第5話 薬屋の魔女③

 「マギアの製品開発部門?」

 「そう。これまで何度も目にしたと思うけど」


 聞けば、彼女は城内で働く元国家研究員としてマギアの製品開発に携わっていた人物らしい。

 その後、勤務に当たるうちに開発理念や方向性の違いを理由にチームを脱退。路頭に彷徨っていたところを私の母ハイドレア王妃に拾われ、魔法に関する業務全般を担う国際魔法管理局へと移籍した。


 と、魔女は経歴を語る。


 そんな優秀なエリート様のご経歴から、はるばるやってきたネモネアの地の、それもボロ樹木の内部でひっそりと暮らすこととなったのには、深い訳があったのだとか――




 「記憶喪失?」

 「丁度六年前、魔法使用を厳しく規制する法案が可決された頃と同時期に、あの忌まわしきマギアが世に蔓延はびこって、その頃には、気付いたらここにいた」

 「で、覚えていないものをさも覚えているかのように語れると」

 「ふとしたきっかけで一部記憶が蘇ったんだ」

 「怪しい……」


 魔女は小さな黒釜で製薬か何かの作業がてら背中で語る。

 そういえば、そのような話をトネリコ先生が授業でも言っていたような……


 「政府は魔法概念を根絶しようとしてる」

 「なんですって?」


 大分話が飛躍した。


 「あはは! 突拍子もないよね。今は陰謀論だと思ってもらって構わないよ。おぼろげな記憶から得た推察の空論だし」

 「いや、あの王ならやりかねないと思う」

 「ほう……?」

 「王は魔法が大嫌いだから。多分やりかねない」

 「あら。魔法族にいじめられた過去でもあったのかしら」

 「多分私のせいだよ。私が、母の病気を魔法で治せなかったから。きっと失望したんだ」

 「君は治癒魔法が得意なの?」

 「そういう家系なんだ」

 「でも、それだけじゃ論拠が薄いな。あとは政治的要因か。誰かに脅されてるのかしら」

 「王を脅せる人間なんてこの世にいないよ」




 すると魔女は嬉しそうに振り返り、グイっとこちらに顔を近づけてきた。


 「ねぇシオンちゃん王女殿下様、城の地下深くに本がたくさんあるところってなかったかしら?」

 「心当たりがあるけど、入れるかどうかは保証できないよ」

 「アタシが勝手に忍び込んでくるからさ、壁超えの方法だけでも教えてくださらない? 大事な記憶も中途半端なままじゃ気持ちが悪いもの」

 「私も大事なオアシスでの飲み会と毎週のバイトシフトが懸かってるんです。そう易々と危険を犯してたまるもんですか」

 「なら秘密を吐くまで、じっくりツタに縛られ、キケンなおクスリ漬けの実験台にして、想像を絶するほどキツ~イお仕置きを味わってみる? お姉さんだ歓迎だよ」


 うあぁ。この人めんどくさい。

 お巡りさんこの人です。


 「兵でも何でも呼んでごらん? まさかお国のお姫様が壁を越えていた、なんて政府に知られたら、どっちの方が都合が悪いかなんて言わなくてもわかるよね……?」

 「こ、この、持て余した性欲を女児に振りかざすヘンタイ女。どうせ独身でしょ!!!」




 急所にクリーンヒットした音がした。


 「あのさぁ…… 決めつけないでもらっていいかな」

 「私は殺されないんで‼ あなたもどうせ私のこと殺す気ないのバレバレなんで‼」

 「まぁまぁ、誰かを暗殺しようとかクーデターを起こそうってハナシじゃないんだからさぁ! そこまで嫌がるなら折衷案として、この本を書庫に置いてきてもらうだけでもいい。ほんのお遣いだと思って引き受けてくれない?」

 「拒否権はないんですよね……」

 「拒否してもいいんだよ? そしたら君をめちゃくちゃにして言うこと聞かせるだけだから」


 と、顔面偏差値の暴力と、鼓膜を舐めまわすような低音ボイスで囁いた。

 自分の魅力をとことん理解しているタイプだ。

 

 「分かりましたよ…… で、これは何の本で?」

 「あ、待って。開いちゃ――」


 反射的に開いてしまった次の瞬間、私は本のページに吸い込まれ、少し離れた本棚に収納されていた対の一冊へと空間転移。

 川のように氾濫した本の山の上へとずっ転げ落ちたのだった。


 「そう、そうなるから」

 「先に言って!!!!」






 「ふふ、交渉成立ね!」


 見上げた天井にニッコリ笑顔のイケメン顔がフェードイン。

 すると魔女は壁から伸ばしたツルを、私の首に再び巻き付け、告げたのだった。


 「うわぁあ⁉ 何これ⁉」

 「無理に外そうとしてご主人様に逆らったりするといばらが喉を搔き切って、血を吸い尽くし真っ赤な花を咲かすの。心を許してくれたようで嬉しいけど、そのまま大人しく帰らすわけにはいかないよ」

 「それが身分を知った上での、それも仲の良い友達の子と知っての行為ですか」

 「ウソツキは信用ならないんだ。ごめんねぇ、お姉さん何も覚えてなくて!」


 顔は笑っていても、まるで信用されていないカンジがした。

 そんな私の主張は、彼女の心には届かなかった……


 さらに、魔女は魔法の力で立派に整えた首輪の隙間に細い指を忍び込ませるのだった。


 「今日から君はアタシのペット。おつかいが済むまでの間、責任もってあなたを飼うからよろしくね。さぁ返事は?」




 そして少し考え込んだ末に、私は返事を返した。


 「おつかいを聞いたら、私の母のこと、もっと聞かせてくれますか? 母が死に際に、私に託した″水の力”のこと。親も先生だって教えてくれなかった魔法の謎を、あなたは教えてくれますか?」


 すると間をおいて、魔女は言ったんだ――


 「大丈夫。アタシは天才よ」


 って。




 何も覚えてないくせに何を言う。ましてや自分で天才と自称する人間の言葉など、あまりにも怪しすぎる。


 そのはずなのに、彼女の自信に満ちた真っ直ぐな目を見ていると、お互いにとって良い結果をもたらしてくれそうな気がしてきて、


 私は魔女の鼻筋を噛もうとする仕草で威嚇し、さらにこう返した。


 「なら乗った!」

 「良い返事! とりあえず、“形だけ”ね」


 そう言って、魔女は首輪を優しく撫でおろす。

 これが、薬屋の魔女との初めての出会いだった。


 「私の名前はロエナ。よろしくね!」


 せっかく出会いたいと思っていた薬屋と出会ったのだ。きっとそこまで悪質な関係ではないし、責任をもって飼うというのなら最低限の情報エサはくれなくては困るというもの。


 いずれ、どちらが“飼われる側”なのかはっきりさせるためにも、今は大人しくペットのフリをしておこう。






______________


 その当日の、晩のお給食タイム――


 さぁ一件落着! ……となるはずもなく、私はホカホカのシチューを前に、手に取ったスプーンを震わせていた。


 だって本当の侵入者、まだ捕まってないんだもん!!!

 毒でも入れられていたらどうしよう!


 「あーーーーらシオン様ったら、またまた好き嫌いばかり。高貴なるレディの風上にも置けませんですわ」

 「フレア、今日は食べちゃダメだ……」

 「急になんなんですの」




 結局、皆を毒味役として利用し、残した残飯は自室へ持ち帰るだけして食べずに棚に放置した。


 「この転移する魔導書は不意に開かれたら困るし、紐で縛っておこう」


 と決め、ベッドの上で目を瞑る。






______________


 しかし余計な考え事ばかり捗り、結局眠れずトイレへ向かおうと薄暗い通路を歩いていた――


 「風……?」


 向かいの曲がり角から漂う夜風が、私を呼んでいるような気がした。


 向かった現場には、月明かりが差し込む通路に、不自然に空いた窓がひとつ。

 その窓の先を覗けば、揺らぐカーテンの間に挟まる夜空に輝く満月とご対面。




 惹かれるよう窓の方へと寄っていったその時、

 背景の満月に、黒い人影が被さったのだった。




続く

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