ただ一度だけの奇跡

 戦いが始まって一時間は経った頃だろうか、アンペルはようやく砦にたどり着いた。立ち塞がる大柄の兵士を何十合かの死闘で打ち倒し、砦内に入る。アンペルに扇動された兵士も後に続いた。そこは両軍の兵士と逃げ遅れた流民の死体の山が築かれていた。


「クリエーーーッ!!!」

 こらえていた言葉を吐き出すように叫ぶアンペル。砦内に残った敵を切り捨て、クリエを探してひたすらに歩き回る。

 何度かの叫びの後。

「アンペル?」

 物陰からけが人の血で衣服を染めたクリエがひょっこり顔を出した。アンペルの顔を見て安堵し、駆け寄ってくる。

「ばか、けがしてるのか! でてくるな、隠れてろ!」

 アンペルが言いながらクリエに駆け寄る。

「でも呼んだのはアンペルです!」

 飛び出してくるのをやめないクリエ。

「だけど!」

 支離滅裂な二人は戦場で再会した。しかし孤立してもいる。そこを狙って、ベルゼビュートの魔法兵が最後の一撃とばかりに爆裂魔法を仕掛けてくる。

「危ないアンペル!」

 それに気づいて、十歩後を追っていたユーフが叫ぶ。

 

 爆裂魔法の印が現れ、アンペルとクリエの周囲に展開する。アンペルはとっさにクリエをかばい、地に伏せた。

 

 ドドーン!!


 魔法が炸裂した。アンペルはクリエをかばって地に伏せたまま。クリエはアンペルに押し倒されたまま。そしてアンペルの意識は、ほとんどなくなっていた。

「ク……リエ……」

 上の空でつぶやく。

「はい! はい!」

 叫ぶクリエ。クリエの体には傷一つない。

「よか……った……」

 そう言ってアンペルは目を閉じようとする。

「だめです! アンペル! アンペルーーーッ!!」

 クリエは、アンペルの重みを感じながら、自分を守って冷たくなっていったポルドフじいさんのことを思い出していた。

(こんな思い二度としたくないと思っていたのに!)

(いやな記憶は忘れろと言ったのはアンペルなのに!)

(一緒に星の世界に行くと言ってくれたのに!)

  けれどクリエはアンペルの下になって指一本動かせない状態にある。アンペルの体からどんどん力が抜けていく。もうだめ。もうだめ。アンペルは死ぬ。

 そのとき脳裏にひらめいた言葉。


「ならば権能をあげよう。君が行える奇跡を一つ、この世界に残していく。この惑星の擬似的アカシックレコードに介入して因果をねじ曲げ、思ったことを何でもできる力だ。ただし一回だけだ。それ以上はせっかく作ったこの世界の摂理が壊れてしまう」


「!!」

 いまこそ、

 その、

 とき。

 クリエは祈った。そして、セカイにカイニュウした。


 ――――。


「クリエ?」

 アンペルがむっくり起き上がる。

「アンペル!」

 クリエがもう離さないといった勢いで、下から思いっきりしがみつく。

「あれ、俺は……」

 必死のクリエにしがみつかれたまま、アンペルは不思議そうに自分の身体を見る。どこも傷ついていないし、どこもやけどしていない。

「くっ!」

何があったかわからないベルゼビュートの魔道士は、もう一度爆裂魔法を使おうとしたところを――――背中からユーフに剣を刺されて息絶える。そしてユーフはアンペルたちに言う。

「お前たち戦場のまっただ中で、いつまでひっついてるんだ」

「あ……」

 恥ずかしそうにクリエは戒めを解き、二人は離れた。

「……クリエ、本当にけがはないのか」

 アンペルがクリエに聞く。

「これは傷ついた人たちの血です。私は大丈夫」

「そうか。よかった……」

 クリエの頬を優しく撫でるアンペル。クリエはもう涙目だった。


そんな二人を見てため息をつくとユーフはアンペルの代わりに高らかに言う。

「そら、敵をさっさと追い払うぞ! この戦いは俺たちの勝ちだ!」

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