第11話 収穫をはじめましょう!

 可愛い子供たちと仕事をはじめて二週間。


「今日から、新しいお願いを追加するね」


 普段通りの口調で伝えた私の言葉に、子供たちがピンと背筋をのばした。


 私がなにも言わなくても、大切な話だって、わかってくれたみたい。


「一人暮らしをしている人。お年寄りだけの家の人。ケガの頻度が多い人」


 そこで一度言葉を区切り、子供たちの様子をうかがう。


 私はふわりと微笑んだ後で、言葉を続けた。


「みんなが仲良くなれた人たち・・・・・・・・・の中に、そんな人はいるかな?」


 不思議そうに首を傾げた子供たちが、考え込むように空を見上げる。


 目を輝かせていたり、ハッキリと頷いていたり。

 その中には、両手の指を使って数えている子もいる。


「いっぱいいる?」


「「うん!」」


 全員が目を輝かせて、うなずいてくれた。


 子供たちを使って、新しい人脈を作る。

 それが私の作戦だった。


 貴族は、生また瞬間から多くの人脈を持っているからね。

 生粋の貴族の目には、映りにくい景色だと思う。


「清潔な人は優しくされる。そのことはわかってくれた?」


「「うん!」」


 最近は、差し入れや新しい仕事を貰うことが増えたからね。


 言い方は悪いけど、


『汚い子犬と、綺麗な子犬。頭を撫でたくなるのはどっち?』


『くたびれたサラリーマンと、幸せそうなサラリーマン。一緒に仕事をしたいのはどっち?』


 つまりは、そういうこと。


 清潔で可愛い子供たちが、毎日挨拶してくれる。

 困っていたら手伝ってくれる。


 普通の人は、優しく接するようになるよね。


「優しくしてくれた人全員に、チラシを配るお仕事を追加します」 


 すかさずジェフが動いてくれて、荷台から紙の束をおろしてくれる。

 その中の一枚を引き抜いて、子供たちに見せた。


『あなたの家に、お薬を置きませんか?』


『お値段は、使った分だけ。後払いでいただきます』


 つまりは、配置薬。


 庶民向けの薬を5種類だけ、お試しで選んだ。


 薬を持ち逃げされる心配はあるけど、お客様の選定は私とティリスで徹底的にする。


 チラシ配りや営業で大切なのは、相手との関係築くこと。維持すること。


「詳しい話を聞きたいと言われるまでは、チラシを渡すだけにしてくれるかな?」


 積極的な勧誘は、逆効果になることが多い。

 頑張りすぎないのが、なによりも大切だ。


 現状での懸念点は、私と伯爵家が対立していること。


『・私に協力してくれる人に、誰も危害を加えない』


 そんな伯爵との契約を書いたけど、果たしてどうなるか。


 こればかりは、出たとこ勝負で行くしかない。


「今日も1日、ゆるゆるしましょう」


「「はーい!」」


 チラシを籠に入れた子供たちが、元気に笑ってくれる。

 普段と同じように、街での仕事をはじめてくれた。



 そうしてチラシを配って3日。


「フィーリアさま! 新しい契約をもらってきました!」


「うん。ありがとう」


 私は、目を輝かせる男の子の髪を優しく撫でていた。


「一応聞くんだけど、自分から勧めてないよね?」


「うん! ゆるゆるしてます!」


「えらいね。よくがんばりました」


 これで5件目。

 私の想定より早く、契約者が集まりはじめていた。


 私は改めて、持ってきてくれた家紋入りのハンカチに目を向ける。 


「ティリス。この家に心当たりは?」


「大きな果樹園を持つ家の物ですね。白い山の模様は、引退した会長さんが好んで使われています」


「わお。予想以上の大物が釣れたね」


 他の四件もそうだけど、過去に大きな商売をしていた人ばかり。


 新しいのもが好きなのか、新事業への様子見がしたいのか。

 ただのカンだけど、後者の可能性が高いと思う。


 引退した会長さんの名前での申し込みは、伯爵家と私が敵対しているから。

 現職の社長だと、伯爵の怒りが怖いんだと思う。


「平社員の名前にしないのは、私への配慮かな?」


「その可能性は高いと思われます。未払いの薬を預けるに足る人物の名が必要ですので」


「なるほどね」


 私が思っていた信用レベルをはるかに越えているけど、この世界にない販売形式だから、みんな手探り。


 なにはともあれ、取っ掛かりは出来た。

 引退した会長さんたちを中心に、ここから広めていけばいい。


「それでは、配置薬のおしごとをはじめましょうか」


「かしこまりました」


 なにも起きなければ、着実に販売網を広げられるだろう。


――そう思っていた矢先、予想通りの妨害が入った。



「薬は定価で買え。そうおっしゃりたいのですか?」


「いやはや。誠に申し訳ございません」


 薬屋を再生させる事業なのに、薬を売ることは出来ない。


 その理由は、製薬作業が滞っているから。


「直営店に卸す量の下限ギリギリの生産しか出来ていない状況でして」


 生産量が少ないのは、私が子供たちを連れ出したから。

 内部の労働力が足りていない。


 どう考えても伯爵の嫌がらせだけど、理屈は通っている。


「わかりました。それでしたら、店に並べられた物を定価で買いますわ」


「……え?」


「あら? それなら、いいのでしょう?」


 敵も色々考えていると思うけど、私の動きを見てから対処することになるからね。


 ある程度の嫌がらせなら、事前に予想出来る。


「毎日、私の子供たち・・・・・・に買いにこさせますわ」


「え、ええ……、はい。承知いたしました……」


 呆然と答える社長の後ろで、従業員たちが慌ただしく動いている。


 足の速そうな男の人が、伯爵家の方向に走っていった。


「それでは、失礼いたしますわ」


 バカな伯爵と一緒に、もっといい手を考えてくださいね。

 そんな思いを込めて微笑み、庭を抜けて秘密基地に帰る。


「ティリス。みんなが帰ってくる前に、これらの物を用意してくださる?」


「承知いたしました」

 

 事前に書き記していたメモをティリスに預けて、晴れ渡る青空を見上げた。


「出来れば、使いたくない手だったんだけどな」


 はぁ……、と小さな溜め息を付きながら、私は湧き上がる黒い笑みを噛み殺した。

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