第13話 彼岸の花束②

 想像していた水流とは程遠い水爆が、牢屋が位置する城の頂上を吹き飛ばした。


 突き出した右手指の間から見えていた王の姿がだんだんと遠のいていく。

 その直後に強い光に視界は遮られ、次に目を開けた時には城壁の瓦に全身を殴打。

 しまいには数百メートル上空へと放り投げられていた。




 「呪文……⁉」


 塔の頂上、ドアに背を叩きつけられた王は左腕を抑えよろめきながらも立ち上がり、大穴が空いた水浸しの城壁から地上の様子を伺った。


 そして、すぐに唇に付着した塩辛い水分を吐き捨て、螺旋階段を急ぎ足で駆け降りる。






_____________


 曇り空から降り注ぐ小雨が目尻に滴り目を覚まし、ずぶ濡れの状態で瓦礫の山の上から立ち上がる。


 牢から投げ出された直後の記憶が曖昧で、周囲の水を一か所に吸収するよう無意識に身体が働きかけていたような感覚だけはあるものの、

 それ以降のことは、殆ど覚えていない――




 「はは…… ははは、あははははは!!!」


 絶大なる多幸感が脳の快楽中枢を焼き、どうにも笑いが止まらない。

 

 たかが水爆、おそらく本来の魔法とは違うっぽい完成形。それが、水でお手玉をすることくらいしか成し得なかった私にとってどれだけ喜ばしい功績だったことか、他の人間に分かり得るだろうか。


 石造りの牢屋を壊したんだ。

 童話の中の魔法使いっぽいことをしたんだ。

 これを凄いと言わずして何になる。


 今すぐ誰かに共有したくて仕方がない、城の頂上から落下し生き延びた喜びを凌駕する快楽が、豪雨の賛歌となって私を祝福してくれている。


 そう思い込み、抑圧からの解放に深く酔いしれる。




 それに、ずっと迷ってた親のこと。

 歪んではいても愛されてはいたのかと思ってた。


 でも違う。あいつは根っからの悪者ヴィラン

 堂々と嫌っていい存在であるとはっきりした。


 あとはマキだ。今度こそ差し伸べられた手は離さない。

 あの童話の物語ストーリーをなぞるように、あの時受け取れなかった手繋ぎの場面をもう一度、再構築しなければならない。


 今度は自分が手を差し伸べる番として――


 「マキは何処だ」




 爆発騒ぎを聞きつけた兵士たちの声が遠くから聞こえてくる。右手首の関節含め、身体中も悲鳴を上げている。


 足がちぎれてでも走れ、急げ、マキは何処にいる?


 起きた頃にはマキやホオズキすらも既に居なかった。居るとすれば、牢獄の塔の途中の階にある別の懲罰房。

 水爆で崩れたのが頂上だけなら、マキもロエナもそこに収監されているはずだろう。




 そう思い込み城内の裏門から侵入を試みたその時、見覚えのある高貴な馬車が、私のすぐ真横を通り過ぎていった。






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 (以降、エピソード彼岸の花束:フレア視点)




 一方その数分前、イヴェリア区のたおる豪邸の一室の窓際で、一人の令嬢が茶を嗜み、雨降る夕暮れの景色をぼーっと観覧していた。


 令嬢フレアは波揺れるティーカップの波紋を目視、隣のバトラーもまたその振動を察知する。


 「じい、今の振動は」

 「城の方面からでしょうか。賊の侵入者騒ぎの件に続き、新たな刺客でもなければ良いのですが――」

 「……シオン」

 「王女殿下のことでございましょうか? ご心配なさらずとも王宮は警備が最も万全。我がハイゲンシュタイン家総括の白兵が、安全に城をお守りしております」

 「シオンは城近くの寮で暮らしているとお聞きしておりますわ。白兵が完備配備された王室とは違って、安全圏とは程遠い、最も警備と賊の警戒心が薄い場所ですわ」


 侵入者騒ぎの件は、身内の会話からもフレアの小耳に届いていた。

 侵入経路は寮のトイレ付近、その近くにはシオンの自室があることも――


 「まさか、校舎へと向かうおつもりではありませんね?」

 「たったの一年、最優秀最年少で白兵の騎士団長へと地位を上り詰めたというホオズキ公爵とやらが先程、罪人の処刑を目的に壁外へと出かけられたと聞いておりますわ。ただでさえ少数精鋭の兵力を減らした現状、いつ未知の勢力が城へと攻め入ってきてもおかしくはありませんの。聞いたところによりますと、先に狙われたのはシオンだったとか」


 侵入者が一人捕まりクラスメイトは安心したけれど、一匹いれば十匹と隠れているのが定説である。




 それでも謎は残る。どうして城が狙われるのか。

 どうして愛していた御父上は、数年前から白兵の育成などに力を入れ始め、私めに構う時間を放棄してしまったのか。

 どうして、″シオンが危ない”と勘がわめいて止まらないのだろうか。


 これは偶然だろうか。

 小さい頃、よく遊んでいたシオンが私の前で泣いていた日に限って、大雨が降っていたのは――




 「……お嬢様、炎をおしまいください」

 「外は。私が暴れるには良い天気ですのよ」

 「そういう問題ではありません。フレア様の身を案じることもまた義務、また主人に遣われる私めバトラーの務め。たとえフレアお嬢様の申し出であろうとも外出の許可はお出しできません」




 それでもフレアは、優しく腕を掴みかけるバトラーの手をそっと退けた。


 「白兵の損失で信頼を失った。今信じられるのは、私自身しかありませんの」


 まだお互い十歳前後くらいの頃、王宮の庭園でたまたま初めてシオンと出会い仲を深めていった数年後、シオンから『さよなら』を告げられ、永遠とも思える虚無の日々を過ごした苦い記憶、


 お別れの日以来、記録的な豪雨が降り注いだ、あの日を思い出しながら。





続く

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