第14話 彼岸の花束③


 「居ない……」


 マキを探しに牢獄の塔の中心部にある懲罰房へとやってきた。だが当人の姿はない。

 それまで誰一人として兵士と遭遇しなかったのは、そういうことだろう。


 マキは何処だ? ロエナは何処だ。そんな疑問で頭がいっぱいになりながら城の廊下を駆け廻る。

 そんな時、城の見回りの兵がやってきて、私は咄嗟に近くの一室へと隠れると、二人の白兵たちが与太話をし始めたのだった。




 「城の頂上から落下して生きて居られるはずがない…… この世の終わりだ…… シオン様は死んでしまったのだ!!!」

 「落ち着け。姿が見えぬのならむしろ不幸中の幸いというべきだ。これは世界の命運がかかった任務。何としてでも見つけ出すぞ」


 本当に白兵かと疑うほどに大袈裟なリアクションだった。部下の白兵も案外、影では感情的になるものなのかもしれない。


 「こんな時に、ホオズキ様は一体どこへ行ってしまわれたのだ?」

 「それなら今頃、






______________


 一方、シオンの住まう寮へとやってきていたフレアは、寮母と名乗る叔母様と出会っていた。


 その優しき叔母様から聞かされたのは、牢が爆発し落下したとみられるシオンの行方が分からなくなったとの衝撃的な現状報告であったとか――


 「シオン様は昔から、いつもふらっとどこかへ行ってしまうんです。見つからないのなら、どこかで生きているとは思いますが…… とても心配です」

 「どうせ生きてるに決まってますわ」


 フレアは眉間にしわを寄せる――


 それから城の外周や教室、初めてシオンと出会った城内の花園場所へと向かった。それでも幼馴染は見つからない。

 壁外へ向かおうとするシオンとすれ違っても、見過ごしてしまっていた。


 「シオン、あんたって人間は一体なんなのよ……」


 そこでも、寮母さんが語ってくれた心配の要因がチラついた。




 これはフレアの知らない叔母の記憶の、ずっと幼馴染だと思っていた人の話――


 寮母さんは過去シオンが生まれた頃からお世話係として仕えていたメイド様らしく、習い事をしょっちゅうほっぽり出しては、城内を逃げ回るシオン王女を追いかけ回す日々を過ごしていたのだとか。


 そんなある日、いつものようにシオンはお城から逃げ出していた。唯一の心配事『霧の森だけは決して入ってはいけません』との禁忌の犯しもシオンは必ず守るだろう。

 そんな思い込みからも、あまり心配はしていなかった。

 

 なぜなら、シオンは誰よりも臆病で、誰よりも泣き虫だったから。そんなお転婆姫が幾度城を抜け出たとしても、その日に帰ってこなかった日はなかったのだから。


 そのはずも、シオンは行方不明となった後に、霧の森で発見され、帰還したという一大事件を生んだのだった。




 帰還後、シオンは“自ら森へ入っていった”との確かな証言がことから、王や周りの大人たちに散々詰め寄られていて、

 対する本人は、当時の出来事は全く覚えていないと一点張り。どれだけ泣き喚こうが誰も信じてはいなかったのだ。


 それでも叔母様は、シオンが嘘をついているようには見えず、とても可哀想に思っていたと、当時の状況を振り返る――


 「また、死んで本当のお別れだなんて、絶対に許しませんわよ……」


 だから、急ぐのです。


 『これは年寄りの叔母と、お友達のフレアお嬢様との秘密です。だからシオンがまた何者かに心を操られ、闇の領域に踏み入ろうとしていたならば、たとえ強引にでも大切なお友達を引き留めてください』


 その暖かな叔母様の言葉を胸に抱いて。


 「言われなくても、そのつもりですわ‼」






________________


 その後、城の外側を怪しく思った私はようやく、大きな壁を背にした森の中で、シオンを見つけた。


 じっと壁の前に立ちつくす彼女の寂し気な背中は、小雨程度に弱まった雨のせいで、より一層寂しく写らせる。


 そして声をかけるまでもなく先に声を発したのは、シオンだった。




 「誰かと思えばフレアか」

 「そのボロ雑巾みたいな恰好。昔見せてくれた絵本の中の魔法使いにソックリですわね」


 シオンはゆっくりとこちらを振り返る。だが、その様子はどこかおかしく、私の背筋を凍らせた。


 凍てつくような殺意が、

 彼女の青と緑の瞳の奥で燃えている。


 それに呼応するように私も、

 両手に炎を滾らせ、雨を溶かすまで――




 「いつだって、あんたフレアは私の邪魔をする」


 それもそうですわね。

 シオンはワタクシが幾度となくいじめてきた相手。


 ゴミをみるような目でこちらを睨み返すのは、

 自然の摂理というものですの。




続く

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