第5話 薬屋の魔女③

 古びた黒ローブを羽織る、ワインレッドの髪色に右目が隠れたウルフカットの顔の良い美女に、今にも唇が触れそうな距離で見つめられている。


 気付けば、薬屋の店内だった空間は、自然の形を活かした木製家具に木彫りのインテリアなど、後光を透かすステンドグラスが取り付けられたオシャレなプライベート空間へと早変わりしていた。


 「開店時間にはまだ早いよ? かわい子ちゃん」


 女性は囁き、指抜きグローブをはめたお手を腹部へと忍ばせる。

 汚れたローブの恰好も相まって、泥棒だと疑われているようだ。


 ボディチェックのつもりか、腕を頭の上に交差するようツルで縛られ、彼女の爪が私の腹から腰へと滑り落ちていく。


 そんな恥ずかしくもこそばゆい感触に、

 身体をビクつかせずにはいられなかった。


 「酒場オアシスのウェイターさん」

 「あなた、まさか」

 「もしかして、こんなアタシにお届け物? それとも泥棒?」


 左手薬指には赤い指輪……

 間違いない。探していた黒服の、魔女だ。




 「ずっと、君と二人きりになれる機会を伺ってたんだ」

 「は、離してください‼」

 「私は“壁の向こう側”に行く方法を知りたいの。君が来たところなんだろう?」

 「教えない……!」

 「いいね。強気な子は大好きだ」


 この人、侵入者じゃない……⁉


 「でもね、その嘘で全部台無しなの」


 魔女の笑顔はスンと消え、私は木壁に押し付けられ、木壁から伸びた無数のツルによって身体を締め上げられてしまった。


 さらにポケットから取り出したタバコを、指先から出火させた火で焙り、それをツルの上にかざしてみせた。


 「これから何されるのか分かっちゃうような怯えた目…… 平然を装っていても身体は正直ね」

 「い、いや……」

 「壁の向こう側からやってきた人間が、わざわざお忍びで城下の酒場へやってきて夜な夜なアルバイトをしているなんて、作り話にしては随分とデキたお話ね。ぜひとも経緯を知りたいよ」

 「全然そんなんじゃないし‼ 親の仕事の都合で、ちょっとお金足りないから出稼ぎにきてるだけだし!」

 「よく見れば、みずぼらしい恰好に見えて首紐に生地の素材もカーテンの超高級生地。フードの縫い目も丁寧に編み込まれててこだわってるんだね。お顔のメイクも上手に汚しつつ可愛く仕上げられてて素敵だよ。それにコッチ側の住民とは思えないくらいにお肌が綺麗だ」


 裏の努力を全て見透かされている……‼


 「だとしても、詰んでいるのは貴女の方です!」

 「もし仮に、君が王家の人間だったとしても、どこへ居ようが行方不明事件は決まって、霧の森へ迷い込んだと見做され闇に葬られるのがオチなの。壁を介した一方の人間がまた一方を殺すなんて疑いもしない。君だけが壁を超えるヒミツを保持する以上、私は罪に問われないよ」


 言い返せはしなくても、お互いがお互いの首根っこを掴んでいる状況、教えたとて助ける保証はない――




 「三秒数えるまでに教えてね」


 吸ったタバコの煙を顔に吹きつけられ、反射的に顔を背け、全身に力が入ってしまう。

 と、思いきや、意外にもまろやかでフルーティな香りが漂った。


 その一服を合図に、ツルは全身に絡みつき、喉を通る空気が意識と共に薄れていく。


 焦り、彼女の背後にあった薬ビンに視線を合わせ『動いて』と強く念じると魔法は作用。

 ビンは魔女の後頭部めがけて飛んでいった。


 ……がしかし、魔女は飛んでくる異物に気付き指を振る。


 ……がしかし、魔法のコントロールが狂ったのか、ビンは彼女の指を殴打。壁に張り付いていた私の顔の真横で破砕したのだった。




 「痛っ……」


 魔女は不思議そうに指先を咥え、鋭い目つきでこちらを見下し、ロックオン。


 今度こそ殺される。そう確信した末に、私はずっと出し惜しんでいたを行使した。


 「……自己紹介が遅れました。私はシオン・フォストレア。ヒスイの国の王女です。死にたくなければ解放を。どうか大人しく王家のめいに従ってください」


 奥の手、“王の子アピール”。


 それはつまり自己紹介という名の、権威の盾。

 『王族に危害を加えたとなればタダではすまないのはお前の方である』という意思表示となり、まともな人間ほど特効性のある、王の次に効力を持つ必殺技だ。


 「それでも焼殺するなら相応の覚悟を持ってください」


 自ら地位の盾を振りかざし己を守る、強力でいて卑劣な諸刃の剣。このまま木の壁に飲み込まれてしまいたいくらいに恥ずべき行為だと自負している。


 残念ながら、目の前にいる相手はいかんせんまともではないお相手とお見受けするならば状況は……




 その時、幸か不幸か王の子アピールに動揺した彼女の持っていたタバコが誤ってツルへと落下――


 「嘘⁉」


 火種はスケールを変え炎の渦を巻き上げ、あふれんばかりのこいの群れへと昇華した。


 視界は炎の滝の内側にいるようで、ただほんのりと暖かい。やがて中心から裂かれた滝の先に、魔女の姿が露わになっていく。


 そして燃え盛る鯉は、立ち登った煙を滝登りしては灰に還り、炎上騒ぎは鎮静ちんせいした。


 「……ので、お国が黙ってないかと」




 すると全身の圧迫感が解消され、

 喉へ空気が戻ると、魔女は言った。


 「貴女、何者なの?」

 「キミの母、ハイドレア前王妃のお友達」




続く

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