第16話 霧の森①
「やれるものなら、どうぞごらんなさい」
周囲一帯の森を焼き払うかのように、フレアの豪炎が雨の中で咲き乱れる。
その凄まじい熱気は、離れた位置からこちらの濡れた素肌に伝わっていた。
熱のせいで目頭が熱い。
雨のせいで視界が揺らぐ。
それまで鮮明に写っていたフレアの姿が、
雨に溶けていく。
ずっと暴力的で、他者への理解に乏しく強引で、不器用なくらい真っ直ぐで、隣の席から私の髪を火で焙ってきた存在は、今ここで突き放すんだ。
この暖かさに、うっかり救われてしまう前に――
本気を込めた、水と炎の
好き、嫌い、好き、嫌い
水と炎の花弁がそれぞれ散り散りになっていく。
ただでさえ優勢だった水の鞭は、都合の良い豪雨が味方したおかげもあり、いとも簡単に大きな炎を飲み込んだ。
だが対するフレアは¥も、大雨という環境をいいことに加減を完全無視。炎の塊をさらにスケールを拡大させ――
「ちょっとまって、死ぬ――」
視界が真っ白になるほどに炎は膨れ上がり
″ 大爆発 ”
衝突の結果、炎が急激に冷やされたことによって引き起こされた水蒸気爆発によって、大喧嘩は収束した。
勝者となった私は、泥に沈んだ敗者を見下ろして、急ぎ城壁にぽっかりと空いた抜け穴の先へと進む。
たとえ親友だからといって全部が全部曝け出せるものなんてない。色々吐き出しはしたけど、まだまだ言えないことは沢山あるし、これからも隠して生きていくスタンスは変わらない。
所詮、人なんてわからずやなのだ。
その後、なんとか立ち上がったフレアは、シオンが向かった反り立つ壁のある方向へと向かった。
辿り着いたのは反り立つ巨壁のある行き止まり。かつての友の姿は見当たらない。
「何よ、これ……」
代わりに、壁に開いた大きな穴を発見。
さらに、そこへ騒ぎを嗅ぎつけた王ドラセナが鉢合わせる。
_______________
雨降り止まぬ最中、二つ候補が上がった中の一つ、ロエナのツリーハウスへと向かった。
牢にはロエナの姿も消えていたことからも、もしやと思い出向いたがやはり――
「いるわけないか」
白兵は確かに『ホオズキは壁外へ出た』と口にしてた。
それに思い返してみれば、城ですれ違った馬車は課外授業の時にホオズキが載っていたものと同じものだったではないか。
「なんであの時、無視しちゃったんだ……‼」
ホオズキはあの馬車に乗っていたに違いないにしろ、なぜ処刑のためにわざわざ壁外へと罪人を連れていく必要があったのかが謎である。
次の目的地へと急ごう。
「(お願いマスター、はやく出てー!)」
私は周囲を警戒しなが明かりの消えた酒場のドアを連打する。
すると時間差でドアが開き、顔を出したマスターに店内へと導かれていった。
蝋燭の火揺らぐ店内で焦燥感に駆られていた私は、マスターは冷静になだめられ、なんとかマキとロエナが処刑されてしまうかもしれないとの趣旨を伝えていった。
「この国はお城であっても処刑場なんて場所はないの。あるとしても、面倒な死体処理も省ける“霧の森”くらいなの」
「壁外にわざわざ連れていくのも不自然だな…… それはそうと、アコナちゃんが焦った様子でシオンさんのことを探しに出て行ったんだ」
「アコナが?」
そうウワサをしていたその時、勢いよく開いたドアから本人がひょっこり登場。
勢いよく抱きつかれた。
「シアーノ‼ どこ行ってたの⁉ 心配したんだよ!」
「心配って、なんで?」
「なんでって、この大雨で洪水が起きて川が氾濫してるんだ。それで古い木造建築が飲み込まれたりしているけど、シアーノが大丈夫なら良かった。ここ数年めっきり雨は降らなくなったこともあって、突然の豪雨に誰も洪水対策をしていなかったみたい。こんな豪雨はハイドレア妃の命日以来だよ」
謎の責任を感じてしまった。
彼女の言う通り、この国に雨がよく降るようになったのは母の命日以来のこと。洪水が起きるともなれば、今回の例も当時最も猛威を振るった豪雨と同じ規模であると推測される。
「ハイドレア王妃とは懐かしい響きだな。この大雨は彼女のお怒りか、あるいは何らかのメッセージをお与えくださっているのかもしれませんね」
マスターはこちらに目線を送り、気を利かせた。
この豪雨がメッセージというのは、多分ないとおもうけど…… もしそうなら、遠回しに伝えようとする感じが母らしいといえば母らしい。
病室のベッドの上の死に際、私の右眼に何らかの仕掛けを施し、大した言葉も残さず死んでいったように、特に深い意味なんてないのだろう。
「アコナ、街中で白い馬車を見なかった?」
私はアコナの肩を掴み、迫真に迫る。
「それを聞いてどうするの?」
「知ってるなら勿体ぶってないで教えてよ⁉」
「理由を言って。シオンは目を離した隙にいつもどこかへ行っちゃう。キミが居なくなったらボクが困る」
「親みたいな面しないで‼ 助けたい人がいるの。何でもするから教えてよ‼」
口調が荒くなってから、ふと我に返る。
「ごめん。でも行かなくちゃいけないの」
「どうしてそこまでするの?」
「マキって男の子と、アコナが前に教えてくれた薬屋のロエナって人。大事な人なの」
それを聞いたアコナの瞳がわずかに揺れる。
そして、彼女は重そうな口を開いた。
「……馬車は、霧の森へ向かったよ」
「霧の森、やっぱりそこで処刑を」
「それも森の中へ踏み入ってね」
「そんな⁉」
そんなはずはないと私は驚愕した。
すると同様に驚いていたマスターが店の棚に置いてあった黒い小さな指輪ケースを持ち出し、箱の中身の黒い巻貝のようなものを物色し始める。
「まだ暖かい……」
「マスター?」
「その話、本当かもしれない」
マスターはその石をこちらに手渡してきた。
“暖かい”と呟いていたように、触れてみれば
「ある日ある双子の魔女が霧の森へ踏み入り、その石を残していったことがあった。十数年も前の事だ――」
マスターは急ぐように語り始めた。
「当然、彼らを愚か者と烙印を押す者は少なくはなかったが、魔女は『この石が温かみを発する限り、外の世界は実在すると証明する』そう言い残し、石を俺に託して森へ入っていったのさ」
外の世界を夢見る者達にとってこの石は大いなる希望となっただろうが、その石の存在をこれまで隠していたのもうなずける。
「言わなくても分かるだろうが他言無用だ。いいね?」
「分かった」
「累計死亡者数ゼロ。帰還者数ゼロの未知領域の謎。その石は、世界の果ての存在を示す唯一の手掛かりとなり、夢と希望が詰まった遺物となったわけだ。でも、それが世に知られれば大勢の人間を不透明な希望へと導いてしまうことにもなりかねない。だから隠していたんだね。マスター」
アコナは分析した。
だからマスターは、そんな
小さな
「俺が行っても足手まといになるだけだが、相手が政府の人間なら、敵対していようが君なら命は保証してくれるはずだ。その石は君が持っていなさい。気持ち程度お守りにはなるだろう」
「……ありがとうマスター! アコナ!」
「行きなさい。
______________
まだ大雨降りしきる外の世界へ再び飛び出した私は、アコナに教えて貰った方角城の真反対の方向へと全速力で向かっていった。
身体中が内出血でアザだらけ。
時折ぬかるんだ泥に足を取られ、ずっこける。
ずっと味方だった雨に敵対されているような気がして、呼吸が乱れて仕方がない。
「マキ……‼ 死なないでよ、ロエナ!!!」
それでも私は、荒れ果てた道を駆け抜ける。
それから市街地を抜け、無限に広がる草原の先、世界の果ての一歩手前、目的地へと到着した。
白い濃霧のかかった森に、思わず圧倒される。
けれども、ホオズキが乗っていた白い馬車が置いてあるのなら、処刑の場がここであることには間違いない。
『霧の森へは決して入るでない――』
『累計死亡者数ゼロ。帰還者数ゼロの未知領域――』
これまで耳にしてきた言葉が反響する。
冷たい空気が鼻を突く。
濃霧を前に決意が揺らぎ、
冷や汗が頬を伝う。
でもそれ以上に、背中を押す
今必要なのは、一歩踏み出す、
たった1%の勇気だけだ。
続く
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