第3話 今日から本気です!

(うわぁー、めっちゃ人いるじゃん……)


 謁見の間には、200人を超える観客がいた。


 裁判長である伯爵はもちろん、5人の本妻と7人の姉弟たち。


 執事長や料理番、意地悪なメイド、一般客もいる。


(みんな暇なの? 仕事は?)


 そんな言葉が口から漏れたけど、間違っていないみたい。


 姉弟たちが肩を寄せて、私の顔を指さしている。


「囚人さん、とうちゃくー」


「あいつ、薬屋を倒産させて出世しようとしたってマジ? 頭足りてなくない?」


「手柄を欲するあまり焦ったのでしょう。あなたたちは、欠陥令嬢のようになってはいけませんよ?」


「「はーい」」


 ひそひそというには声が大きく、誰も止めようとしない。


 観客席にいるメイドたちも、ニヤニヤした顔で私を見ていた。


 暇つぶしの見世物。

 欠陥令嬢の没落ショー。


 いたぶられる私をみんなで笑いに来たみたい。


(こんな環境で育ったら、闇落ちするよね)


 家族だけでなく、周囲にいる全員が敵。

 あまりにもひどい環境だと思う。


 そんな中で、弟のアルストだけが、ワクワクした目を私に向けていた。


(面白いことを期待してるみたいだけど、お姉ちゃんはなにもしないよ?)


 ごめんねと心の中で誤りながら、部屋の中央に向かって歩いて行く。


 薬屋の社長は、すでにそこで待っていて、余裕の笑みを浮かべていた。


 メイドのティリスと庭師のジェフは、端の方に追いやられたみたい。


 苦しそうな表情で、神に祈っている。


(私は大丈夫だから。そんなに心配しないで)


 そう思う私の横を、意地悪なメイドが通り抜けた。


「バーカ」


 すれ違いざまに悪口を言われたけど、レベルが低くない?


 本当に、すごい環境だよね。


 そう思う私を尻目に、決算書を受け取った伯爵が、オホンと咳をした。


「バルハト魔法製薬に対する審議をはじめる」


 静まりかえる部屋の中で、伯爵が製薬会社の社長に目を向ける。


「この決算書に不備があると訴えられた。その認識に間違いはないな?」


「おっしゃるとおりです。倒産の危機を隠していると訴えられております」


「ふむ。会社の存続に関わる問題か」


 無理やり作り出したような、重苦しい声。


 伯爵の鋭い視線が、私に向いた。


「フィーリア・トリティート・バルフレーティッド。この訴えに、自身の存続を賭ける覚悟はあるな?」


「……え?」


 予想外の問いに、思わず声が漏れた。


 自身の存在を賭ける?

 どういう意味?


「おまえが負ければ、その命を貰うことになる。わかるな?」


 なんで??

 命を貰う? 奪われる?


 負けたら処刑されるってこと!?


「お待ちください! なぜそのようなお話にーー」


 驚きすぎて、思わず声が詰まった。


 そんな私を見て、伯爵が口角を吊り上げる。


「相手を潰そうとする者は、自分も潰れると知れ」


 いや、ぜんぜん意味がわからない。


 そんなことをしたら、裁判制度が崩壊するよ!?


 慌てて否定の言葉を探す私を尻目に、第二夫人が手を上げた。


「伯爵様。会社の存続と自身の命では、彼女の罪が重すぎる気がいたします」


「む? うむ。それもそうだな」


 助け船を出してくれた?


 一瞬そう思ったけど、それはありえない。


 第二夫人は、私のことが嫌いだ。


 そんな私の考えを肯定するように、伯爵が頷いた。


「であれば、側仕え2人の命を賭けることとする」


 伯爵の指先が、ティリスとジェフに向けられた。


 夫人たちの顔に、気味の悪い笑みが浮かぶ。


 メイドや執事が、ゴミを見るような目を2人に向けている。


「……」


 優秀な2人を私の側から排除する。それが、彼らの目的らしい。


 全身から冷や汗が流れ出す。

 腹の奥底が熱くなる。


「……そうですか」


 感情が抜け落ちたような声が、自分の口から出た。


 婚約破棄まで大人しくなんて、そんなこと、もうどうでもいい。


 あの2人を失うのは、絶対にイヤ。


「わかりました」


 どれだけ目立ってもいい。

 誰を敵に回してもいい。

 誰を犠牲にしてもいい。


「二人の命など、なまぬるいことはいいません。私のすべてを賭けますわ」


 怒りを拳に宿しながら、私は不敵に笑ってみせた。


 周囲がどよめいているけど、そんなものは関係ない。


 伯爵家の人間。

 メイドや執事。

 観客席にいる有象無象。


 敵ばかりの部屋を流しみたあとで、私は決算書の束を指さした。


「その決算書には、明確な不備があります」


 それは間違いない。


 遠目に確認したけど、数字はそのまま。

 普通の裁判であれば、普通に勝てる状況にある。


 だけどこれは、敵が仕組んだ罠だ。


「皆様の中で、決算書にお詳しい方はおられませんか?」


 まずは、敵の罠を食い破る必要がある。


 敵である伯爵が、不備を認める状況を作らないといけない。


「あら? そちらに居るのは、金融ギルドの会長さんですね?」


 新年の挨拶や伯爵主催のイベントなどで、よく見る顔だ。


 銀行や保険、証券などを扱うギルドの代表者。


「え……? あっ、私ですか? えっと……」


 面倒事に間に込まれると知りながらも、決算書に詳しくないとは言えない。


 渋々と言った様子で、会長さんは頷いてくれた。


「伯爵様ほどではないですが、人並みには……」


 伯爵の機嫌を伺うような視線を向けた後で、ゆっくりと前に来てくれる。


 大きな意味では伯爵の部下だけど、この人がいると、数字に説得力がでる。


 金融ギルドの会長。

 伯爵家の主要メンバー。

 大勢の観客。


「必要な人材がそろいましたわね」


 明確な勝ち筋を脳内でつなぎながら、私は両手を強く握りしめた。

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