第7話 月夜の侵入者①


 「ロエn――?」


 脳裏に過るその名を言い切る前に、人影は瞬く間に、私の目の前へと瞬間移動した。


 壁際に押し迫られ、賊の持っていたハンドナイフの刃が、私のノド元へとさしかかる。


 以前、偽の殺意と対峙していた温度差で伝わるそれは、真の殺意と受け取った。

 そのはずなのに、まるで恋の始まりかのように感じられたように、私はじっと彼の青き目眼を見つめてしまっていた。




 「“書庫”はどこだ」


 月光透かす半透明のストーンナイフが、首元スレスレで停止した。


 相手の顔は布で覆われ、逆光でよく見えないけれど、甘い声色からして同い年くらいの男性のようだ。


 「……何て希望に溢れた目してやがる」

 「えっうそ⁉ ごめんなさい。私はシオン。王女です」

 「寮暮らしの王女様か。よくもそんな嘘がつけたもんだ」

 「じゃあ殺してみる?」

 「本当ならドラセナ王の寝室の場所でも聞いておこうか」

 「寝首を搔きにでもきたの?」

 「こっちの質問に答えろ。悪党は悪党でも、ぺらぺらと己の目的を語る趣味はないぞ」


 彼の言うように、ここが城に隣接した学生寮とはいえ、こんな夜中にお姫様候補が出歩いている設定を信じてもらうには少々無理があるけれど……


 首元に当てられたナイフから血が滲む。それでも怯まず、彼の目をまっすぐ見つめ、訴えた。


 この国では、相手の首を絞めるだけ、自分の首を絞めていく。逃亡は不可能だってことくらい、ある程度の知性があれば理解できるはずだと――

 

 「その目、聞いてた通りだ」

 「え……?」


 そのはずなのに、彼は月明かりが照らした私の青き右眼を目視した途端に、手のひらを返したのだった。






 というわけで、見ず知らずの男性を自室に招き入れ、白いワンピースの寝間着からいつもの壁越え汚ローブ装備に着替えていくことになった。


 「よりにもよって女子寮とは」

 「ねぇ、向こう向いてて」

 「逃げられると困る」

 「えっち……」

 「ただのローブくらい上から羽織ればいいだろ」

 「お洋服汚したら寮母さんに怒られるの。それに、せっかくの大冒険に寝間着姿じゃ勿体ないでしょ!」

 「おまえは人質の立場というものをまず理解してだな……」


 賊は仕方なくそっぽを向いた。


 にしても夜十時の頃合いに、それもほぼ同年の異性の前で生着替えをしなくてはならないとは聞いていない……


 「この部屋、花瓶以外に何も無いんだな。あんた姫さんなんだろ。何か悪事でも働いたのか?」

 「まぁ、ある意味は大悪事とも言えるかな。お花は好きなの。綺麗で、すぐ枯れて、なくなったら足せばいいだけだから」

 「へぇ……(複雑な乙女心ってやつか)」

 「ねぇ、それ触らないで」


 少し強めに伝えると、青年は寝かせられた写真立てに伸ばしていた右手を黙って引っ込めた。


 「で、書庫の居場所は本当に知ってるんだろうな?」

 「書庫の入口はお城の玉座の間の隣にあるの。昔、父が『決して城の地下には入るな』って言われすぎて耳にタコができるかと思ったから、嫌でも場所は覚えてるの」

 「それは助かるぜ。って逃げるな―― って痛ぁッ⁉」


 クローゼットの中にあるインナーを取ろうとしたらだけなのに上裸姿を見られかけ、声にならない叫びを抑え咄嗟にシーツで素肌を隠し、彼の顔面にグーパンをお見舞いした。






_____________


 その後、私達二人は横並びになり、顔も合わせられぬまま書庫へと通ずる螺旋階段を下っていた。


 青年はお腹が空いていたのか、殴ったお詫びとして与えた真っ青な骨付き肉に、握り飯といった残飯をむしゃむしゃと頬張っている。


 フードの隙間から見える彼の横顔は、小さい頃大好きだった童話の登場人物によく似ている気がする。


 「悪役にはもったいないなぁ……」

 「じろじろ見んなアホ」


 もしもお話の演劇に配役されるなら、まさに魔王を倒す王子&勇者様にピッタリなお顔立ちをしているのに、脇役にしては解釈不一致感が拭えない。


 それにしても懐かしいものを思い出してしまった。 

 ……ぶっちゃけナシではないけれど、絵に描いたようなイケメン男子は正直、私の好みからはちょっと外れるもので――




 すると彼は食事を終えると足が止まり、くるっとこちらに振り向いた。


 「あ、ごめんね。冷えてて美味しくないよね」

 「冷たいだぁ? あんたは命の恩人だ。三日ぶりの食事に肉の脂が身に染みたよ。ありがとう。とっても温かかった」

 「あっ、ハイ! かしこまりました。じゃなくてあの、どういたましたしたっっ!!!」

 「落ち着け」


 噛みまくり謎に敬語が混じり、焦って彼の持っていた包み紙をそそくさと学校の肩下げバッグにぶち込んだ。


 またそのバッグの中で、『ただ置いてきてもらえればいい』と魔女ロエナから託された魔導書が、ひょっこりこんにちわする。






 しばらくして最下層へとたどり着くと、どこにでもあるような普通の南京錠でロックされた大扉を発見した。


 鍵穴があるようだが当然、鍵などは持ち合わせていない。


 「……鍵が必要だ」

 「そりゃ、見たところフツーの錠っぽいし。あなたはここに来る時、窓を開けて入ってきたんじゃないの?」

 「そうだ。それがダメだって言ってるんだ」


 錠をかるく叩く青年のストーンナイフが、小刻みにぼんやりと光っている。


 「下手に開錠呪文なんか使えば警備がすっ飛んでくる。だからどこにでもあるような古風アナログな鍵穴式にしたんだろう。ミスったな…… 今更ピックなんて――」

 「あ、そうだ!」


 ふと思い立ち、精神統一。手に浮かせた水を鍵穴に水を流し込み、内部で形を変えていく。


 “水遊び”の成果がここで生きてくるかもしれない。


 「待て、魔法は使うなと」

 「なら問題ないんだよね?」


 つまり操った水で中の構造を、力技でこねくり回せば開くってことだ。


 ガチャガチャと中を動かし慎重に、水をひねれば――




 「……まだか?」

 「ちょっと黙ってて!!!」


 と、吠えた途端に開錠した。


 「あたし、感覚派なの!」




続く

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