第17話 ButterFly!

『行ってきます』


 キミは毎朝、カッコいいスーツを着てどこかへ出かけていく。


 強くて頭が良くてカッコいいキミ。


 そんなキミは、帰ってくると泣きそうな顔で笑うんだ。


『ただいま』って。


 キミが毎日なにと戦っているのかをボクは知らない。


 強くて頭が良くてカッコいいキミがそんなにボロボロになるなんて、きっと会社というのはとても恐ろしい場所なんだろう。

 ボクじゃ想像できないような強い敵と戦っているんだね。


『脱サラだー!』

『おー!』


 だから、そこから抜け出そうとしているキミを見て。

 力になりたいと思ったんだ。


『テフテフは勇気があるね~』


 キミはそう言ってくれるけど、本当は違うんだ。


 大きな敵と戦うことは、とっても怖いことだった。


 でもキミの事を思うと、不思議と勇気が湧いてくる。


 どんなに強い敵だって「負けない」って思える。


 全部キミのお陰なんだ。


 だからボクはもっと強くなる。


 キミを傷つけるもの全部から、キミを守れるくらいに強く……大きく。


 ボクがキミを守るんだ!


***


***


***


『な……なんだ!?』『プラチナムオーバーロードにテフテフが……』『その身を犠牲に主人を守ったのか……?』『いやああテフテフー』『嘘だろ……』『いいヤツだった』『いや待て』『何か様子が……』



 上空から放たれたプラチナムバーストは地上に降り注ぐことなく、間に現れた何かが受け止めた。


 空中に浮かぶのは白い繭だった。


 直径60cmほどの小さな繭がプラチナムオーバーロードのエネルギーを全て吸収したのだ。

 一果の側に駆けつけてきた二虎と泉が空を見上げながら言った。


「あれは……一体?」

「弾力糸を身体に巻き付け攻撃を防いだのですか?」


 泉の言葉に一果は首を振った。


「進化。あれはワームが進化したモンスターだよ……その名も【アーマーユ】」


「アーマーユ!?」

「ってか待って……あれテフテフなの?」

「そう。そして進化したテフテフは私を通じて新しい技を使える」


 アーマーユは次の進化のための中間形態。自分から動くことは一切できないが、その代わり数々の強力な防御技を扱うことができるモンスターである。


「攻撃の魔力を全て吸収して自分の魔力に変換する【完全無敵バリア】でプラチナムオーバーロードを無力化したのさ」


「いやそれはいいんだけどさ」

「先輩、ちょっと聞きたいことが」

「説明は後。テフテフ! 行ける?」

「ぎゅー!」


「大丈夫みたいだね。それじゃ、もういっちょ行くよ!」

「ぎゅ!」

「よし、さらに進化!」

「ぎゅー!」


 上空のアーマーユが強い光を放つ。

 逃げ遅れていた神龍寺司ですら「美しい……」と思わずこぼすほどの輝き。


 繭を突き破り、現れたのは大きなピンク色の蝶。


「アーマーユ進化――プレレフア! あれが新しいテフテフの姿だよ!」


「幼虫が蛹になり、そして蝶になる……!」

「綺麗……テフテフ、めっちゃ輝いてる!」


「きゅぴ~」


 パーティクルのように輝く鱗粉を撒き散らし、宙を舞うテフテフ。

 その輝く翼は月光を浴びて宝石のように輝き、恐怖に怯えていた人々を魅了する。


『テフテフが蝶蝶になっただとー!?』『やっぱり特別なモンスターだったんだな!』『しかもただの蝶蝶じゃねぇ……』『この美しさプラチナムドラゴンにだって負けてねぇ』


「ぎゅううがあああああ」

「プラチナムドラゴンが怯んでる。今がチャンスだ! テフテフ!」

「きゅぴー!」


 輝く翼を翻し、空に君臨するプラチナムドラゴンの元へと飛翔する。


「そうだ……行け! 風より早く、空より遠く。キミのその生まれたての翼を……ここにいる全員に見せつけてやれ!」


「ぎゅああああ!」


 まるで悲鳴のような叫びを上げ、テフテフ目掛けブレス攻撃を放つプラチナムドラゴン。


「きゅぴー」


 だがその攻撃はテフテフに命中する直前で光の粒子となって霧散する。


「一体どうして……?」

「テフテフの回りで光っているあの粒子は【不死蝶の守り】という技で出していてね。魔力による攻撃を魔力粒子レベルに分解し、自分の力として吸収するのさ」


「よくわかんないけどそれってつまり……」

「今のテフテフは無敵ってこと」


「きゅぴ~」


 真っ直ぐ空へと突き進むテフテフ。やがて空で怯えるプラチナムドラゴンを追い越し、より高い位置へと登る。

 かつて地上から見上げるしかなかった遠い空が……今はこんなにも近い。


 しかし感慨に浸ることはない。


 今は地上で待つ大事な人のため。


 そして大事な人の大切な人たちのため。


 目の前の脅威を排除する。



「す……すまない仮面をしていない仮面のテイマーよ」


 空を見上げる一果に、大人しい態度になった神龍寺司が言った。


「我が嫁……プラチナムドラゴンを殺すのは待ってくれないか……もちろんこんなことになった責任は俺が必ず」


「殺さないって! テイマーやってれば、こんなこと一度や二度あるよ。あの子プラチナムドラゴンはテフテフが必ずここに連れてくる。そしたら、怯えたあの子を癒やしてあげて。それはキミにしか出来ないことだから」

「わ……わかった。頼んだぞ、仮面のテイマー」


 うんと頷き、再び上空を見上げる。


「ぎゅおおおん!!」

「きゅぴっ!」


 何度もブレスを放つプラチナムドラゴン。だがその攻撃は【不死蝶の守り】によって防がれる。


「ぐぎゅぎゅ……」

「怒りが未知への恐怖に変わった……今だテフテフ! ――【オーロラストーム】」


 テフテフの桃色の羽根から虹色の輝きが放たれ、プラチナムドラゴンを包み込む。

 それはまさに光の竜巻だった。

 

「ぎゅあああ」

「プラチナムドラゴン!?」


 戦意を砕かれたプラチナムドラゴンはダメージの蓄積もあってゆっくりと落下する。

 そして、神龍寺司の元へと帰ってきた。


「ぎゅおおおお」

「ふん。馬鹿者が……あの程度で俺がお前を見限る訳がないだろう」


 傷ついたプラチナムドラゴンの回復に入る神龍寺司。


「きゅぴ~」

「おおテフテフ! よくやったよくやったよ~」

「きゅきゅぴ!」

「おふっ!? あはは! 進化したから圧が凄いね。いいことだ」

「きゅぴぴ~」


 進化したテフテフと戯れる一果。

 動くたびに光が舞って、まるで夜空の星のようだ。


「さて、それじゃトラブルも解決したし。そろそろ私たちの勝利を宣言してもらってもいいですか?」


 ぽかーんと口を開けている審判に尋ねる一果。


「……えっと、テフテフチャンネルさん」

「はい」

「進化とは一体なんなんでしょうか?」

「は?」


 審判の意外な言葉に素の態度で返してしまう。


「え、何それ。もしかして進化を知らないの? いやそんな訳ないよね?」


 テイマーやってれば常識でしょと、助けを求めるように二虎と泉の方を向く。


「そうよ、審判さんの言う通りよ。ちゃんと説明してよ!」

「テフテフさんの身体は一体どうなっているのですか!」


 二人も知らないようだ。


 背中にドッと汗をかいてきた一果はスマホを取り出し、自分の配信のコメントを見てみる。


『テフテフが変身したあああああああ!』『いや進化っていうらしい』『だからそれが何か聞いてんねん!』『テフテフはやっぱり特別なワームだったってこと?』『いや元々が蝶蝶の姿でずっとワームに変身してたとか』『でも戦闘スタイルががらりと変わったぜ?』『だからそういうモンスターで』『進化っていう技があるんじゃないのか』


 滅茶苦茶議論になっていた。


「わ、私たちの勝利って……」


 トップクラスのテイマーなら、知っているよね? と神龍寺司の方を見る。


「えーと、もちろん神龍寺くんは知って「知らん。俺にもわかるように説明しろ」


 知らないらしい。


「えーおかしいなー。私の地元じゃみんな進化してたんだけどなー」


「そういえばアンタ、テフテフの名前付けるときに言ってたわね。立派な蝶になれるようにとかなんとか」

「うん。言ったね」

「あの時は眠くてスルーしたけど、今思えば変だったわ。アンタ、テフテフがこうなるって知ってたの?」

「知ってたもなにも、ワームが進化すればプレレフアになるのは常識だよ?」

「知らないわよそんな常識!」


『知らん』『初めて聞いた』『なんだそれはー!』『やっぱこの人ヤバいって!』


「マジか……」

「きゅぴ?」


 どうやらみんなは進化を知らなかったらしい。


「さぁさぁ! 進化とは一体なんなのですか!」

「一果、正直に話なさい!」

「そうだ仮面のテイマー。これはテイマー界の歴史が変わるほどの大事件だぞ」

「みんなも知りたがってますよ先輩!」


『SNSがヤバいことになってる』『芸能人や有名人たちがこの件についてコメントしてるぞ!?』『株価がヤベーことに!?』『テフテフを神とする宗教団体が設立される可能性も出てきたらしい』『各社がプレレフアを広告塔にと乗り出してる』『各国の研究機関が進化の秘密を探るために動き出したらしい』『総理が血税でスパチャを!?』『ヤベーな歴史が動いてるぞ今』


 とんでもないことが動き出し過ぎて、一果の頭はオーバーヒート寸前だった。


 無理もない。今までモンスターが進化するという知識はこの世界には存在しなかったのだから。


 一果だけが当たり前と思っていた。


「えっと……それじゃ……」


 世界中の人が、一果の次の発言を固唾をガブ飲みしながら待った。


「進化について知りたい人は……」

「「「「知りたい人は……?」」」」


「ち、チャンネル登録お願いしまーす!」

「きゅっぴー!」


 この瞬間、テフテフチャンネルのチャンネル登録者数は100万人を越えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る