第3話 薬屋の魔女① 

 お楽しみ会、後日早朝――


 「んぎゃっ」


 ベッドから転げ落ち、床に鼻を打つ。

 なんだか、お酒を飲んだみたいに頭がフラフラする。飲んだことないけど。


 昨夜は大分飲み明かしたとはいえ、未成年ながら飲酒をかますほど私は極悪人ではない。

 ひとまず洗面台で顔を洗おう。昨夜の黒ローブのことでも思い出しながら。


 「……そういえば、昨日の拾い物」


 ふと思い立ち、棚から黒い小筒を持ってくる。

 蓋を開けてみると、それは口紅のようだった。


 「これ、ないと困るよね」




 その時、階段を駆け上る音が近づいてきた。

 まずい。寮母さんだ。


 着替えもせずに帰宅してすぐ、ベッドにダイブインしたせいで着替える暇もない。ドアを閉めないと――


 「シオン様!!! さっき起きるとおっしゃったではありませんか。お昼は薬草学の課外授業なのでしょう? ……そこで何をしてるのです?」

 「い、いい、今すっぽんぽんなので‼」


 咄嗟に布団で身を包みごまかした。


 なぜだろう。さっき起きるなどと口にした覚えはないぞ。

 おまけに布団がびしょ濡れている。


 まさか十六間近にもなるこの歳で、こんな羞恥を……⁉ と、恐る恐る布団を臭ったけど、違ったようだ。




 ひとまず嵐は過ぎ去った。今日は課外授業だ。


 せっせとロングスカートの学制服に着替え、学校用の肩下げバッグ片手に玄関を飛び出そう。


 お空は快晴。蹴り上げた小さな水たまりの水でお手玉しながら、草木で彩られたレンガ造りの街並みを突き進む。


 さぁ今日も元気に――






_______________


 「まぁ~~~~~~~! お国の象徴ともあろう者がお遅刻とは恥晒しにもほどがありましてよ? レディたるもの朝五時起きは基本中の基本、常識中の常識ですわーーーー‼」


 パン屋か君は。いい加減にしろ。

 選択科目はフレアも受けていたようだ。




 城の敷地内にある広い農場へと到着すると、担当の先生が出迎えてくれた。


 魔法薬草学専攻、栗毛くせ毛のふくよかな体型、生徒たちからの信頼も厚い学校のマスコットでもありながら、私のプライベートなお話を個人で聞いてくれる貴重な存在でもある。


 「こんにちはお寝坊さん。頭のアホ毛が元気なようで」

 「すみませんメイプル先生、夢の中では到着してたつもりで……!」

 「ではその言い訳は夢の中の私に、よろしく伝えておいてくださいね。今は授業で使う薬草をみなさんに摘んでもらっていたところです。ささ、シオンもみんなと集めておいでなさい」


 まるで妖精のようなお方だ。

 キラキラの粉吹く羽根が生えてきても驚かない。




 畑から採取した薬草が集まると授業がスタート。

 皆の視線は先生の手元へ集中した。


 今日は“ラトネーム(Latnem)”という魔法植物を使った、魔力回復薬ヒールポーションの作り方を教えてくれるらしい。


 全国の主婦様御用達として世に親しまれる最もベーシックな魔力回復薬といえるが、見た目はただの緑色の葉っぱのようだ。


 「では、黒板の手順を見ながら実験を始めてください! 今日は手順②まで進めて、残りは“熟成期間”を得たまた次の休み明けの楽しみにとっておきましょう」


 以上メイプル先生のご指示より製作を開始する。

 内容はどれどれ――

_____________________

 【手順】(※スルー省略可)

 ラトネームに宿る魔力成分は、傷が入った部分から空気中に放出されてしまうので素早く加工せよ。

 ①葉の部分を茎から外し、底の深い更の中に入れ木の棒などですりつぶしなるべく早く(訳10秒以内)水に溶かす。後、瓶に詰め密閉する。追記:空気に触れず水に入れながら刻むと尚良し。

 ②半日放置し、熟成させる。

 ③底に青緑色にぼんやりと光る液体が分離し、沈殿したものが魔力回復の元となる。

 ④残りの水と葉をゆっくりと捨てて完成。

 メイプル先生ひとくちメモ:炭酸魔法と混ぜてカクテルにすると面白い現象が起きるワ。

_____________________


 とのこと。あぁワクワクしてきた。


 早速取り掛かろう。そう意気込んでいたら、やはりフレアが茶々を入れにやってきた。


 「わざわざこんな授業受けにきて何様のつもり? 民の皆さまにいい顔でもしにきたの?」

 「……そうだよ。あんたのおかげで毎日が尊敬に満ちた日々を送ってる。お姫様は忙しいんだ」

 「回復系の魔法がお得意だったくせにこんな授業受けにくるのが意味不明って言ってんの。優越感に浸りに来たとしか思えませんわ」


 フレアは、昨日つけられた腕のアザをつねってきた。

 鈍痛を振り払い、黙々と作業を続ける。


 「自分にかける魔法は得意じゃないって昔言ったよね」

 「あら失礼。その程度のキズすら治せないとは思いもしませんでしたわ」


 そんなやり取りをしていると、私一人が先生に呼ばれ、そのまま家畜小屋の掃除を命じられるのだった。




 「ぬめり取り、ちょっとだけ手伝って頂戴!」


 と、先生から大きなモップを渡され、牛や馬の体液を退けるお掃除をすることに。


 青くて大きなヌメヌメの軟体動物であるウミウシに、骨ばった身体にラッパ状に尖った口先、背中に申し訳程度の小さな羽根をつけた馬などなど、小屋にはたくさんいるのだ。

 小屋どころか、世界のそこらかしこにね。


 このような、陸上生物とは思えぬほどに全身水っ気のある不思議な生物を皆【ウミノア】と呼んでいる。


 「先生、私まだ授業の途中ですよ~」

 「ちょっと寄り道するくらいシオンなら問題ないかと。それより、今日もお話があってお外へ出てきたんじゃないのかい?」

 「あはは、実を言うと今日は特に…… あっ」


 想い出したかのように、私はポケットから口紅を取り出してみせた。


 「こないだすれ違った人が落としていった物らしいんです。入れ物も高級そうだし、相当手の込んだものだったから、どうにかお返ししたくて」

 「ほう? 見しておくれ」


 すると意外な答えが返ってきた。


 「こりゃ、毒だね」

 「毒⁉ そんなもの使ったら唇が腫れ上がっちゃうじゃないですか。いやまさか、わざと唇を腫れさせるつもりで……⁉」

 「半分正解。そういう使い方をしてる人は昔はいたもんだ。この紅の赤みはフグのウミノアの臓器から取れる天然の染料さね。色がかなり濃いもんだから限界まで薄めて、特製のな口紅を作るの。原料は猛毒そのものの血液さ」

 「そんなものを口紅にするなんて……」

 「毒素を打ち消す方法もなくはないけれど、こんなものを作れるのは、ひと昔前にいた魔法薬売りの魔女くらいだろうね。ちなみに今は違法さ」


 らしい……

 とんでもないものを拾ってしまったようだ。


 そんな話をしていると、ウミ牛にしかかられ、かれらの粘液で身体中がヌメヌメに。

 さらにフレアが小屋にやってきた。


 「きみのミルクも飲んであげてるんだから、私のこと好きならもうちょっと身長を恵んでくれてもいいんだよ~」

 「あらあら、まだまだ”貫禄”が足りてませんこと」

 「将来を期待して震えてろ……」


 この野郎、身長で一センチ勝てないからって。

 今に見てろよ。


 「あらあら、なかよしですね二人共!」

 「「 嫌゛い゛で゛す‼ 」」

 

 メイプル先生は茶々を入れた。




 するとそこへ、少し豪華な外観をされた木造馬車がやってきた。


 現れたのは白い甲冑を着た兵士が二人。衣装の違いから見た所、位の高い上官と部下といったところだろうか。


 彼らはメイプル先生へと対応を迫り、話が済めば馬車へと乗りどこかへ行ってしまわれた。


 「(あれってまさか)」


 その様子を遠くから見ていた私は、彼らを睨みつけていたメイプル先生に質問する。


 「先生、さっきのは?」

 「急ですみませんが授業は終わりです。怪しい者が城内をうろついているとの報告を受けました。皆と一緒に寮へお戻りなさい」

 「先生、あれってもしかして白兵しろへいというものではありませんか?」

 「まぁ、どこでそれを?」

 「知ってるんですね⁉」

 「えぇ。五年ほど前のことでしたかね、魔法が厳しく規制され始めた頃に暗躍し始めた治安維持部隊らしいの。それにしても、腰に髪乾器ドライヤーなんてぶら下げちゃって、オシャレさんなのかしら」

 「……ただのオシャレさんだと良いですね」


 温風というより、もっと恐ろしいものが打ち出されそうな感じがする。


 私はひとまず寮に戻ることにした。




_____________


 その直後、馬車内部で白い甲冑を着た二人の騎士たちは質疑を交わしていた。


 「あれが噂の王女殿下ですかぁ。森へ出向かぬよう塔から監視してばっかりでしたけど、間近で見るとああもお美しいとは」

 「直にお目にかかるのは初めてか」

 「そうですよぉ‼ どうしてこの僕が、塔の上から双眼鏡で女児を覗き回す役回りなんですかぁ。もっとこう騎士らしく、命を賭して悪を成する任に就きたいものです。そのために白兵部隊に志願したというのに。なのでホオズキ先輩、僕に侵入者の輩をとっ捕まえさせてください」


 後輩兵士は目を熱く輝かせる。


 「では殿下が森へ踏み入った時は頼りにする」

 「いやいや、死に急ぎたいわけじゃないんすよ。ですがいざとなれば俺、ホオズキ先輩のお役に立てるなら、火でも水でも森にでも飛び込んでみせます‼」

 「その白き鎧は、厳しい訓練を耐え抜いた証、間違っても殺されることはないだろう。侵入者捕縛の任が与えられれば、お前に出動を命じよう」

 「マジすか⁉ ありがとうございますッス‼」

 「期待しているぞ。カガチ」


 我々白兵騎士団は、王女シオン殿下の動向を調査する任を主に与えられている。




 もっぱら部下から伝えられる状況報告は決まって、殿下は常日頃から“水遊び”に夢中なのだという。

 おかげで王のご機嫌は、無事平穏を保たれているようだ。


 「近々、殿下に何か変化はあったか?」

 「うーん。特にはありませんが、通学時によくやるお手玉遊びの持続時間が、例年より明らかに伸びてることくらいっすかね~。それも十秒近く」

 「流石だ。よく見ているな」

 「しかし王女殿下をわざわざ学校に通わせるなんて、王政も思いきりましたね~。監視役の責任激重っす」

 「世界平和のためだ」

 「またまた大袈裟な。ホオズキ様、また何か隠してますね?」

 「何をどう解釈し、そう思った?」

 「いや、そういう顔してるんで」




 続く

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