第5話 VS配信者

「通りまーす」

「きゅぴっ!」

「お……おう。気をつけて」


 時刻は現在21時。

 一度自宅に帰った一果は服装を変え、再びさっきの公園にやってきた。


 全身黒のライダースーツ。そして髪はワックスで上げ。

 顔は白地に● ●

       ▼

こんな落書きのような目と口の書いてある仮面で隠している。

 これでもし配信者とバトルになっても自分の身元はわからないという寸法だ。


 ちなみに「格好が不審者過ぎて通報されるのでは?」という心配は無用だ。イベントエリアではもっと奇抜な格好をしている人も大勢居る。

 わいせつ物を陳列しなければオールオーケーといった感じだ。

 常にリーグ委員会のスタッフ兼審判が徘徊しているので治安は保たれている。


 何か変な事件が起きたらこのランキングバトルのシステム自体が崩壊する恐れもあるので、スタッフも必死という訳だ。


「しかしまぁ……活気があるねぇ」


 少し歩いてみて、一果は思わず声をあげた。

 一果が小学生の時は田舎ということもあってモンスター同士を戦わせるといったことはなく、ひたすらダンジョン内を冒険していた。


 だがこの公園では多くの人たちがモンスターを戦わせ、観客はその攻防駆け引きドラマに感動している。

 珍しいモンスター同士の戦いなのか人集りを作る対戦もあれば、当事者だけのまるで侍同士の決闘のようなバトルもある。


「きゅぴぴ」

「おっと感心してる場合じゃなかった。時間ギリギリだったんだよねそういえば」


 腕の時計を見てみれば、残り時間はあと50分と言ったところ。


「ねぇねぇそこのお姉さん。私とテイマーバトルしませんか?」

「え……私?」


 突如ギャルに声をかけられた。

 明るい茶髪にギャル風のメイク。制服を改造したようなコスチュームを着た見るからに配信者といった風体の少女。


「今、私のヒレンチャンネル登録者1万人突破記念で『チートモンスターでフリーバトル無双しちゃおう!』って企画やってまして」

「チートモンスター?」

「はい。このレッドオーガとバトルしてみませんか?」


(フリーバトルは確か……ランキングには影響しないバトル……名前もバレる心配のないバトルってことよね)


「ええ、いいわよ」


 答えつつ、一果は悲恋の横のレッドオーガを見やる。一果にとっては初めて見るモンスターだ。


「やった! 配信してるけど映ってオッケーですよね?」


 配信用のカメラドローンを指差す秘恋に頷く一果。


「ええ。そのための変装だもん」


『挑戦者キター!』

『不審者じゃんヒレンチャン気をつけて!』


「みんな心配ありがとう~このお姉さん強そう~。負けないように頑張っちゃうよ」

「挑戦者よ。貴様のモンスターを呼べ」


「いいテフテフ? 相手はあのレッドオーガだって」

「きゅっぴ!」


 気合い十分でテフテフは一果の頭から飛び降りた。


「えっ……えっと……お姉さんのモンスターってもしかして」

「ええ。私はこの子で戦わせて貰うわ」

「きゅっぴ!!」


『wwwマジかwww』

『ファアアアアwww』

『ワームとか戦ったら死ぬだろw』


「ちょっ……お姉さんもしかしてバトルとかしない人ですか? ペットモンスターに流石にレッドオーガの相手をさせるのは可哀想ですよ」

「そのような雑魚で我を笑わせるとは……なかなかの道化だな」


「何が可笑しいの? この子は本気だけど?」

「きゅっぴ!」


「「……っ!?」」


 その時、一瞬だけ放たれた一果の殺気に秘恋と羅刹は身震いした。

 ワームはともかく、この目の前の女はただ者じゃないと感じ取った。


(羅刹……なんかヤバい感じがしない?)

(うむ……本気でやらねばならない)


 アイコンタクトで以心伝心。

 舐めて掛からず初めから全力でいくことを決める秘恋と羅刹。


 そして審判の持つ書類に同意のサインをして準備完了。

  一果の初のランキングバトルがスタートとなった。


「合意とみてよろしいですね? それでは――バトル開始ィ!」


 審判の声が響く。

 初めに動いたのはレッドオーガの羅刹だった。


「潰れても卑劣とは言うまいな――【轟雷打撃】!」


 レッドオーガは背に掛けていた棍棒を手に握り、それを大きく振りかぶる。

 棍棒は激しい稲妻を纏いその破壊力を増す。

 あとはそれをテフテフに叩きつけるだけ。


 羅刹がそう思った刹那——


「遅い――【粘着糸】!」

「キュー!!」


 全力で行かなくてはという羅刹の思い込みは彼の最強の必殺技――発動までタイムラグのある技を選択させた。

 だがそれが命取りになった。


「むっ!? なんだこれは!?」


 テフテフから放たれた糸は敵の最強技が完成する前に羅刹に命中。

 べっとりと羅刹を包み込み、動きを封じる。


『出たw ワームの唯一の攻撃手段www 効果なしのクソ技wwww』

『やっぱ雑魚は雑魚なんだなって』

『待てレッドオーガの動きがおかしくないか?』

『すぐ終わったらつまらんから演技だろ』

『いやでも……』


「羅刹!? どうしたの?」

「この糸がベタベタして……動けん!? なんなのだこれは」

「はぁ!? ワームの糸でしょ振り切って!」

「ぐおおおおおおおお!」


 羅刹は全身の血管が脈打つほどの力を入れる。


「黙って見ている訳にはいかないかな。テフテフ、役所の待ち時間で教えたアレ、やるよ――【脱力糸】」

「きゅっぴー」


 テフテフの口から新しい糸が吐かれ、動けない羅刹に降り注ぐ。


「む!? なんだ!? 何をされた!?」

「わかんない……けど名前からして羅刹のスタミナを奪うつもりみたい」

「姑息な手を!」


 脱力糸は触れた皮膚から体力を吸い上げる性質を持った糸。

 こうしているだけで羅刹の体力はどんどん糸に吸い取られていく


『おいこれもしかして……』

『ヤバいんじゃ』

『冗談だろレッドオーガ』

『ワームに負けたら切腹ものだぞ!?』


「ま、負けないよね……羅刹?」

「当然だ……うおおおおおおおおお」


「タフだね。それじゃ次行こうか――【麻痺糸】」

「きゅぴー」


「ぐあああああああ」


 新たな糸が羅刹に降り注ぐ。

 次の糸である麻痺糸は触れた箇所の感覚を失わせる糸。

 これにより羅刹は上手く身体に力を入れることができなくなっただろう。


『これってもしかして……』

『ゲームで言うところの……』

『ああ……デバフ状態異常でこちらを殺しに来るあの……』


『『『害悪戦法がいあくせんぽう!!』』』


「が……害悪戦法!?」

「ぐあああああ……ああああ……ああ……ああ」


 糸を引きちぎろうと頑張っていたレッドオーガだったが、耐えられずついに膝をついてしまった。


「そこまで、試合終了~! 勝者は挑戦者側!」


 ここで審判の試合終了宣言。

 モンスターバトルは競技であって殺し合いではない。審判が「これ以上の戦闘は無意味」と判断したときバトルは終了となる。


「きゅぴ?」

「どうしたのテフテフ。私たちの勝利だよ!」

「きゅぴー!」

「あはは! 顔にくっつかないで仮面が外れちゃうよ」


 はしゃぐ一果たちを他所に、ヒレンチャンネル側はお通夜のような空気になっていた。


『は? え? は?』

『おいおいレッドオーガが負けたぞ』

『なんかの冗談だろ?』

『んな訳あるか!』

『レッドオーガは一般人に扱える中じゃ最強レベルのモンスターなんだぞ!』

『このレッドオーガが弱かったとか?』

『お前はさっきまでの放送を見てなかったのか!?』

『視聴者の【イヌドッグ】【ゾンビ】【ドレイク】【ビッグトード】【モフウルフ】を倒した強者だぞ』

『じゃあ疲れてたとか?』

『いやちゃんと回復はしてたし……』


 試合の結果に対して困惑するコメント欄を他所に、秘恋は動かなくなってしまった羅刹を前におろおろと狼狽えていた。


「えっと……ああ羅刹……どうしよう回復しなくちゃ」

「危ないっ」

「え? きゃあああああ」


 回復しようと近づいた秘恋の方へ、体力が尽きた羅刹の巨体が倒れかかる。このままだと大けがをしてしまうところだが、一果が秘恋の腕を掴んで抱き寄せ、なんとか助けることが出来た。


「あ、ありがとうございます」

「危ないところだったね。怪我はない? まったく、可愛いんだから、無茶して怪我しちゃだめだよ?」

「……ッ!?」キュンッ


 その時、至近距離になっていた一果と秘恋の目が合った。秘恋を助けた拍子に仮面が外れていたのだ。

 幸い一果の顔はカメラからは死角。自分だけが知ることの出来た一果の素顔に、秘恋の胸が高鳴った。


「わかった?」

「ひゃい……」

「うん。いい子」


 一果は拾った仮面を再び装着すると、テフテフを頭上に招きつつ言った。


「ああそうだ。その糸は一日くらい待つか炭酸水をかけると力を失うから。できれば炭酸水を早めにかけてあげて」

「おお、炭酸水ならテントにあります。待ってて下さいね」


 一果の言葉を受けて、審判が小走りで本部へと戻っていった。


「それじゃ私はこれで。楽しい勝負をありがとう配信者さん」

「あの……あなたのお名前は……」


 そう叫んだつもりの秘恋の声は自分でも想像以上に小さくて、去り行くその背には届かなかった。

 結局、彼女が一果の名を知ることはできなかった。


「格好良い人だったな……また会えるかな」


『あれれヒレンチャンもしかして?』

『あの変質者のことが好きになったのかな?』

『嘘だろヒレンチャン、嘘だと言ってくれ』

『顔真っ赤w』

『レッドオーガみたいだw』


「う、うっせーし! ああもう今日はここで終わり! 終わりでーす」


『ええw』

『せっくの記念なんだし』

『もっとお話ししようよー』

『野良バトルもっと見たい』

『バトルオフ会したいー』


「バトルオフ会か~いい企画だね。それじゃ10万人行ったらやろうかな?」


『ええええええ』

『いつになるんだよw』

『1年2年くらいかかりそうじゃねw』


「私的には高校卒業までには達成したいかな~まぁ気長に応援よろしくね~」


 次の日。

 この時のバトルの切り抜き動画は多くの疑惑と議論を呼び大バズり。

 ヒレンチャンネル登録者10万人はこの一週間後に早くも達成される。


 そのことをまだ秘恋は知らなかった。


***


***


***


 そして明日、自分が【謎のワーム使い】としてバズるとも知らずに暢気な一果は夜道を歩く。


「きゅっぴ! きゅっぴ! きゅぴぴのぴー」

「おっ……ご機嫌だね。初勝利がそんなに嬉しかった?」

「きゅっぴ!」

「水を差すようで悪いけど……あんな弱いモンスターに勝って喜んでるようじゃまだまだだね」

「きゅぴ!?」


 初めて見たレッドオーガがどんな戦い方をしてくるのか楽しみにしていた一果だったが、バトル開始後の初動を見てガッカリした。

 大きな棍棒を振り上げた姿があまりにも無防備だったからだ。

 そもそも小さな体躯のワーム相手にあんな大振りな攻撃を仕掛けてくること自体が一果には信じられなかった。


「タバコに火を付けるのに火炎放射器をつかうようなものさ。ってこの例えはよくわかんないね。とにかく。あんなバトル慣れしてないモンスターに勝ったくらいで浮かれてちゃだめってこと」

「きゅっぴ」

「…………」

「きゅぴ?」

「でも……でもさ。今日は私たち頑張ったよね?」

「きゅ!」

「うん、頑張った。だから初勝利のお祝いだ! コンビニにスイーツ買いに行こう!」

「きゅぴー!」


 冷静に振舞ってはいたが実は一果も初勝利に浮かれていた。

 この日、一果とテフテフはコンビニの小さなケーキで初勝利を祝った。

 その味は、二人にとって忘れられない味になった。

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