第17話 大口の販売をはじめました

 薬屋から徒歩で30分ほどの距離にある森の中。


 本物の武器を持つ子供たちと一緒に、私は牛車の荷物をおろしていた。


「これで終了ね。ジェフ、次の荷物をお願い」


「うっす!」


 周囲は見通しが良い開けた土地で、伯爵領の主要道路が遠くに見えている。


 頭上には雨除けの布が張ってあり、周囲には魔法ジュースを入れた木箱が積み重なっていた。


「ティリス、在庫は順調?」


「はい。目標の二倍を達成しております。リン達が頑張ってくれました」


 そう言って目を向けた先では、リンちゃんたちが、リンゴジュースに魔力を注いでいる。


 魔法の訓練をはじめて1ヶ月。


 子供たちは、本当に上手くなってくれた。


「これが終わったら、みんなでお祝いしないとね」


 みんなで焼き肉パーティーをするか、カレーパーティーをするか。


 旅行に行くのもありかも。


 そんな事を思いながら、私は周囲を守る子供たちに目を向ける。


「クロノちゃんは? 大丈夫そう?」


「はい! ジェフ師匠と比べると、魔物の攻撃は単調で避けやすいです!」


 堂々と胸を張るクロノちゃんの背後には、仕留めたばかりのスライムが転がっている。


 はじめての実践を乗り越えて、リーダーとしての自信がついたみたいだ。


 だけど、過信は良くない。


「強い魔物がいるかも知れないから、気は抜かないこと。いいね?」


「はい! 安全第一でがんばります!」


「うん。よろしくね」


 体は小さいけど、伯爵家の兵より頼もしく見える。


 そうして準備を整える私たちの前に、一台の荷馬車が近づいてくる。


 今日は、宿屋の店主が、最初のお客さんみたいだね。


 馬車を止めた店主の前に男の子が進み出て、軽く会釈をする。


「本日は保存ジュースのみの販売です。いくつお求めですか?」


「木箱で24個もらえるかな? いくらだい?」


 えーっと、1本で中銅貨4枚で、木箱が12本入り。


 1箱が中銅貨48枚だから、これを大銅貨に換算してから、銀貨に……。


「木箱で24個だと、銀貨8枚です」


 ……うん。会計は、子供たちを信じよう。


 店主の顔色を見る限り、正解してるっぽいしね!


「それじゃあ、これで」


「ありがとうございます」


 貰った銀貨を貯金箱に入れて、領収書を渡す。


 子供たちみんなで木箱を荷馬車に乗せて、空の木箱を引き取った。


「4日後に、また寄らせてもらいますよ」


 そういって、伯爵領地から遠ざかる方面へと荷馬車を走らせる。


 伯爵領にある大型の宿屋は、周辺の街にも支店がある。


 購入した個数や向かった方向を見る限りだけど、周辺にある街を巡り、系列店の在庫にする予定なのだろう。


「木箱で48個、いただけますかな?」


「こちらは60個いただこう」


 そんな大口の客ばかりが押し寄せて、魔法ジュースが大量に売れていく。


 ざっと計算した限りだけど、今日の午前だけで、金貨10枚を超える売り上げだ。


「隣の領地で売ってきたのですが、儲けすぎましてな」


 そう言って、金貨を置いていく商人もいた。


 魔法ジュースの売れ行きは、順調そのもの。


 リンちゃんたちの生産数も順調に増加していて、金貨200枚なんて、あっと言う間に達成出来そうだ!


 そう思っていた中で、大量の兵士が遠くに見えた。


「フィーリア様!」


「うん、大丈夫。見えてるよ」


 中央には派手な牛車が歩いていて、伯爵家の旗が揺れている。


「これはまた、無駄にぞろぞろ引き連れて来たね」


 兵だけで200人はいると思う。


 私を捕まえに来たんだと思うけど、どう考えても過剰な戦力だ。


 それにしても、


「あの人たちに、保存ジュースを売るのはありだよね」


 最低でも二ヶ月は腐らない兵糧で、味は抜群にいい。


 リンゴの代わりに、野菜ジュースを使った製品を作るのもありかも知れない。


 そんな事を思いながら、私ははー……っと息を吐き出して肩をすくめた。


「すべてが計画通りで、本当に怖いな」


 敵の単純さが、普通に怖い。


 あんな人間がトップをしていて、伯爵領は本当に大丈夫なのだろうか。


「ティリス。お客様の誘導をお願い」


「かしこまりました」


 今は、製品の積み込みを待っている商人が2人いるが、逃げる気はないようだ。


 怯える子供たちと手をつなぐ私をよそに、ティリスが優雅に微笑んだ。


「招かれざる客が来たようです。みなさまは、我々の背後におさがりください」


 敵の戦力は圧倒的だけど、負ける気はない。


 そもそも、正面から戦う気もないからね。


「もし可能であれば、お力添えを頂けると幸いです」


 そうして準備を整える私たちを見据えて、伯爵家の兵が半円に広がる。


 ジリジリと距離を詰める中で、牛車の中から伯爵の声が聞こえた。


『欠陥品の三女に告げる! 犯罪行為を中止し、投降せよ! さもなくば、この場で処刑する!』


 魔法を使い、声を大きくしているのだろう。


 威圧感を出す魔法も乗せているらしく、子供たちの中には、涙ぐむ子も多くいる。


 そうして緊張が高まる中で、私は不思議そうに首を傾げて見せた。


「犯罪行為ですか? 私はただ、魔法ジュースの販売していただけですわ」


『!!!!』


 息をのむ声が魔法にのり、周囲に響く。


 次いで、怒気をはらんだ声が聞こえた。


『そのジュースは薬だと言っておろう! 欠陥品が販売して良いものではない!』


「あら? ですが、お父様? それは伯爵領の法律でしょう?」


 そう言葉を紡ぎながら、私はニヤリと笑って見せた。

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