第6話 お仕事をはじめます!

「どうして、こうなっちゃったのかな」


 熱くなってしまった裁判の翌日。

 私は昨日と同じように、遅すぎる牛車に揺られていた。


 御者席にはジェフがいて、対面にはティリスがいる。


「全部、昨日と一緒。裁判が嘘みたい」


 唯一の変化は、『再生請負人』の任命書を私が持っていること。


 2人が側にいられる結果になったのは、本当に良かった。

 その結果を勝ち取ってくれた弟のアルストには、心から感謝してる。


 だけど、


「どうして、こうなちゃったのかな」


 何度目になるかもわからない言葉を呟いて、私は牛車の低い天井を仰ぎ見る。


 薬屋の再生に失敗した場合、私は婚約破棄の罰を受けることになった。


 それ自体は大丈夫。

 時期が早くなる懸念はあるけど、一応は原作通り。


「だから、婚約破棄はウエルカムなんだけど」


 プロローグすら始まっていないのに、『再生請負人』を手に入れる主人公ってヤバいでしょ。


 原作から、すっごく遠くなってしまった。

 薬屋の再生が成功しても失敗しても、私が知る小説から離れてしまう。


「まあ、2人がいなくなるよりは、ぜんぜんいいんだけど」


 危ない橋を渡らずに、幸せになりたかった。

 一応、いろいろ考えたけど、打開策は見付からない。 


――だったら、より良い未来を目指すのがよね!


 そんな結論に至った私は、13歳の弟を伯爵の部屋に突撃させた。


 立ってる者は、幼い弟でも使え! ってことで、私は3つの権利を伯爵から奪い取った。


・私に協力してくれる人に、誰も危害を加えないこと


・問題になった金貨二〇〇枚の美容品は、私が無料で貰うこと


・従業員や奴隷が希望した場合、私が主人になれること


 破格とまでは言えないけど、薬屋立て直しの勝算はグンと伸びた。


「アルストには、足を向けて眠れないな」


 裁判中にも、私を助けてくれたしね。

 優秀で優しい弟があの場にいなかったら、2人を失う最悪の結果になっていたかもしれない。


 だけど、最善の結果とは言えないよね。


 はぁー……、と深い溜め息を付いて、私は牛車の外に広がる曇天を見上げた。

 厚い雲はいまにも泣き出しそうで、私の心を映しているように見える。


 牛車がギーっと音を立てて薬屋の前に止まる。

 ティリスが席を立ち、私を牛車から降ろしてくれた。


「お嬢様は、周囲に厳しくなった方がよろしいかと思われます」


 平坦な口調で言ったティリスが、優しく微笑んでくれる。


「お嬢様の幸せが第一です。いざと言うときは、我々を捨てる覚悟をお持ちください」


 優しいけど厳しい。そんな口調だった。

 裁判中に起こした私の行動に対しての注意だろう。


 この世界の常識で考えると、ティリスが言っていることは正しい。

 そうは思うけど、受け入れることは出来そうにない。


「怒るよ?」


 半分本気で、半分冗談。


 私のためを思った優しいアドバイスだから、本当に怒るつもりはない。

 でも、怒りたくなったのは本当。


 2人がいない生活は、絶対にイヤ。


「お嬢様は、本当にお優しい人ですね」

「ティリスほどじゃないよ」


 ティリスの手を取って、薬屋の入口を通り抜ける。

 私の顔を見た店員が駆けだして、店の奥から社長が出てきた。


 穏やかな笑みを浮かべた社長が、もみ手をしながら近付いてくる。


「お早いお着きで助かります。本日より、我が社の再生を請け負って頂けると聞いております」


「ええ、その通りですわ。早速ですが、製造現場に案内して頂けるかしら?」


「もちろんでございます。お足元にお気を付けになって、こちらへ」


 社長の笑みを見れば見るほど、気分が悪くなる。

 どう考えても、なにか企んでいるように見える。


 そんな私の思いに答えるように、社長さんが足を止めて振り向いた。


「伯爵様から『強制は出来ぬが、出来る限り手伝ってやれ』そう聞いております」


 そこで1度言葉を切り、社長は残念そうに首を横に振った。

 悔しそうな表情を浮かべながら、拳を握る。


「ですが、職人はプライドの高く、私の命令を聞かない者も多数在籍しておりまして」


 いやはや、お恥ずかしい。そんな言葉を飲み込むように、社長さんが目を伏せた。


 薄っぺらい言葉に、気持ちの悪い笑み。

 すべての言葉が嘘だと思う。


「つまり、職人は私の命令を聞かない可能性が高い、そんな状況なのですね?」


「残念ながら、その通りでございます。努力を続ける所存ではいますが、なかなか厳しい状況でして……」


「そうですか」


 努力を続けるなんて、絶対にウソ。

 伯爵が、裏で糸を引いているんだと思う。


「予想通り過ぎてめんどくさい」


「……え?」


「いえ、なんでもありませんわ」


 おほほほ、と笑いながら、私は扇子で口元を隠した。

 どんな妨害をしてくるかなって思ってたけど、伯爵は一番幼稚な選択をしたね。


「わたくしのお手伝いをしてくださる方への罰は禁止ですが、お手伝いの強制は、お約束していませんでしたわね」


「……え、ええ。いやはや、お恥ずかしい」


 私とティリス、ジェフの3人だけで、金貨二〇〇枚を稼ぐことは不可能。

 仮に稼げたとしても、製薬会社を再建したことにはならない。


 そんな考えなんだと思う。


「でしたら、案内は不要ですわ」


「……え?」


「聞こえませんでしたの? 御自身のお仕事にお戻りになっていいですわ」


 無駄な人材どころか、邪魔しかしない人間がいるのは迷惑だからね。

 そんな思いを込めて微笑むと、社長さんは渋々と言った様子で立ち去った。


「欠陥品風情が」


 背後から捨て台詞が聞こえたけど、私は自由の身を手に入れた!


 もう、後戻りは出来ない!


「目指せ、金貨二〇〇枚!」


 改めてそう言葉にした後で、私はティリスに目を向ける。


「ちょっとだけ大変だと思うけど、手伝ってくれる?」


「もちろんです。フィーリア様が進む道は、幸せにつながっている。そう確信していますので」


「ん~……。出来ることなら、自分の部屋に引きこもりたいんだけどね」


 冗談交じりに微笑みながら、私は薬屋の奥に目を向けた。

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