙をついて魔法薬の香りで眠らせたという。




 ロエナは書庫に潜り込んで転移用の魔法を忍び込ませてから戻ってくると言い、牢のドアへと向かおうとする。また、マキに視線を送り『しばらく楽しんで』とニヤニヤ笑いながらそう言い捨て牢から出て行ってしまった。それから目と鼻の先のすぐ隣に繋がれていたマキを顔を眺め、少しして魔女の意図に勘付き私は赤面した。それからすぐのこと、スヤスヤと眠る彼の横顔を眺めるていると頭突きの制裁が飛んできた。


 「いつから起きてたの⁉」

 「ここに来てからずっと。あんたの連れのおかげで死刑を免れそうで良かったわ」

 「ごめん…なんとかして死刑にはさせないから!」

 「なぁ姫様知ってるか。脱獄は罪に問われないらしいぜ」

 「そ、そうなの⁉」

 「罰から逃れようとするのは人間の自然的本能であるが故に罰する法がないんだと。ただし、脱獄を支援するのはバリバリ犯罪だ」

 「…今それ言う必要ある⁉」


 そう突っ込んだところで、しばらく非常に気まずい謎の沈黙タイムが始まった。




 「実の娘のお姫様を鎖に繋いで放置とは。囚われの姫と一緒に魔王に捕まり、殺されるバッドエンドか」

 「それってもしかして、あの絵本のこと…?」

 「恐ろしい悪魔に姿を変えた人間が魔王となってお城を占拠し、お姫様を檻に閉じ込めて~っていうやつ。小さい頃読んだ。タイトルは…思い出せないけど」

 「私も思い出せない…昔取り上げられちゃって、出回ってたものも全部焚書されたらしいの。魅力的なお話だったけど、勇者様がピンチに駆けつけるキラキラご都合主義演出はきらいだったなぁ」

 「なんでだよ。一番アツいとこだろお姫様にとって。最後どんな結末で終わったんだっけ…」

 「…私も覚えてないや」



 そんなくだらない与太話をしつつ二人は救いを期待し待っていた。自分よりマキを助けて欲しいと願っていた。それでも彼女はいくら待てども戻ってはこなくて、裏切られたのだと二人は諦めモードに入っていました。


 「マキは国の外に別世界があると思う?」

 「もし本当にあるとしたら今頃国外に逃げてるよ。こうして城に侵入することも、国王暗殺を企てることも、無様に捕まることもなかったし。逃げる選択肢なんて俺達にはないんだよ」

 「そう…」

 「人間の愚かな行為その一、ありもしない神のご加護に期待すること。その二、政治家に期待すること。国外逃亡は理想なんだよ」

 「もしロエナが帰ってこなかったらどうしよう」

 「その時はお前のこと嫌いになって、心おきなく王を暗殺するよ」

 「えぇ…」

 「冗談だよ」




 あまり冗談には聞こえない彼の戯言を最後に気まずくなり会話は止んだ。気付けば時刻は朝を迎え、窓の隙間から暖かい朝日がこんにちは。冷えこむ朝に、服越しに伝わるマキの体温を感じながら仲睦まじく眠りについた。




続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る