水征の王妃様 ~下街の薬屋魔女とペットな王女~

海鼠まな

~前半戦~ 霧の森

『最後の希望が生まれた日』


 とある大事件当日――


 「命に代えても護り抜け‼ 死んでも振り返るな‼」


 薄暗めの森の中、すやすやと眠る少女を担いだ上官兵士が、他の兵士へと叫喚。

 少女の身柄を押し付けられた一般兵は、伝言通り少女を抱きかかえ、その場から逃げるように走り出した。




 「はぁ…… はぁ…… なんで森になんか入っちまったんだ? どっから森へ入ったんだ? なぁ、眠ってないで答えてくれよ。“王女殿下様”」


 全ては『森へと向かい、王女殿下を救出せよ』との命令から始まり、天をも覆う濃霧に呑まれることとなった現在に至る。


 「くそ…… どうせなら森の前で回れ右すりゃよかったんだ」


 ここは霧の森に囲われた箱庭の国。

 “森へ向かえ”は“死んでこい”

 それは、他の仲間も覚悟していたことだろう。


 「は、はは……、そうだ。どうせ逃げても、逃げ場なんて無いんだった」


 それでも名もなき一般兵は、森を彷徨い続ける。

 成功率ゼロ%の帰還任務を、遂行するために。


 そう決意を固めた時、脊髄が凍りつくような感覚に襲われて、途端に魔物によって捕食された。

 振り返った先にいた、真っ赤な臓器を半透明の羽衣で纏われた天使のような御姿の何かに――


 そして、無防備に転がる最後の少女エサに歓喜した天使は、頭部と思しき部位を大口のようにぱっくりと裂き、伸ばした六本の触手でスヤスヤと眠る少女の頬を舌なめずり。


 その恥辱の晩餐を阻止せんと、

 杖を携えた青髪の魔女は立ちはだかる――






________________


 数年後――


 「――犠牲者は多数。相当なる痛手を負いながらも、シオン王女殿下と共に奇跡の帰還を果たしたハイドレア王妃の功績により一時の封印に成功した。以上が事件の詳細になります」


 良い子も眠る深夜。城の広間一室に集った国のお偉い様方は、与えられた紙媒体をそれぞれ眺めつつ、

 王女殿下を襲ったバケモノの処遇について議論を白熱させていた。


 「何が最後の希望だというのだ⁉ 無事王女殿下が帰還されたのは二度とない奇跡と言ってもいい。奴を一時封印したとて祠は軟弱。次こそ確実に奴を滅する手立てを思いつかねば、いずれ人類への報復は現実となるだろう。偉大なる魔導士にして最後の砦であった王妃も亡くなられた。もはや希望はなどないのだぞ――」


 そこで、冷徹な役人は食い気味に言った。


 「その事件、王妃が王女殿下へと死に際に託した“バケモノを滅する特別な力”とやらに希望を持つのだと、王はおっしゃってお出でなのだと」

 「力が開花していればの話だろうに…… まずはバケモノの餌となる魔法族を壁の内側へと集中させる他あるまい」


 お偉い様は皆揃って、頭を抱えていた。




 外出から行方不明となっていたお騒がせ王女シオンが、絶対禁止領域である霧の森へと踏み入らなければ、こんな大事に至ることにはならなかったのに。


 救出のため自ら出向いたハイドレア王妃は無傷で帰還するも、その後は、禁忌魔術の副作用で患った病によりこの世を去るという、最悪の結末を迎える形となっていた。


 しかし、王妃は己の死の間際に、

 とあるを娘に施したのだという――


 「お言葉ですが、開花はしておられます」

 「化け物を討つ力を譲渡したと聞いて期待していればなんだ⁉ 殿下の早熟を待てと⁉」

 「ですから――」

 「最後の希望が何か言うてみろホオズキ!!!」

 「……“水を操る魔法”でございます」


 役人の言う、未来を明るく照らす希望とやらに、

 議員らはひどく失望した。




 そこへ、国王が遅れてご入室。空気が凍り、

 ひどく冷え切った空気に、役人が切り込んだ。


 「では最後に、祠の結界が破られるタイムリミットですが、長く見積もっても残り百年。次の手を打たねば国の未来はありません。しかしどうもお堅いご老人の御三方は未だ判断を渋っているようでして」

 「案ずるな。魔物の処遇は決まった」


 亡き王妃のおっとの国王は言い、妻から託されていた夫宛ての遺言書。

 それも“外部流出禁止の極秘指定”の封がなされた一文を振り返った。

____________________

『 無敵に思われた天使クリオネを、

  確実に討つ魔法が一つだけ

  見つかりました。

  それは、“愛の喪失”を引き金とする魔法。

  私の死後、娘に授けた力が解放されれば

  水の加護で覆われた衣を引き剥がし、

  天使の心臓部を討つことが

  可能となるでしょう。


  ただし、必ず注意してください

  この事は決して、

  正しく力が行使されるその時まで

  当人には知られてはなりません。  』

____________________



 初めて手紙を呼んだ時、王はほっと胸を撫でおろすような思いであった。

 自然な流れとして自らの死を活かし、娘を英雄に仕立て上げられるのだから。


 だが蓋を開けてみればどうだろう?


 肝心の娘とくれば母の葬式では泣かず、ふらっと式をほっぽり出しては呑気に草花いじり。

 愛の喪失などとは無縁の、いわゆる“何を考えているのか分からない”子共。

 魔法とやらも不発に終わっている。


 何度、魔法とやらに期待を裏切られれば済むのだろうか。

 魔法文化そのものへと憎しみが向かった。

 それでも王は一度踏みとどまるのです。


 もし妻の魔法が正しく機能していたとしたら?

 選ぶべき道が他にないのなら?

 世界でただ一人、

 使命を託された王は結論付けます。




 非情な我が子が、誠の愛を知る頃に、

 いずれ娘が好意を寄せた、“誰か”を殺すのだと。


 それまでに、ありったけの愛を注ぐのです。

 ありったけを愛を、たっぷりと。



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