残酷な世界

「さて、クリエ嬢は食が進んでないようで」

 ユーフは言う。

「は、はい、すみません」

 謝るクリエにアンペルは言う。

「向こうにもらいに行くのも面倒だし、クリエの残した分、もらって良いか」

「はい、どうぞ……」

 差し出されたお椀を受け取ると、アンペルは一息にかき込んで食べてしまった。そして満足そうに息を吐く。


「じゃあ腹も満たされたし寝るか」

「向こうで毛布支給してたぞ。酒保係は祝い酒で半ば飲んだぐれてるが」

「じゃあ行ってこようかな」

「まてよアンペル、クリエお嬢さんをこんなむさいところで一人にするつもりか? 俺が行ってくるよ」

「いろいろと悪いな、ユーフ」

「いいって、いいって」

 ユーフは立ち上がり、また賑やかな方へ行ってしまった。

「……」

「いいやつだろ、ユーフは」

「そうですね。ユーフはあなたに何か恩があるのですか?」

「いいや、ない。あったとしても俺は忘れた。ユーフが困っていたら俺だって同じことをするだろう。持ちつ持たれつってやつさ」

「……」

 クリエは言葉ではなく感心したようにうなずく。アンペルもそれで満足したようだ。しばらく二人黙ってユーフの帰りを待つ。やがて、クリエが口を開いた。

「向こうは、ずいぶん賑やかですね」

「砦を一つ落としたんだ、気が緩むのも仕方がないだろうな」

「ずいぶん大規模な戦闘なんですね」

「ああ、そうだな。最近は冷夏続きだから」

「夏の寒さと今の戦争が関係あるのですか?」

「そりゃ大ありだろ。なにしろ麦がうまく育たない」

「育たないと?」

 クリエが聞く。

「冬を越す食糧が確保できない。確保できなきゃどこからかか奪うしかない。ノイラントもベルゼビュートもそう思った。だから戦争をしている」

「雌の取り合いではないのですね」

「雌? いいや、命の取り合いだな」

「殺し合っているのですか? 人同士が?」

「当たり前のことだろう?」

「いいえ、私はあなた方をそのように作ってはいません!」

「?」

「あ、すみません」

 クリエはしまったというように言う。アンペルは少しびっくりしたようだが、少し間を置くと、落ち着いて諭すようにクリエに言う。

「確かに聖書では昔の人間は幸せに暮らしていたとあるし、そんな時代があったら良いなとは思う。だ現実は違う」

「……」

「人と人は殺し合う。これがこの世界の事実だ」

 アンペルはクリエの目をまっすぐに見て言った。

「な、ぜですか」

 どこか涙声でクリエ。

「飢えという物はお前が考えるよりも恐ろしいものだからだ。それこそ正気を失わせるほどの、な」

「あなたがたは正気ではないと?」

「そうだな。ある意味、皆正気を失っているともいえる。でも王も領民のことを考えて戦争を指揮しているんだぜ」

「つまり、それが、自国の食糧不足を解消するために他国に戦いを挑む、ということですか」

「まあ、そうしないとノイラント王国で食糧危機にかこつけてあちこちで反乱も起きるだろうしな。王国も一枚岩ではないし、まだ暮らせるところと被害が深いところがある。いろいろ難しいのさ」

「あなたはそれに賛同しているわけですね」

「そうだ。ユーフは違うが、俺は大学出だから、本来は兵役は免除されている。この戦争に参加しているのは自分の意思だ。クリエ、お前は俺のこと、怖くなったか?」

「いえ……それは」

「それは?」

「ただただ、悲しい現実に胸が苦しみます」

 ほろり。うなだれたクリエの目から涙がこぼれる。と大きな毛布三つを抱えて戻ってきたユーフが不思議そうな顔をする。

「アンペル、お嬢さんを泣かしちゃダメだぞ」

「いや、これは」

 隠すように、アンペルはクリエの頭に手をやった。触れる。

「あ」

「失礼!」

 クリエの声に、慌てて頭から手を離すアンペル。

「すまなかった」

「いいえ……」

 アンペルはクリエに謝罪した。

「ほら、もう寝ちまおうぜ」

 ユーフが提案する。

「そうだな、寝ちまうか」

 アンペルも同意し毛布をもらう。クリエも大きな毛布を受け取ると、地面に敷いて丸くなる。アンペルとユーフもそばで横たわった。周りではまだ祝宴の音が聞こえている。

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