第2話 王女殿下様②


 - 時はお楽しみ会の前日、午前の部 -




 私はヒスイの国の王女。正真正銘、王の子として生まれた絵に描いたお姫様だ。


 『姫』と聞いて皆が想像するものは、きっと豪かなお城に住み、綺麗なドレスに身を包む姿を想像するだろう。


 ましてや訳あって特別扱いで学校へ転入し、訳あって他の生徒たちと学校生活を送っているなど、普通なら想像に乏しい。


 貴族の家系や、どこぞの成金令嬢など高貴な有権者を持つ家庭であれば、大抵は子に家庭教師をつけたりして、おうちでお勉強をする。


 ましてや自分のような王家の出が、学校などという空間に入れられ、安易に人々の目に触れることなど、神が下界に降りてくるほどの珍事に等しい。


 ……そんな珍事が訳あって現実となり、私は訳あって寮生活をして、訳あってお城に隣接した学校で授業を受けている。


 そして、“誰かさん”のせいで身バレ寸前の中、私は噂の中心的人物として、浮いた存在となっていた――






 「――こういった悲しい事件を機に、私たちが日々使用している、科学と魔法が手を取り合い実現された新技術“マギア”が誕生しました。町の街頭や家々の明かりから、皆さんの生活にも馴染みある洗濯機やパンを焼くオーブンなど、現在普及している全ての――」


 お団子ヘアーに木の棒挿さる我が担任【トネリコ先生】は語る。


 金曜最後のお昼過ぎ。窓際の特等席で、すやりすやりの夢見心地。

 平和ボケした晴れの景色に、巻貝を背負った蝶が飛んでいる。ことすらどうでもよいほどに、私のまぶたは限界だ。


 「――よって、“魔工学革命まこうがくかくめい”が起きたのは何年でしたか、Ms.シオン」


 眠い。とにかく眠い――


 「Ms.ミスシオン!!!」

 「あっはい‼ えっと、二千二百…… 一年です」

 「二二一二年、丁度六年前のことですよ。ちなみに窓の外に答えはありませんからね。ノートを写していないのならお友達に見せてもらいなさい」

 「えへへ、すみませんトネリコ先生」


 ほぼ白紙のノートの上で羽ペンを遊ばせながら、クラスメイトのアツい視線をごまかした。




 “魔工学革命まこうがくかくめい”。二二一八年現在に蔓延る“マギア”という超技術が台頭した記念日のことを指す。


 その日、日常的に扱われていた魔法が機械化され、ボタン一つで誰でも魔法が扱えるようになったことで、多様性に富んだ優しい社会を生み出したのだ。


 利便性と平等性が生まれる反面、世の半数以上を占めるそもそもの魔法を扱える者からは“魔法文化の終焉”と揶揄やゆされ、一時は暴動騒ぎにもなった過去もあるらしい。


 「……蝶々、どっか行っちゃった」


 古臭い魔法は、今や消えつつある。




 すると、真横の席にいたお嬢様が声を荒らげた。


 「また居眠りとは随分と余裕ですのね。堂々たる態度、私惚れ惚れしちゃいますわー‼ 寛大なるお友達の私めがノートを見せて差し上げてもよろしくてよ? “居眠りクイーンさん”」


 クラメイトのアツい視線が再び集中する。


 この嫌味ったらしいお嬢様は【エルフレア・ハイゲンシュタイン】といい、皆フレアと呼んでいる。

 先生の目を盗んでは、今私の顔の近くで火の玉を三つ宙にぶん回し、私の髪を焦がしてくるくらいにお行儀が悪い。


 こいつが、例外でこちらの素性を知っている、私の幼馴染である。


 「……黙りなさいよ短足チビ令嬢」

 「あんたも大して変わらないでしょうが‼ たかが一センチ差、どんぐりの背比べにもなりませんわ。あ~プリンセスたる貫禄はどこへやら⁉ 一生自分の胸でも見つめて過ごして御覧なさいよ、この絶壁姫‼」


 ボソッと呟いた余計な一言で、フレアの炎の直径は30cm以上に膨れあがる。


 そして天井の火災報知器とスプリンクラーが作動。

 警報が鳴り響き、教室に大雨が降った。




 このように今日も今日とて半機半魔はんきはんまの超技術“マギア”は、木造校舎が大炎上する未来をも回避し、誰かの魔法の出番を奪い去っていったとさ。


 基礎的な魔法の扱いを学ぶ授業が激減していったのも、丁度このマギアが台頭してきた頃合いだったと思う。


 人の手でことを成してきた美しき魔法文化はこうして機械化され、魔法を持たぬ者にも配慮された多様性社会が築き上げられてしまったのだ。


 「しーらない……」






_____________


 「ウチ、がんばって誘ったのになぁ」

 「シオン様もお立場がありますし、仕方がありませんわ」


 当人のいない放課後の教室で、クラスの女子生徒たちは談笑していた。


 「私、こないだも茶会にお誘いしたら『寮母さんのお手伝いが……』と断られてしまいまして」


 シオン王女の断り文句は他にも多数上がった。


 『習い事で……』

 『悪いけど、頭痛で……』

 『今日は自分と向き合う時間が大切で……』

 『今しか獲れない川魚が旬で……』

 『世界が私を呼んでいて……』


 等々。


 「流石、“断り姫”……」

 「なにそれ」

 「寮じゃみんなそう呼んでるわ。お断りが伝家の宝刀なのよ。殿下だけに」

 「ぶっッ」

 「本当にウワサ通りの王女なのかしら。未だに信じられませんわ」

 「フレア様もクイーンとお呼びしていましたが」

 「あれはそうおちょくってるだけなのかと……」


 皆、己の理想を当てはめ合い場が沸いた。


 「シオン様は寮だとどんな感じなの?」

 「あぁ、それは……」

 「結構昔の話なのですが、私シオン様が物凄い形相でフレア様の頬をひっぱたき突き飛ばしている修羅場を見かけたことがありまして」

 「あぁ、寮に居るのってそういう――」






______________


 そんなクラスメイト達の噂話も届かぬ廊下で、私は断りついでに戴いた手作りのマカロンと濡れた教材を抱え、寮の自室へと小走りで向かっていた所、二人の子分を連れたフレアとばったり遭遇してしまう……


 たまらず急旋回するも振り切れず、背後から髪を引っ張られ、近くの物置へと突き飛ばされてしまった。


 「大事なお洋服が汚れちゃったじゃない。クラスの子たちも先生もみんな困ってた。何か言うべき事がありませんこと?」

 「……じゃあノートみしてよ」

 「は?」

 「全身水浸しの気分はどう? 気持ちよかった?」


 そう皮肉を交えると、掃除用具の山に埋もれた私を、フレアはひたすらに無言で何度も足蹴りにした。


 そんなリンチが始まるや否や、初めはニヤニヤと口角を上げながら傍観していた取り巻きの二人の顔も、だんだんと引きつっていく――


 「そうやって灰被る姿がお似合いよ」


 フレアは吐き捨てると不満気に去っていき、取り巻きもまた逃げるようにその後ろを追いかけていった。






______________


 日常が幕を引く夕刻時。寮の共用風呂の脱衣所にあるマギアの洗濯機に服を入れ、ゆったり入浴。

 お風呂を済ませればマギアの髪乾かし器ドライヤーで髪を乾かし、自室のマギアランプの消灯ボタンをぽちっと押せば、


 本当の日常がはじまる。




 「アホ毛よし。前髪オッケー」


 私は腐っても次期王妃継承権を持つ王の娘。表向きは平凡な学生のようでも、小さい頃から王家の顔の一人として相応の教育を受けている王女様。


 学生生活も残り数年で卒業を迎えればお城へ戻ることになる。その時は、誰もが認知する有名人へと変わり、人々に慕われ、お国家の象徴として激務に追われながら生涯を生きることになる。


 そうなればお友達との繋がりも消えてしまう。

 それはあまりにも辛いから、初めから深い繋がりは絶っておくの。

 逃げて、逃げて、親しいおともだちが成立するきっかけを潰していく。

 そうすれば、かなしまなくても済むからね。




 もし夢が叶うのなら、周りの目を気にせず生きていたい。

 私のことを誰も知らない世界で、

 対等に接してくれる人と時々お話をしたりして、

 普通の生活をして、普通に生きて、

 永遠のひとりぼっちになりたいの。


 そんな決して叶わぬ夢も、ひと時だけなら叶うかも。

 そう思わせてくれる夢の楽園へ、今宵も足を運ぶ。




 枕に布団を被せてデコイを作り、寮の見回りを警戒。

 すっぴん演じたメイクをキメて、気持ち程度に背伸びしたロングブーツに、偉大な魔法使いとお揃いのボロボロの手作りローブを身に纏えば、準備は完了。


 お昼は学生、夜は月下の暗躍者あんやくしゃ。机の上に伏せられた写真立てと砂糖菓子の袋を置いてけぼりに、自室の窓から飛び降りる。


        「あ、忘れ物!」


 そうして、その場限りの幸せを貪り尽す

 深い繋がりなど存在しない、丁度いい距離感の

 完璧な世界へと、今宵も旅立つのです。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る