水征の王妃様 ~下街の薬屋魔女とペットな王女🐾~

海鼠まな

~前半戦~ 霧の森

『最後の希望が生まれた日』

 ある日とある平和な王国で、一人の少女が『霧の森には決して入ってはいけない』との禁忌を破り、森に足を踏み入れたことから全ては始まった。


 一度踏み入れば二度と帰ってはこられない国の外周を取り囲む恐ろしい森ゆえに普段は人を寄せ付けることはないのだが、時折『国外』という未知の存在に夢見る者は少なからず現れるのが世の常。少女も好奇心から同じような理由で森へ入ってしまったのだろう。


 本来なら捜索などもっての外。しかし今回ばかりはそうもいかないようで、政府は多大なる兵士達の犠牲を払ってでも捜索に向かわせることに。そんな不可能に近い救出作戦から約一時間、いよいよ捜索も打ち切ろうとの空気が漂い始めていく。


 そんな中、ただ一人だけ諦めない者がいた。


 その者は王の命令を無視し、単独で救出作戦を決行。これまでの犠牲を無駄にすることなく少女を抱きかかえ城へと帰還したのだ。


 そんな不可能を可能にした唯一の前例として記録された『霧の森事件』のその裏で、数千年もの間眠っていた巨悪が目を覚ますこととなったその日を、人は


 『最後の希望が生まれた日』と呼んだ。






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 霧の森事件当日。


 「命に代えても護り抜け‼ 死んでも振り返るな‼」


 薄暗めの森の中、すやすやと眠る少女を担いだ上官兵士が、他の兵士へと叫喚。

 上司から少女の身柄を押し付けられた一般兵は有無を言わず少女を抱きかかえ、その場から逃げるように走り出した。




 「はぁ、はぁ…… なんで森になんか入っちまったんだ? どっから森へ入ったんだ? なぁ頼む、眠ってないで答えてくれよ。“王女殿下様”‼」


 全ては『森へと向かい、王女殿下を救出せよ』との命令から始まった。


 “森へ向かえ”は“死んでこい”。それは他の仲間もきっと覚悟していたことだろう。どうせなら森に入る手前で、回れ右すれば助かっていたかもしれない。


 「は、はは……、そうだ。どうせ逃げても、逃げ場なんて無いんだった」


 ここは霧の森に囲われた箱庭の国。

 命令に背いた不届き者に、逃げ場はない。

 名もなき一般兵に残された道はただひとつ。

 成功率ゼロ%の、王女奪還任務を遂行することのみ。




 そんな決意を固めると同時に、背に冷気が纏わりつく。そして振り返った先に居た、真っ赤な臓器を半透明の羽衣で纏われた天使のような何かに最後の兵士は捕食された。


 やがて、無防備に転がる最後の少女エサに歓喜した天使は、頭部と思しき部位を大口のようにぱっくりと裂き、伸ばした六本の触手でスヤスヤと眠る少女の頬を舌なめずり。


 その恥辱の晩餐を前に一人現れた、杖を携えし青髪の魔女が立ちはだかる――






________________


 事件から数年後――


 良い子も眠る深い夜。城の広間一室に集った国のお偉い様方が、与えられた書面をそれぞれ眺め、王女殿下を襲った謎のバケモノの処遇について議論を白熱させていた。


 「――して、シオン王女殿下と共に奇跡の帰還を果たしたハイドレア王妃の功績により、は一時の封印に成功しました。以上が事件の詳細となります」


 紳士な役人が、大勢の大人たちを前に語った。


 「何が最後の希望だ‼ 無事王女殿下が帰還されたのは二度とない奇跡といっていい。奴を一時封印したとて祠は軟弱。次こそ確実に魔物を滅する手立てを考えねば人類への報復も現実となろう。王女を救い、偉大なる魔導士にして最後の砦であったハイドレア王妃も今や亡くなられた。もはや希望はなどないのだぞ――」


 さらに役人は食い気味に反論する。


 「その事件、王妃が王女殿下へと死に際に託した“バケモノを滅する特別な力”とやらに、王も希望を持てとおっしゃっているのです」

 「その力が開花していればの話だろう‼」


 お偉い様は皆揃って、頭を抱えた。




 そもそもの話、外出から行方不明となっていたお騒がせ王女シオン様が、禁止領域である霧の森へと踏み入らなければ、こんな大事に至ることにはならなかったというもの。


 救出のため自ら出向いたハイドレア王妃は無傷で帰還するも、その後は、禁忌魔術を使用した副作用により患った病でこの世を去るという最悪の結末を迎えている。


 しかし役人の言う希望の通り、王妃は己の死の間際に、とあるを娘の身体に施したのだという――


 「お言葉ですが、“開花”はしておられます」

 「殿下の…… ふざけた力に希望を待てと⁉」

 「ですから――」

 「最後の希望が何か言うてみろホオズキ!!!」

 「……“水を操る魔法”でございます」


 議員らはひどく失望した。

 希望ある未来とやらは明るいようだ。




 そこへ国王様が遅れて入室。また、ひどく冷え切った空気に役人は臆せず切り込んだ。


 「では最後に、封印の結界が破られるタイムリミットについてですが、耐久値は長く見積もっても残り百年。次の手を打たねば国の未来はありません。しかしどうもお堅いご老人の御三方は未だ判断を渋っているようでして」


 その報告に。亡き王妃のおっとである国王は、妻から託されていた夫宛ての遺言書、それも“外部流出禁止の極秘指定”と記された一文の記憶を振り返る――

____________________

 『無敵に思われた天使クリオネを、

  確実に討つ魔法が一つだけ

  見つかりました。

  それは、“愛の喪失”を引き金とする魔法。

  私の死後、娘に授けた力が解放されれば

  水の加護で覆われた衣を引き剥がし、

  天使の心臓部を討つことが

  可能となるでしょう。


  ただし、必ず注意してください

  この事は決して、

  正しく力が行使されるその時まで

  当人には知られてはなりません。  』

____________________


 その手紙を始めて呼んだ時、王はほっと胸を撫でおろすような思いであったようだ。自然な流れとして自らの死を活かし、娘を英雄に仕立て上げられるのだから。


 だが蓋を開けてみればどうだろう?


 肝心の娘とくれば、母の葬式をほっぽり出しては呑気に草花いじりをする始末。おかげで魔法とやらも不発に終わっている。何度魔法に期待を裏切られれば済むものかと憤るばかり。


 それでも王様は『もし妻の魔法が正しく機能していたとしたら?』『娘が幼いがゆえに心の成熟が遅かっただとしたら?』と一度は踏み留まり、やがて世界でただ一人、使命を託された末にこう結論付けるのだった。




 非情な我が子が、真の愛を知る頃に、

 いずれ娘が好意を寄せた、“誰か”を殺すのだと。


 それまでに、ありったけの愛を注ぐのです。

 ありったけを愛を、たっぷりと。



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