第18話 欠陥品の反撃!

『欠陥品が生意気な口をーー』


 騒ぎ続ける伯爵に背を向けて、私は周囲を流しみる。


 怯える子供たちに、牛車に乗るお客様。


 そこで揺れる旗を見上げていると、兵の1人が呟いた。


「王都の御用商人……?」


「へ……? おい、マジじゃねぇか」


「どういうことだ……?」


 ざわめきが広まり、伯爵の演説が停止する。


 伝令の兵が、豪華な牛車に駆け込んでいた。


内務卿ないむきょうの御用商人だと!?』


 そんな声が魔法にのって拡散し、ざわめきが強まる。


 牛車から飛び出してきた伯爵と薬屋の社長が、唖然とした顔で御用商人の旗を見上げていた。


 ちなみにだけど、もう1人のお客様は男爵家の商人。


 最強の兵を持つと言われる周辺伯の庇護下にある人物だ。


「お父様に確認いたします。この森は王家の所有物。わたくしはそう認識しているのですが、間違っていますでしょうか?」


 ここにある薬草は、伯爵領の生命線であると同時に、王国の重要物資でもある。


 金山や銀山と同様に、王家が保有して他家に貸し与える。そんな形式になっていた。


「なにを馬鹿な! 守護の森は、100年以上も我が伯爵家がーー」


「伯爵様!」

「お待ちください!!」


 暴走する伯爵を周囲の重鎮が慌てて止める。


 この森を巡る王家との対立は根深い物があり、決着はついていない。


 内務卿は、王家側で争いに関わっている人物だ。


「主要道路からこちらは、王家の土地」


 それが王家側の主張だ。


「伯爵家独自の法律は、適用外ですわ」


 海外で困った時は、日本大使館に亡命する。


 私は優雅に微笑んだ後で、背後にある旗を流し見た。


 内務卿の関係者がこの場にいるのは、偶然じゃない。


 私が呼んだから、彼はここにいる。


「この地でジュースを販売する許可は、こちらにありますわ」


 その許可取りに紛れて、伯爵の情報をリークした。


 権力争いを優位に進めたい王家と、王家の権威を借りたい私。


 伯爵家と違って、あちらは話が早くて助かる。


「ティリス」


「かしこまりました」


 軽く会釈をしたティリスが、立派な羊皮紙を掲げてくれる。


『王都営業許可証』


 王家が持つ土地で、物を売るための許可証だ。


 事前準備に抜かりはない。


 貴族らしい笑みを浮かべて、私は言葉だけの謝罪を告げた。


「誤解を招く行動をしてしまい、申し訳なく思っておりますわ」


 奥歯を噛み締める伯爵を見下ろしながら、私はクスリと笑う。


「ですが、せっかくの機会ですもの。奴隷の交換も、この場で済ませて仕舞いましょう」


 そんな私の言葉に、子供たちがピクリと体を震わせる。


 怯える子供を無視する形で、私は背後にいる牛車の中に目を向けた。


「天智商会さんは、奴隷の仲介も行っていると聞きます。仲介をおねがいでぎますか?」


「もちろんですよ。フィーリア様には、日頃からお世話になっておりますので」


 ゆっくりと降りてきた老紳士が、楽しそうに微笑んでくれる。


 私は大きく手を広げて、子供たちを見詰めた。


「この子たち全員が、私を主人と認めてくれました」


・従業員や奴隷が希望した場合、私が主人になれる


 薬屋の再建を引き受けたときに、決めてもらったルールだ。


「この子たち全員を引き取りますわ」


 お金は持ってる。


 子供たちが私に懐いているのは、誰の目にも明らかだ。


「おいくらですか?」


 微笑む私から目をそらして、薬屋の社長が伯爵を見る。


 伯爵は御用商人の様子をうかがった後で、舌打ちをした。


「奴隷の譲渡を認めよう。薬屋、いくらの値を付ける?」


「そっ、そうですね。我が社の奴隷は、特殊な訓練を受けた、優秀な戦力ですので……」


 などと言っているが、社長の視線は宙をさまよっている。


 伯爵の側近たちも、魔法を使う素振りが見える。


 テレパシーのようなもので、価格の相談をしているのだろう。


「全員で金貨1枚。それでいかがでしょう?」


 周囲はざわつき、子供たちの視線が地に落ちた。


 相場の120倍。法外な価格設定。

 間違いなく、伯爵の嫌がらせだ。


 慌てて前に出ようとする御用商人をその場に止めて、私は優雅に笑って見せた。


「交渉成立ですわね」


「は……?」


「ティリス」


「かしこまりました」


 売上の中から金貨を取り出して、ティリスが御用商人に渡してくれる。


 御用商人は、探るような目を私に向けた。


「よろしいのですか?」


「ええ。わたくし、お買い物は得意ですの」


「……承知いたしました」


 書き上げた保証書を私に、金貨を薬屋に渡してくれた。


 これで、子供たちは正式に、私の庇護下だ。


 敵の目を気にすることなく、多くの事が出来るようになった。


 そんな幸せな感情を噛み締めながら、薬屋の社長を流し見る。


「お安く譲って頂き、感謝しますわ」


 これは、強がりでもなんでもない。


 リンちゃんの魔法。クロノちゃんの戦闘術。

 みんなが築いてくれた人脈。


 私が作ってきた事業は、この子たちがすべてだ。


 今後の利益を思うと、金貨1枚は安過ぎる。


「仲介して頂き、有り難く存じます。お礼に魔法ジュースを差し上げますわ」


「これはこれは。フィーリア様の慈悲に感謝いたします」


 呆然とする伯爵たちを横目に見ながら、見守ってくれた商人にジュースを渡す。


 動揺が広がり続けている周囲の兵を見渡して、私はポンと手を叩いた。

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