第16話 違法薬の取り締まり
伯爵家にある応接室。
平伏する薬屋の社長を見下ろしながら、伯爵は眉間のしわを深くしていた。
「違法薬の取締は順調か? 徹底しておるな?」
「もちろんでございます。各ギルドを使い、街の隅々にまで、目を光らせております」
「うむ。あやつの悪足掻きも仕舞いだな」
三女の行動は予想より激しく、何度も面倒な事態になった。
だが、今度ばかりは本気で叩き潰す予定だ。
様子見や容赦という言葉は、存在しない。
「あやつに動きは?」
「ありません。大量の在庫を抱えながら、右往左往しているようです」
「ふむ。苦しむ姿が目に浮かぶな」
なにせ、増産体制を整えたタイミングを狙って、規制を作ったのだ。
あやつの資産は底をつき、借金にまみれている。
立ちはだかる法の壁を見上げて、絶望しているに違いない。
規制の成立を急いだため、商人たちに借りを作る形にはなったが、許容範囲だ。
「あとは、魔法ジュースの権利を奪えば、すべてが終わるな」
側近の命を助ける対価に権利をよこせと言えば、あやつも素直に渡すはずだ。
再建失敗を理由に婚約破棄を成立させ、伯爵家主導で魔法ジュースを普及させる。
いずれは、収益が見込める産業に育ってくれるだろう。
そんな勘定をしながら、薬屋の社長に目を向ける。
「魔法ジュースは、すぐに量産出来るのだな?」
「もちろんでございます! 我が社には、優秀な職人が多数在籍していますので」
「うむ。それもそうだな」
メイド1人と、100人の職人。
権利を確保してしまえば、負ける要素はない。
職人達はその日のうちに、現状よりも優秀な商品を仕上げることだろう。
「伯爵家のお墨付きを渡すゆえ、一日でも早い納入を頼む」
「心得ております」
「うむ」
規制に反発していた女共も、現物を渡せばおとなしくなるはずだ。
娘たちをなだめるのも、あと数日の辛抱。
「美容は女の権利などと、面倒な事をいいおって」
あやつらは、本当に面倒な生き物だ。
政治と私生活をわけろ! そう言いたくなる。
男共も、婚約者の機嫌取りに使いたいなどと、軟弱者ばかりで困る。
「良い後継者がおらぬな」
はぁ……とため息をつくと、薬屋がすかさず口を開いた。
「やはり、伯爵様の長期政権が、我々市民の幸せにつながるかと存じます」
「おぉ。やはりそうであるか」
貴族も平民も馬鹿だからな。
今後も正しく導いてやろう。
そう思っていた時、伝令の兵が応接室に駆け込んできた。
「職務につき失礼致します。三女様が魔法ジュースを販売している。そのような報告がきております」
「なんだと!?」
禁止した物を販売している!?
泣きついてくると思っていたが、自暴自棄になったか!
伯爵としての勘が叫んでいる、ここが攻め時だ!
「我が自ら捕らえに行く! 兵を持て!」
「かしこまりました!」
伯爵家から犯罪者が出るのは問題だか、自らの手で捕らえれば、汚点も最小限で済む。
それにしても、本当に厄介なことしかせぬな! あの欠陥品は!
おとなしく泣きついていれば、すべて片付いていたものを!!
そう思っていると、伝令が口を開いた。
「三女様は、守護の森にいるようです」
「……なに?」
慌てて薬屋を見るが、薬屋は不思議そうに首を傾げている。
守護の森は、様々な薬草が採れる豊かな森だ。
首都から近く、伯爵領の要と言っていい。
欠陥品は、なぜそのような場所に?
「森の中で、魔法ジュースを売っているのか?」
「はい。何人もの冒険者が、その姿を見たと報告しております」
「……ふむ」
森の奥は魔物の縄張りであり、逃走には不向き。
森の中であれば、発見され難いとでも思ったか?
「やはり知能が足りぬな」
資金の確保にこだわり、退路にまで考えが及んでいないのだろう。
バカな欠陥品だ。
「犯罪者となった三女を捕縛する! 山狩りの準備をせよ!」
「かしこまりました!」
素直に捕まれば、伯爵家からの追放で許してやろう。
森の奥に逃げれば、魔物に食われて仕舞いだ。
『平民に落ちる』か。
『死』か。
面白い二択だな。
「薬屋も我についてまいれ!」
「承知いたしました!」
近年は、こやつも弛んでおるからな。
我の武力を見せ付ける良い機会だ。
「市民の同行も許可せよ! 盛大な出発式を執り行う!」
「かしこまりました!」
欠陥品に任務を与えて3ヶ月。
胃が焼ける思いもしたが、最高の結果が転がり込んだ。
「出立する! 狙うは、欠陥品の首だ!」
「「「おう!!!!」」」
最新鋭の武具に、伯爵家が誇る騎兵。
市民が拍手で称える中を煌びやかな牛車が通っていった。
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