第5話 息の根をとめます

 資産価値・金貨400枚。そう書かいてある部分を二重線で消した。

 その横に200枚と書く。


「美容品以外にも、価値のない資産がありそうに思えますわ」


 どう致しましょう。困りました。

 そんな顔をして、伯爵に視線を向ける。


 もちろん、指摘する物の目星は付けてある。


 だけど、これ以上は必要ない。


「資産は金貨200枚に減り、借金も200枚になりました」


 現時点で、倒産寸前。


 私は、過去五年分の損益が書いてある部分を赤いマーカーで囲んだ。


「どう致しましょう。赤字が拡大していますわ」


 5年前はギリギリ黒字で、4年目から赤字の額を増やし続けている。

 私がトドメをささなくても、敵は勝手に消滅する。


 自分の手を汚さなくて済むのなら、それが一番いい。

 自爆のような反撃が、面倒で怖い。


「わたくしの懸念は以上ですわ。どうしたしましょう?」


 残りの処理は、伯爵に任せるのがいい。

 そうすれば、伯爵のプライドを傷付けずに済む。


 だからこれで、うまくいくはず。


 そんな私の甘い考えを伯爵が一瞬で踏み潰した。


「そもそもの話になるのだが、この数値は本当に正しいのか?」


「……へ?」


 予想外の問いかけに、変な声が漏れた。


 私は大きく目を見開いて、伯爵を見る。


 この数字が正しい根拠?


「商業ギルドにある原本と同じ数字です。ですので――」


「その原本が正しいと、なぜ言い切れる?」


「え……?」


――なぜもなにも、国に提出された資料ですよ!?


 そんな私の思いを表すように、観客席や姉弟たちもざわついている。


 伯爵は軽く咳払いをした後で、決算書を指さした。


「決算書など、所詮は人間が書いた物であろう。間違いがないと何故言い切れる?」


 伯爵が勝ち誇った笑みを浮かべるているけど、言っていることがめちゃくちゃだ。


 倒産の話なのに決算書を信じないなんて、暴論以外の何物でもない。


「例えばの話になるのだが、借金は金貨20枚の間違いだったのではないか?」


「……」


 質問の形をした決定通知。

 伯爵の権力を使えば、借金を消し去ることは容易に出来る。


 伯爵本人が出向いて借金相手に圧力をかければ、相手が自主的に・・・・・・・借金額を訂正する。


 もちろん、そんなことをすれば、伯爵に恨みを持つ者は増えるんだけど……、


「お父様自らが、決算書の不備を調査されるのですか?」


「うむ。バルハト魔法製薬は、我が領地における重要な企業だ。我が動くべきであろう」


「……そうですか」


 恨みを買うデメリットをより、私を追い込むメリットの方が大きいらしい。

 200人を超える観客を流し見た後で、私はゴクリと息をのんだ。


 多くの市民が観客にいる状況で、不信が残る判定は出せない。

 そう思い込んでいたけど、その見積りが甘かったみたい。


市民の方々・・・・・がやること、ですものね」


「うむ」


 観客に居る人間やその周囲を敵に回しますよ? そんな意味を持たせた言葉も、普通にスルー。


 伯爵の心は、強く決まっているみたい。


 私の主張は、数字があって成り立つものばかり。

 数字に不正の手をいれられると、根底から覆る。


「……わかりました」


 金融ギルドの会長や市民達は、しらけた目を伯爵に向けている。


 そんな人々とは対照的に、伯爵家の人間は、意地の悪い笑みを浮かべていた。


(はい、終了)

(私は頭がいいですよー、みたいな顔をして、本当にむかつくわね。あの欠陥品は)

(処刑は母に任せてください。生かさず殺さず、ゆっくり遊びましょう)


――本当に、腐った人間しかいない。


 風向きは、敵が有利。


 観客を味方に付けても意味がない。

 数字で経営難を訴えても、不正が入れば負ける。


 現状を覆すためには、国王が決めたルールのような、伯爵より上位の存在が必要になる。


 私は、決算書に背を向けて微笑んだ。


「他にも指摘したい部分があるのですが、よろしいでしょうか?」


 そう言葉を紡ぎながら、勝ち筋をたぐり寄せる。

 伯爵が持つ手札と、私が持つ手札を見比べる。


 敵が持っていない物はなにがある?

 今は、時間を延長するだけの作戦でもいい。


 なにか、有効な手は――


「あのー、ちょっといいですか?」


 声がしたのは、姉弟達がいる列の中。


 兄達に埋もれるように、小さな手が上がっていた。


「アルスト?」


 ひょっこりと顔を覗かせた弟が、こちらに歩いてくる。


 弟は私と視線を合わせることなく、伯爵に目を向けた。


「お父様に面白い提案があります。お耳を貸してくれますか?」


「む?」


 不思議な伯爵に近付き、弟が足を止めた。


 私に背を向ける形で、弟は自分の口元に手を添える。


「このどうしようもない会社の再建を欠陥品の姉に任せる。と言うのはどうでしょう?」


 ひそひそと話す素振りをしてるけど、私や姉弟達に声が届いている。

 頭のいい弟のことだから、声のボリュームは、たぶんわざと。


 私にというよりは、姉弟達に聞かせているように感じる。


「魔法が使えない姉に、魔法薬系の再建は無理ですよね? 失敗の責任を押しつけて、婚約を解消させましょう」


「……ほう?」


 伯爵の口角が上がり、面白そうな笑みが浮かんだ。

 そんな伯爵に合わせるように、弟も腹黒そうな笑みを浮かべる。


「万が一にも有り得ないと思いますが、成功報酬には、この腐った会社を渡す形にする。そうすれば、我々の懐は痛みません」


「む? 報酬など必要あるのか?」


「欠陥品を釣り上げるためのエサですね。必死に頑張った後に失敗する欠陥品の姿を見たくはないですか?」


「うむ。確かに面白いな」


 伯爵の表情が、穏やかに晴れていく。

 数字の不備など忘れたと言いそうな顔で、伯爵が客席を見渡した。


 伯爵は大きく胸を張り、表情を整える。


「本件の決議を言い渡す。バルハト魔法薬は倒産の危機にあると認定し、問題提起をしたフィーリア・トリティート・バルフレーティッドに、バルハト魔法薬の再建を命じる」


 弟の提案が採用された形だ。

 客席に動揺が広がる中で、弟が口を開いた。


「欠陥品が苦しむ時間を長めに――じゃなかった。再建の猶予は、一年がいいと思います。通常の倒産回避と同じ日数であれば、民衆からの不満もでないでしょう」


「うむ。猶予は1年。その手腕を持って、金貨二〇〇枚の借金を返済せよ! 以上だ」


 客席の動揺は更に広がり、姉弟や夫人たちがニヤニヤ笑う。

 誰ひとりとして、借金返済出来ると思っていない。


(姉さんの計画を邪魔しちゃってたらごめんね)


 そう呟いて席に戻る弟の言葉に、


婚約破棄・・・・と子供達の幸せ、どっちがいいか考えておいてね』


 裁判の前に聞いた言葉が、私の脳内を巡っていた。

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