第7話 薬屋のゴミ捨て場

 私が立て直すことになった薬屋は、販売所と製薬所が併設されていた。


 簡単に書くと『店→倉庫→工場→庭→ゴミ捨て場』そんな感じ。


「普通の令嬢なら、庭の向こうには、絶対に行かないよね」


 残念ですが、わたくしは普通の令嬢ではありませんわ。おほほほ。


 なんて思いながら、私は庭の目隠しを越えて、ゴミ捨て場に足を踏み入れた。


 大きな石と雑草で覆われた、広い土の地面。


 至る所にゴミが散乱していて、青緑色の液体や割れた薬瓶が、目線を越える高さにまで積み上がっている。


「予想以上に酷い」


 あまりにも雑な不法投棄だ。


「この会社、ゴミの撤去費用だけで倒産しない?」


 相場は知らないけど、安くはないと思う。


 これが日本なら、即日 営業停止!

 なんだけど、伯爵領ではセーフらしい。


「違法だったとしても、伯爵が隠蔽するけどね」


 はぁー……と大きな溜め息を付きながら、私はゴミ捨て場の最奥に目を向けた。


 薄い木の板で作られた小屋がある。


 雨風にさらされて、屋根はボロボロ。

 ドアは地面に落ちていて、建物自体も大きく傾いている。


「これはさすがに、どうかと思うよ」


 人間が住む場所には見えない。

 管理者がいなくなった山小屋。山奥の廃墟。


 そう思いながら、私はティリスに目を向けた。


「これが、普通の奴隷の待遇、なんだよね?」


「はい。これが普通です。私もこのような場所で育ちました」


「……そうなんだ」


 小屋の中には10人くらいの子供がいて、壁の隙間から私達を見ていた。


 服はボロボロ。

 ムチで打たれていた少女の姿もある。


「みんな、幼いんだね」


「はい。年齢が高くなれば、売却することが出来ますので」


「……なるほどね」


 経営が傾いた時点で、売れる者は売った。

 そうして売れ残ったのがこの子たち。


 考えるだけで寒気がする。


 私は大きく息を吸い込んで、曇天の空に向かって吐き出した。


「原作を全部破壊してもいいかもね」


 プロローグが始まる前に、自力で幸せになった悪役令嬢がいてもいいと思う。


 私は周囲を流し見た後で、運搬用の出入り口に目を向けた。

 見覚えのある牛車が、こちらに向けて歩いている。


「ジェフは、うまく立ち回ってくれたみたいだね」


 ほっと胸をなで下ろしながら、私は貴族の笑みを浮かべた。

 警戒する子供達を横目に、偉そうに胸を張る。


「ティリス、例の物を」

「承知いたしました」


 薬屋従業員のボイコットは予想済み。その対策も用意してきた。


 ティリスは、折りたためる水差しを取り出して、その中にハチミツを注いだ。

 すりおろしたリンゴを入れて、水差しに手をかざす。


「<魔力6の代償に、飲み水を精製せよ>」


 ティリスの魔力が水に変わり、水差しを満たしていく。

 そんなティリスの魔法に紛れて、私も、ポケットに隠してあった魔法薬を水差しに入れた。


 大きなスプーンで混ぜて、紙コップに注いでくれる。


「心地よいリンゴの香りがいたしますわ」


 子供達の様子を見ながら、私はゴクゴクゴクと喉を鳴らした。


 手を腰に当てながら、くぅー! と唸る。


「リンゴもハチミツも、甘くて美味しいですわー!」


 ちょっとだけ演技はしたけど、美味しいのは本当。


 新しいコップにジュースを注いで貰いながら、私は子供たちに目を向けた。


「皆様はじめまして。伯爵家の三女、フィーリアと申します」


 貴族の笑みを深めたけど、子供達の反応はいまいちだ。


 気力を感じない目が、ぼんやりと私を見ている。


 近付く牛車を流し見た後で、私は優雅に微笑んだ。


「こちらの美味しいジュース。飲みたくはありませんか?」


 大きく目を開いた子が3人くらい。

 警戒心を強めた子が5人かな。


「お仕事をしてくださる方に、ジュースをプレゼントいたします」


 数秒だけ間が空いて、子供たちがひそひそと言葉を交わしはじめた。


 この世界は、甘味全般が贅沢品。

 リンゴやハチミツは、記念日などに食べるちょっとした贅沢で、誕生日ケーキのイメージが一番近い。


 奴隷であるこの子たちにとっては、ある種の憧れだと思う。


「わたくしのお仕事は、この薬屋さんを良くすること。どなたか手伝ってくださいませんか?」


 従業員とは違って、この子たちに『手伝うな!』と命令しているとは思えない。

 仮に命令されていても、引き抜きが成功すれば私の勝ち。


 弟がもぎとってくれた制約が、この子たちを護ってくれる。


「1日3食のお食事もお約束いたしますわ」


 奴隷にとっては破格の報酬らしい。

 それでも、会社と敵対することに戸惑い、みんな二の足を踏んでいた。


 そんな中で、ムチで打たれていた少女が、ゆっくりと近付いて来てくれる。


「あの、えっと、わたしでもいいですか……?」


「うん。もちろん。ゆっくり飲んでいいからね。おかわりもあるよ」


 釣れた! 本当にありがとう!!


 紙コップを両手で持った少女が、ゆっくりと口を付ける。


 唇をぬらして、目を見開いて、瞳を輝かせる。


「おいしい、です……」


「そっか。いっぱい飲んでいいからね」


 弱った胃へのダメージが心配だけど、混ぜた薬が効いてくれるはず。


 祈るように見守る私を横目に、遠巻きで見ていた女の子が、シュースを飲む手に触れた。


「ねぇ、リンちゃん、怒られるよ……?」


「いいの。死んじゃうまえに、ごはんをいっぱいたべてみたい」


「……そっか。そうだよね」


 ボロボロの服を握った女の子が、覚悟を決めた目を私に向けた。


「わたしもお手伝いがしたいです。お願いします」


 言葉が出ない私を尻目に、ティリスがジュースを注ぐ。

 様子を見ていた子供達が、私たちの周囲に集まりはじめていた。

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