第14話 リンゴジュースはじめました!

 二種類のジュースを手にとって、片方をリンちゃんに手渡す。


「飲み比べてみる?」


 戸惑う気持ちはわかるけど、先入観を持って欲しくない。


「他のみんなにも後で飲んで貰うから、遠慮しなくていいよ」


「……わかりました」


 恐る恐ると言った様子で、リンちゃんが薬瓶の蓋をはずす。


 ゆっくりと口を付けて、目を見開いた。


「すっごくおいしい……?」


 思わず漏れた。

 そんな声だと思う。


「ブドウジュースも飲んでみて」


「はい!」


 キュポンと蓋をあけて、ためらうことなく口に運ぶ。


 赤いジュースをゴクリと飲んで、幸せそうに笑ってくれた。


「こっちもすっごく美味しいです!」


「いつも飲んでるジュースと違う?」


「はい! こっちの方が、すっごいです!」


 よかった。


 試飲は大成功。

 リンちゃんの恐怖も薄くなったみたい。


「リンちゃんには、こんな感じのジュースを作って貰います」

 

「え……? えーっと……」


 大きな目が私を見た後で、ジュースを見る。


 助けを求めるようにティリスも見たけど、隠し事はここまで。


「このジュースには、魔力が入っています」


 リンちゃんはコテリと首を傾げて、ジュースをまじまじと見つめた。


 魔力を目で見ることは出来ないけどね。


「美味しいのは魔力のおかげ、ってことですか?」


「そういうこと。作り方は、薬と一緒かな」


 漢方や薬草の代わりに、リンゴやブドウを使った。それだけのこと。


 効果は美味しいだけじゃなくて、注いだ魔力が防腐剤になってくれる。


 ティリス曰く、最低でも一年は保存出来るらしい。


「美味しい保存食。売れると思うんだよね」


 問題は、中級薬品並の魔力を消費すること。


 作る難易度も、中級薬品と同じくらいであること。


 製薬とは感覚が違うらしく、1から覚える必要があること。


「魔力入りの保存食って、聞いたことある?」


「いえ、ありません」


「そうだよね。たぶんだけど、世界初なんじゃないかな?」


 思いついた人はいると思う。だけど、普及はしていない。


 美味しいジュースと薬だったら、薬の方が儲かるからね。


 でも、配置薬との親和性は抜群に高い。


「ゆっくりでいいから、作れるようになって欲しいな」


 表向きは、ティリスが作っていることにする。


 社長の前で魔力を見せたのも、そのため。


『ティリスの膨大な魔力を部屋に充満させて作っている』


 敵はそう思うはずだ。


「それと、ここからは本当に危険な話だから、注意して聞いてね?」


 背後に控えていたティリスが、防音魔法を強めてくれる。


 ここからが、本当の切り札。


 表情を引き締めるリンちゃんに、持ち歩いていた水晶を手渡した。


「光るように念じてくれる?」


「えっと、わかりました」


 私のような例外を除けば、一歳児でも出来る動作らしい。


 ティリスの手を借りた時より弱いけど、リンちゃんは普通に光らせてくれた。


「この光は、その人が持っている魔力の量で強さが変わります」


 貴族は多く、市民は少ない。


 産まれた時に量が決まり、がんばっても増えない。


 リンちゃんの魔力は、普通の職人レベルだ。


「お腹のあたりから、魔力が流れる感じはする?」


「はい。なんとなくですが」


「その感覚に意識を向けてね」


 リンちゃんの背後に回って、彼女の背中に両手をつけた。


 私の魔力をリンちゃんの中に注いでいく。


「え……?」


「集中しててね」


 ティリス曰く、言葉に出来ない、奇妙な感覚らしい。


「入ってくる魔力を自分の物だと思って」


「わっ、わかりました!」


 リンちゃんが持つ水晶の光が、時間とともに強くなっていく。


『自分の魔力を分け与える』


 私だけが持つ特別な力で、婚約破棄後にざまぁ出来る理由だ。


「絶対に、誰にも言わないでね」


「はっ、はい!」


 婚約破棄より早く世間に知られた場合、どうなるのか検討も付かない。


 そんな危険はあるけど、本当に強力な切り札だ。


「このまま幸せになるしかない」


 配置薬で儲けるスローライフ!


 そんな気持ちを胸に、私はリンちゃんに魔力を注いでいった。



「これでいっぱいかな」


 増やせる量は、その子が持つ素質に依存する。


 一度増やしてしまえば、最大値まで自然回復するようになる。


「魔力が減って疲れたな~、って思ったら言ってね。補充するから」


 持ち運べる魔力のバッテリー。そんな役目も出来る。


 ラノベの主人公らしい、チート能力だ。


「ティリス。リンちゃんにジュースの作り方を教えてあげて」


「承知しました」


 最初は、水に魔力を注ぐ練習から。


 私は見守ることしか出来ないけど、伯爵令嬢らしくていいと思う。


 ちなみにだけど、私の魔力はリンちゃんの200倍。


 何度でも補充出来るから、湯水のように使ってほしい。



 そうして魔法の練習をはじめて4日。


 私は家紋入りのハンカチを持って、果樹園を訪ねていた。


 ハンカチをくれた会長さんが目の前に座っていて、周囲には美味しそうなリンゴが実っている。


「こちらは、わたくしが開発中の商品ですわ。試飲していただけませんか?」


 背後に控えていたティリスが、白いジュースをテーブルに置いてくれた。


 薬瓶に入ったジュースを手にとって、会長さんが目を細める。


「ほほう、儂を相手にジュースの試飲ですか」


 リンゴ農園に、リンゴジュースを持ち込む。


 宣戦布告と間違われても仕方がない。


 そう思うけど、真意は飲んで貰えばわかるはずだ。


「わたくしとしては、お友達になれると思っていますの」


「……ほほぉ?」


 警戒心を強めた会長さんが、リンゴジュースを蓋をはずす。


 香りをかいで、ゆっくりと口を付けた。


 ゆっくりと吟味したあとで、ニヤリと口元を緩める。


「リンゴを使った魔法薬ですな?」


 薬瓶に入れて持ち込んだら、そう思うよね。


 でも、


「わたくし、製薬の免許は持っておりませんわ」


「……あくまで、ジュースの類であると?」


「そうですわね。あえて名前を付けるのであれば、魔法のジュースでしょうか」


 薬に認定されるには、特定の成分が必要だからね。


 リンゴと魔力だけで作っているから、間違いなくジュースだ。


「わたくし、この商品に使う果実の仕入れに困っていますの」


「……なるほど。そういうお話ですか」


 現状での仕入れは、微々たる物。


 だけど、配置薬に興味を持ってくれた会長さんなら、将来性を見てくれるはず。


「こちらのジュースの効能は、どうなりますかな?」


現状では・・・・、一年の保存のみですわ」


「ほほぉ。この味が、一年ですか」


 作り方を研究すれば、より長期の保存が可能になると思う。


 だけどそれ以上に、別の期待もあった。


「お話は変わりますが、わたくし、美容にも興味がありますの」


「……ほぉ、そのお美しさをより磨くおつもりですか?」


「ええ。手軽に飲める物で、お肌がキレイになればいいなと、わたしくは日々思っていますわ」


 ティリスが保存用に加工した後で、リンちゃんが新しい効能を追加する。


 適性があった3人にも手伝ってもらって、3種類の効果を追加する。


 そんな計画もある。


「予想以上に面白いお方ですな」


 好々爺とした会長さんが、楽しそうに微笑んでくれる。


「今後とも仲良くしていただけますかな?」


「ええ、よろこんで」


 差し出された手を握り返して、私はホッと肩の力を抜いた。

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