第10話 新しいお仕事をはじめます!


 ゴミ捨て場の片隅に並び、みんなで朝の挨拶をする。


「「おはようございます!」」


「はい、おはようございます」


 本当に、小学校の先生をしている気分だ。


 朝日に照らされる子供たちを眺めながら、私は普段通りに微笑む。


「みんなは今日も可愛いね。お風呂は入ってくれたかな?」


「「うん!」」


「私たちのお仕事には、清潔感が一番大切です。わかりましたか?」


「「はーい!」」


 元気な声に満足しながら、私はひとりひとりの健康状態をチェックしていく。


 ・ごはんをいっぱい食べる

 ・最低でも7時間は寝る

 ・頑張りすぎない


 そんなルールのおかげで、子供たちの顔色は、見違えるほど良くなった。


 真新しい服のおかげもあるけど、周囲の奴隷たちとは明らかに違う。


「うん。大丈夫そうだね。今日からは、みんなに新しいお仕事をしてもらいます」


 緊張するかな? そう思っていた私の予想に反して、子供たちは目を輝かせている。


 やる気十分です! そんな感じに見えた。


 リーダーなったリンちゃんが、半歩だけ前に出てくれる。


「なにをすればいいですか?」


「ん~、ちょっと待ってね」


 知り合って4日目だけど、私を信じてくれた。そう思っていいのかな?


 ティリスから2枚の紙を受け取って、子供たちに見てもらう。


「派遣ギルドに行って、お仕事をもらってきました」


 ・街の清掃

 ・中央広場のゴミ拾い

 

 給金は、出来た量に応じて。


 ティリス曰く、6時間働いて銅銭1枚らしい。


 日給が120円。


 ブラック企業とか、そんなレベルじゃない。


「みんなには、このお仕事をしてもらいます」


 当然、食費の方が高くなるから、赤字は膨らむ一方だ。


 子供たちは戸惑った様子で、不思議そうに首をかしげている。


 抜けてしまった気を引き締めて貰うために、私は声音を令嬢の物に変えた。


「みなさまには、注意して欲しいことがいくつかありますわ」


 子供たちが、慌てて背筋を伸ばす。


 ごめんねと心の中で謝りながら、私はジェフが持つ藁の籠を手のひらで指した。


「あの中に、新しい衣類とハンカチが入っています」


 全部で4万円くらいの赤字だ。


 長年貯め続けたお小遣いが消えそうだけど、これも必要経費。


「肌が汚れたら、ハンカチで拭く。衣類が汚れたら、ここに帰って来てお着替えをする」


 令嬢の圧力を強めながら、私はさらに言葉を続ける。


「これは絶対ですわ。絶対に守ってくださいまし。よろしくて?」


「はっ、はい……」

「わかりました……」


 年長組の二人だけが答えてくれたけど、みんな戸惑いを隠せないみたい。


 だけど、これだけは絶対に譲れない部分だ。


「年齢に関係なく、みなさんで注意し合ってください。リンさん、頼みましたわよ?」


「はっ、はい! しょっ、しょうちいたしました!!!!」


 ピンと背筋をのばしたリンちゃんが、土下座しそうな勢いで頭を下げる。


 本当にごめんねと思いながら、私は貴族の仮面を脱ぎ捨てた。

 

「新しいルールを決めるね?」


 今度は、普段通りの優しい口調で。


 泣き出しそうなリンちゃんの頭をなでる。


「1つ目、頑張りすぎないこと」

「2つ目、街の人に挨拶をすること」

「3つ目、街の人を助けてあげること」


 こっちは努力目標って感じかな。


 私は子供たちに背を向けて、ジェフが持つ籠に手を入れた。


 うちわのような旗を取り出して、牛車の荷台に目を向ける。


「9歳以上の年長組さんは、藁でリュックを作ってください」


 どうやって編むのかは知らないけど、この子たちなら普通に出来るらしい。


 リュックは全部で4つ。


 その子の体に合わせるオーダーメイドだから、そこまで疲れないとティリスが言っていた。


「リュックの肩の部分に、この旗を差してお仕事をしてくれるかな?」


 みんなに見えるように、うちわのような旗を持ち上げる。



『バルハト魔法薬・


→ 三 女 様 の お 店 ←』



 矢印が目立つ、ジェフの手作り。


 本店の名前に目を向ける人は、皆無だと思う。


「改めて言うんだけど、このお仕事は、清潔感が一番大切だからね? わかったかな?」


「「はい!」」


 動揺まだあるけど、みんな従ってくれるみたい。


「それじゃあ、今日も一日、ゆるゆるしましょう」


「「はーい!」


 頑張りすぎない。

 清潔にする。


 それが私たちの合い言葉だ。



 そうして、街中での仕事をはじめて一週間。


「「おはようございます!」」


「うん。おはようございます」


 伯爵や薬屋の妨害はなく、私たちは順調にお仕事を続けていた。



 私の動きは、伯爵家の人々に伝わっているらしく、頭の悪いバカだと言われ続けている。


『頭が悪いとバカは、同じ意味ですわ』


 そう言い返したくなるけど、無駄な時間だよね。


 あの弟ですら、私の意図に気が付いていないみたい。


「子供たちの目的は、視線誘導だよね? 本命は? 次回予告だけでも! お願い、姉さん!」


「ん? 子供たちの動きが本命だよ?」


「もぉー。また、そうやってはぐらかす。……まあいいや、本命の動きを楽しみに待ってるね」


 気付かなくても仕方ないのかなと思う。


「広い視野と頭脳はあっても、生粋の貴族だからね」


 一般人たった私とは、根本が違う。


 それに、弟の周囲には大勢の護衛がいる。


「お忍びで街を見回ることは出来るけど、溶け込めはしないからね」


 街の人たちは気を使うし、伯爵様が気分を害すウワサは、絶対に言わない。


「部下を怒ると、報連相ほうれんそうが遅くなるからね」


 前世の上司にも、同じタイプが大量にいた。


 ずーっと、無駄にピリピリしてる人たちが。


「報告も連絡も相談も。気軽に出来る関係が一番いいと思うんだけどな」


 仕込んだ毒は、着実に進行している。


 そう思いながら、私は改めて、子供たちに目を向けた。

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