第4話 ふざけないでください

 貴族らしく背筋を伸ばして、周囲を流し見る。


 黙り込む観客と、目を丸くする家族たち。

 敵の姿を眺めながら、私は優しい笑みを浮かべた。


「伯爵家の三女として断言致します。バルハト魔法製薬は、倒産しますわ」


 貴族としての地位を賭けた、全力の宣言。

 社長の顔から余裕が消えた。


 うろたえる社長の姿を横目に見ながら、私は金融ギルドの会長に微笑みかける。


「会長さんにお聞き致します。借金を借りる時は資産の7割まで。それがこの国のルールですわね?」


 不安そうに首を傾げながら、私は優しい口調で問いただす。


 会長さんは、伯爵の顔色を伺う素振りを見せた後で、戸惑いながら答えてくれた。


「三女様の仰る通りです。偉大なる国王陛下が、我々国民のために、そう定めてくださいました」


 簡単に言うと、100万円の資産を持つ人は70万円まで借金できる。

 国営銀行を倒産させないために作られた、国の方針らしい。


 そう決めたのは国王様で、伯爵の上位互換だ。


――だから、伯爵の援護を期待しても無駄だよ!


 そんな思いを込めて、笑顔で言葉を続ける。


「資産が減少して、借金の額を下回った場合。一年以内に改善出来なければ、倒産。あっていますでしょうか?」


「……はい。その通りです」


 聞きたいことは聞けた。

 会長さんは用済みです。大人しくしていてくだい。


「ティリス。例の物を持ってきて」


 私はそう言葉にしながら、弟のアルストに視線を向ける。


 一瞬だけ不思議そうな顔をしたアルストが、ハッと目を開いた後で、嬉しそうに笑ってくれた。


 ティリスは、不安げな表情を引き締めて、優雅に頭を下げてくれる。


「畏まりました」


 ちょっとだけ声が震えているけど、足取りはいつも通り。

 弟とすれ違うときに、さりげなく、紙の束を受け取ってくれた。


 ティリスが私の隣に立ち、受け取った紙に魔力を込める。


 そんなティリスの動きに合わせて、私は優雅に微笑んだ。


わたくしが・・・・まとめた資料を皆様にお見せ致しますわ」


 ティリスが光の魔法を使い、弟が抜粋した決算書を空中に映してくれた。

 数字はすべて、伯爵が持っている決算書と同じもの。


「こちらは、過去5年の売り上げと利益、借金の総額。担保となっている資産の推移です」


 勝手なことをするな! とばかりに、伯爵と社長が私を睨んでいるけど、無視でいい。

 全員、敵だ。


「この数字が信じられない方は、商業ギルドで原本を確認して頂けると幸いですわ。大きな企業の物は、すべて閲覧できますもの」


 そうですよね? と言った感じで、金融ギルドの会長に目を向ける。

 会長さんが、渋々と言った様子で頷いてくれた。


 客席のざわめきが、大きくなっていく。


『借金が金貨200枚で、担保が400枚? 問題ないよな?』

『なにがやばいんだ?』

『欠陥令嬢はバカだった。それだけの話か』


 悩む者が半数。

 笑う者が残りの半分。


 伯爵ですら、問題の本質に気が付いていないように見える。


 そんな中で、第二夫人が声を荒げた。


「なにが決算書ですか!」


 全員の視線が集まり、彼女が更に吠える。


「わたくしたちは、このような物を見に来たのではないのです! 早く処刑されなさい!」


 建前を投げ捨てた暴言。

 ただの悪口。


 貴族にあるまじき行為だけど、周囲も第二夫人の言葉に同調する。


 誹謗中傷や罵声が飛び交う中で、私は貴族の笑みを深めて見せた。


「あら? お義母様は、おわかりになられませんの?」


「……なんですって?」


「お父様はまだしも、お義母様ならわかると思ったのですが。残念ですわね……」


 馬鹿にするような目を向けながら、扇子で口元を隠す。


 第二婦人は大きく目を見開き、怒りで顔を染めた。


 彼女が何かを言うより早く、私はティリスに手のひらを向ける。


「わたくしの化粧水を瓶のままくださる?」

「かしこまりました」


 愛用の化粧水を受け取り、敵の様子を観察する。


 不思議そうにする者が大半。

 特に男性陣は、首を傾げている。


 そんな中で、第二夫人が拳を握りしめた。


「不敬罪で死にたいようね! 伯爵夫人であるわたくしを――」


「この化粧水なのですが。本当に良い香りがしますの」


 ヒートアップする彼女の言葉を遮り、私は瓶の蓋を開いた。


 ラベンダーの香りが、周囲に広がる。


 怒りで顔をしかめる第二婦人が、扇子の先で瓶を指差した。


「そのようなゴミがなんだと言うのですか! ラベンダーなど時代遅れ! 恥を知りなさい!」


 怒りで呼吸を荒くする彼女が、愛おしく思える。

 怒りで我を忘れるお馬鹿さんは、扱いやすくていい。


 わざとらしく微笑みながら、私は資産の欄に黄色いマーカーを塗った。


「ラベンダー、麝香じゃこう、ブーケ、ローズ」


 そこまでして、自分が利用されていると気が付いたのだろう。


 第二夫人は奥歯を噛み締めながら、右手を強く握りしめる。


 そんな彼女に向けて、私は言葉を続けた。


「これらの香りが入った化粧品は、時代遅れなのですか?」


 流行の移り変わりは早く、貴族は流行の最先端にいる必要がある。


 欠陥令嬢と呼ばれる私だけど、流行自体は知ってる。


 ラベンダーのブームは二年前。

 ブーケは去年で、麝香じゃこうにいたっては五年も前の流行品だ。


「資産価値に金貨200枚と書かれているこれらの化粧品なのですが。金貨10枚で売ると言われたら、お義母様はお買いになられますか?」


「……それは」


 私を陥れるためには、高値で買うと言うべき場面。

 だけど、ライバルである他の夫人が周囲にいる。迂闊な発言は出来ない。


 私はさらに笑みを深めた。


「金貨1枚ならいかがでしょう? 資産価値にして200枚の物ですよ?」


 99%オフのお買い得セール。

 第二婦人は怒りで顔を染めながら、黙り込んでしまった。


 殺気がこもる視線向けられながら、私は優雅に微笑む。


「他のお義母様や、お姉様、可愛い妹たちはいかがですか? こちらの化粧品を金貨1枚で買う方はいませんか?」


 騒がしかった部屋は静まりかえり、奥歯を噛みしめる音だけが聞こえる。

 資産価値の横に、大きく×を書いた。

 

「どう致しましょう。こちらの資産に金貨200枚の価値はないみたいです」


「……」


 周囲にいる全員が、否定の言葉を探しているのだろう。


 だけど、残念でした。

 退路はすべて閉じてある。


 逃げ道はないよ。

 

「もう一度言いますわね?」


 ゆっくりと時間をかけて、私は敵を見渡した。


「バルハト魔法製薬は、破綻しますわ」


 口元に扇子を当てて、私は優雅に微笑んで見せた。

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