第8話 月夜の侵入者③

 「ちょ、ちょっと何して……」

 「静かに」


 大胆不敵がすぎるのではなかろうか。

 男女のハグとは、もうちょっといいムードになってからするものだと思っていた。


 彼の服越しに、こちらの心音が相手に伝わってしまいそうだ。落ち着きたい意思に反してさらに鼓動が早くなる……


 すると、入口の方向から鳴っていた足跡も次第に大きくなってきて、徐々にカチャカチャと金属が擦れる音は、高鳴る心音を消し去った。


 「やったな。袋の鼠だ」


 青年は言った。

 やってきたのは、どこにでもいる一般兵ではない。

 例の白兵だ。




 彼の肩の上から覗いて見える、慌ただしく辺りを警戒する白兵たちの腕には、謎の腕時計型装置に加え、どこかで目撃した事のある“白い髪乾かし器”が握られている……


 「魔力感知に連絡用のマギア端末に、あの髪乾かし器ドライヤーはまずい――」

 「分かったから、一旦手を退けて……!」


 そう言い彼の抱擁を退けると、青年はこの状況下で本を読み始めたのだった。


 「あぁまずいよ…… 出入口はひとつしかないのに。って何してるの⁉」

 「よし。合図をしたら扉に向かって全力で走れ」

 「合図って何」

 「“闇炎オプスキュリテ”!!!」


 なんとマイペースなことか、

 本日二度目の呪文魔法が炸裂した。


 振りかぶった青年の手から禍々しいオーラが射出。黒紫色の豪炎が、白兵や辺りの本棚を巻き込んで、触れたもの全てをぐちゃぐちゃに捻じ曲げていった。


 「あはははは!!! 魔力放出全開放、これは爽快だ‼」

 「書庫で火はダメだってぇぇ‼」


 なぜか彼はハイになっている。

 でも、不意打ちは決まったようで、五人いた白兵は残り三人となった。


 ひとまず彼の言う通り、出入口へと駆け出そう――




 「敵は二人だ。団長は居ないが怯むな。訓練通り、不意を突いたら距離を詰めろ。手練れの魔法使いであれば必ず仇となるだろう」


 そう白兵たちは耳打ちし合うと、青年相手に一対二の人数有利を取り、構えた銃を突きつけた。


 「大人しく縄につけ、侵入者‼」

 「よぉ。ボタン一つで魔法使い気分は心地いいか?」

 「何を訳の分からぬことを……」


 そして互いに、素手とメッキの魔法銃を交え、

 臨戦態勢へ――


 「魔法消失銃レヴェレイター、起動」

 「溶闇炎オプスキュリテ


 先に青年の手腕に黒炎が散りついて、

 白兵は一瞬遅れて引き金を引いた。


 すると衝突によって青年の黒炎は不発に終わり、白兵は勝利を確信し、腰の片手剣抜刀するのだった。


 「(もらった)」

 「魔法使いはフィジカルが弱点ってか」

 「何⁉」


 しかし、青年は横薙ぎの剣筋をスライディング回避。

 その体勢から相手の腕を蹴り上げ、武装解除された白兵の首に、青き刃を振り下ろす――


 「勝ってから笑え」


 そしてすぐさま腕の連絡用端末を起動しかけた最後の一人を断末魔と共に、小さきナイフで切り裂いたのだった。




 「魔法使いなめんな」


 涼しい顔でナイフを腰に収めた青年は、魔法消失銃レヴェレイターなる銃を拾い上げ、べーっと舌を出す。


 「魔法消失魔法の術式、ここまで実用化されてるのか。盗人猛々しい……」


 掠れた声を漏らし、

 腕の小型マギアタブレット端末をも回収する。


 実のところ、初めに放った黒炎の一発目で魔力が枯渇していた感覚を覚えていたとはいえ、二度目も少量でも魔力は込めた一撃は放っていた。


 やはり銃の特性は確かなもの。一次的でも魔法現象を無効化するとは、今後更なる脅威となるだろう。


 さぁ残る兵士の数は一、二… 四。

 あと一人足りない。


 「あ、姫さん」






 「た゛す゛け゛て゛ッ、青年君はやく!!!」


 生々しい斬撃音に断末魔、ビチャビチャとみずみずしい音が奏でる地獄のオーケストラをバックに、私は書庫を逃げ回る。


 「投降は…… 絶対ない‼ 身バレ、命…… どっちも大事‼」


 白兵は、相手が王の娘であるとも知らず容赦なく射撃。背後からビュンビュンと飛んでくる謎の波動は、着弾地点をドロドロに溶かしていった。


 「(あぁダメ。無理。降参しよう)」


 本棚の裏に隠れつつ、諦めが先行し始めたところで、いくつもの本が巻き散らされていたことに気付いた。


 青年の魔法で吹き飛んだものだろうか。

 その中の一冊に、ふと目が留まる――


 「『荒ぶる海神の怒り、憤怒の渦を海の水底へと鎮めん。呪文“渦潮デラクレム”』……?」


 そこへ兵士はやってきて、こちらへ向けた銃の引き金を引こうとしていたところで、


 私は咄嗟に、

 覚えたてて呪文を口ずさんだ。


 「お願い‼ 渦潮デラクレム!!!!」




 鎮まり返る空気に、掲げた手から噴射したくしゃみ程度の水の哀愁……

 まさかの不発に、私は改めて死を覚悟した。


 「この声は、シオン様……⁉」


 と、兵士は被っていた兜を外し、名を呼んだ。


 どこかで見た顔かと思えば、彼は魔法薬ポーション作りの授業中、賊の侵入報告をしにやって来た兵士ではないか。


 しかしこれで身バレは確定。死の淵から救われた代わりに、王にこっぴどく叱られることが確定した。


 そんな安心と絶望が交わった次の瞬間、白兵は遅れてやってきた青年によって無防備に晒された首を掻き切られ、私の視界は生暖かく、真っ赤に染まっていく――


 あぁ、これがリアルな剣と魔法の世界。

 受け入れがたい現実にキャパオーバーし、

 彼の腕の中で、見事に気絶した。






______________


 自室のベッドの上、外で騒ぐ兵士たちの声で目が覚める。


 私を救ったであろう青年は今まさに、窓の外へと身を乗り出そうとしていた所――


 「まって!」

 「あぁあぁ、良い子はそのまま眠っとけって。小恥ずかしいだろう」

 「あの、助けてくれてありがとう。それと、お目当ての情報手に入れる予定だったのに、足引っ張っちゃってごめんなさい」

 「それについては問題ないよ。欲しいモン、全部セットで見つけたから」


 青年は、古文書と腕のマギア端末をチラつかせた。


 「むしろ感謝するのはこっちの方だよ。これで森を抜けられる!」

 「本当に行ってしまうの?」

 「そのためにここに来たんだ。お前も来るか?」


 ……きっと、彼は冗談で言ったのだろう。

 けれども、むしろ無い選択ではない。


 自分のことを誰も知らない自由な世界に行けるなら、

 これまで関わってきた全ての面子が過ろうとも、

 夢が叶う最後の選択肢としては、全然アリ――


 「冗談だよ。王女殿下」

 「……そう、だね」

 「そんな顔すんなよ」

 「私、次の王妃になるの。一緒に行きたくても使命がある。自由はないの。一生ね」


 この期に及んで、彼の後ろ姿が、絵本の中の勇者様と重なってしまう。


 その勇者様は今とおなじように、主人公のお姫様へ手を差し伸べたことで旅のパートナーとなった流れがあって、

 勇気を振り絞り、お城のてっぺんからドラゴンに乗った勇者の元へと飛び移るんだ。


 はじめは下が怖いからって飛べなかったんだ。

 でも、その時の勇気が無ければ、

 旅をしていたはずの主人公は、

 お城という監獄で、餓死していただろう。


 「十数年も鎖に繋がれ奴隷として生きてきたけど、俺は結構幸せだし、自由に生きてきたつもりだよ」

 「えっ」

 「自由をはき違えるなってこと。どうすんの? くるならこいよ。俺が連れてってやる」


 真っ直ぐな目とその言葉に、

 胸の奥がきゅっとなる。


 その手引きは悪魔のものか、

 善良なる神の救いか、

 青年はこちらへ、手を差し伸べた。




 「行くわけないでしょ! 私は私の自由をここで見つけるよ。その代わり、最後に名前だけ教えて!」

 「……! そうか。そうだよな。すまん」


 私はわかりやすく赤面し、笑って言う。


 「“マキ”。早く寝ろよ。へっぽこ姫」

 「なぁっ⁉」


 青年は口元の布を下げ、舌を出し

 窓から飛び降りていった。


 ……また彼の首元で、ビン詰めにされていたあの小魚がこちらを凝視し、彼の後を追っていくのを見逃さなかった。


 「しらす……?」


 そして時計の針が零時を迎えたところで、ドアのノック音が鳴り、楽しい“非日常”は日常へ。

 魔法のような夢の時間は、終わりを告げるのだった。






 「シオン様、ご無事ですか⁉」


 お外の月夜に耽っていたところへ、兵士が水を差し――


 「外があまりに騒がしく起きてしまっただけですが。それよりも、誰が乙女の着替えのさなか、たかがドアを小突いたくらいで入室してよいと許可を出した」

 「そ、それは……」

 「出て行け、愚か者」


 ローブの上から重ねた白いシーツをずらし、肩の素肌をはだけさせ、

 王女たる覇気の片鱗を、見せつける。




続く

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