第4話 蒼き月夜の侵入者

 眠れぬ深夜、トイレに向かおうとしていたシオンは通路の空いた窓に現れた不審者とばったり遭遇。顔や身なりを布でぐるぐるにして姿を隠していたその人は、目元だけが露出し、ほんの数秒だけその綺麗な青い瞳に見とれ身体が固まっていた。


 本日三度目のとなる出会いにして、不意に噂されていた侵入者が姿を現した。身体の硬直はそれがロエナである可能性が頭に過ったことによるもの。渡された魔導書が自分の居場所を伝える発信機なのかもしれないと思ったからだ。




 「ロ__」


 その者は名を口にしようとした二言目を許さぬ速さで接近、私の口を封じ近くの物置部屋に拉致しては首にナイフを突きつけた。何故一日三回も密室に拉致されなければならないのかと思いつつ今回は本当に死の危険を感じている。それから彼が発した声は中性的で性判別がつかなかったが、身体つきや手の力や感触からロエナ出会はないことを察知した。


 「頼む、静かにしてくれ」

 「私は王ドラセナの子、時期王位継承者です。何が目的なの」

 「嘘つけ。ここは寮だろ」


 彼の言うように寮のトイレ付近で姫様が出歩いているなどあまり考えられない状況、説得力は皆無である。しかしどういうわけか私の右目をじっと見つめた彼は何かに気付いたようで、得た情報と一致しているとのことでそのことを信じてくれた。ともあれ、同年代の男の子と顔が急接近し、沸騰寸前の私のためにも早くどいて欲しい限りである。


 「その目、アンタ名は」

 「シオン…」

 「情報通りだ。俺を書庫へ連れていけ」




 その要求を呑み一旦着替えるために自室へと賊を招き入れることに。姿を賊と同じように見せる着替えと、いつぞやに魔女から託されていた本を持ってくるためだ。人質に取られ向かう先や目的も一致しているのなら、この際潜り込んでやろうと決めた。


 「女子寮なんて聞いてねーぞ…」

 「向こう向いてて」

 「逃げ出されると困る」

 「えっち‼」


 彼は微妙に視界に写る程度に横を向き、私の生着替えを監視した。普段の汚いローブとブーツ姿はまるで賊のような格好そのもの。彼も何故そんな装備があるのかととても不思議に思っていた。着替の合間に話を進めていると、彼は奪われた魔導書及びその知識の記憶、つまり魔法を取り返したいらしい。そして場所を言わなければ命は無いという二度目の脅しに苛立ちを覚え、寝間着を着脱したところで手を止め一手を打つ。


 「父上から書庫への入口と。私を殺せば中には入れないわ」

 「ってことはお前場所知ってるんだn__痛ぁッ」


 当然入り方などは知るはずもない嘘をついたところ、危うく上裸姿を見られそうになったので顔に力いっぱいグーパンをお見舞いした。




 書庫への入口は王の謁見の間の脇の通路にある扉が入り口となっており、そこの螺旋階段を下っていくと書庫がある。そこは幼い頃に禁止事項として教わっていた場所であった。青年はシオンからのお詫びとして与えられた肉と握り飯をむしゃむしゃと頬張りカツンカツンと石造りの階段を下る。そして黙々と食べ終えたと思えば彼の足取りは突然停止した。


 「あっ、ごめん。冷えてて美味しくないよね」

 「肉が食えるだけで贅沢だぞ。ありがとな。ところでお前ほんとにお姫様なのか?何故そこまで従順に従う?」

 「あなたの人質だからですけど…‼」


 それもあるが、ロエナに託された転移する本とやらを書庫に置きにいくためでもある。ベッドに下に紐で括り隠してあったその本は食事と共に腰に下げた学校用の鞄に隠してあったもの。入れたタイミングは彼の顔面に一撃を食らわした直後のことである。


 書庫に行きたい理由は色々あった。それは過去に没収された大好きな絵本が何故没収されたのかという話に繋がる。その内容には人間だけでなく可愛い獣人など、水源に溢れた国や炎の王国など様々な国模様が登場していた。それが夢物語である事など薄々理解はしていた上、王に外の国について疑問を投げかけてしまい、それが王の逆鱗に触れたためか本は焼却処分されてしまっている。


 怒られた意図、区域を分断した意図、隠された謎を知りたい。そういった理由を伝えた。すると彼は唐突に呪文“ルクソールよ”をさらっと披露、街の街灯と同じ光を放つオーブを片手に浮かし、再び歩みを進めた。


 「出た、呪文だ…‼」

 「すげーだろ」

 「うん‼呪文名ルク、なんだっけ」

 「“ルクソールよ”だよ」

 「おー!で、あなたのお名前は?」

 「…あやうく言うとこだった」

 「…」

 「…」

 「やっぱり人見知り?」

 「うるさい」


 顔を見ようとするとそっぽを向かれてしまう。意外と照屋さんなのかもしれない。




 最下層に着くとそこには鉄格子で閉められた大きな扉があった。扉を開くためには開錠しなければならいのだが、そんな鍵など当然持ってはいない。


 「よし、開けろ」

 「え、あ、え⁉」

 「"その入り方を教わったのは自分だけ"って言ったのはお前だろ」

 「え、えぇもちろん!今開けるわ」


 女子供に容赦がない賊であれば私の命はここで潰える事となる。しかしそれは避けなければなるまいと冷や汗をダラダラ流しながら打開案を捻り出した。その方法とは寮で遊んでいた水魔法の応用で、鍵穴に水を流し込み硬質化させ鍵を開けるというもの。危機迫るこの状況にて精神統一し力を込める__


 「おい、まだか?」

 「うるさいちょっと黙って‼」


 錠の内部を感覚で探りピッタリと中の凹凸パターンにハマる形を見つけると水の質量を増やして圧縮、そして捻ると鍵は無事開錠。満面の笑みで振り返り、成功を報告する。またシオンのひどい焦り様から彼女の嘘は青年にみっちり伝わった。










 書庫の内部は天井の高い、本がびっしり並ぶ棚が規則正しく並んだ空間が広がっていた。


 「ここが書庫…」

 「今まで国民から押収した魔導書類全てが保管してある。さて、森の泉に関する情報は、と。2200年以降の指示書、始末書、報告書…あった。これだ」


 すると青年は手にナイフをチラつかせます。


 「…の前に、あんたを殺すなら今しかないか」

 「まってまって‼そんなことして逃げ切れるとでも思ってるの?」

 「逃げ切るさ。国に期待しない選択だってあるはずさ」

 「つまり…⁉」

 「ヒスイの国は世界のほんの一部にしか過ぎないと、俺は考えてる。国外逃亡だよ」


 そこで青年に突きつけられた書類には目を疑うような現実が記されていた。




【  01年 一夜にして消滅した水の国、元アマノ独立国跡地にて新たに国を再建】

【2  2年 城壁の確立後、全国民を招集し建国セレモニーを実施。失踪した貿易専用の貨物馬車の追跡】

 ______________________

【 202年 失踪した調査に赴いた調査団15名の追跡】

【2203年 貿易路側の森林の伐採を指示】

 ____________________

【2207年 観測所、高台から黄色い閃光が確認された後、女性2名と護衛部隊20名を霧の森で発見。護衛部隊は全員死亡が確認。その後の調査を開始。ネモネア区内税率3%UP 魔法使用における規制強化、法律改正指示、森林伐採の作業速度強化__




 目に止まるのは魔法規制強化の連続と、ネモネアへの徹底的な税負担の嵐。ガイア区民の贅沢な暮らしはネモネア区民の屍の上に成り立っている事を示していた。


 「ははっ…やっぱり俺達、お前らの奴隷だったんだ」

 「私にできることがあれば協力させて!」

 「なぜそこまで協力的になれるんだい」

 「私も魔法は下手くそだけど大好きなの。奪われたくない気持ちは一緒だよ」


 思えば長い間、疑問を胸に抱いていても現状を変えようとはせず、壁の外を垣間見れるようになってからも酒場に入り浸り、調査に赴こうとはしなかった。そんな許せない自分が過去、確かに居たからだ。


 「その書類を持って帰って国中に暴露するの!どうかな?」

 「なんたる暴挙…お前王妃様になる立場なんだろ?」

 「大丈夫だよ。なる気ないし!」

 「ふーん…悪くはない案だな。持ち帰っとくか」




 あんまり乗り気ではなさそうな彼はそう言いながらも書類を背に担ぎ、次に国の全体図の写しを発見し、それを広げ光で照らしてみせました。


 「ヒスイ国は霧で覆われた森に囲まれてる。森にはと言われる魔物が占領し出国を阻害してるらしい。その霧の森のどこかに“海抜かいばつの泉”という場所があって、そこに住まう精霊はどんな願いでも叶えてくれるらしい。きっと悪魔はその聖域の守護者で外の世界のことも知ってるはずだ」

 「でもそれって迷信でしょ?」

 「さぁどうかな」


 マキは根も葉もない噂を信じ切っている様子だった。現代歴史学の本。時系列を追うようにページをめくっていく。




__2207年 観測所、高台から黄色い閃光が確認後、ハイドレア王妃とそのご息女、護衛兵10名を霧の森で発見。護衛兵全員の死亡を確認。国王自ら救出に出向き、《人喰いの悪魔》と遭遇後、ドラセナ王ハイドレア王妃様そのご息女が無事帰還。森林伐採強化】

【2210年 森林伐採強化の費用UP、ガイア区の警備強化、内壁工事費用___】

【2212年 王妃コーラルの死去後、規制強化へ向け憲法改正“魔法安全基準法”を設立。森林伐採を停止。魔導書を国が厳重に管理。元研究員■■■・■■■■■へと記憶処理、後にネモネア区に追放処分。ネモネア区内税率4%U…




 「11年前…嘘…それにまた人喰いの悪魔」

 「よし、次は精霊への道筋を探ろう」

 「ちょっと楽しくなってきちゃった。もっと色んな本見てみよ!」

 「ノリノリだなお前…」


 二人は協力し、ありったけの書物を漁り、本を取り出してはしまう共同作業を繰り返した。そこでシオンは伝承や森の精霊が詳細に書かれた書物を発見する。


 【水の神アマノカイリを祀られしオオツクノ神社の言い伝え。天より舞い降りし裸の巫女が人々の願いを叶え、地を慰める。一日一祈いちにちいっきの祈りを忘れるべからず。怒りを買わば鬼となり天より炎を纏いし血の雨を降らせる__】




 とても物騒な記述を閲覧していたその時、何者かの足音が近づいてくるを察知した青年はシオンを棚の物陰へと誘導し、その次に書かれていた内容は未読に終わりました。そこへやってきた兵は5人ほど、白い装束で身を包み近未来的な武装をしていたその者らはいつぞやの課外授業の時に見かけていた兵であった。そしてこの一室は出入口が一つのみとなる。


 白兵は人によって様々な白い光沢感のある装備を身に着けていて、腕に装着するもの、髪乾かし器のようなもの、小型の拳銃のようなものなどが見受けられた。


 「なにあれ⁉」

 「腕の装置、あれで魔力を感知しているんだ。次魔法使ったら感知されるからな。それにあの髪乾かし器の外殻はまさか…まずい、隠れて」

 「ひゃ」


 青年はシオンを壁に押し付け、互いの手と手はガッチリ合わさる。身体をゼロ距離に密着し、思わず変な声が出た。


 「まずい…魔法が無効化されるぞ」

 「なんで分かるの?」

 「元は俺が開発したんだ」


 己の知恵を終結させた結晶を改ざんし、我が物顔で扱われる気持ちの悪さとはどれほどのものか。原作原案を手掛けたマキは静かに、激しく憤った。








 物音かシオンの変な声か、異変を察知した白兵は白い銃をキラつかせ辺りを探索、こちらに接近するまでの見つかるのは時間の問題でした。そこで合図をしたら扉に向かって全力で走れと指示をされ、何のことかとあたふたとしていると彼はすぐに呪文を唱えます。


 「え、ちょっと待って合図って」

 「オプスキュリテよ」


 その呪文によって振りかぶった手から凄まじい音と共に禍々しいオーラを射出、その紫色の波動は白兵と辺りの棚を業火の海に沈めていった。その呪文は書物を漁ていた時に覚えたもので使用者の魔力を多く消費、また解放感と快楽を同時に味わうといった効果が現れるという。


 その禍々しくもド派手な魔法に一瞬見とれていた私はそれが合図だと気付き、駆け足で扉へ向かう。背後から白兵の放った閃光弾が襲い、その着弾地点から溶けていく様を目の当たりにした私は思わず叫び逃げ回った。そしてあっという間に包囲され、一方青年も他の兵と一触即発の状況に追い込まれていく。


 「観念しろ侵入者‼」

 「人様が培った技術を兵器に改変し我が物顔で振り回して、さぞいい気分だろうな」


 マキは再び紫色のオーラを手に纏い兵を圧倒しようとするも白兵の持っていたマギアによって魔法は無効化されてしまうのだが、そこまでも彼の計算通り。魔法を囮に使い彼は懐からナイフを取り出し、既に知っていた魔法の無効化という手の一枚上手を取ったのでした。


 シオンの背後から生々しい斬撃音と悲鳴に紛れビチャビチャと不快な音が聞こえてくる。憧れていた剣と魔法の世界とは程遠いファンタジーが現実となり、残りの兵は目の前に立ちはだかる。そんな絶体絶命の危機にて“渦潮デラクレム”という覚えたての水の魔法で対抗しようとするも緊張のせいか水は一滴たりとも生み出せず、シオンお嬢様の必殺の最終手段、王の子アピールを余儀なくされていた。




 「この際どうでもいい。国に独り占めされるくらいなら、兵士もろども灰にする」


 対して追い込まれた青年は魔法無効化のマギア兵を倒したことをいいことに、最終手段に乗り出した。天に掲げた右手に宿す赤き業炎はあたり一帯を火の海にしてしまう。その反動でシオンは吹き飛ばされたことで背に背負っていたロエナからの預かり物は燃ゆる書庫の中に置き去りにされ、彼に手を引っ張られながら共にドアへと駆けだした。


 そして長い螺旋階段を駆け上がり、やっとの思いで玉座の間に繋がるドアまでたどり着いた二人はシオンの自室へと帰還する。








 彼が侵入した窓周辺には既に兵がうろついていて、それから自室へと手を引き招き入れたのはシオンからであった。そして自室の窓からの脱出を促す彼女へと青年は

この度初めての感謝を示すこととなる。


 「助けてくれるんだな」

 「そうしなきゃいけない気がして」

 「じゃ」

 「待って。名前教えて」

 「…マキ」

 「シオンよ」

 「フォレスタだろ。それじゃあ、またどこかで」


 外の騒がしい兵の声が心地よい雑音となりながらの告白はとても印象的で、月夜の逆光から照らされた鼻下のテープがとても可愛らしく映っていた。女子生徒ばかりの学校にいたせいで男の子の顔をまじまじと見つめる体験は中々に新鮮なものであった。


 命を張って魔王城にやってきた彼の功績は、いつしか巡り巡って未来を明るく照らし出し、後の勇者様となる可能性を秘めている。それは国を変える希望となるか崩壊を招くものとなるか、彼の背負った重要書物とその扱い次第ではどちらに転ぶかは分からないけれど、私は窓の外の三日月の浮かぶ夜空の先へと彼を見送った。












 そこへノック音と共に兵の一人が無事を確認しに部屋へと入室し、窓が不自然に開いている点を指摘した。


 ただそれは、眠れず月夜にふけっていただけ、よくある事でございまして。それよりも許可なく乙女の着替えを覗く無礼行為はいかがなものか?とシオンは静かに問い、微かな笑みを含んだ無の表情で時期王妃たる威厳を新兵に見せつけました。




続く

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