第16話 勇気を翼にして

『うあああああ緊張するううう』『俺たちはここで応援してるぜ!』『マジで勝ったら凄い』『スタジアム来てるけどこっちも見ちゃう』


 一果の耳に読み上げ音声が届く。

 テレビ中継ではなく、一果の配信の方に集まってくれたテフテフのファンたちである。


「キミたちにも恥じない戦い方をしないとねぇ……って」


 戦いのゴングから数秒。敵に動きはない。


「王者の余裕ってヤツ? それなら胸を借りようか。テフテフ――【粘着糸】!」

「きゅぴー」


『でた切り札!』『避けないでくれええ』『これが当たれば勝てる!』


 飛び上がったテフテフはドピュっと白い糸を吐き出す。糸はプラチナムドラゴンの元へと飛んでいく……。

 その時、神龍寺司はにやりと笑った。


 プラチナムドラゴンは動かない。糸はプラチナムドラゴンに命中する。だが……。


「きゅぴ!?」

「そんな――くっつかない!?」


【粘着糸】は確かに命中した。だが命中した糸はプラチナムドラゴンにくっつくことなく、まるでタダのドロドロの液体のように流れていく。


「はっ……白濁にまみれる俺の嫁もまた美しい……」


『きっしょ』『相変わらずやなアイツ』『突然だが俺はイケメンが嫌いだ』『同じく』『気が合うな』『絶対に倒して!』


「いや彼のリアクションに流されないで……ど、どうして糸が効かないの!?」


「勉強不足だな。我が嫁の纏う純白の鱗はあらゆる汚れから身を守る結界。まさにヴァージンオブザプラチナム! 貴様の自慢の糸は我が嫁には一切通用しないと知れ! ――反撃だプラチナムドラゴン」

「ぎゅるううおおおおおん」


 身体をブルブル震わせて糸を振りほどくプラチナムドラゴン。そして、反撃の態勢になった。


『やばばばやばややばや』『落ち着け!』『糸効かないって』『オワタ』『いやこの人のことだ、まだ秘策が』


「くっ、これちょっとヤバくない……?」


『ヤバい』『駄目そう!?』『マジか』


「ふははは! 最大の切り札を封じられたといった様子ではないか。もう何もないなら勝たせて貰うぞ! ――『竜王風圧ドラゴニックテリトリー』!」


 プラチナムドラゴンが翼を羽ばたかせる。それによって巻き起こった風圧による攻撃。


「テフテフ……回避!」

「き、きゅぴ……」


【弾力糸】を遠くへ伸ばし、縮む力を使って逃げるテフテフ。だがギリギリ間に合わない。

 ドラゴンの重厚な魔力を含んだ風圧を受け、テフテフの身体は宙に舞い、地面に落ちた。


「テフテフ!?」

「き……きゅぴぃ」


『立ち上がった!』『ああ泣きそうだよ』『圧倒的過ぎる……』


 なんとか立ち上がったものの、次の行動には移れない。

 そんなテフテフに無情にもプラチナムドラゴンが近づいてきた。


「我が嫁相手によく立ち向かったと褒めてやろう。だが、これでジ・エンドだ」


 プラチナムドラゴンの口がゆっくりと開かれる。

 そして、喉の奥に強力な魔力がチャージされていくのを感じた。


 最強の攻撃【プラチナムオーバーロード】からは数段落ちるが、それでも勝利を齎すには申し分ないブレス攻撃【ハイパーバースト】の発射準備に入ったのだ。


 神龍寺司とプラチナムドラゴンはトドメの準備に移ったのだ。


 会場は「まぁそうだよね」「よく頑張った」といった和やかなムード。


『くやしいがここまでか』『これが最後じゃない。何度だって挑戦できる』『アンタたちならいつか勝てるさ』『いい勝負だった』『テフテフに元気を貰いました』


「プラチナムドラゴン、我らに挑んだ勇者たちに栄光の敗北を与えよ――【ハイパーバー「この瞬間を待っていた!」

「何ぃ!?」

「テフテフ! ――【粘着糸】!」

「きゅぴ」

「馬鹿な……その技は我が嫁の鱗には通用せん……はっ!?」


 そこで神龍寺司もようやく一果の狙いに気付く。


「プラチナムドラゴン……技を中止し口を閉じろ」

「――遅い」


 ドピュっと吐き出された白い糸はプラチナムドラゴンの口の中に飛び込む。そしてその不快感に思わず口を閉じてしまった。


「むぎゅ……ぎゅうううう!?」


 上顎と下顎は接着され、開くことができなくなってしまった。


『すげぇ!』『なるほど糸を封じるのはあくまで鱗』『鱗のない口の中は糸が通じるってことか』『流石おれたちのテフテフだぜ』


「ぎゅうん……ぎゅん!?」


「悶えている我が嫁も愛おしい……いや、今はそんなことを言っている場合ではない! き、貴様……我が嫁の鱗に糸が通用しないことを初めから知っていたな!」


「うん。寧ろ知らないわけないじゃん」


「ぐぬぬ……ならばさっきまでのは演技! 俺の油断を誘うための演技という訳か」


「キミの試合は全部見させてもらったよ。勝ち確の状況で格好良くフィニッシュを決めに行くエンターテイナーな所もね。今回はそこを利用させてもらったって訳」


 ドラゴンの華であるブレス攻撃。口を大きく開けるその瞬間を待っていたのだ。


『なるほど全部作戦か』『まんまと騙されたぜ』『言うほど口の中を狙うの簡単じゃないけどな』『先週の高尾ダンジョンでの経験が活きたな』『地竜と戦いまくってたもんな』


「ぎゅううんんん」


「そろそろギブアップしなよ。糸が喉の奥に流れ込んで気道を塞いでる。呼吸できなくなっているよ、キミのモンスター」


「モンスターではない!! 嫁だ!!!」


「え、あ、そう……」

「俺の嫁は最強種! 呼吸などしなくても数日は戦えるわ!」

「神龍寺司選手……では続行でよろしいですか?」

「無論だ!」


 審判の確認に頷く神龍寺司。


『マジか……!?』『呼吸を止めても戦えるのかよ!?』『ここで勝ちに出来なかったのは想定内か想定外か』『口が開かなくなったからブレスは封じた……勝てるよな?』『だが元々の肉体スペックが違いすぎるからなぁ』


「ふん、我が嫁の力ががブレス攻撃だけだと思うなよ、プラチナムドラゴン――【ドラゴンスクラッチ】!」


 プラチナムドラゴンは爪に魔力を纏い、テフテフに襲い掛かる。


「テフテフ、右に回避!」

「きゅっ」


 咄嗟に【弾力糸】を伸ばし、伸ばした糸が縮む力で緊急回避。


「馬鹿め! そっちにはもう逃げ場はないぞ!」

「くっ……しまった!?」


 テフテフが逃げたのはスタジアムの角。追い詰められた。


「今度こそトドメだ! ――【フルダイブインパクト】!」


『嫁ドラゴンの全身にオーラが!?』『そのまま突っ込んでくる!?』『まずい、逃げ場がない!』


 全身全霊の体当たり攻撃。食らったらひとたまりもないが。


「これも読んでいた」

「馬鹿な!?」


 一果はここまで読んでいた。

 プラチナムドラゴンは多彩な技を持つ。


 だがブレス攻撃を封じ、こちらがコーナーに追い詰められれば、敵の使う技をある程度絞ることができる。


「そしてフルダイブインパクトは私がもっとも出して欲しかった技。テフテフ――【弾力糸】」

「馬鹿め何が読んでいただ! 糸で逃げようが、この距離なら軌道を変えて追撃できるわ!」

「それはどうかな?」

「何ぃ!?」

「テフテフ! 糸を自分に巻き付けて」

「きゅっぴー!」


 まるで新体操のリボンのように糸をクルクルさせて、テフテフは糸で自分の身体をグルグル巻きにした。


『何だと!??』『まるで白いボールみたいに!?』『一体何をするつもりだ』


「ハッタリだ、構わん。そのまま敵に突っ込め!」

「むぎゅうう」


 プラチナムドラゴンのフルダイブインパクトがボール状になったテフテフに命中。 テフテフボールは吹っ飛ばされ、スタジアムと観客席を隔てる結界にぶつかる。


 そして――バウンド。


「むぎゅおおおおおおおお!?」

「ば……そんな馬鹿なことが!?」


 壁にぶつかったテフテフボールはそのスピードをさらに上げ、跳ね返った。そして弾丸のようにプラチナムドラゴンの腹部に命中する。


『すげええええええ』『まるでスーパーボールだぜ』『家の中で思いっきり投げてお母さんに怒られるやつだ!』『相手の力を利用したのか!』


「っむぎゅあああ……ぎゃ」


『おおおおおおお』『嫁ドラゴンが膝をついた!』『これは勝っただろ!』


「ぐぬぬぬぬ……」

「どう……? 見事でしょ?」


 余裕の態度を見せつつ、しかし内心は一果も焦っている。


(もうキミのドラゴンは限界だよ。だから降参してよね……じゃないとテフテフもそろそろ)


 弾力糸によるカウンター攻撃は少なからずテフテフにもダメージが入る諸刃の剣だった。

 巻き付けた糸を解除し「きゅぴきゅぴ」言っているテフテフだが、もう立っているのも限界だろう。


「ああ……見事だ」


 そして、悔しそうに肩を震わせていた神龍寺司。だが痛みに苦しむ自分のモンスターを見て、冷静さを取り戻したようだ。


「技を徹底的に使いこなす技量。そして性質を活かす応用力。常に自分の有利な展開に持っていくゲームメイクセンス。今回は勉強させてもらったぞ」

「ということは?」

「完敗だ。今日はお前たちが強い!」


 途端、歓声が沸き上がる。


『うおおおおおおお』『マジでやりやがったあああああ』『凄いいいいいい』


「どうした審判、早く勝利宣言をしろ」

「そ……それが……」


 一果と神龍寺は審判の見ている方向を見る。


 すると。


「ぎゅうううがあああああああガガガ」


 怒りに全身を震わせたプラチナムドラゴンが全身にオーラを迸らせ、大きく飛翔する。


「待て! どうしたプラチナムドラゴン!? 勝負は終わった! 俺の言うことが聞けないのか!?」


「ぎゅああああああ!」


 ガリンと嫌な音がした。接着された口を無理矢理、パワーでこじ開けたのだ。


 当然、歯はいくつか砕け散り、血で染まった口回りにさきほどまでの神々しい美しさはない。

 怒りで赤く染まった目も相まって、まるで悪魔の使いのような形相だ。


『待て待てどういうこと!?』『試合はテフテフの勝ちでいいんだよね?』『神龍寺司が負けを認めたからそれでいいはず』『じゃあなんでアイツは戦闘続行してるんだよ!?』


「暴走……」


 一果がぽつりと呟いた。

 スポーツでも稀にある、負けたチームが勝ったチームの選手に対して暴行を行うような事件。

 プラチナムドラゴンは無敗ではない。


 チャンピオンに負けることはよくある。


 だが高貴なチャンピオンに負けるのと、最弱種のモンスターに負けるのでは、彼女の中で何かが違ったのだろう。


 その違いがプライドをズタボロに引き裂いた。


 その怒りに我を忘れ……試合が終わって尚、神龍寺司のコントロールを離れ……今、目の前の敵を消し去り勝利を我が物にしようとしている。


「ぎゅあああああ」


 プラチナムドラゴンの魔力が上がっていく。そしてそれは口に集約されていく。


「まさか……プラチナムオーバーロードを打つつもりなのか!?」

「何をやっている! 戻ってこい! くっ……ダメだ……俺の指示が届かんとは」

「どどどどどうするのですか司さま!? あんな技を打ち込まれたら我々は」


 結界で守られている観客たちは大丈夫だろう。


 だがスタジアム内にいる一果とテフテフ。そして神龍寺司と審判……舞台袖のスタッフや二虎たちも。


『あれこれヤバくね』『逃げろ逃げろ!』『いやどこにだよ!?』『現場は混乱してて全然逃げられてない』『大事故になる』『どうか無事で』


(くっ……どうする? テフテフに制圧させようにもあの高さには届かない……不本意だけど【コール】で実家のモンスターを呼び出すしか)


 一果がかつてテイムしていたモンスターを呼び出せば、被害を半分くらいに抑えることはできるだろう。

 どの道犠牲者はでるが、今はそれしかない。


 一果が【コール】を使おうとライセンスに手を伸ばしたとき。


「きゅぴ!」

「テフテフ!?」


 ぴょいんと一果の頭の上にテフテフが乗った。


「きゅっぴ!」

「テフテフ……もしかして!?」

「きゅぴ!」

「そうか……ついにその時が来たんだね」

「きゅぴ!」


「ぎゅああああああああああああ!」


 プラチナムオーバーロードは放たれた。青白い破滅の光が空から降り注ぐ。


「終わった……」

「ああ……」


 その最後の瞬間に、この場に居た者は絶望した。

 だが諦めていないものが居た。


「きゅぴ!」


 青白い光に向かって、テフテフが飛び上がった。


 その背中を一果は見送る。


(キミは凄いね。初めて会った時から……キミは誰かのために必死だった。キミの勇気を……どんな困難にも立ち向かうキミを見ていると。私にも力が湧いてくるんだ)


 一果はテフテフに手を伸ばす。


(キミに出会えて、私は前に進めたよ。キミはどうかな? 私に会えて良かった? 良かったって思ってくれていたら良いな。いや、いいなじゃダメだ。そう思って貰えるように……私はテイマーとしての責務を果たす)


 一果は仮面を外す。


 人間より強大な力を持ったモンスターがテイマーを求める理由。


 それは単純だ。


「強くなりたい」から。


(テフテフ……キミはもっと大きくなれる。強くなれる。今、その力を解放しよう)


 絆を繋いだテイマーとモンスターの熱い鼓動がひとつになった時、その現象は起こる。


 人はそれを――


「行くよテフテフ――進化!!」

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