最終話 ゆるゆるスローライフ!

 いま思いつきました!


 そんな雰囲気を出しながら、魔法のジュースを持ち上げる。


「ご迷惑をおかけした兵士の皆さんにも、ジュースを渡しますわ」


 これも、事前に考えていた作戦の一つ。


 唖然とする伯爵を無視する形で、子供たちにジュースを配って貰う。


 渡すときの掛け声も、みんな一緒。


「中銅貨8枚です。欲しい方は予約してください」


 一般向けの販売価格で、1万円くらい。


 本当に高級品だ。


 ちなみにだけど、他の領地で売る時は、中銅貨10枚以上にしてもらっている。


 日頃は飲めない甘味を持った兵が、周囲の様子を伺いながら蓋を開けた。


「……うまいな」


 果実園の会長も驚く味だからね。


 張り詰めていた緊張や戸惑いが消え、兵たちは朗らかに笑いはじめている。


「兵の皆さんには、ご迷惑をおかけしましたね」


 伯爵が無理やり巻き込んでしまってすみません。


 街に戻ったら、魔法ジュースを飲んだと、周囲に自慢してください。


 酒場で宣伝してくれると最高です!


「うまいジュースをありがとうございます!」


「嫁と子供に、いい土産が出来ました!」


 三女様バンザイ! そんな声まで聞こえてくる。


 伯爵たちもどうにか動こうとしているが、志気の立て直しは不可能。


 この場で攻撃を再開するのは無理だろう。


『ジュースで寝返るなんて、うちの軍は大丈夫!?』


 そんな思いもあるけど、軍の予算は削られ続けているからね。


 見栄えばかりにお金を使い、彼らの待遇を改善しなかった伯爵が悪い。


「さてと。これで一件落着ですわね」


 兵の3割くらいは、すでに帰り始めている。


 子供たちの主が私になり、兵の脅威も消えた。


 私は勝ち誇った笑みを浮かべながら、伯爵たちを見つめた。


「金貨200枚も、必ず用意いたしますわ」


 約束の期限まで、あと半年もある。


 木箱に敷き詰められた商品と、私を慕ってくれる子供たち。


 初日の裁判では用意できなかった権力者が、私の背後にいる。


「これが、私の答えですわ」


 薬屋の社長も伯爵も、奥歯を噛み締めるだけで、なにも答えない。


 無言のまま牛車の中に消え、


『欠陥品が!!』


 などと言った怒鳴り声と、ドアを蹴る音が聞こえてくる。


『 完全勝利! 』


 そんなスッキリとした思いが、私の心を晴らしてくれていた。



 そうしてみんなと歩く帰り道。


「リンちゃん、ちょっと来てくれる?」


「はい! どうかしましたか?」


 遠足気分で歩きながら、私はリンちゃんに羊皮紙を渡した。


『薬師認定書・初級・リン殿』


 そんな書き出しではじまる羊皮紙には、国王の判子が押してある。


 目を見開いたリンちゃんが、瞳を輝かせた。


「合格してたんですね! よかったです!」


「うん。合格おめでとう」


「ありがとうございます!」


 リンちゃんが薬師の勉強をはじめたのは、1ヶ月ほど前。


 一般人には難しい国家資格だけど、この子たちはずっと、薬草の運搬をしていた。


 薬草の名前や保存に関しては、ティリスより知っていたくらいだ。


 そのおかげもあって、筆記は普通に合格。


「実技の試験は、最高得点だったみたいだよ」


「そうなんですね! ありがとうございます!」


 普段は中級レベルの加工をしていて、魔力も豊富にある。


 そんな子が、初級ポーションを量産する試験で、失敗するはずがない。


「今日からは、リンちゃんも薬職人だね」


「わたしが、職人……」


 子供たちの譲渡を急いだのは、このため。


 資格を手に入れたと敵に知られてしまえば、高値で売られる可能性が高かった。


 資格を持つ今なら、リンちゃん1人だけで金貨1枚を軽く超える。


「クロノちゃんのもあるよ」


「わっ! ありがとうございます!」


 こっちは、冒険者ギルドの合格証。


 これがあれば、リンちゃんや私の護衛として、様々な場所に同行できる。


「自分の命とみんなの命を守ってね?」


「はい! ゆるゆるがんばります!」


 そのゆるゆるが言葉だけにならないか心配だけど、この子はジェフに任せれば大丈夫かな。


 なにはともあれ、私のゆるゆるスローライフは近くなった!


 そう思いながら、今日の収支を数えてみる。


 ジュースが沢山売れて、支払いも沢山した。


「美味しい物を買って帰ろうか。なにか食べたい物はある?」


「お肉がいい!」

「お魚かな!」


「今日はいい日になったから、豪華な物をいっぱい買って、いっぱい食べようか。食べるひとー?」


「「はーい!」」


 金貨は減ったけど、また稼げばいい。


「みんなのおうちも建てなきゃね」


 子供たちと手をつなぎながら豪華な牛車を追い越して、私は薬屋への帰路に就いた。

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