第15話 最強種VS最弱種

 土曜日を挟んで日曜日。


 決戦当日。

 一果とテフテフは神龍寺ドームの控え室にて出番を待っていた。


 会場には神龍寺司目当ての観客とテレビ放映用の機材なども搬入され、異様な熱気と緊張感に包まれている。


「はぁ~早く始まらないかな~」

「きゅぴ」

「なんで緊張してないのよアンタ」


 控え室まで応援に来てくれた二虎が呆れたように呟いた。


 かくいう二虎はガチの緊張状態で、さっきから水を飲みまくってはトイレに行ってを繰り返している。


「二虎は私をなんだと思ってるの……緊張はしてるさ。緊張してるから早く始まってくれないかなーと思っているんだよ」

「絶対おかしいでしょそれ」

「そうかな? 始まる前は緊張するけど始まってしまえばもうやるだけだからさ」


 飄々と独特の価値観を語る一果。


「で、結局昨日は何してたの?」

「得に何もしてないよ? テフテフと美味しいものを食べに行って、ちょっと散歩して。後は研究のためにずっと神龍寺司の動画見てたかな」


 苦痛だった。


「まぁ要するに、自信あるってことでいいのよね?」

「うん。ちゃんと勝ち筋は用意してきた。そこに上手く持っていけば私たちの勝ち。ダメなら負け」

「ちょっとっ! そんな博打みたいな感じで大丈夫なの?」

「勝負っていうのはそういうものだよ」


 一果の言葉に「まぁ一果がそう言うなら」としぶしぶ納得する二虎。


「お待たせしました。今回のレギュレーションが決まりましたので持ってきましたよ」


 そこへ、運営と打ち合わせをしていた泉が戻ってきた。


「悪いね泉ちゃん」

「いえ。それで、こちらがレギュレーション用紙になります」

「ん。ありがと」

「何よそれ」


 一果は泉からレギュレーション用紙を受け取る。

 それを見せながら二虎に説明をした。


「簡単なルール。それと今回使用できない技が書かれているのさ」

「使用できない技?」


 テイマーバトルは殺し合いではなく競技である。


 当然、相手モンスターを死なせてしまった場合は負けになる。


 つまり相手に致命傷を与えないようにしつつ、戦闘不能にしないように攻撃をする必要がある。

 しかし競技とはいってもモンスター同士の戦い。

 お互いにヒートアップしてくれば、誤って本気で技を打ってしまう……なんてこともある訳だ。


「だから殺傷能力の高い技はあらかじめ禁止にしておくのさ。使った時点で負けってね」

「なるほどねーってテフテフの【溶解液】が禁止になってるじゃない!? これって切り札じゃん! どうするのよ一果」

「どうするもこうするも使えないものは仕方がないよ。向こう側だってほら」


 一果は神龍寺のプラチナムドラゴンの禁止技を指差す。


「最強のブレス攻撃【プラチナムオーバーロード】が禁止になってる。まぁこの技に関しては位置が悪ければ相手のテイマーごと消し去れちゃう強力な技だからね。【溶解液】と引き換えに禁止になってくれるなら安いくらいだよ」

「なるほど、そういう考え方もあるのですね」


 コンコン。


 そのとき、控え室の扉が叩かれた。


「テフテフチャンネルさま。あと30分で試合開始のお時間です。準備をお願い致します」


 扉の向こうからスタッフの声がした。「はーい」と答えて立ち上がる一果。


「そろそろアップでもしておこうか」

「きゅっぴ!」

「私たちもそろそろ移動しようか」

「そうですね」


 戦いはテレビ放映されるものの、参加者個人の動画用に撮影もできる。


 二虎と泉はスタジアム袖の関係者席にてドローンを用いて戦いを撮影する。


「先輩。『テレビはオワコン。時代は動画投稿サイト』などと言われて久しいですが、未だテレビの影響力は強大です。そして今回の戦いの費用はすべて向こう持ち。こんなチャンス二度とありません。絶対にものにしましょう」

「そうよ! 必ず勝って有名になって……そしたら仕事辞めるのよ! アンタのためにも!」

「うん……目指せ脱サラ! って言いたいところだけど」


 一果は頭上のテフテフを剥がすと、ぎゅっと抱きしめる。


「私のことよりこの子だよ。今日はテフテフのために……勝つよ」

「きゅっぴー!!」


「フッ。先輩らしいですね」

「そうね……一果らしいわ」


 一同でしばらく笑い合う。


 そして、それぞれの戦いの場所へと向かっていった。


***


***


***


『さぁいよいよ挑戦者の入場です! 最近SNSで話題沸騰中! 最強ワームと謎の仮面のテイマーことテフテフチャンネルがキタアアアアアアアアアアアア!!!』


 スタジアムに入った瞬間、凄まじい音響と歓声に包まれる。

 音の衝撃が全身を震わせる感覚に思わず足が止まった。


「わぉ。実況付きか……豪勢だね。……うん?」


 神龍寺ドーム中央のバトルフィールドまで歩きだそうとして、足が動かないことに気付く。


(二虎にはあんなこと言ったけど。緊張で足が震えてるみたいだ)


「きゅっぴ」


 その時、テフテフが一果の頭を「ぽむ」と撫でる。

 すると、不思議と一果の足の震えは消えていた。


「凄いなキミは。キミはいつだって私に勇気をくれるね。ありがとう。だから私は歩き出せる」


 一果は再び歓声の中を歩き出す。

 そしてたどり着いた先に――


 バトル用の衣装に身を包んだ長身の男――神龍寺司。


 そして神々しい白い鱗とサファイアのような青い瞳を持つドラゴン――プラチナムドラゴン。

 テイマー界でもトップクラスのペアが君臨していた。


 テレビ用か、バトルのルールを解説する実況のけたたましい声が物凄く遠く感じる。


「待ちくたびれたぞ仮面のテイマーよ」


(凄いな……これほどか)


 目の前の男が放つ威圧感。それは画面越しで見るよりも遙かに凄まじい「本物」だけが放つオーラだった。


(もっとも神に近い竜を従えた男。伊達じゃないってことね。いいね、面白い)


 ようやく強い相手と巡り会えた喜びに仮面の奥の口角が上がる。


「悪いが俺は相手が誰であろうと容赦はしない。ライオンがウサギを狩る時にも全力であるように。そしてそれは我がよめ、プラチナムドラゴンとて同じこと」

「きゅおおおおおおおおん」


「本気でやってくれるってこと? それは嬉しいね」

「当然だ。俺と貴様は互いに最強を目指す者。違うか?」


 一果はテフテフを見やる。そして頷く。


「あはは、違いない」

「ふん。ならばやることは一つ。この戦いで、俺も貴様もより高見へ登ることができる。そんなバトルを期待する」


 試合開始直前。


 永遠にも感じる一瞬の静寂。


 にらみ合う一果と神龍寺司。


 そして向かい合うは最強種の竜と最弱種のいもむし。


「どっちが強いかなんて戦わなくてもわかる」


 皆がそう言うだろう。

 だがそんな意見を一果は鼻で笑う。


「強い方が勝つんじゃなくて、勝った方が強いのさ。だからみんな戦うんだろ?」


 と。


『バトル開始ィ!!』


 最強種と最弱種。

 どちらが強いか決める戦いが今、幕を開ける。

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