クリエの話
「アンペル! 生きていたか!」
砦に入ると、アンペルはすぐに懐かしい声を聞いた。
「ユーフ! お前も!」
アンペルもうれしそうに声を出す。ユーフと呼ばれた青年は、近づいてきて、そのままアンペルと握手を交わす。
だから手が離れた。
「あ……」
いままでアンペルにその手を握ってもらっていたことに気がついて、クリエはそのことをどこか恥ずかしいものと思った。握られていた手をそっとさする。ユーフはそんなクリエを見てアンペルに聞いた。
「このお嬢さんは?」
「こいつはクリエだ」
「あ……、クリエと申します」
「ふーん。美人さんだな。アンペル! お前まさか」
今日の夜の友にするつもりか? と言いかけてアンペルに途中で止められる。
「ちげーよ! このクリエは異国の旅人で偶然この戦場に巻き込まれてしまったんだと」
「へえ、異国の。たしかに身なりはそれらしいな」
ユーフはクリエの姿を眺めやる。
「……クリエと申します。ずっと東の国から来ました。ユーフさん、どうかよろしくお願いします」
クリエもややぎこちなく挨拶をした。
「めずらしい話がいろいろ聞けるだろうから連れてきた」
「そりゃいいな。でもまずは飯だろ。今日は麦粥が食えるぞ」
「やっぱり! 毎日塩豆のスープだったからいい加減飽きてたんだよな!」
「いま用意させる。二人分な。なあに一人も二人も変わんねえよ。気にするな」
「別に……」
自分は食事を必要とはしませんとクリエは言いかけたが、ユーフはさっさと行ってしまった。
するとアンペルは地面に座った。
「ユーフが飯を持ってくるから、クリエも少し休んだらどうだ」
「……そうですね、でも」
また空を見上げるクリエ。
「星が気になるか?」
「ええ」
「ここはかがり火の明かりであまりよく見えないだろ」
「……そうですね。星の数がずいぶん減ってます。ずいぶん、はかないものなんですね」
「そうだ。おまけに太陽がでれば見えなくなるしな」
日の光ならクリエも知っていた。
「日の光で星の明かりが消える……」
「正確には、見えなくなるだな」
「見えなくなる……、ああ、なるほど、理解しました」
クリエは納得した。あのまぶしい光の中ではこんなはかない光は確かに見えなくなるだろう。
「太陽についても話はしたいけどまずは飯だ!」
「ご飯……」
クリエは言いわずかにうつむいた。
「どうした? 何か気になることでも?」
「いえ、問題は、ないのでしょうけど」
クリエは食事を本来は必要とはしない。けれど食べようと思えば食べることができる。けれどクリエにとってそれは初めてのことで、内心不安を覚えることなのであった。
と、ユーフが両手に匙を指したお椀を一つずつ持ってやってきた。
「アンペルにクリエ嬢さん、飯だぞ」
クリエが見ると、冷めた麦の粥。アンペルは待ちきれないように手に取ると匙を使って食べ始めた。
「うまいうまい。これまで豆のスープは何だったんだっていうくらいうまい!」
「……」
それをきいてクリエも口にする。冷めて塩っ気の薄い麦の粥。正直おいしいとは思えなかった。けれど何口か食べる。そのあいだにアンペルは麦粥を食べ終わっていた。
「どうした、口に合わないか?」
「そういうわけではないのですが」
「まあいい、ゆっくり食べろ」
「そうします」
「その合間に話を聞かせてくれ」
「はい……けれど何を話せば良いか」
困ったようにクリエ。実際に困っていたこともあるが本当に何を話せばいいのかわからない。するとアンペルがは助船を出した。
「お前さんのいた国のことを話してくれるだけで良い」
「国には所属していませんでした」
「そうなのか。どこかの部族?」
ユーフが口を挟む。
「そういった物でもありません」
「もっと小さな単位か?」
次はアンペル。
「そんな感じです」
クリエは小さく言う。
「じゃあまず、両親は?」
「両親?」
オウム返しに聞き返すクリエ。
「あんたの産みの親のことさ。まさか、いないとまでは言うまい?」
ユーフが笑いながら言う。
「産みの親ならいます。……そうですね、なんと言えばよいのか……。とにかく、完璧な方でした」
「そりゃすごい。厳しくされたとか?」
「そういうことではないのです、ただ完璧で、完全でした。私にとっては神々しく、頼るべき方でした」
「ふうん」
触れてはいけない部分なのかな、とそれとなく二人は察し、押し黙った。しかしクリエの言葉は続く。
「けれど、置いて行かれました……私を置いて、旅立ってしまいました」
悲しそうに震えるクリエの声。
「……?」
「今は一人っきりです……。それで私は」
「あーやめやめ」
アンペルはクリエの言葉を遮る。
「?」
「暗い話はやめだ、クリエ」
アンペルは言った。クリエは内心閉口したが確かにこの場に似つかわしくないだろうと思い、口をつぐんだ。
(そっちから話すように仕向けたのに)
それでもそんなことを思ってしまう。
「楽しい話だ、何でも良いから楽しい話をしてくれ」
「と、いわれても……」
「なんでもいい、お前が楽しいと思った話でいい」
「……。はい、では……」
クリエは改めて話をした、この星に生きる者は皆創造主である父から作られたことを。そのあらましを。はじめはふんふんと聞いていた二人だったが、やがて、あきれたように口を開けた。クリエは二人の様子に気づき、尋ねる。
「ど、どうかしましたか……?」
「いや、その」
ユーフが言いよどむ。
「聖書そのまんまで、あきれただけだ。お前は実は教会の人間なんじゃないか?」
「東の国のも俺たちの国のように教会があるのかな」
「いいえ、そういうわけではないのですが」
クリエは言うが、アンペルは首をかしげていろいろと考察する。
「教会と人々の位置が近いのかな。まあいいや。とにかく以外とお前さんの話は退屈なことがわかった」
「すみません……」
「あやまることじゃないさ」
「すみません」
そう言われても、クリエはすまなそうに謝った。
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