第18話 エピローグ

「ふぅ……緊張するなぁ」


 祭りの後……というにはトラブル続きだった決戦の次の月曜。

 思い返せば夢のようだった夜が明けて、一果は一人、会社の前に立っていた。


 通り過ぎていく人々が皆「え?」「もしかして」といった様子でこちらをのぞき込んでいる。

 昨日、調子に乗って仮面を外したせいで、今ではちょっとした有名人だ。


「さて、行くか」


 決意を胸に、会社に飛び込む。


「おはようございます」


「おは――結城さん!?」

「本当だ結城さんだ」

「昨日テレビ見たよ!」

「格好良かった!」

「やっぱあれ結城さんだったよね!」


 興奮した様子の同僚たちを愛想笑いで躱しつつ、目当ての人物を見つける。


 ジム通いの自慢の胸をピッチピチのビジネススーツで強調した高身長の男。


「部長。お話しが」

「うん、待っていたよ結城くん。実は私も君に話があってね!」


 ずずいっと一果の前に立つ部長。

 以前はその威圧感とイヤらしい視線に怯んでいたが、今日は平気だった。


(うん、全く怖くないね。テフテフが今まで戦ってきた敵に比べれば、全然だ)


 威圧感のある巨体はレッドオーガほど大きくはなく。


 奮発したブランド物のスーツや時計の美しさはプラチナムドラゴンの足下にも及ばない。


 唯一女子社員を見るときの気持ち悪い表情だけがプラントザウラーを越えている。


「聞いたよ結城くん。昨夜のテレビでは大活躍だったそうじゃないか! しかもチャンネル登録はあの瞬間だけで100万人突破。今も増え続けているんだろう? やるじゃないか」

「どうも」

「昨夜社長から直々に私の元に電話が来てねぇ。是非君のチャンネルとプレレフアを我が社の広告に使いたいとの事だよ!」


 一体何を言っているんだと思った一果だったが、一応気になったことを聞いてみた。


「ちなみにギャラは?」

「おいおい結城くん。君はウチの社員なんだから、ギャラは必要ないだろう? 毎月給料を頂いているのに、それ以上を望むのは強欲というものだ。地獄に落ちるよ。いつも言っているだろう。仕事は博愛精神でするものだと。君たちはいかに安く、高クオリティな仕事をするのかを考えればいいのだよ」

「ふっ……」


 思わず失笑。

 なんてくだらないのだろうと思った。

 昨夜のあの戦いを見て。「タダで使える広告ができた!」という考えしか浮かばないなんて。


「部長、受け取って貰いたいものが」

「ん? なんだいこれは……じ、じ、辞表だとぉ~!?」


 頭を掻きむしる部長。

 あまりの怒りに青筋が浮き立ち、口調が変わる。


「み、認められるわきゃねーだろ~!? お前とあのモンスターを会社の広告塔にするっていってるだらああああ!」


 ミスをした部下を詰める時の激高。だが今の一果はへっちゃらだ。


「受け取ってくださらないと?」

「あったり前だらああああ!! テメーが辞めたらどの面下げて社長に会えばいんだああ?」

「なるほど……ならばこちらにも考えがあります」


 一果はスマホで誰かにメッセージを送る。


「ああ? 人と離している時にスマホとは偉くなったもんだなぁ結城よぉ」

「あ、あの部長……お電話が」


 その時、気弱そうな社員が部長に声をかけた。


「今取り込み中だって見りゃわかんだろおおおがよおおお!」

「そ、それが社長から……」


「それを早く言えよグズがあああっ! あ、はい。私です。はい。それが今辞表を出してきたもので、まったく困ったヤツですよ……はい。ですがなんとか交渉をして……え? 辞表を受け取れ? なるべく結城の望み通りの退社を? な……何故!? とにかく逆らうな? え……? 何かあったら私がクビ? わ、わかりました……はい……」


「受け取ってくれますね?」ニッコリ

「わ……わかった……糞が」

「くそ?」

「いや、今までご苦労だった」

「こちらこそお世話になりました。正式な退社次期や引き継ぎに関して、これから人事と相談して参りますので」


 しぶしぶといった様子で辞表を受け取った部長を置いて、廊下へと進む。

 丁度そのタイミングでスマホが鳴った。


『お前に言われた通り、その会社の社長に圧力を掛けておいたぞ』


 電話の相手はあの神龍寺司だった。

 

「わざわざありがとう。この会社、なかなか簡単に辞められなくてね」


 ブラック企業特有のアレである。

 ゴタゴタするのはわかっていたので、あらかじめ系列のトップである神龍寺司に協力を要請していたのだ。


『俺とお前の仲だ、気にするな。それより約束の件だが……』

「うん、進化についてだよね。今度、直接指導に行くよ」

『助かる。我が嫁がさらに美しくなる可能性があると知った今、俺のテンションは空を越え、はるか銀河を飛び越えて、今やアンドロメダへと到達しようとしている。楽しみに待っているぞ!』

「あはは。それじゃ、こっちが落ち着いたらまた連絡するよ」


 電話を切って、人事課に向かう。


 その他偉い人たちとの面談を終え、有給も調整。

 こっちにも神龍寺司からの圧があったのか、それとも社長からかあったのか。

 驚くほどスムーズに退職の日程が決まった。


***


***


***


「おかしい……一度も使っていない有給が残り10日しかなかったなんて……」ブツブツ


 一果にとってはモンスター進化なんかより、こちらの方がよっぽどミステリーである。

 不満を口にしつつ歩いていると、家に到着する。


「ああああ一果!? 帰ってきたああああ!」

「せ、先輩お帰りなさい!」


 どこか焦った様子の二虎と泉が出迎えてくれた。


「ただいまー。この光景も慣れてきたなー」


 少し前まで、帰宅した一果を出迎えてくれる者は居なかった。

 それが今や、このにぎやかさである。

 すっかり一果の家が溜まり場である。


「これも全てテフテフのお陰かな」

「い、一果、大変なのよ!」

「落ち着いて聞いてください、テフテフさんが……」


「きゅっぴ!」


 慌てる二虎と泉の間から、ぴょこっと顔を出したのはテフテフ。


 だがその姿はイモムシ……ではなくワームの姿だった。


「ああ戻ったんだ」

「『ああ戻ったんだ』じゃないわよ!? どういうことよ!?」

「ああああありえません。一度蝶になった蝶が幼虫に戻るなど……摂理に反している」

「落ち着いて二人とも。テフテフはエネルギーを大きく消費してお腹が空いたから、元の姿まで戻ったんだよ!」

「きゅっぴ!」


「な~んだそっかー! ってなるかーい!」

「え、エネルギーが不足したから、エネルギー消費の少ない形態に戻ったということでしょうか?」

「さぁ?」


「くっ……一果……」


 さすがにイラついたのか、拳を握りしめる二虎。


「まぁとにかく、美味しいもの沢山食べれば、また進化できるようになるからさ」

「満腹になったら戻るって訳でもないのね」

「人がモンスターをテイムするようになってから数十年。我々がモンスターについて知っていることは、まだまだ全然だったという訳ですね」

「ところで一果。アンタ凄い荷物だけど、それ何よ?」

「うん。そろそろテフテフがワームに戻ってるころだと思ってね。ここは私が、腕によりをかけて、美味しいご飯を作ってやろうと思ってね!」

「きゅぴー?」

「待っててテフテフ。私の手料理、食べさせてあげる」

「きゅっぴー!」


 腕まくりをする一果。

 喜ぶテフテフ。


 そして青ざめる二虎と泉。


「さて包丁はどこに仕舞ったかな~あ、あった。あれ、錆びてる? ま、いっか」

「よくないよくないよくなーい」

「先輩。先輩は料理しては駄目な人間なんです。だから大人しくあっちでテフテフさんと遊んでてください」

「えーなんでー?」

「アンタの料理食って生きてられるのはアンタだけなのよ! とにかく、一果は絶対に手を出さないで!」

「ちぇ~。まぁいいや、二虎の手料理美味しいし」


 一果の言葉に二虎が満更でもなさそうだ。


「ふ、ふん。別に私だって料理上手ってわけじゃないけどね。で、一体何の材料を買ってきたのよ?」

「100万人記念に満漢全席」

「作れるかボケー!」

「えー早く食べたーい。はやーくはやーく!」

「きゅっぴきゅっぴ!」

「満漢全席って料理なのでしょうか?」


「知らないわよ! まぁこれだけあればなんか作れるでしょ。大人しく待ってなさい」

「あはは、一体二虎は何を作ってくれるんだろうね? 楽しみだねテフテフ」

「きゅっぴ!」


 緑色のワームを膝に乗せ、くつろぐ一果。


「おくつろぎの所申し訳ありません。先輩、チャンネルのことなのですが……」

「うん。どうしたの?」

「次の活動についてお聞きしたく。現在様々な企業から案件のお話しを頂いております。そしてチャンネル登録してくれた方々からも、次の配信や動画を期待されております。また研究者の方々が是非会談をと」


「う~ん、迷うな……」


 泉がノートパソコンの画面を見せてくる。

 正直やることはいっぱいだ。もう会社なんて行っている場合ではないのかもしれない。

 社会人としての責務はしっかり果たすが、また忙しくなりそうだった。


「テフテフはどうしたい?」


 自らの相棒に尋ねてみた。


 テフテフとの出会いで、一果の人生の全てが良い方向へと変わった。


 だからまた、この子に決めさせてみようと思ったのだ。


 そうすればきっと。


 また面白いことが始まりそうな気がした。


「きゅ~」


 テフテフはノートパソコンの画面をしばらく悩みながら見つめる。

 そして、ようやく決まったのか、手を指した。


「きゅっぴ!」

「なるほど流石です。ではそのように準備を」

「オッケー。うん、すっごく楽しくなりそうだ」


 さっそく泉がメールを打ち。

 二虎の料理も完成が近づき。

 いい匂いに興奮するテフテフと。

 さて次はどう暴れようかと策を巡らす一果。


 元社畜の最強テイマーと最弱モンスターとの配信生活はまだまだ始まったばかり。




第一章『適当に戦わせていたら滅茶苦茶バズっている件』――完。


――――――――――――――――――――

あとがき


ここまでお読み頂いたことに、まずは最大の感謝を。

こちらは賢いヒロインコンテスト用の作品ということで、文字数制限がございますので、ここで一旦の締めとさせていただきます。

詳しいお話は明日、近況ノートにて。

また、コンテスト終了後は結果によってではございますが、連載再開を予定しております。

ブックマークはそのままでお待ちいただけると嬉しいです。

また、今後の活動の参考にしたいので「面白かった!」と思った方は下にあります☆から評価を頂けると嬉しいです。

では、しばしのお別れでございますが、またお会いできる日を楽しみにしております。

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元最強テイマーの社畜さん、最弱モンスターと配信生活を始める ~適当に戦わせてたら滅茶苦茶バズっている件~ 瀧岡くるじ @KurujiTakioka

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