第7話 月夜の侵入者②
男女のハグとは、もうちょっといいムードになってからするものだと思っていた。
それにしては、あまりにも大胆不敵がすぎるのではなかろうか。
「あ、あの……」
「静かに」
彼の服越しに脈打つ心臓の鼓動の向こう側から、入口の方向からカチャカチャと金属が擦れる音が鳴る。
見回り兵だ。
彼の肩上から慌ただしく辺りを警戒する兵隊が覗いて見える。
白い鎧に、腕に装着するマギア型腕時計デバイス、それに髪乾かし器のようなものを腰に携えている。
ご丁寧にも特殊治安維持部隊“白兵”が嗅ぎつけてきたようだ。
「腕のアレはおそらく魔力感知と連絡用で、あの
「分かったから一旦手を退けて!」
そう言い彼の抱擁を退けた。
そんな青年は険しい表情で、なぜか本を読んでいる。
「なにしてんの‼ 出口は一つしかないよ」
「合図をしたら扉に向かって全力で走れ」
「合図って何⁉」
「“
なんとマイペースな呪文のバーゲンセールであろう。
本日二度目の呪文魔法が炸裂した。
振りかぶった青年の手からは禍々しいオーラが射出。漆黒と紫色の混じる豪炎は、白兵や辺りの本棚など触れたものをぐちゃぐちゃに捻じ曲げていく。
一気に残り敵数は五人から二人へと減った。
「あはは、魔力全開放だ! これは気持ちがいい」
「書庫で炎はダメだってぇぇ‼」
なぜか彼はハイになっていた。
ひとまずこれを合図とし、ケタケタと笑う青年を置いて出入口へと駆け出した。
その傍ら、白兵と一対一となった青年は、あいさつ代わりに苦言を吐き捨てる。
「大人しく縄につけ侵入者」
「ボタン一つで魔法使い気分か? アイデア泥棒」
「こいつ何を訳の分からぬことを……」
一触即発、再び魔法の構えを取った青年と、髪乾かし器に酷似した銃を構えた白兵は衝突した。
「
「
先に引き金を引いたのは白兵だった。
しかし彼が呪文を言い終える前に、
魔法は不発に終わり、白兵は腰に携えていた片手剣を抜刀し、白兵は勝利を確信する――
対して、その手を読んでいた青年は横薙ぎの剣筋をスライディングで回避しては兵士の腕を蹴り上げ、武装解除された相手の首をナイフで掻っ切ってみせた。
どうやら青年側が一枚、
「銃の発案者に初見殺しが通用するかよバーカ」
「しかし、もうここまで実用化されているとは」
魔力切れとはいえ、ブラフとして魔法を放つフリをしていたわけではない。
少量でも魔力を込めた一撃を放ち確かめたまで。結果、魔法は確かに無力化されていたことを確認する。
そして残り敵数は一、二… 四。
あと一人足りない。
「……あ、姫さんやべえ」
「た゛す゛け゛て゛ぇぇぇぇぇ゛!!!」
斬撃音に悲痛な叫び、ビチャビチャとみずみずしい音が奏でる地獄のオーケストラをバックに、暗い書庫を逃げ回る。
残りの兵士一人は、相手が王の娘であるとも知らず容赦なく射撃。背後からビュンビュンとエネルギー弾が飛び交い、弾の着弾地点はドロドロに溶けていく。
小さい頃の夢と憧れが、剣と魔法の世界が崩れ落ちていくように……
「王の子アピール…… いやダメだ。あんな必殺技一日に二度も使ってられるか」
フードを取って命は助かっても、どうしても親にはバレたくない。そんな葛藤の中、辺りを見渡せばいくつもの本が巻き散らされていたことに気付いた私は、その中に一つ目に止まった一冊を手に取ると行き止まりに隠れながら手に取った私は本を急いでめくっていった。
「こ、これだ……‼」
その矢先、兵士は通路の角で袋の鼠となった私に銃を突きつけた。だが今なら“新たな必殺技”がある。そう思いながら、私は初めての呪文魔法を口にした。
文書によれば、“海神の怒りを呼び起こせし水刃の矛となる、いかなる敵をも退ける防御式攻撃魔法”。その名も――
「お願い‼
……掲げた手から、くしゃみ程度の水しぶきが噴射した。
「まさか、シオン様……?」
声に気付いた兵士は言った。どこかで見た顔かと思えば、彼は
あぁ終わった。そう悟った次の瞬間、その兵士様は遅れてやってきたヒーローの如く現れた青年によって首を斬られ、私の視界はあったかくて真っ赤ななにかで染まっていく。
これが
耐えがたい現実にキャパオーバーした私は、お姫様だっこをする彼の腕の中で気絶した。
______________
気が付けば自室のベッドの上、外で騒ぐ兵士たちの声で目が覚めた。
そして私を救ったであろう青年は、窓の外へと身を乗り出そうとしていた所だった――
「まって! 助けてくれてありがとう。あと、お目当ての情報手に入れる予定だったのに、私が足引っ張っちゃった。色々ごめんね」
「おいおい、俺が手ぶらで帰るとでも? 森を抜ける方法なら手に入ったよ。こちらこそ姫様が俺以上の悪党で助かった」
青年は、古文書をチラつかせる。
「本当に行ってしまうの? 外の世界」
「そのためにここに来たんだ。お前も来るか? 連れてってやるよ」
……酒場の仲間たちの面々や、残してくる色々なものが頭を駆け巡った。
「無理だよな。あんたは次期王妃様なんだから。残してくるものが多すぎる」
「……じゃあ、あなたの名前だけ教えて」
「嫌だって」
「せめて名前くらい残していって。お願い」
「(こいつ)」
私は分かりやすく赤面し、目を逸らした。
本心では行きたい外の世界。帰って来れない可能性に、異空間に飛ばされてしまう可能性。それ以上に、なんだかんだで幸せな日常が崩れる予感が、肯定を妨げたのだ。
あぁ、見たことがある。この期に及んで、彼の後ろ姿が童話の勇者様と重なってしまった。
その勇者様は、主人公である囚われの姫に手を差し伸べたことで旅のパートナーとなった。
そんな状況がこの瞬間とも重なっていた。勇気を振り絞り、お城のてっぺんからドラゴンに乗った勇者の元へと飛び移るんだ。
もし、その勇気の一歩が無かったら、
旅をしていたはずの主人公はきっと――
「マキ。零時過ぎたら全部忘れろよ。へっぽこ姫」
「なぁっ⁉」
青年は口元の布を下げ舌を出し、あっさりと窓から飛び降りていってしまった。
その印象的な瞬間は忘れられるわけもなく、たった二文字の君の名が、満月の逆光に陰る凛々しい素顔が脳裏に焼き付いて、時計の針は零時を通り過ぎる。
そしてドアのノック音が鳴り、“非日常”は日常へ。
魔法のような夢の時間は、終わりを告げた。
「シオン様、ご無事ですか⁉」
「ただ月夜に
無事を確認しにのこのことやってきた兵士へ、私は咄嗟に血まみれのローブに白いシーツを重ね、肩の素肌をはだけさせ、次期王妃たる覇気の片鱗をまじまじと見せつけた。
その後眠る直前まで、顔周りの返り血を拭いてくれていた青年の恩恵にも気付かずに。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます