第12話 新たな試みを!

 薬で利益を出せなくても、配置薬で儲けることは出来る。


 その考えを実現するために、私はみんなを秘密基地に集めた。


「「 いち! に! さん! よん! ご! 」」


 一列に並んだ子供たちが、短い木の棒を振る。


 その姿をまじまじと見詰めていたジェフが、パチンと手を叩いた。


「悪くねぇ! 次は、攻撃を捌く練習をする!」


「「はい!!」」


 ジェフが教師になり、子供たちに戦い方を教える。


 まずはナイフから。


 戦闘訓練の区切りを見つけて、私はジェフを呼び出した。


「どう? いい感じの子はいた?」


「はじめたばかりですので、なんとも。ですが、年長組の子だけは別格ですね」


「ん? リンちゃん?」


「いえ、もう1人の子です」


 クロノちゃんか。

 

 リーダーのリンちゃんを支えているイメージが強い子なんだけど、


「強いの?」


「現時点ではそこまで。鍛えればの話です」


 まあ、そうだよね。


 異世界と言っても、10歳の女の子がナイフを握る機会はあまりない。


 奴隷の立場であればなおさらだ。


「天性の勘。そのような物を感じました」


「ん?」


「見えていない攻撃を避けるんですよ。俺の攻撃を何度か避けています」


「!! すごいじゃん!」


 ジェフの本業は庭師ーーなんだけど、私の護衛もしてくれている。


 その実力は、伯爵家でもトップクラス。


「いずれは、お嬢様の護衛にしたいですね」


 ジェフにとっては、これ以上ない評価だ。


 楽しそうなジェフを横目に、クロノちゃんを流し見る。


 背は小さめで、普通に可愛い女の子だ。


 隣にいる8歳の子の方が背が高くて、強そうに見える。


「うん。ぜんぜんわからない」


 まあ、戦闘行為は専門外だからね。


 ここは専門家に任せよう。


「私は面倒な交渉をしてくるから、この子たちをお願いね」


「うっす! 任せてください!」


 クロノちゃんの才能に魅せられたのか、ジェフの声が高ぶっている。


 そうして木の棒を振る子供たちに背を向けて、私は薬屋の外に出た。


「ティリス。認識阻害の魔法を」

「かしこまりました」


 気持ちを戦闘モードに変えながら、大通りを歩いていく。


 市役所のような建物に入り、人が溢れるロビーを抜けて、VIP専用の部屋に足を踏み入れた。


 豪華なソファーとテーブルがある、社長室みたいな部屋だ。


「魔法はもういいわ」


 軽く頭を下げたティリスが、認識阻害の魔法を解いてくれる。


 子供たちが持ち帰ってくれたハンカチを取り出して、奥に続く扉に目を向けた。


「呼び出してもらえるかしら?」


「かしこまりました」


 ドアに空いた穴にハンカチを入れて、備え付けのベルを鳴らす。


 そんなティリスの姿を横目に見ながら、私は大きなソファーに腰を下ろした。


 落ち着かない心を静めるように、大きく息を吸い込む。


 そうして待つこと5分くらい。


「お待たせいたしました。配置薬のお話、ではなさそうですね」


 私が裁判に巻き込んだ男性――金融ギルドの会長さんが、商人の笑みを浮かべていた。


 私がなにかを言うより先に、会長さんが言葉を紡ぐ。


「薬の定価販売に関しましては、私も驚きました。心中お察し致します」


「……お心遣い、ありがたく存じますわ」


 状況は知ってるぞって言う、様子見のジャブかな。


 社長と私の会話を知ったのか。

 伯爵の裏工作を知っていたのか。


 どちらにしても、手強い相手だと思う。


 私は襟を正してから、貴族の仮面を脱ぎ捨てた。


「正直に話しますね。私にお金を貸してください」


「……ほぉ?」


 面白そうな笑みを浮かべた会長さんが、向かいの席に座る。


 ビジネスマナーも貴族のマナーも崩壊してるけど、そんなものはどうでもいい。


 会長さんも、腹のさぐり合いはやめてくれるみたいだ。


 前のめりになりなった会長さんが、ニヤリと笑った。


「薬屋の再建に必要な資金。そう考えていいですね?」


「ええ。伯爵の面倒な横槍を回避する。そのためのお金ですね」


 会長さんの眉がピクリと上がり、眉間にしわが寄った。


 伯爵の悪口を言うとは思っていなかったのだろう。


 言葉を探す会長さんを追い詰めるように、私は言葉を続ける。


「融資額は金貨5枚。現金ではなく、商品の状態で頂きたいのです」


「……それも、横槍回避のためですね?」


「ええ。敵は、本当に面倒な性格をしていますので」


 日本円で600万円くらい。


 欠陥令嬢を相手に、ポンと貸せる金額じゃないよね。


 そうは思うけど、交渉材料は持ってる。


「配置薬の権利を担保にします。どうですか?」


「……」


 押し黙った会長さんの目が、ゆっくりと閉じた。


 悩ましげに天井を仰ぎ見た後で、視線を鋭い物にする。


「融資する物品と言うのは?」


「魔力を測定するための水晶を10個ほど」


「……なるほど」


 様々な可能性が、会長さんの脳内を巡っているんだと思う。


 答えに辿り着くための切り札は、厳重に隠してある。


 ある程度の予測は出来ても、根幹までは見抜けないはず。


「勝算は?」


「長年温めていた秘技を使いますので」


 明確には答えず、ここはあえてはぐらかす。


 それが正解だと思う。


 会長さんの唇が、ニヤリとあがった。


「本当に、面白い御方ですな」


 眉間のしわが消えて、晴れやかな笑みに変わっていく。


 会長さんが、やれやれと言った様子で肩をすくめた。


「いいでしょう。御希望の物をお持ちします」


「ありがとうございます」


 よかった!


 首の皮一枚つながった感じかな。


「契約書はどうしますか?」


「不要ですよ。私のポケットマネーを動かすだけですので」


 証拠になるような物を残すのも怖いからね。


 返済期限は5年。金利はゼロ。


 破格の条件だと思う。


「三女様と敵対しないように、息子たちに言い聞かせることに決めました」


「あら。わたくしとしても、末永くお付き合いしたいですわね」


 冗談っぽく返したけど、私のことを気に入ってくれたみたい。


 10分足らずで用意された水晶を持って、秘密基地に帰る。


「みんなー! 集まってくれるー?」


「「はーい!」」


 ごはんの準備をしていた子供たちが、わらわらと駆けてくる。


 1個60万円の水晶を全員に渡して、ティリスが魔力の雨を降らせた。


「わっ……!」


 6つが割れて、3つが微かに光る。


 そんな中で、1つの水晶だけが、明確に光っていた。


「リンちゃん!? それ、大丈夫なの!?」


「えっと、わかんない……」


 光の量は、その子が持つ魔力の量を表している。


 微かに光る子が、1人だけでもいてくれたらいい。


 そう思っていたんだけど、


「嬉しい誤算ですわね」


 リンちゃんが持つ魔力は、魔法使いとして通用するレベルだ。


 切り札は必要だけど、小細工はいらなくなった。

 

「反撃をはじめましょう」


 胸の高鳴りを静めながら、私は優雅に笑ってみせた。

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