元最強テイマーの社畜さん、最弱モンスターと配信生活を始める ~適当に戦わせてたら滅茶苦茶バズっている件~

瀧岡くるじ

第1話 最弱のモンスターと出会いました

「さて、どうしたものか……」


 24歳会社員、結城一果ゆうき いちかの足取りは重かった。

 時刻は午前0時を回り、女性が一人で歩くには危ない時間だ。


 何故こんな夜道を歩いているのかというと、残業後に大学時代の後輩に呼び出されたからだ。


『お願いします! こんなこと、先輩にしか頼めないんです!』


 と言われ押しつけられたのは一匹の芋虫型のモンスター、種族名【ワーム】。

 そう、本物のモンスターである。


 何十年も前に、世界中にダンジョンが現れた。

 当然この日本にも出現し、その数は今も増え続けている。


 そこに生息する怪物・モンスターには現代兵器が通用せず「ついに人類の終末か!?」と騒がれたのも今は昔。


 モンスターの中には人間と心を通わせる種族が居ることがわかり。モンスターと組んでダンジョンから資源を持ち帰る【テイマー】という職業も誕生した。

 

 さらにテイマー指導によるモンスター同士のバトルは興業としても大流行しており、今ではかつてのカードゲームのノリで子供たちからいい歳した大人までもがモンスターバトルに夢中なのだ。

 だがそうなると、新しい社会問題が出てくる。


 それは【捨てモンスター】。


 一度テイムされてダンジョンの外に出てきたモンスターが「弱いから」とか「可愛くないから」という理由で不当に捨てられる事案が数多く存在する。


 一果いちかの後輩もそんな捨てモンスターを保護するボランティア活動をしているのだ。


「いや捨てモンスターを保護したいって気持ちは立派だけどさぁ」


 捨てモンスターは人間に危害を加える前に処分される場合が多い。一度は人間と心を通わせた子たちにそれはあんまりだという理由から、後輩はボランティアをやっているのだ。


「けど私は社会人だし……そりゃ小学生の頃は『あたしは最強のテイマーになる!』とか言ってたけどさぁ……」


 そんな幼気な小学生の夢を打ち砕いたのは『テイマーは儲からない』という現実である。

 そう。一果が小学生だった十数年前、テイマーに金を稼ぐ手段は存在しなかった。

 だから一果は将来を見据えてお堅い職業についたのだ。今では総合商社の事務員さんである。


(そうだよ。だから今更テイマーなんて……)

 

『この子……前のテイマーに「弱いからいらない」って捨てられたみたいで……そのせいか強さに憧れを持っているみたいなんです。大きいモンスターにも無謀に突っ込んだりして。でも私の知り合いでモンスターを強くできる人っていえば先輩しかいなくて……だから』


 だが可愛い後輩に涙目でお願いされたら断れないのが一果である。


 断ろうと思っていたのに、思わず引き取ってしまった。


「君はそんなに強くなりたいのかいワームくん?」

「きゅぴ!」


 一果いちかの頭上に陣取ったワームは元気よく鳴いた。


「おおっ! 威勢だけはいいじゃない~」

「きゅっぴきゅっぴ」


 その鳴き声に愛おしさを感じた一果はワームのお腹をつんつんした。

 プニプニとした触感が癖になりそうだった。


 ワームというと気持ち悪い芋虫を想像するかもしれないが、モンスターとしてのワームはあくまで『芋虫モチーフ』のモンスター。

 つぶらで大きな目は愛くるしく緑色の皮膚はプニプニで気持ちがいい。

 大きさは40cmほど。ぬいぐるみくらいの大きさ。


 普通に可愛いから飼うだけなら全然オッケーだ。


 だが問題はその強さ。


 子供でも簡単にテイムできるし育成も簡単なモンスターだがいかんせん弱すぎるのだ。

 糸を吐くくらいしかできない。

 それ故、少年少女たちに飼われては捨てられる……そして駆除される。そんな可哀想なワームが後を絶たない。


「最弱か……気持ちわかるよ。私もね、会社で無能っていわれてるんだよね」


 安定した仕事に就きたい。

 そう思って沢山勉強して大学を出て、地獄のような就活を経て今の会社に就職した。

 だが入ってみれば長時間残業当たり前。パワハラセクハラ当たり前。そんなブラックな環境に、まだ二年目だが心は折れそうになっていた。


「なんだか、君には親近感沸いちゃうな」

「きゅぴ?」

「あはは、わかんないよね。まぁ最弱と無能同士仲良くやろうよ。けどバトルで強くなるってのは諦めた方がいいかな?」

「きゅぴー!?」


 がーんと効果音が鳴りそうなリアクションをとるワームを笑いつつ、角を曲がる。


「がるううううう!」

「えっ!?」


 出会い頭に狼型のモンスター【デスウルフ】に出くわした。

 町中にモンスター!? と驚く暇もない。

 一果は咄嗟に頭上のワームを掴むと、遠くに投げる。


「きゅぴ!?」

「ここは私に任せて、君は逃げて! 早くっ!」

「きゅ……きゅぴー」


 ワームはしぶしぶといった様子で這って逃げてくれた。


「さて……あの子は助かったとして……私は生きて逃げられるかな?」


 強がって見せるが対峙するデスウルフには効果はない。


(まいったな……逃げる隙がないや……これは大怪我じゃ済まなそうだ)


 状況の悪さに一果が絶望していると……。


「きゅぴー!」


 逃がしたはずのワームがデスウルフに飛びかかった。


「がるぅがあああ」

「きゅぴ!?」


 だがワームに攻撃能力はない。

 デスウルフの爪による反撃を受けたワームは血を流しながら地面に転がった。


「馬鹿……! どうして戻ってきたんだ」


 後輩が言っていた「無謀な性格」というのは本当だったようだと思った一果。

 だが。


「きゅぴ……」

「も……もしかして、私を助けるため?」

「きゅぴ」

「馬鹿……馬鹿……!」


 なんて馬鹿なんだろうと思った。

 だがそれはこのワームではなく。こんなに健気なワームを捨てた前のテイマーをだ。

 自分より大きくて強い相手に立ち向かう。

 どんなに勇気が必要なことなのか、会社でビクビクしながら生きている今の一果はよく知っている。


 一果は破れたワームの腹部に手を当てる。


(久々だけど……うん、ちゃんと出来た)


 小学校以来の回復は上手くいき、ワームは無事回復した。モンスターの体は魔力でできているから、魔力を流し込めばある程度再生できる。


「きゅぴ!?」

「あはは、驚いた? これでも昔はちょっと凄いテイマーだったんだよ?」


「がるがあああああ」


「おっと」


 デスウルフの追撃をなんとか躱した一果。

 スーツが汚れたが、全く構わなかった。


「よし行くよワームくん――【粘着糸】!」

「きゅぴ!?」


『いや僕そんな技使えませんけど!?』と焦るワーム。


「大丈夫。私を信じて」


 テイマーは絆を結んだモンスターから技をラーニングし、それを別のモンスターに覚えさせる力がある。

 もちろん種族や属性によるが、この【粘着糸】は一果いちかが昔、とあるクモ型モンスターから教えて貰った虫属性の強力な技だ。

 当然同じ虫属性のワームにも使わせることができる。


「さぁ、もう一度いくよ? ――【粘着糸】!」

「きゅぴー」


 ワームの口から白いドロっとした糸が放射される。


「が……がうううう!?」


 その糸はべちゃっとデスウルフを包み込み、壁までその身体を押しやる。。


「が……がうが……がが!?」


 壁に接着され身動きを完全に封じられた。脱出しようと暴れるデスウルフだが、ガムのような粘着性とゴムのような弾力性を持った糸を持った糸から逃れることはできない。


「おめでとうワームくん。私たちの勝利だ」

「きゅ……きゅぴぴ」


 本当に自分がやったことなの? と驚愕するワーム。

 だがすぐに勝利の実感が湧いたのか、一果の胸に飛び込んできた。

 そして、人生初勝利の喜びに震える。


「きゅぴっ! きゅっぴ!」

「あはは。お礼を言っているの? くすぐったいよ。それに、お礼を言うのは私の方だよ」

「きゅぴ?」

「助けに来てくれてありがとう……嬉しかった」

「きゅぴー!」

「あはは、だからくすぐったいって~この~可愛いヤツめ~」


 戦闘能力の一切ない最弱のモンスター。

 だが人一倍の勇気と優しさを持っていたこのモンスターを最強にしてあげたい。


 そんな思いが一果の中で芽生えていた。

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