第13話 弱いモンスターなんていらない
ボクと居るときの彼は、ずっと不機嫌だった。
まるでボクと一緒にいるのを見られるのが恥ずかしいというような顔で外を歩いていた。
「くっそ……もっと強いモンスターをテイムできれば僕だって」
戦いに負ける度に彼はそう言って爪を噛んだ。
惨めさを紛らわすように倒れたボクの身体を叩いた。
悔しかった。
ボクがもっと強くなれば、彼は笑顔になってくれるだろうか。
ボクにもっと優しくしてくれるのだろうか。
昔、テレビの奥で
とっても白くて神々しくて、神様みたいなその
「僕のモンスターにはああいうのがふさわしいんだ。お前みたいなのじゃなくてな」
悲しかった。
テレビの中の白い竜を従えたテイマーはとても誇らしげで。
ボクがもっと強くなれば、彼をあんな風にしてあげられる?
あの日。
冷たい雪の降った日。
彼はボクに言った。
「弱いモンスターなんていらない」
ボクは強くなりたいと思った。
誰にも負けないくらい強く。
いつか見たあの白い竜くらいに強く強く強く……。
そうすれば、いつか彼が迎えに来てくれるかもしれない。
そう思ったんだ――確かにそう思った……その時は
***
***
***
「きゅっぴ!」
「おお! 僕のこと覚えてるんだな! まぁあれだけ世話してやったんだ、当然だよな!」
「一度捨てたモンスターとその後任のテイマーに接触するのはちょっとラインを越えてますよね? 学生とはいえ成人してるのに、どうかしてると思いますよ?」
ワーム引き継ぎにあたって、前のテイマーの情報をある程度知っていた一果。一果の軽蔑するような視線に一瞬不快そうな表情を見せた男子大学生。
だがすぐに軽薄そうな笑みを浮かべる。
「いや~あれは誤解なんですよ~」
「誤解?」
「そうそう。だってコイツ、僕と居たときはてんで弱っちくて。弱々しい糸しか吐けない無能で。スライムにだって勝てないくらい弱かったんですよ?」
「きゅぴ……」
「おいおいしょげるなよワーム。ってかそんなに強いなら最初から本気で戦ってくれよ~。そしたら僕だってあんなことはしなかったぜ?」
「きゅぴ!?」
「さっきから聞いていればずいぶんと身勝手ですね。この子が強くなったのは私の――っ!?」
私のおかげ……そう言いかけて口を塞ぐ。
なんて傲慢なんだろうと自己嫌悪。
デスウルフ。レッドオーガ。プラントザウラー。
自分より大きい強敵に立ち向かってきたのはいつだってテフテフだった。
自分はそれをちょっとサポートしただけ。
自分のお陰で勝てたのだと、そう思っていたことに嫌悪した。
(私なんて……会社の上司にさえ言いたいことをいえないくらい弱いのに……でもこの子は……テフテフは)
強敵に立ち向かう勇気を持っている。
今のテフテフは元々持っていたその大きい勇気に実力が追いついただけだ。
「ねぇテフテフ。キミが強くなりたかったのは、彼にまた会いたかったからなのかな?」
一果ほどのテイマーになれば、絆を繋いでテイムしたモンスターの考えはだいたいわかる。
テフテフは彼に対して全く嫌悪感を抱いていない。
寧ろ会いに来てくれて嬉しいと思っている。
強くなった自分の姿を見せられて嬉しいと思っている。
それがなんだかとても悲しくて。
目がじんわりと熱くなった。
ルール上、テフテフをこの大学生に返すことはありえない。だがテフテフが彼の元に帰りたいと望むなら……?
(なら私は……笑って送り出してやろう。寂しいけど。強くなったキミなら……きっと上手くやっていける)
一果は頭上のテフテフを剥がすと、両手に抱え、顔を近づける。
テフテフの目をまっすぐ見つめ、問いかける。
「ねぇテフテフ。この人に再会できて嬉しい?」
「きゅっぴー!」
無邪気に喜ぶテフテフ。
(そっかぁ。嬉しいか。あー泣きそう。寂しいな。今夜は二虎に慰めて貰おう)
だが決して涙は見せない。
一果はそっとテフテフを床に降ろした。
「そっか、そうだよね。うん」
「きゅぴ?」
「バイバイ、テフテフ。元気で」
「へぇ~物わかりいいねぇお姉さん。よし、それじゃ行こうぜワーム! あ、テフテフって名前は普通にダッセーから違う名前で呼ばせてもらうぜ」
「きゅぴ?」
「な~に惚けた顔してんだよ。しっかり頼むぜ~明日からバトル三昧の日々だからよ」
「きゅぴ!?」
バトルという言葉に反応するテフテフ。どんな強敵と戦えるのかとワクワクしているようだ。
「まずは調子に乗ってるサークルの先輩をぶっ倒すだろ? それと僕のことを振った女にも痛い目みせてやるんだ。それからバイト先の……」
「きゅぅ……」
彼の言葉にテフテフはため息をついた。
まるで「レベル引っく!?」とでも言いたげな目で彼を見ている。
「は? なんだよお前その目……その態度……はぁ何? え? え? 何お前……もしかして僕のこと見下してんの? いつの間にそんなに偉くなったええおい?」
怒りにわなわなと震えながら叫ぶ大学生。そんな彼にテフテフは一切動じない。
当たり前だ。
テフテフはずっと自分の体よりずっと大きな敵と戦ってきたのだ。
今更たった一人の人間を恐れる訳はない。
「きゅっぴ~」
「きゃっ!? テフテフ……?」
テフテフはぴょいんと跳躍すると、一果の頭上に収まった。
「彼の所に戻らなくていいの?」
「きゅぴ!」
「そう。そっか……そうだよね。ごめん。キミのテイマーだっていう自覚が足りていなかったよ、私」
「きゅっぴー!」
「おいおいおーい。何二人で盛り上がってんだよぉ……返せよ……もうみんなに『あのワームは僕のでさ』って言っちゃってんだよ。どうしてくれるんだよオイ!」
「きゅぴ……」
「知らないよそんなの……ってか信じてる人いないでしょそれ」
小学校の時によく居た虚言癖の子みたいな感じで思われているだろう。
「うるせえ! 返せつってんだらああああ」
激高し殴りかかってくる大学生。しかし。
「きゅっぴ」
「ふえええあああ!? はわわわわ!?」
テフテフの口から糸が吐かれる。それを浴びた大学生は地面に転がって泣き喚いた。
「あああああああ溶ける!? ネバネバする!? 助けて……助けてくれよおおおおおおおおお」
「落ち着きなって。これは貴方の言うところの【ワームの無害な糸】だよ」
「へ……? コホン」
急に落ち着きを取り戻す大学生。
「訴えてやる! お前今モンスターを使って人間に攻撃したよなぁ? 犯罪だ! 絶対に訴えて社会的に抹殺してやるからなぁ!!」
「そんなことさせませんよ」
「お前は!?」
カメラを構えて現れたのは一果の後輩、
その後ろに怒り心頭の二虎と泉。そして屈強なボディを持つダンジョンの係員さんたちが数名ぞろぞろとやってきた。
「先に殴りかかったのはそちら側です。証拠もばっちり」
キラリと目を光らせるのは泉。彼女の持つノートパソコンのディスプレイには一果たちに殴りかかろうとする大学生の姿がループで映し出されていた。
「お客さん……ちょっとこっちでお話よろしいですか?」
「親御サント大学ニモ電話サセテモラウヨ?」
「ひえぇ!? なんだよお前たち……離せ……離せよおおお!」
屈強な係員さんに両脇を固められる大学生。あの状態では逃げることは不可能だろう。
「た、助けてワーム……僕たち最高のコンビだったじゃないか……助けて……!」
「きゅっぴっ!!」
惨めに引きづられていくかつてのテイマーにテフテフはとある言葉を贈った。
テフテフの言ったことをなんとなく理解した一果は思わず吹き出した。
「な……なんだよ何が可笑しいんだよ!? そいつはなんて言ったんだよ!?」
「なんだ、元テイマーなのにテフテフの言っていることがわからないんだ?」
一果は悪戯っぽく笑った後、遠ざかる大学生に告げた。
「それじゃ教えてあげる――『弱いテイマーなんていらない』ってさ」
「きゅぴぴ」
あの雪の日。
本当に捨てられたのは果たしてどっちだったのか。
それはもう、語るまでもなく明らかだった。
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