第2話 キミの名前は……

 その後、デスウルフをこのままにはしておけないということで警察に通報。

 駆けつけてくれた警察の方にお任せし、家に着いた頃には深夜2時を過ぎていた。

 電話越しで「件のデスウルフはワームが無力化してくれた」と言ったら笑っていたが、現場に来た警察官が驚いているのが面白かった。


「明日……てかもう今日か。会社は無理だな~休もう」

「きゅぴ?」

「心配する必要ないよ。今の私には会社をサボる勇気! で溢れているからね」

「きゅぴ……」


 あれ、呆れられてる? と思いつつ、キッチンから持ってきた白菜を与えてみる。


「きゅ?」

「この前鍋パした余り。食べて良いよ」

「きゅぴ~」

「あはは。うまそうに食べやがる……可愛いやつめ」


 もしゃもしゃと白菜を食らうワームの背を撫でる。

 モンスターは基本的に人間が食べられるものは全部食べられるので普通のペットよりも楽だ。食育に関しては……の話だが。

 食べるのを拒否したとすれば、それは単にそのモンスターの味の好みの問題ということになる。


 ともかく野菜が好きなのはありがたい。


 一人暮らしだと野菜が微妙に余りがちだから、これからは沢山食べて貰おう。


 そう思いつつ、一果はスマホで『モンスター テイム 手続き』と入力。


 調べてみるとテイマーライセンスの発行や手続き、保険の加入など、結構やることがあるようだ。

 小学生の頃はその辺全部親にやってもらっていたので、結構勉強になる。


「どのみち明日は休まないといけない感じね」


 モンスターに襲われたということで、警察から証明書が発行された。これを提出すれば無料で病院の検査が受けられる。

 ついでに役所に行って色々な手続きを済ませてしまおう。


「忙しくなってきたわね……」


 言いつつ、どこかワクワクしている一果。こんな気持ちは小学校以来かもしれない。


「ワームは……あはは、寝ちゃってる」


 白菜を見事完食したらしいワームはすぴすぴと眠っていた。


「そうだよね、今日は頑張ったもんね」


 床で寝かせておくのもあれなので、クッションの上に寝かせてバスタオルを掛け布団代わりにかけたみた。


「おお……なんか可愛いわね」


 愛着がわいてきたのか、だんだんと可愛らしく感じてきた。

 写真を撮ってSNSに投稿してみる。


『新しい家族ができました』


 と。


 すると1分もしない間に電話が掛かってきた。

 着信表記は【大和二虎やまと にこ】。

 高校時代からの一番の親友である。


『一果~モンスターテイムしたってマジか!?』


 開口一番にそれである。

 どうやら一果の投稿を見てすぐに電話してきたらしい。


 事の経緯を軽く説明すると……。


『一果! 配信しよう配信!』


 これである。


「いやしないわよ」


 安定的で固い職業についた一果とは対照的に、二虎は動画投稿や配信で稼いで暮らしているストリーマーである。

 そんな二虎は親友である一果をことあるごとに配信者にしようと誘ってくるのだ。


『一果は絶対配信者に向いてるって!』

「いや向いてないでしょ……面白いこととか全然できないし」

『一果は自分のこと真面目でつまらない女と思ってるかも知れないけど天然だから傍から見てるとかなり面白いよ?』

「喧嘩売ってる!?」


 互いにあははと笑い合って。


『う~ん行けると思うんだけどな~。テイマーバトルは今一番熱いジャンルだし』


 テイマー同士によるモンスターを戦わせるテイマーバトルは最近ようやく法整備が追いついてきたジャンルで、ダンジョン探索と並んで人気コンテンツになっている。

 ランキング制度もできあがり、上位のランカー配信者ともなると100万人規模のチャンネル登録者を抱えていることも珍しくない。


 言われて軽く調べてみる一果。

 ノートパソコンに表示される『トップテイマー配信者の年収予想!』という胡散臭い文字が表示される。


「推定年収二億!? 嘘でしょ!? テイマーって今こんなに儲かるの!?」

「それはトップの人たち。ただチャンネル運営が軌道に乗った人たちなら普通にサラリーマンより稼いでいるよ?」


 何より私もその一人だしねと続ける二虎。


「嘘だろ私が子供の時は全く稼げない仕事だったのに……」


 だからこそ小学校卒業と同時にスパッと辞めて勉学に切り替えたのが一果だ。

 だが【ネット配信】が人気となって稼げるようになった結果、時代が変わった。


「あはは。一果結構強かったし、続けてたら今頃は億万長者だったかもね~」

「言わないでよ。……けどこういう配信を見ている人って希少で可愛い・カッコいいモンスター目当てでしょ? ワームじゃねぇ……」


 かわいさはともかく……もの珍しさはない。

 基本的に草木が生い茂ったダンジョンなら確実に遭遇する。


『まぁ確かにワームじゃ数字取れないかもねぇ』

「は? ウチのワームちゃんは世界一可愛いが?」

『コワ!? もう親馬鹿になってるじゃんか~』

「ともかく。配信とか動画投稿はちょっと考えてみようかな」

『おっ!? やる気になった?』

「まだわからないけどね。もしやるってなったら、色々相談させてよ」

『おっけおっけ~! 一果の配信デビューとあれば一肌……いや一肌と言わず色々脱ごうじゃないか!』

「……」


 こんなノリでいつか炎上しないだろうかと親友として心配になる一果。


「じゃ、流石にもう寝るから切るわよ?」

『ええ~つれないなぁ! もっとお話ししようぜ~』

「明日いろいろ手続きとかあるのよ。それじゃ、お休み」

『まぁしょうがないか。お休み一果~。あっそうだ一果。最後にワームの名前教えてよ』

「え? ワームはワームでしょ?」

『おいマジか』


 二虎が言うには、どうやらモンスターに名前をつけるのは一般的らしい。


「私はずっと種族名で呼んでいたわ」

『それ犬に「ウチの犬可愛いね~。ね? 犬~!」って言ってるのと同じじゃん』

「違うと思うけど……う~ん名前か」


 考えたこともなかったと唸る一果。数分考えて。


「そうだ! 【イトピュッピュキュピピン】なんてどう!?」

『嘘だろ……数分間考えて出た答えがそれか……!?』


 あまりの驚愕に素のトーンになる二虎。


「なら【ハクサイパキュパキュ】!」

『え……もしかして受け狙いですか?』

「本気なんだけれど……」


 どうやら一果にネーミングセンスはないようだった。


「むぅ……意外と難しいわね」

『えっとぉ……じゃあ私そろそろ寝るね』

「待ちなさい。好き放題言ったんだから、名前が決まるまで付き合って貰うわよ」

『ひえっ……』


***

数時間後

***


「きゅぴー!」


 窓から注いだ朝日を浴びて気持ちよく目覚めるワーム。

 そんなワームに「おはよう」と声をかけたのは徹夜した一果だった。


「おはよう」

「き……きゅぴ」

「今日から貴方の名前は【テフテフ】よ」


 立派な蝶に進化できるようにそう名付けた。


「立派な蝶になれるようにって願いを込めたの。どう、気に入った?」

「きゅっぴー!」

「よかった、気に入ってくれたのね!」


 考えた甲斐があったわと喜ぶ一果。


 そして。


『ふっ……気に入って貰えて何より……ガクッ』


 スマホの向こう側で一晩付き合った二虎が寝落ちした。

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